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第六章
集う者たち
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「<運命操作>のスキルをか…?持っているのか?おまえが?」
「うん、ついさっき、自分のスキルを確認してみたの。そしたらいつの間にか持ってて…」
「使ったのか」
「あ~…うん」
「そのスキルで何を願ったんです?」
ジュスターが少し厳しい顔で尋ねた。
ああ、云うのが少し恥ずかしい…。
「あの、ね…。実は『お風呂に入りたい!』って願ったんだよね…」
私の言葉を聞いて、魔王もジュスターも少し呆れた顔をした。
「だ、だってさ、どういうスキルかわかんなかったし、運命を操作するなんて意味不明だったし…。当たり障りのないことにしようと思ってさ~」
ジュスターは表情を変えなかったけど、口元が少し微笑んでいた。
絶対バカにされてるよね…。
「それは<運命操作>を使うほどのことなのか?」
「それは私も思ったわよ。でもあんまり大それたことを願ったりして、それで人に迷惑かけたりしたら嫌じゃない?」
「で、それは叶ったのか?」
「それがさ、なんと源泉かけ流しの温泉に入れたのよ!!すごくない?この世界で温泉に入れるなんて思ってもみなかったから、超興奮したわよ!」
「ほう、温泉か…。ラエイラ以外にもこんな田舎にあるとは驚きだ。それはスキルのおかげなのか?」
「うーん、正直よくわかんないのよね。たまたまここに温泉があったってだけでしょ?」
「普通はたまたま温泉などないと思うがな」
「そこよ、わかんないのは。だって温泉は<運命操作>を使う前からあったわけだしさ」
半信半疑の私にジュスターが云った。
「トワ様、運命とは巡るものなのです。それがもともとここにあったということは問題ではなく、それを願ったトワ様が、温泉のあるこの場所に連れてこられたということ自体が運命が動いている証拠なのです」
「へ、へえ…」
ジュスターの説明にも、今一つ意味がよくわかっていない私は生返事をした。
魔王はそれを面白そうにニヤニヤ笑って見ていた。
私が睨むと、魔王は「おまえには難しい話だな」と云ってそれ以上説明をしてくれなかった。
ものすごくバカにされた気がする…。
「とにかく、予想を上回る結果が帰ってきたことは確かよね。迂闊に使うのは止めるわ」
私がそう云うと、ジュスターは首を傾げて意外そうな顔をした。
「なぜです?そのスキルを使えば、何でも願いが叶うんですよ?」
「うん…。すごく魅力的な話だけど、なんか怖いっていうのが本音かな」
「怖い?」
「だって、私の願いが叶うっていうことは、誰かの願いが叶わないっていうこともあるわけでしょ?それが自分の力じゃないことで叶うんだとしたら、やっぱりどこかで無理があるんじゃないかって気がするの。いつかそれが自分に罰として帰ってくるんじゃないかって」
ジュスターはビックリした表情をした。
「罰…ですか」
「うん。そういうのしっぺ返しっていうんだっけ。調子に乗りすぎると痛い目に合うやつ」
ジュスターは無言で私の顔を見つめていた。
「全部が全部、自分の思い通りになったら、そりゃ生きやすいだろうと思うし、きっと楽しいと思うわ。でもそんなことばっかりずっと続いたら、きっと面白くないし、第一飽きちゃうわよ」
「皆が皆、そうとも言えぬとは思うがな」
「そうね。生まれた時からそんな環境にいたら、それが当然て思うかもね。でも私はそんな人生退屈だって思うけどな。例えばさ、自分の応援してるチームが、ずーっと優勝してばっかりだと盛り上がらないでしょ?負けて、悔しがって、次こそは、って思うのがいいんじゃない。それにはじめっから結果がわかってる勝負なんか見てて楽しくないもん」
「そう…ですね」
ジュスターは私の云ったことを噛みしめているかのように見えた。
魔王も私に同調して云った。
「そうだな。だいたい、挫折を知らぬ者は成長しない」
「そうそう!最初っから強い能力持ってるとか、チヤホヤされてきた人なんかにはわからないこともあるのよ」
「おまえの言葉には妙に実感がこもっているな」
魔王は茶化すように云った。
「こうみえて嫌な思いもしてきたんだからね。初めからこんなの持ってたら、失敗して怒られたり、苦労もしてなかったんだろうなって思うわよ。でも、そしたらきっとスキル使いまくって超人化してさあ、皆からチヤホヤされて…きっと図に乗ってすごーくイヤな奴になってたかもね」
すると魔王の手がそっと私の頬に触れた。
「大丈夫だ。スキルがあっても、おまえはそんな風にはならない」
「買いかぶり過ぎよ。私、本当はダメ人間なのよ?」
「そんなことは知っている。だが我の知るトワという人間は、己を恥じることを知っている」
「ちょっとそれ褒めてない…」
私がそう云いかけた時、目の前に魔王の整い過ぎた顔が迫ってきた。
驚いている私の唇に何かが触れた感触があった。
あまりにも一瞬のことで、何が起こったのかわからなかった。
「褒めているさ。おまえは我の望んだ通りの娘だ」
彼は私の耳元で囁くように云った。
私は頬が熱くなるのを感じた。
今の、もしかしてキス…された?
