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第九章

ゲームの魔王

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 夢じゃなかった。 

 なぜならゼルニウスと名乗るイケメンは、次の日も現れたからだ。
 最初は怪しい人だと警戒していたけど、話をしている感じでは、結婚詐欺とかストーカーではなさそうだ。
 特に、私の婚約者だと名乗ってることに関しては、結婚詐欺の可能性は限りなく低いと思う。だって駆け出しの看護師の私に預貯金なんかないのは明らかだし、だいたいこの病院には私なんかよりずっと美人でお金持ってるナースも多いわけだしね。
 それに、超美形のこの人の方が逆にストーカーの被害者になりそうだし、きっとほっといても女の子が寄ってくるに決まってる。なにもわざわざ私に合わせてハードルを下げることないもんね。

 問題はこの人のよくわからない自分設定なんだよね。
 どこの国出身かと聞くと「魔族の国」とかいう。相変わらずその魔王設定はどうかしてるとしか思えない。外見はカッコイイのにつくづく残念だ。
 悪い人じゃないとは思うんだけど、どこか得体が知れない感じがする。

 彼が訪ねてくると、用もないのに看護師たちが出入りしに来る。
 まあ、気持ちもわからなくはない。
 こんな美形の男性の彼女が私みたいな平凡な女じゃ、あわよくば奪えるんじゃないか、って思うのも無理はない。
 だけどゼルニウスさんは、私以外の人とは、まったくと云っていいほど会話をしなかった。
 梨香子が彼にいろいろ質問してたけど、あんまりにも無視するから日本語がわからないんじゃないのかと疑われたくらいだ。
 それくらい、彼は私にしか興味を示さなかった。
 あと外国人特有のスキンシップがね…。
 やたら頬に触れたり、肩を抱いたりしてくるんだ。
 そういったことに免疫のない私はとまどうばかりで…。

 私が退院する日にも彼は現れて、片付けを手伝ってくれた。
 そして病室を出る際、様子を見に来た院長や看護師たちの前で、改めて婚約者宣言をして皆を驚かせた。
 梨香子や同僚たちから、さんざんからかわれたことは云うまでもない。
 院長からは「結婚しても辞めないでね」とお願いされる始末…。
 ようやく私に現実感が訪れた。

 病院を後にした後、ゼルニウスさんは私の荷物を全部持ってくれて、病院から徒歩15分のアパートまで運んでくれた。
 築15年のアパートの2階が私の部屋だ。
 一応エントランスにはセキュリティがついてる。ワンルームにキッチンが付いて、バスとトイレが別。駅から離れているとはいえ都内で家賃6万5千円は格安の優良物件だ。

「ここがおまえの住まいか」
「うん、狭いでしょ」
「そうだな」

 …いや、今の謙遜して言ったんだけど。
 まあ外国人にはそう思われても仕方ないか。
 彼は悪びれる様子もなく、荷物を持って私の部屋にやってきた。
 私、本当にこの人と結婚するのかな…?
 改めてじっとゼルニウスさんの顔を見上げた。
 彼は私と目が合うとニコッと笑顔を返した。
 よく考えたら私、この人のこと全然知らないんだよなあ。
 それで結婚とか云われても、ちょっとねえ。
 玄関の鍵を開けて、部屋に入ると、ゼルニウスさんは荷物を持って土足のまま上がろうとした。

「ちょっと靴!脱いでよね!」
「おお、すまぬ」

 ったく、この外国人め。
 彼は云われるままに靴を脱いで部屋にあがった。
 まあ、そういう習慣がないから仕方ないか。

 ワンルームの私の部屋に、およそそぐわないようなイケメンが立っているのは、なんだか不思議な光景だ。
 この部屋に男の人を上げたのは初めてだ。
 つーかこれまでの人生で、自分の部屋に男の人が来たのは初なんだけどね…。

 適当に座って、と云ったら、彼は躊躇なく私のベッドに腰かけた。
 ま、まあ、この部屋には椅子らしきものがないからね…。ソファだと思われたのかな。
 きっと外国人だから床に座るっていう習慣がないんだわ。
 彼は私の部屋の中を見回している。
 い、一応奇麗にしてるつもりなんだけど、ゲーム機とか出しっぱなしで、ゲームキャラクターのぬいぐるみとかが転がってるのを見られるのは、なんか恥ずかしい…。

 私はお茶を淹れようと、キッチンへ立った。

「トワ」
「はい?」
「一緒に住まないか?」

 私はあやうくマグカップを落としそうになった。

「い、一緒にって…!!」
婚約者パートナーなのだから、当然だろう」
「ええ~!?」
「我のところへ来ればよい」
「いや、でもちょっとそれは…。ここ、病院に近いし、気に入ってるのよね…」
「ならば、我が病院近くの部屋を買おう」
「え!?」

 今、さらっと借りるじゃなくて、買うって云った?
 もしかしてゼルニウスさんてセレブ?
 お茶を入れて一息ついたところで、私は彼に質問してみた。

「あ、あの…ゼルニウスさんってお仕事何してるの?」
「仕事?」
「お金持ちっぽいから、何して稼いでるのかなって」
「どうやって通貨を稼いでいるか、ということか?」
「通貨?ああ、お金ね。うん、そういうこと」
「宝くじだ」
「え?」
「宝くじを当てた」
「あの、そういう意味じゃなくって…」

 一見日本語ペラペラだけど、もしかして意味、わかってないのかな?
 それとも宝くじで億万長者になったから、仕事する必要がないって云いたいの…?

