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第三章

グリンブル・アカデミー

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 私と魔王が通う学校は、この都市で最も由緒ある王立グリンブル・アカデミーだ。
 グリンブル王国の王都であるここグリンブルには、王族の他、大商家、名うての職人、魔貴族、売れっ子芸人など有名人が多く住んでいる高級住宅区画がある。
 グリンブル・アカデミーはそんな区画に建っている。
 そう、私の通う学校は超のつくお金持ち学校なのだ。

 お金持ち学校に庶民が通って…なんてラブコメもあったっけ。
 そんな出会いもあったりするのかなあ?
 このアカデミーは、学費はバカ高いのだけど、世界一のマシーナリー科があるので有名だ。魔王はそのマシーナリー科に興味があるらしく、ここに通うことに決めたのだ。


「トワ、よく似合っているぞ」

 私が着ているのはアカデミーの制服だ。
 襟や袖口に、お金持ちっぽい金の縁取りのあるレースのついた、上下セパレートの上品な仕立てのツーピースで、女性は下がスカート、男性はパンツという制服だ。
 20歳越えて制服着るのって、なんか恥ずかしい気もするけど、どうやら女子高生で通る見かけをしているらしいから、まあ、良しとしよう。
 この制服を見たジュスターは興味津々で、どうやら新作の服を考えているようだ。

「そういうゼルくんも、カッコいいわよ」
「そうか?」

 魔王は子供なので下はハーフパンツだ。うん、小学生らしい制服ね。
 彼は美少年だから、何着ても様になるのだ。

「いいか、くれぐれも目立つなよ。お前は魔族ってことになっているのだから、回復魔法は絶対禁止だ。平穏に過ごすのだ」
「わかってるわよ。そっちも魔王だってバレないようにね」

 とは云いつつも、少し不安だ。
 魔王が人間と同じ学校に通うなんて前代未聞だろうなあ…。

 学校に通うのに、スレイプニールはさすがにないということで、治安維持機構の所有する普通の馬車になった。
 普通、と云ってもかなり上等の仕立て馬車である。
 学校に行くだけで、馬車での送り迎えがあるというのだけでもすごいのに、ジュスターたちが交代で護衛を務めてくれるというのに驚いた。
 まあ、私というよりは魔王の護衛だろうけどね。

「こういうことは、形式が大事なのです」

 とマサラは云う。
 人間の国の学校では、やはり貧富の差というものがある。
 学費は同じなのだが、どうやら個人で学校に寄付する者や親がお金持ちや有名人の生徒については、明らかに扱いに差があるのだという。
 馬車の質と護衛の数でその家の裕福度がわかると云われているそうだ。
 マサラがこだわるのはそこで、ここでは待遇やサービスを金で買うことになると云っていた。

 ジュスターは、この街の人々のファッションを参考に、新しい服を創って騎士団員たちに着せていた。
 この街の魔族も人間も皆スタイリッシュでおしゃれだ。
 ジュスターの出で立ちは、黒いマントとその下には貴公子みたいなブルーのスーツを着ていた。かなり貴族っぽくてカッコイイ。
 ユリウスたちもいつもの制服ではなく、襟や袖口にレースのついた、ちょっとしたお金持ちの家の子弟、という雰囲気の服を着ている。

 馬車の御者はアスタリスが務める。
<遠見>で学校までの道は把握しているという。まったく便利な能力だ。

 今日、馬車に同乗するのはジュスターとネーヴェだった。
 私たちが授業を受けている間、彼らは校内や学校周辺を巡回するという。
 明日からお昼はユリウスが特製のお弁当を学校まで届けてくれることになっている。

 ネーヴェはエメラルドグリーンの髪を無造作ヘアっぽくアレンジしている。
 美容院のポスターモデルみたいなおしゃれな髪型になっているのは、治安維持機構の侍女にやってもらったのだとか。
 それも毎朝違う侍女が先を争ってやってくるので、毎日違う髪型になっている。
「楽しいからいいけどね」とあっけらかんとしているけど、あきらかに侍女たちの間にはネーヴェを巡っての熾烈な争いが起こっている様子。自覚がないって罪よね。