魔王は私の肩に腕を回して、私の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「ちょっ…待って…今…」
私のファーストキス…!?このタイミングで?!
しかもこんな人前で!
どんな顔をしたらいいのよ~!
魔王は私を見つめてる。絶対確信犯だ。
「トワ様」
突然ジュスターに呼びかけられた。
「えっ?な、何?」
私はあたふたと慌てて魔王から離れた。
「このスキルはあなたのおっしゃる通り、使い方次第で身を滅ぼすものでもあります。しかし、あなたこそが、このスキルを持つにふさわしい方だと確信しました。どうか大事な場面でお使いくださいますよう」
大事な場面?
ここ一番の勝負ってこと?
それってどういう場面…?なにかの試験?賭け事?抽選?
抽選…くじ引き…
「あ!宝くじ!?」
急に私が叫んだので、2人共驚いていた。
「宝くじ?」
魔王は興味深そうに尋ねた。
「あ、この世界にはないのかな?えーと…番号の書いてある札を買って、売った側の発表した番号とその番号が当たれば大金が手に入るっていう…」
「ふーむ。絵合わせ札のことか?」
「あ、こっちではそういうの?そういう完全に運に左右されるような場合なら、遠慮なく使っていいわよね?」
「結局は金ではないか」
「あら、お金は大事よ?」
「…おまえは今、ジュスターの言ったことを聞いていなかったのか?」
「テヘ」
一番使い勝手のいい場面を思いついただけなんだけどなあ。というか、大事な場面てやっぱ人の命に関わることだよね。できればそういうことで使う時が来ないことを祈るのみだ。
魔王に「いい加減にしろ」と叱られた私は、気まずさからふと視線を逸らせると、敵の騎士が絶命しているレナルドの傍にしゃがみこんでなにやらごそごそと動いているのを見た。
「ちょっと、あなた…何してるの?」
私が声を掛けると、その騎士は慌てて振り向いて、自分の手元を隠そうとしていた。
その手元には宝玉が握られていた。
どうやらレナルドの懐を探って宝玉を盗んでいたようだ。
「あっ、えっと宝玉を放置すると、ほら、危険だから、回収をね」
苦しい言い訳をしている。
それを見咎めた魔王が云った。
「おまえ、カラヴィアか」
「あらん♪さっすが魔王様!よくおわかりで!あ、顔は無事にトワに治してもらったんですのよ」
「えっ?あ、あなたもしかして…」
「そうよ~!ワタシよワタシ!おどろいた?」
騎士は振り向きざまに元のカラヴィアの顔になって、私にニコッと微笑んでウィンクした。
「魔王と知り合いだったのね…」
「…魔王護衛将の1人だ」
「うっそ…!魔王の護衛の人??意外…」
そういやカラヴィアには変身能力があるんだったっけ。ほんと、完璧だな。
「その宝玉をまたどこかに売るつもりではあるまいな?」
魔王のするどい指摘に、カラヴィアはギクッとし、笑ってごまかした。
ジュスターがすかさずカラヴィアから宝玉を取り上げた。その数は3つだった。
「ふむ。<運命操作>の宝玉はないようだな」
「…え?」
私はジュスターの呟きに反応した。
<運命操作>って宝玉もあるんだ?
