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第七章
記憶の回路
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「…トワ」
「うん…?」
「おお、ようやく起きたなトワ」
目の前に小さな女の子の顔があった。
「あ…おはよう」
「おはよう。トワはお寝坊さんなのじゃ」
朝、私は狩猟小屋でサラ・リアーヌ皇女に揺り起こされて目を覚ました。
サラは元気に小屋の扉を開けた。
明るい光が差し込んできて、私は思わず目を細めた。
う~ん、何か夢を見ていた気がする…。
あれ…?夕べ私どうしたんだっけ…?
確か、夜に魔王と散歩に出かけて行って…。
ふいに魔王のドアップの顔を思い出して、胸がドキドキし始めた。
あ、あれ…?
そっと自分の唇に触れてみた。
キス…したよね?あれ?その後は…?
それとも夕べのあれは夢?
夢だとしたら随分と欲求不満が溜まってるんだわ、私…。
私は起き上がろうとして、ネックレスがないことに気付いた。
どこかに置き忘れたのかと思って、小屋の中を探してみたけど見つけられなかった。
サラに訊いてみたけど、知らないという。もしかして魔王が持って行ったのかもしれない。
小屋の外に出ると、既に男性陣は朝の支度を着々と整えていた。
皇女の云う通り、私が一番寝坊してたみたい。
皆がテキパキ働いてるのに1人だけ寝てたとか、女子力サイテーだわ…。
ジュスターが瓶の中に水を貯めていて、そこから手桶を使って調理用の桶に水を移し替えているのを見て、私も手伝うと申し出た。
「トワ様、こんなことは我々に任せて、あちらでお休みなさっていてください」
と、ジュスターに追い払われた。
食事の支度をするユリウスとウルクにも手伝うことがないかと聞いたけど、やっぱり「座っててください」と云われた。
暗に役立たずって云われているみたいで地味に凹む。
ノーマンは薪を小屋から出していて、サラはその小屋の扉を押さえてあげている。
あんな小さな子ですらちゃんとお手伝いしてるっていうのに…。
私って、やっぱ役立たずだな。
せめて邪魔にならないようにしよう。
手持無沙汰でうろうろしていた私は、魔王の姿が見えないことに気付いた。
昨夜のことも気になったし、彼を探して林の中を歩いて行くと、散歩をしている黒衣の人物の姿を見つけた。
彼はすぐに私に気付いて、声を掛けてきた。
「起きたのか」
「あ、うん。おはよう」
「…よく眠れたようだな」
「え?ああ、うん」
なぜか魔王にじっと見つめられている。なんだか恥ずかしいな…。
「昨夜のことは、覚えているか?」
「えっ?」
夕べのことが、フラッシュバックする。
「あ!あれは…ゆ、夢じゃなかった…?」
途端に顔から火が出そうになった。
「夢ではない」
魔王はぶすっとして呟いた。
「大事なところで眠ってしまいおって」
「え?!ええーっ?!私、寝ちゃったの…?」
「やはり覚えておらぬか」
うわ、最悪なパターン。
キスの途中で寝ちゃうとか、ないわ~!
魔王が溜息をつくのも無理はないわよね…。
「ごめんなさい…」
魔王はフッと笑って、私の頭にポンと手を乗せた。
「まあいい。次は寝るなよ」
もう~、サイアクだわ。
…ん?次って…?