「そんなことより、おまえはこの部屋で1人でいて寂しくはないのか?」
「仕事が忙しくて寂しいなんて思ってるヒマなんかないわ。1人の時はもっぱらゲームしてるし」
「ゲーム?そういえばこの前もそんなことを言っていたな。ゲームとは何だ?」
「えーと、じゃあ見てみる?」

 彼が訊くので、ちょうど入院前に投げっぱなしにしてたレトロゲームを再開して見せてあげることにした。レトロゲームだから、ドット絵のいわゆる王道RPGってやつだ。

「これがゲームというものか」

 ゼルニウスさんは興味津々で私の隣に座ってテレビのゲーム画面に見入っている。
 彼は本当にゲームというものを知らないみたいで、いちいちリアクションが面白い。
 けど魔王って名乗ってるのにゲーム知らないとかありえるの?それとも宗教系の方の魔王?
 よーし、クールジャパンを見せてやろうじゃないの。

 …室内に響くピロピロという電子音。
 クールジャパンを見せたかったけど、かなりレトロなジャパンしか見せてあげられないことを後悔した。くそう、派手なCG演出とかある最近のゲームにしとけばよかった。見せるゲームの選択を完全にミスったわ…。
 それでもラストセーブからようやく魔王のところまでたどり着いた。

「見て見て。これがラスボス。魔王よ」
「なんと…これが異世界の魔王か」

 まあ、ドット絵なんであんまり現実感はないんだけど、それでも魔王出現の演出は見事だわ。さすが名作。
 魔王、というワードに反応したのか、彼は食い入るように見ている。
 そんな彼を横目に、私はラスボス戦にのめり込んでいた。
 一回惨敗してるからね。こんどこそ勝つわよ。
 手の内はわかってんのよ。
 こっちは回復アイテム温存してるからね。

「キター!二段階変身!」
「この魔王は変身するのか」
「そうそう。最初はクールなイケメンなんだけど、戦闘中に変身すると、こんな怪物になるのよ」

 私はゲームの付属品のイラストを彼に見せた。

「なんだ、これではまるで魔獣ではないか」
「ゲームの世界ではだいたい魔王は人外の獣に変身することが多いのよ」
「ほう?召喚するわけではなく、自分自身が魔獣に変化するのか?どういうスキルだ?」
「ス、スキル…?スキルっていうより、正体を現したって感じかな…?」
「正体だと?ではこれが本体ということか…」

 なんだか滑稽だ。
 自称魔王がゲームの魔王について真剣に語っている。
 いろいろ質問してくるけど、ゲームの開発者じゃないから答えられないんだよね。

 さてHPが三分の一以下になると、この魔王、回復するはずだ。
 HP相当削ったからそろそろ…。
 あれ…?
 私の操作する勇者パーティは、ありえないほどに改心の一撃を繰り出しまくっている。
 魔王のHPはどんどん削られていく。
 …気が付くと、戦闘終了の音楽が鳴っている。

 結局、魔王は終盤になっても回復せず、そのまま倒されて無事クリアとなった。
 温存していた回復アイテムは無駄になってしまった。
 あまりの楽勝っぷりに、手ごたえなさ過ぎて拍子抜けしてしまった。

 …なんで、回復しなかったんだろ…?

「無事に倒したな」
「あ、うん…でも、魔王は回復するはずなんだよね」
「魔王は回復などできないはずだ。我の世界ではそうだぞ?」
「いや、これはゲームの話だから。以前はもう少しで倒せるって時に全回復して…」

 あれ?
 なんか、違う…?

「なんかおかしい…」
「何がだ?」
「うーん、何がって言われると困るんだけど」

 感じるのは、かすかな違和感。
 ゼルニウスさんはそんな私の肩に手を置いた。

「何も、おかしなことなどない」

 彼はそう云って私を抱き寄せた。

「おまえが我を受け入れてくれさえすれば、それでよい」

 彼に肩を抱かれた私は、吐息がかかる程近くに彼を感じて、ドキドキしながらも身体を固くした。
 き、緊張する…。
 彼はゆっくりと私を床に倒した。
 ど、どうしよう、まだ心の準備が…!!
 彼の顔が真上に迫ってくる。

 キャーッ!!!
 どうしよう、どうする?
 わ、私、ここで彼と結ばれちゃうの…?

 そんな覚悟をしつつも、私はぎゅっと目を瞑った。
 …?
 ん…?

 いくら待っても、何もしてこない…?
 私はそっと目を開けた。
 わ!
 目の前に、ゼルニウスさんの顔がある。しかもドアップで。
 でもその顔は、瞬きもせず、言葉も紡がない。
 一時停止ボタンを押したみたいに、動きが完全に止まってる。
 
 何…?どうなってるの…?

「あの…ゼルニウス…さん?」

 声を掛けても全く反応がない。
 本当に止まっているみたいだ。
 しばらくじーっと下から彼の顔を見ていたけど、あまりにも動かないので、私はスルスルと彼の腕の中から抜け出した。
 私が抜け出したために、ゼルニウスさんは床を見つめることになった。
 横から見ていると、なんだか面白い。
 ゼルニウスさんはまるでマネキンみたいに動かない。
 私は彼の横にしゃがみこんで、指でツンツンしてみた。
 指先には人の熱を感じなかった。

「どうなってるのかな…?」

 私は立ち上がって部屋の中を見渡した。

「あれ?時計が止まってる…」

 さっきから、物音が一切しなくなったことに気付いた。
 違う。
 これは…
 刻が止まってるんだ。
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