カラヴィアはまだレナルドの懐を探っていた。
「こんなもんじゃないはずよ。もっとどこかに隠してあるはずだわ。ワタシが知ってるだけでも100個以上はあったもの」
「そんなにあるの?」
「ほう?よく知っているな。…で、そのうちいくつ盗んで売ったのだ?」
「あら~ホホホ。ほら、人間の国が長いとさ。お金はないよりあった方がいいでしょ?ね?」
魔王の問いに、元の姿に戻ったカラヴィアは、似合っているとは言い難い鎧姿でホホホと笑ってごまかした。魔族のくせにがめつい人だわ。
…って、さっき私が宝くじの話をした時、魔王も私をこんな気持ちで見てたのかしらと、なんとなく気まずい気持ちになった。
「ではカラヴィア。おまえに命じる。エウリノームの遺した宝玉を見つけてすべて回収してこい。…全部でいくつあるのかは知らぬ故、おまえが持ってきたものがすべてだと我は認識する」
「え?…いいんですの?わっかりましたわ!お任せください!」
「ただし…」
「大事なものとそうでないものくらいはわかってますよう」
それは、カラヴィアが見つけた宝玉の中からいくつかちょろまかして売ってしまっても目を瞑ると云っているのと同じことだ。守銭奴のカラヴィアが張り切るのも無理はない。
大通路の後方ではユリウスが城の中から湧いてくる兵士らを倒していたが、その中に明らかに異質な2人組を見つけた。彼らは兵士らに追われているように見えた。
それは子供をつれた鎧姿の男だった。
その男を見て、最初に声を上げたのはホリーだった。
「ノーマン…!」
ホリーは彼を見て、驚いた表情になった。
そのホリーに気付いて、彼も答えた。
「ホリー…か?ホリー・バーンズ!」
大通路へと現れた黒い鎧姿の男は、黒色重騎兵隊隊長のノーマンだった。
ユリウスが追手の兵士らを倒している間に、2人はこちらへ向かって逃げてきた。
ノーマンが連れていたのは、誘拐された皇女だった。
ホリーは彼の側に駆け寄った。
「あなた、帝都に帰ったんじゃなかったの?」
「帰路の野営中に謎の騎士団の襲撃を受けたんだ。奴ら、不死者の大群を自分の部下のように使役してやがった…」
「あなたと皇女様だけが捕らえられたというわけ?」
「ああ。寝込みを襲われて隊は全滅した。俺と皇女だけはここへ連れてこられて、部屋で軟禁されていたんだが、隙をついて抜け出してきたら、この騒ぎだ。ここは一体どこなんだ?」
「私も、重傷者を診て欲しいって云われて連れてこられただけで、何の説明も受けていないわ」
2人と子供1人は、説明を求めるようにこちらを見た。
「ここはオーウェン王国の生き残りが作った地下の軍事基地だよ」
ウルクが彼らにそう答えた。
ここが、オーウェン王国の生き残りが暮らす地下都市で、大司教公国を乗っ取って新しい国を作ろうとしているとも説明した。
初めて聞く話で、私は驚きを隠せなかった。
「この城の外に軍の基地があって、少し前に大軍が出て行ったよ。大司教公国に攻め込むんだってさ」
先にこの都市に潜入していたウルクは、ジュスターと共にいろいろと調査をしていたらしく、この地下王国についての情報を教えてくれた。
ジュスターとウルクは大司教公国のポータル・マシンから、ユリウスと魔王は私が移動してきたマシンからそれぞれここへ来たらしい。
その時、背後から何かがぶつかるような、ものすごい音がした。
驚いて振り向くと、大通路の奥から、カイザードラゴンがのっしのっしと歩いてくるのが見えた。その巨体が歩くたび、辺りの壁が破壊され、瓦礫を巻き散らしていた。
あ~、忘れてた。
ノーマンもホリーもその光景を見て腰を抜かすほど驚いていた。
少女はノーマンに抱きついて怯えて泣きじゃくっていた。
そのドラゴンの足元をすり抜け、奥から必死にこちらに逃げて走ってくるローブ姿の者たちがいた。
ホリーの姿を見つけると、彼らは助けを求めてきた。
彼らはナルシウス・カッツという大司教公国の祭司長の一行だった。
彼らもノーマン同様、城内に囚われていたところ、カイザーが部屋ごとぶっ壊したのでドサクサに紛れて逃げてきたという。
「ここが地下だということを忘れているようだな。あのまま暴れればここが崩れて全員生き埋めになるぞ」