魔王がニヤリと笑うのを見て、私は顔が熱くなるのを感じた。
「ここで何してたの?」
「魔力の流れを見ていた。やはり人間の国では流れが悪い。こちら側にも魔族の国を作る必要がある」
「魔族の国を作るの?」
「我の魔力の源は魔族たちの魔力だ。魔族の国では土地ごと魔力が供給されるのだが、ここではそうはいかん。国境を越えると魔力の流れが阻害されるようだ。この国で我が魔力を思い存分行使するためには、もっと多くの魔族の魔力が必要なのだ」
「皆の力をオラに分けてくれー!ってこと?」
「オラ?」
「あー、ううん、何でもない。でもなんか、魔王っていう存在がわかった気がするわ」
「そうか」
魔王はちょっと嬉しそうに笑った。
「ねえ、ゼルくん」
私は何気なくそう呼び掛けた。
「ゼルくん…?」
すると魔王は顔を近づけてきて、私をじっと見た。
…だから、近いって。
心臓に悪いのよ。
「な、何よ…?」
「おまえ、記憶が戻ったのか?」
「えっ?」
「記憶を失う前、おまえは我をそう呼んでいた」
「あ…あれ?」
魔王は私の腰を持って抱き上げた。
足がつかない程に体を持ち上げられた私は、彼の顔を見下ろす形になって戸惑っていた。
「ちょ、ちょっと、何?」
「我と初めて会ったのは、どこだったか覚えているか?」
「どこって…前線基地でしょ?」
「そうだ。そこで風呂に入ったことは?」
「あの屋上のプールのこと?」
魔王は私を抱きかかえたまま、彼にしては珍しく、声を出して笑った。
「思い出したのだな!」
「あ…!」
魔王に云われるまで、気が付かなかった。
「魔王城でのことは覚えているか?」
「…うん。扇子、くれたわよね」
私はスッと手の平に扇子を出した。そうだ、こうやって出してた。そして引っ込め方も思い出した。
…記憶って、そのものに触れると思い出すんだわ。
今だって、魔王の顔を見てフッと思い出したんだもの。
「<運命操作>を使ったのか?」
「えっ?…確かに<運命操作>で記憶が戻らないかな~、とは思ったけど…でも、使った覚えはないんだよね…。あのスキルって、思うだけで叶ったりするものなの?」
「さてな。我は持ったことがないからわからぬが、スキルの中には受動的に発動するものもあるから一概に否定はできん」
「…そういえば、目覚める前、何か夢を見ていた気もするんだけど…思い出せない…」
「目が覚めたら記憶が戻っていたというのか?」
「うん。でもね、自覚がないわけよ。いつの間にか記憶が戻ってて…。あまりにも自然すぎて、今言われるまで気が付いてなかったもの」
「ふむ。なるほど、記憶の回路が繋がったのだな」
「回路?」
「記憶の通り道のことだ」
「…?」
魔王はしばらく黙ったまま、私を見つめていた。
彼は、私の記憶は無くなったわけじゃなくて、それを引き出すことができなくなっていただけなのだろうと云った。つまり封印されていたってことらしい。
なんとなく理屈はわかったけど、私ときたら、記憶が戻ったことに、一向に自覚が持てないのよね。
「うーん、なんか納得できない…」
「何がだ?」
「だってさ、記憶を取り戻すって、何かもっとこう劇的な感じでさ、『すべて思い出したわ!』って感動するかと思ってたのに…。なんかグダグダじゃん…」
魔王はククッと笑いながら、私を地面に下ろした。
「そもそも記憶というものは、その都度頭の中から引き出すものなのだ。一度にすべて思い出すことなどできん」
「そういうものなの?」
「ああ。おそらくは、これから色々なことを少しずつ思い出していくことになる」
確かに、ちょっと昔のこととかでも、普通に忘れてたりするもんね。それと同じようにその都度思い出していくのかな。
「2年の間、おまえは眠っていたと言っていたな。それはおまえの時間が止まっていたということになる。記憶とは時間の認識だ。おまえは自分自身の時間を止めることによって、その間の記憶をなかったことにしたのだ」
「…それ、どういうこと?まるで私自身がわざと記憶を失くしたみたいじゃない」
「その通りだ。おまえは自分で記憶の回路を遮断して、思い出せないように封印していたのだ」
「そんなわけないでしょ!私があなたやみんなのこと忘れたいなんて思うはずが…」
そこまで云って、私は言葉に詰まった。
よく考えてみると、魔王と出会ったあたりからスッポリ記憶が抜け落ちていたことに気付いた。
まるで、魔王のことだけを忘れたかったみたいに。
「うん…?」
「おお、ようやく起きたなトワ」
目の前に小さな女の子の顔があった。
「あ…おはよう」
「おはよう。トワはお寝坊さんなのじゃ」
朝、私は狩猟小屋でサラ・リアーヌ皇女に揺り起こされて目を覚ました。
サラは元気に小屋の扉を開けた。
明るい光が差し込んできて、私は思わず目を細めた。
う~ん、何か夢を見ていた気がする…。
あれ…?夕べ私どうしたんだっけ…?