 高級住宅街の一角にあるグリンブル・アカデミーの校舎は、優美かつ壮麗という言葉がピッタリくる。
 絢爛豪華な門をくぐると馬車が車寄せに次々と止まっては生徒を降ろしていく様子が見えた。
 さながら馬車の博覧会のよう。実にお金持ちの学校っぽい。
 生徒たちの挨拶の言葉がまず「ごきげんよう」ときた。ヤバイ、あきらかに人種が違うぞ…。

 私たちの馬車が止まると、周囲の人々の注目を浴びた。
 馬車の豪華さに気が付いたのだろう、車寄せ付近で立ち止まる生徒たちの姿があった。
 貴公子然としたジュスターが先に降りて扉を開け、私をエスコートしたのを見て、周囲の生徒たちはざわめいた。
 それはまるで芸能人を見た時の反応だ。
 続いてネーヴェが魔王を伴って降りると、「ほぉ…」という溜息にも似た声が聞こえた。
 車寄せに立っていると、周囲にいた女生徒たちの声が聞こえてきた。

「あの方々はどなた?」
「どこかの貴族ではないかしら。素敵な方たちね」
「羨ましいわ。うちの侍従と交換したいわ」

 …無理もない。
 私だって、前触れなくジュスターやネーヴェを見たらきっと追っかけたくなると思う。

「ではトワ様、お帰りの時間にお迎えに参ります」

 御者席からアスタリスが声を掛けた。
 アスタリスは馬車で一旦屋敷に戻るらしい。
 ジュスターとネーヴェは校内に留まって授業の邪魔にならないように教室の外から私たちの護衛をするそうだ。
 彼らと別れ、校内のロビーに入ると、私と魔王はその場に居合わせた生徒たちに囲まれてしまった。そのほとんどが人間だ。

「あなたたちは、編入生?」
「どこからいらしたの?今の方々はあなた方の護衛?」
「あなた方は魔族よね?お名前はなんとおっしゃるの?」

 私の黒い髪を見ても嫌な顔をしない人間は初めてだった。魔族だっていっても態度が変わらない。
 ここはやはり魔族も人間も公平に暮らしている場所なんだと知った。
 魔王は急に人間に話しかけられたもんだから面食らっていたけど、まんざらでもない感じで彼らの質問に答えていた。
 私と魔王がどういう関係なのか、さっきの護衛たちは何者なのか、などなど彼らの矢継ぎ早の質問にしどろもどろに答えていると、後ろから声をかける者がいた。

「こんなところで立ち止まっていると迷惑でしてよ」

 声の方を見ると、1人の女子生徒が立っていた。
 赤い髪と青い瞳、15、6歳くらいの少しきつめの美少女だ。
 私はなんとなくエリアナを思い出した。

「あ…アリー様、ごきげんよう」
「アリー様だわ」
「行きましょ」

 彼女が現れると、周囲にいた人々はそそくさと去って行った。
 アリー、と呼ばれた少女は、挨拶もなしに私をキッ、と睨んで行ってしまった。

「なにあれ…」
「あれは対抗意識を持っている目だな」
「なんで?今会ったばっかりなのに」
「おまえが美しいからではないか?」
「はぁ?」

 魔王はさりげなくそんなことを云ってフフン、と笑う。
 ますますキザな子供になってきたような…。誰に教わったのかしら。

 マサラに云われた通り、最初に校長室へ向かうと中年のオジサンがニコニコと出迎えた。
 校長は頭の薄いオジサンで、マサラからは「ネビュロス様の御子息とそのご友人だから、丁重に扱うように」と説明を受けていたらしい。ちなみに魔王はゼルという偽名を名乗ることになっているが、それは日頃から私がゼルくんと呼んでいるからそうなったみたい。

 校長が「我がアカデミーへようこそ」と、学園についての説明を始めてすぐ、派手な女性が入ってきた。

「こちらはミス・デイジー。語学と錬金術教室の担当になります」

 紹介されたデイジーという教師は、年の頃は30代前半、栗色の髪を肩で外巻きにカールさせたクラシックなヘアスタイルにショッキングピンクのミニスカスーツ姿というなかなかぶっ飛んでる教師だった。