「何を他人事みたいに言ってるのよ!あなたが呼び出したんじゃない!」
「ああ、そうだったな」
私の指摘を受けて、魔王はカイザーにネックレスに戻るよう命じた。
「魔王様、城内の敵はほぼ一掃しました」
ジュスターが報告すると、ホリーたち人間組は一斉に魔王を見つめた。
魔王と云う言葉に反応したようだった。
彼らは目の前に魔王がいるということに驚いていたけど、その事実を受け入れてはおらず、真偽はさておき魔王を名乗る魔族がいるって程度の認識をしたようだ。
そりゃそうよね。魔王と云えばラスボスだもの。普通はそんな簡単に出てくるキャラじゃないから偽物だって思う方が自然よね。
だけど、ナルシウスだけは少し違った。
歴史学者の血が騒いだのか、ジュスターが間に入って彼を制止させるまで、やたらと魔王に話しかけていた。もっとも魔王は無視して相手にしなかったけど。
ずいぶん気安く話しかけているけど、ナルシウスの目には、魔王はどう映っているんだろうか。
「魔王様、いかがいたしましょうか」
「我の目的はトワを取り戻すことだ。あの者らが何をしようと興味はない」
そう云うと、彼は私の肩をさりげなく抱き寄せた。
なんだかすっかり恋人気取りな感じ。
いや、それより、さっきのキスの件よ。どういうつもりなのか問い詰めないと。
それを魔王に問いただそうとした時、ホリーが私に話しかけてきた。
ホリーは魔王を名乗る魔族が、私の肩を抱いてることに疑問を感じたみたい。
「あなた、やっぱりトワさんよね?施設送りになったって聞いたけど、生きていたのね。人間に相手にされないからって、魔族とそんな仲になってるのはどうかと思うわよ」
「なっ…」
…絶句。どこまで嫌味なのよ、この人。それ今、云う必要ある?
すると、私の隣に立つ魔王はホリーを鋭い目で睨みつけ、鼻で笑って云った。
「それは人間にも魔族にも相手にされぬ女のひがみか?」
「な、何ですって!?」
「だからといってトワに当たるな。見苦しいぞ」
「キィィ!」
魔王の言葉にホリーは激高した。
彼女をやり込めてくれたのは素直に嬉しかったけど、結構キツイこと云うわね…。
「おまえが望むならこの女の口を塞ぐこともできるぞ」
魔王が物騒なことを云うと、ジュスターとユリウスも同じようなことを云った。
「この女には身の程を知らせてやらねばならないようですね」
「トワ様に失礼な口をきけないように、喉を潰してやりましょうか」
魔王をはじめ、ジュスターやユリウスに睨まれていることに気付いたホリーは、ビクビクしながら「な、何よ…!」と云いながら後ずさった。
かなり脅しがきいたみたいで、ホリーはもう私にちょっかいをかけてくることはなかった。
魔王は私の顔を覗き込んで尋ねた。
「ゴラクドールに戻るか?」
「うん、仲間も心配してるだろうし…」
そう云いかけた時、ノーマンにくっついている幼い少女と、なぜか目が合った。
その目は、私になにかを訴えかけていたように思えた。
「ねえ、あの子は…?」
「あれはアトルヘイム帝国の皇女だそうだ。この王国とやらの交渉材料のために誘拐されたのだろう」
「あんな小さな子が…可哀想だわ」
「人間同士の揉め事に首を突っ込むと厄介だぞ」
「うん…でも…」
魔王はそう釘を刺したけど、あの子がちゃんと家に帰れたかどうか見届けてあげないと、心配だわ。
それに、誘拐されてきたってことはまた追手がかかるかもしれない。あの人たちであの子を守れるとも思えないんだけど。
私はノーマンやナルシウスらを見渡して溜息をついた。
「うん、ついさっき、自分のスキルを確認してみたの。そしたらいつの間にか持ってて…」
「使ったのか」
「あ~…うん」
「そのスキルで何を願ったんです?」
ジュスターが少し厳しい顔で尋ねた。
ああ、云うのが少し恥ずかしい…。
「あの、ね…。実は『お風呂に入りたい!』って願ったんだよね…」
私の言葉を聞いて、魔王もジュスターも少し呆れた顔をした。
「だ、だってさ、どういうスキルかわかんなかったし、運命を操作するなんて意味不明だったし…。当たり障りのないことにしようと思ってさ~」
ジュスターは表情を変えなかったけど、口元が少し微笑んでいた。
絶対バカにされてるよね…。