確か、夜に魔王と散歩に出かけて行って…。
ふいに魔王のドアップの顔を思い出して、胸がドキドキし始めた。
あ、あれ…?
そっと自分の唇に触れてみた。
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それとも夕べのあれは夢?
夢だとしたら随分と欲求不満が溜まってるんだわ、私…。
私は起き上がろうとして、ネックレスがないことに気付いた。
どこかに置き忘れたのかと思って、小屋の中を探してみたけど見つけられなかった。
サラに訊いてみたけど、知らないという。もしかして魔王が持って行ったのかもしれない。
小屋の外に出ると、既に男性陣は朝の支度を着々と整えていた。
皇女の云う通り、私が一番寝坊してたみたい。
皆がテキパキ働いてるのに1人だけ寝てたとか、女子力サイテーだわ…。
ジュスターが瓶の中に水を貯めていて、そこから手桶を使って調理用の桶に水を移し替えているのを見て、私も手伝うと申し出た。
「トワ様、こんなことは我々に任せて、あちらでお休みなさっていてください」
と、ジュスターに追い払われた。
食事の支度をするユリウスとウルクにも手伝うことがないかと聞いたけど、やっぱり「座っててください」と云われた。
暗に役立たずって云われているみたいで地味に凹む。
ノーマンは薪を小屋から出していて、サラはその小屋の扉を押さえてあげている。
あんな小さな子ですらちゃんとお手伝いしてるっていうのに…。
私って、やっぱ役立たずだな。
せめて邪魔にならないようにしよう。
手持無沙汰でうろうろしていた私は、魔王の姿が見えないことに気付いた。
昨夜のことも気になったし、彼を探して林の中を歩いて行くと、散歩をしている黒衣の人物の姿を見つけた。
彼はすぐに私に気付いて、声を掛けてきた。
「起きたのか」
「あ、うん。おはよう」
「…よく眠れたようだな」
「え?ああ、うん」
なぜか魔王にじっと見つめられている。なんだか恥ずかしいな…。
「昨夜のことは、覚えているか?」
「えっ?」
夕べのことが、フラッシュバックする。
「あ!あれは…ゆ、夢じゃなかった…?」
途端に顔から火が出そうになった。
「夢ではない」
魔王はぶすっとして呟いた。
「大事なところで眠ってしまいおって」
「え?!ええーっ?!私、寝ちゃったの…?」
「やはり覚えておらぬか」
うわ、最悪なパターン。
キスの途中で寝ちゃうとか、ないわ~!
魔王が溜息をつくのも無理はないわよね…。
「ごめんなさい…」
魔王はフッと笑って、私の頭にポンと手を乗せた。
「まあいい。次は寝るなよ」
もう~、サイアクだわ。
…ん?次って…?