「それは<運命操作>を使うほどのことなのか?」
「それは私も思ったわよ。でもあんまり大それたことを願ったりして、それで人に迷惑かけたりしたら嫌じゃない?」
「で、それは叶ったのか?」
「それがさ、なんと源泉かけ流しの温泉に入れたのよ!!すごくない?この世界で温泉に入れるなんて思ってもみなかったから、超興奮したわよ!」
「ほう、温泉か…。ラエイラ以外にもこんな田舎にあるとは驚きだ。それはスキルのおかげなのか?」
「うーん、正直よくわかんないのよね。たまたまここに温泉があったってだけでしょ?」
「普通はたまたま温泉などないと思うがな」
「そこよ、わかんないのは。だって温泉は<運命操作>を使う前からあったわけだしさ」
半信半疑の私にジュスターが云った。
「トワ様、運命とは巡るものなのです。それがもともとここにあったということは問題ではなく、それを願ったトワ様が、温泉のあるこの場所に連れてこられたということ自体が運命が動いている証拠なのです」
「へ、へえ…」
ジュスターの説明にも、今一つ意味がよくわかっていない私は生返事をした。
魔王はそれを面白そうにニヤニヤ笑って見ていた。
私が睨むと、魔王は「おまえには難しい話だな」と云ってそれ以上説明をしてくれなかった。
ものすごくバカにされた気がする…。
「とにかく、予想を上回る結果が帰ってきたことは確かよね。迂闊に使うのは止めるわ」
私がそう云うと、ジュスターは首を傾げて意外そうな顔をした。
「なぜです?そのスキルを使えば、何でも願いが叶うんですよ?」
「うん…。すごく魅力的な話だけど、なんか怖いっていうのが本音かな」
「怖い?」
「だって、私の願いが叶うっていうことは、誰かの願いが叶わないっていうこともあるわけでしょ?それが自分の力じゃないことで叶うんだとしたら、やっぱりどこかで無理があるんじゃないかって気がするの。いつかそれが自分に罰として帰ってくるんじゃないかって」
ジュスターはビックリした表情をした。
「罰…ですか」
「うん。そういうのしっぺ返しっていうんだっけ。調子に乗りすぎると痛い目に合うやつ」
ジュスターは無言で私の顔を見つめていた。
「全部が全部、自分の思い通りになったら、そりゃ生きやすいだろうと思うし、きっと楽しいと思うわ。でもそんなことばっかりずっと続いたら、きっと面白くないし、第一飽きちゃうわよ」
「皆が皆、そうとも言えぬとは思うがな」
「そうね。生まれた時からそんな環境にいたら、それが当然て思うかもね。でも私はそんな人生退屈だって思うけどな。例えばさ、自分の応援してるチームが、ずーっと優勝してばっかりだと盛り上がらないでしょ?負けて、悔しがって、次こそは、って思うのがいいんじゃない。それにはじめっから結果がわかってる勝負なんか見てて楽しくないもん」
「そう…ですね」
ジュスターは私の云ったことを噛みしめているかのように見えた。
魔王も私に同調して云った。
「そうだな。だいたい、挫折を知らぬ者は成長しない」
「そうそう!最初っから強い能力持ってるとか、チヤホヤされてきた人なんかにはわからないこともあるのよ」
「おまえの言葉には妙に実感がこもっているな」
魔王は茶化すように云った。
「こうみえて嫌な思いもしてきたんだからね。初めからこんなの持ってたら、失敗して怒られたり、苦労もしてなかったんだろうなって思うわよ。でも、そしたらきっとスキル使いまくって超人化してさあ、皆からチヤホヤされて…きっと図に乗ってすごーくイヤな奴になってたかもね」
すると魔王の手がそっと私の頬に触れた。
「大丈夫だ。スキルがあっても、おまえはそんな風にはならない」
「買いかぶり過ぎよ。私、本当はダメ人間なのよ?」
「そんなことは知っている。だが我の知るトワという人間は、己を恥じることを知っている」
「ちょっとそれ褒めてない…」
私がそう云いかけた時、目の前に魔王の整い過ぎた顔が迫ってきた。
驚いている私の唇に何かが触れた感触があった。
あまりにも一瞬のことで、何が起こったのかわからなかった。
「褒めているさ。おまえは我の望んだ通りの娘だ」
彼は私の耳元で囁くように云った。
私は頬が熱くなるのを感じた。
今の、もしかしてキス…された?
魔王は私の肩に腕を回して、私の顔を覗き込んだ。
「どうした?」
「ちょっ…待って…今…」
私のファーストキス…!?このタイミングで?!
しかもこんな人前で!
どんな顔をしたらいいのよ~!
魔王は私を見つめてる。絶対確信犯だ。
「トワ様」
突然ジュスターに呼びかけられた。
「えっ?な、何?」
私はあたふたと慌てて魔王から離れた。
「このスキルはあなたのおっしゃる通り、使い方次第で身を滅ぼすものでもあります。しかし、あなたこそが、このスキルを持つにふさわしい方だと確信しました。どうか大事な場面でお使いくださいますよう」
大事な場面?
ここ一番の勝負ってこと?
それってどういう場面…?なにかの試験?賭け事?抽選?
抽選…くじ引き…
「あ!宝くじ!?」
急に私が叫んだので、2人共驚いていた。
「宝くじ?」
魔王は興味深そうに尋ねた。
「あ、この世界にはないのかな?えーと…番号の書いてある札を買って、売った側の発表した番号とその番号が当たれば大金が手に入るっていう…」
「ふーむ。絵合わせ札のことか?」
「あ、こっちではそういうの?そういう完全に運に左右されるような場合なら、遠慮なく使っていいわよね?」
「結局は金ではないか」
「あら、お金は大事よ?」
「…おまえは今、ジュスターの言ったことを聞いていなかったのか?」
「テヘ」
一番使い勝手のいい場面を思いついただけなんだけどなあ。というか、大事な場面てやっぱ人の命に関わることだよね。できればそういうことで使う時が来ないことを祈るのみだ。
魔王に「いい加減にしろ」と叱られた私は、気まずさからふと視線を逸らせると、敵の騎士が絶命しているレナルドの傍にしゃがみこんでなにやらごそごそと動いているのを見た。
「ちょっと、あなた…何してるの?」
私が声を掛けると、その騎士は慌てて振り向いて、自分の手元を隠そうとしていた。
その手元には宝玉が握られていた。
どうやらレナルドの懐を探って宝玉を盗んでいたようだ。
「あっ、えっと宝玉を放置すると、ほら、危険だから、回収をね」
苦しい言い訳をしている。
それを見咎めた魔王が云った。
「おまえ、カラヴィアか」
「あらん♪さっすが魔王様!よくおわかりで!あ、顔は無事にトワに治してもらったんですのよ」
「えっ?あ、あなたもしかして…」
「そうよ~!ワタシよワタシ!おどろいた?」
騎士は振り向きざまに元のカラヴィアの顔になって、私にニコッと微笑んでウィンクした。
「魔王と知り合いだったのね…」
「…魔王護衛将の1人だ」
「うっそ…!魔王の護衛の人??意外…」
そういやカラヴィアには変身能力があるんだったっけ。ほんと、完璧だな。
「その宝玉をまたどこかに売るつもりではあるまいな?」
魔王のするどい指摘に、カラヴィアはギクッとし、笑ってごまかした。
ジュスターがすかさずカラヴィアから宝玉を取り上げた。その数は3つだった。
「ふむ。<運命操作>の宝玉はないようだな」
「…え?」
私はジュスターの呟きに反応した。
<運命操作>って宝玉もあるんだ?