魔王がニヤリと笑うのを見て、私は顔が熱くなるのを感じた。
「ここで何してたの?」
「魔力の流れを見ていた。やはり人間の国では流れが悪い。こちら側にも魔族の国を作る必要がある」
「魔族の国を作るの?」
「我の魔力の源は魔族たちの魔力だ。魔族の国では土地ごと魔力が供給されるのだが、ここではそうはいかん。国境を越えると魔力の流れが阻害されるようだ。この国で我が魔力を思い存分行使するためには、もっと多くの魔族の魔力が必要なのだ」
「皆の力をオラに分けてくれー!ってこと?」
「オラ?」
「あー、ううん、何でもない。でもなんか、魔王っていう存在がわかった気がするわ」
「そうか」
魔王はちょっと嬉しそうに笑った。
「ねえ、ゼルくん」
私は何気なくそう呼び掛けた。
「ゼルくん…?」
すると魔王は顔を近づけてきて、私をじっと見た。
…だから、近いって。
心臓に悪いのよ。
「な、何よ…?」
「おまえ、記憶が戻ったのか?」
「えっ?」
「記憶を失う前、おまえは我をそう呼んでいた」
「あ…あれ?」
魔王は私の腰を持って抱き上げた。
足がつかない程に体を持ち上げられた私は、彼の顔を見下ろす形になって戸惑っていた。
「ちょ、ちょっと、何?」
「我と初めて会ったのは、どこだったか覚えているか?」
「どこって…前線基地でしょ?」
「そうだ。そこで風呂に入ったことは?」
「あの屋上のプールのこと?」
魔王は私を抱きかかえたまま、彼にしては珍しく、声を出して笑った。
「思い出したのだな!」
「あ…!」
魔王に云われるまで、気が付かなかった。
「魔王城でのことは覚えているか?」
「…うん。扇子、くれたわよね」
私はスッと手の平に扇子を出した。そうだ、こうやって出してた。そして引っ込め方も思い出した。
…記憶って、そのものに触れると思い出すんだわ。
今だって、魔王の顔を見てフッと思い出したんだもの。
「<運命操作>を使ったのか?」
「えっ?…確かに<運命操作>で記憶が戻らないかな~、とは思ったけど…でも、使った覚えはないんだよね…。あのスキルって、思うだけで叶ったりするものなの?」
「さてな。我は持ったことがないからわからぬが、スキルの中には受動的に発動するものもあるから一概に否定はできん」
「…そういえば、目覚める前、何か夢を見ていた気もするんだけど…思い出せない…」
「目が覚めたら記憶が戻っていたというのか?」
「うん。でもね、自覚がないわけよ。いつの間にか記憶が戻ってて…。あまりにも自然すぎて、今言われるまで気が付いてなかったもの」
「ふむ。なるほど、記憶の回路が繋がったのだな」
「回路?」
「記憶の通り道のことだ」
「…?」
魔王はしばらく黙ったまま、私を見つめていた。
彼は、私の記憶は無くなったわけじゃなくて、それを引き出すことができなくなっていただけなのだろうと云った。つまり封印されていたってことらしい。
なんとなく理屈はわかったけど、私ときたら、記憶が戻ったことに、一向に自覚が持てないのよね。
「うーん、なんか納得できない…」
「何がだ?」
「だってさ、記憶を取り戻すって、何かもっとこう劇的な感じでさ、『すべて思い出したわ!』って感動するかと思ってたのに…。なんかグダグダじゃん…」
魔王はククッと笑いながら、私を地面に下ろした。
「そもそも記憶というものは、その都度頭の中から引き出すものなのだ。一度にすべて思い出すことなどできん」
「そういうものなの?」
「ああ。おそらくは、これから色々なことを少しずつ思い出していくことになる」
確かに、ちょっと昔のこととかでも、普通に忘れてたりするもんね。それと同じようにその都度思い出していくのかな。
「2年の間、おまえは眠っていたと言っていたな。それはおまえの時間が止まっていたということになる。記憶とは時間の認識だ。おまえは自分自身の時間を止めることによって、その間の記憶をなかったことにしたのだ」
「…それ、どういうこと?まるで私自身がわざと記憶を失くしたみたいじゃない」
「その通りだ。おまえは自分で記憶の回路を遮断して、思い出せないように封印していたのだ」
「そんなわけないでしょ!私があなたやみんなのこと忘れたいなんて思うはずが…」
そこまで云って、私は言葉に詰まった。
よく考えてみると、魔王と出会ったあたりからスッポリ記憶が抜け落ちていたことに気付いた。
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