カラヴィアはまだレナルドの懐を探っていた。
「こんなもんじゃないはずよ。もっとどこかに隠してあるはずだわ。ワタシが知ってるだけでも100個以上はあったもの」
「そんなにあるの?」
「ほう?よく知っているな。…で、そのうちいくつ盗んで売ったのだ?」
「あら~ホホホ。ほら、人間の国が長いとさ。お金はないよりあった方がいいでしょ?ね?」
魔王の問いに、元の姿に戻ったカラヴィアは、似合っているとは言い難い鎧姿でホホホと笑ってごまかした。魔族のくせにがめつい人だわ。
…って、さっき私が宝くじの話をした時、魔王も私をこんな気持ちで見てたのかしらと、なんとなく気まずい気持ちになった。
「ではカラヴィア。おまえに命じる。エウリノームの遺した宝玉を見つけてすべて回収してこい。…全部でいくつあるのかは知らぬ故、おまえが持ってきたものがすべてだと我は認識する」
「え?…いいんですの?わっかりましたわ!お任せください!」
「ただし…」
「大事なものとそうでないものくらいはわかってますよう」
それは、カラヴィアが見つけた宝玉の中からいくつかちょろまかして売ってしまっても目を瞑ると云っているのと同じことだ。守銭奴のカラヴィアが張り切るのも無理はない。
大通路の後方ではユリウスが城の中から湧いてくる兵士らを倒していたが、その中に明らかに異質な2人組を見つけた。彼らは兵士らに追われているように見えた。
それは子供をつれた鎧姿の男だった。
その男を見て、最初に声を上げたのはホリーだった。
「ノーマン…!」
ホリーは彼を見て、驚いた表情になった。
そのホリーに気付いて、彼も答えた。
「ホリー…か?ホリー・バーンズ!」
大通路へと現れた黒い鎧姿の男は、黒色重騎兵隊隊長のノーマンだった。
ユリウスが追手の兵士らを倒している間に、2人はこちらへ向かって逃げてきた。
ノーマンが連れていたのは、誘拐された皇女だった。
ホリーは彼の側に駆け寄った。
「あなた、帝都に帰ったんじゃなかったの?」
「帰路の野営中に謎の騎士団の襲撃を受けたんだ。奴ら、不死者の大群を自分の部下のように使役してやがった…」
「あなたと皇女様だけが捕らえられたというわけ?」
「ああ。寝込みを襲われて隊は全滅した。俺と皇女だけはここへ連れてこられて、部屋で軟禁されていたんだが、隙をついて抜け出してきたら、この騒ぎだ。ここは一体どこなんだ?」
「私も、重傷者を診て欲しいって云われて連れてこられただけで、何の説明も受けていないわ」
2人と子供1人は、説明を求めるようにこちらを見た。
「ここはオーウェン王国の生き残りが作った地下の軍事基地だよ」
ウルクが彼らにそう答えた。
ここが、オーウェン王国の生き残りが暮らす地下都市で、大司教公国を乗っ取って新しい国を作ろうとしているとも説明した。
初めて聞く話で、私は驚きを隠せなかった。
「この城の外に軍の基地があって、少し前に大軍が出て行ったよ。大司教公国に攻め込むんだってさ」
先にこの都市に潜入していたウルクは、ジュスターと共にいろいろと調査をしていたらしく、この地下王国についての情報を教えてくれた。
ジュスターとウルクは大司教公国のポータル・マシンから、ユリウスと魔王は私が移動してきたマシンからそれぞれここへ来たらしい。
その時、背後から何かがぶつかるような、ものすごい音がした。
驚いて振り向くと、大通路の奥から、カイザードラゴンがのっしのっしと歩いてくるのが見えた。その巨体が歩くたび、辺りの壁が破壊され、瓦礫を巻き散らしていた。
あ~、忘れてた。
ノーマンもホリーもその光景を見て腰を抜かすほど驚いていた。
少女はノーマンに抱きついて怯えて泣きじゃくっていた。
そのドラゴンの足元をすり抜け、奥から必死にこちらに逃げて走ってくるローブ姿の者たちがいた。
ホリーの姿を見つけると、彼らは助けを求めてきた。
彼らはナルシウス・カッツという大司教公国の祭司長の一行だった。
彼らもノーマン同様、城内に囚われていたところ、カイザーが部屋ごとぶっ壊したのでドサクサに紛れて逃げてきたという。
「ここが地下だということを忘れているようだな。あのまま暴れればここが崩れて全員生き埋めになるぞ」
「何を他人事みたいに言ってるのよ!あなたが呼び出したんじゃない!」
「ああ、そうだったな」
私の指摘を受けて、魔王はカイザーにネックレスに戻るよう命じた。
「魔王様、城内の敵はほぼ一掃しました」
ジュスターが報告すると、ホリーたち人間組は一斉に魔王を見つめた。
魔王と云う言葉に反応したようだった。
彼らは目の前に魔王がいるということに驚いていたけど、その事実を受け入れてはおらず、真偽はさておき魔王を名乗る魔族がいるって程度の認識をしたようだ。
そりゃそうよね。魔王と云えばラスボスだもの。普通はそんな簡単に出てくるキャラじゃないから偽物だって思う方が自然よね。
だけど、ナルシウスだけは少し違った。
歴史学者の血が騒いだのか、ジュスターが間に入って彼を制止させるまで、やたらと魔王に話しかけていた。もっとも魔王は無視して相手にしなかったけど。
ずいぶん気安く話しかけているけど、ナルシウスの目には、魔王はどう映っているんだろうか。
「魔王様、いかがいたしましょうか」
「我の目的はトワを取り戻すことだ。あの者らが何をしようと興味はない」
そう云うと、彼は私の肩をさりげなく抱き寄せた。
なんだかすっかり恋人気取りな感じ。
いや、それより、さっきのキスの件よ。どういうつもりなのか問い詰めないと。
それを魔王に問いただそうとした時、ホリーが私に話しかけてきた。
ホリーは魔王を名乗る魔族が、私の肩を抱いてることに疑問を感じたみたい。
「あなた、やっぱりトワさんよね?施設送りになったって聞いたけど、生きていたのね。人間に相手にされないからって、魔族とそんな仲になってるのはどうかと思うわよ」
「なっ…」
…絶句。どこまで嫌味なのよ、この人。それ今、云う必要ある?
すると、私の隣に立つ魔王はホリーを鋭い目で睨みつけ、鼻で笑って云った。
「それは人間にも魔族にも相手にされぬ女のひがみか?」
「な、何ですって!?」
「だからといってトワに当たるな。見苦しいぞ」
「キィィ!」
魔王の言葉にホリーは激高した。
彼女をやり込めてくれたのは素直に嬉しかったけど、結構キツイこと云うわね…。
「おまえが望むならこの女の口を塞ぐこともできるぞ」
魔王が物騒なことを云うと、ジュスターとユリウスも同じようなことを云った。
「この女には身の程を知らせてやらねばならないようですね」
「トワ様に失礼な口をきけないように、喉を潰してやりましょうか」
魔王をはじめ、ジュスターやユリウスに睨まれていることに気付いたホリーは、ビクビクしながら「な、何よ…!」と云いながら後ずさった。
かなり脅しがきいたみたいで、ホリーはもう私にちょっかいをかけてくることはなかった。
魔王は私の顔を覗き込んで尋ねた。
「ゴラクドールに戻るか?」
「うん、仲間も心配してるだろうし…」
そう云いかけた時、ノーマンにくっついている幼い少女と、なぜか目が合った。
その目は、私になにかを訴えかけていたように思えた。
「ねえ、あの子は…?」
「あれはアトルヘイム帝国の皇女だそうだ。この王国とやらの交渉材料のために誘拐されたのだろう」
「あんな小さな子が…可哀想だわ」
「人間同士の揉め事に首を突っ込むと厄介だぞ」
「うん…でも…」
魔王はそう釘を刺したけど、あの子がちゃんと家に帰れたかどうか見届けてあげないと、心配だわ。
それに、誘拐されてきたってことはまた追手がかかるかもしれない。あの人たちであの子を守れるとも思えないんだけど。
私はノーマンやナルシウスらを見渡して溜息をついた。
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