「デイジー・シュリアです。トワ様、ゼル様、私がお教えするからには半年で完璧な大陸語をマスターしていただけますわ」

 彼女はそう云って、教本を渡してくれた。


 デイジー先生に案内されて入った教室は、中央の教壇に向かって扇状にたくさんの机と椅子が並んでいた。
 デイジー先生が私たちを紹介すると、教室内はざわついた。
 魔族の編入生が珍しいのかな?
 教室を見回してみると、男性と女性が半分ずつくらいで魔族もいるけど圧倒的に人間が多い。
 年齢は、魔王くらいの年齢の子から30代くらいの人までいる。他の専門学科にいくともっと上の年齢の生徒もいるという。
 デイジー先生によると、このクラスは語学の初心者クラスだという。

 私たちは空いている席に座ったけど、なんだかものすごく目立っているみたい。

「ねえなんで皆こっちを見てるのかな?」
「魔族が珍しいんだろう」

 魔王は全然気にしていないみたいで、素っ気なく云った。
 授業が始まったので、マサラが持たせてくれた学習用具一式を取り出して、教本を開いてみた。
 うーん、まったく読めない。
 まだ始まったばかりのクラスなので、がんばれば追いつけるって云ってたけど、これは自習しないとダメっぽい。
 隣にいる魔王は、教本を前につまらなさそうに床につかない足をブラブラさせていた。
 魔王は語学には興味がなく、早くマシーナリー科に行きたいみたいだ。
 今日は初日なので、私の教室に付き合ってくれているのだ。優しいな。

 デイジー先生はとても丁寧に教えてくれていると思う。
 共通文字が難しいのは、かつて暗号として使われていた名残なのだと先生は云った。
 発音しない文字があるし、読むときに順番通りになっていないものもある。
 そんな難しい文字を共通語にしないでほしい。
 基本の文字は40文字。アルファベットより多く、日本語より少ない。
 だけど、この文字全部同じに見えるんだよね…。
 発音の練習もあるし、ほんとに読み書きできるようになるのか、自信がなくなってきた。

 私が選択している語学のクラスは、通常は午前中に1時間、午後に1時間半実施される。
 その間に選択した別のクラスを取れる仕組みになっているのだけど、私は他に選択していないから結構時間がある。
 そんな人のために、興味のある授業には選択科目でなくとも任意で出られる聴講制度というものがある。
 それを利用して、魔王が選択しているマシーナリー科を覗いてみることにした。今日は午後の授業がお休みなのだ。

 マシーナリー科というのはこのアカデミーで最も有名な科で、文字通り機械を扱う科目だ。小さなものから大きなものまで生活に役に立つさまざまな物を作るのでとても人気がある。
 主な制作物は魔法具や、魔法具を利用した機械製品だ。
 魔法具とは、魔法を封じ込めた道具のことで、電気やガスみたいな動力源になる。魔法が使えない人間にはとても重宝するアイテムだ。
 例えば最もポピュラーな魔法具は、照明器具だ。電気がないこの世界では火や雷の魔法具を照明に使うことが多い。そのほかにはエアコンみたいな冷暖房用の魔法具や調理用のコンロみたいな魔法具なんかもある。動力が魔法というだけで、元の世界にあるものにとても似ているものばかりだ。
 これらの発明のおかげでこの国は非常に便利で豊かな文化を持っている。

 そういうわけでとても人気のあるマシーナリー科には、多くの学生がいて、聴講生の私は座りきれなくて一番後ろの席で人込みをかき分けながら立ち見をしていたほどだ。

 そんな中で、魔王が注目していたのは、『ポータル・マシン』と呼ばれる転送装置の授業だった。
 これはアカデミー肝入りの研究らしくて、お金も人もたくさんかけて研究を進めているという国家プロジェクトだ。
 100年以上前に、魔王が基本理論を構築し開発の基盤を作ったというから驚きだ。もちろん、ここにいる人たちはそんな事実は知らないはずだけど。
 自分が不在の100年のうちにそれがどの程度進化したのか、興味があったという。

 ところが、『ポータル・マシン』を研究していた教授の1人が、マシンを横流ししていたことがアカデミーにバレてクビになったそうで、今研究自体が足踏み状態だということだった。
 マシーナリー科は実験棟という別の建物で『ポータル・マシン』の研究をしている。
 実験棟にはそのマシンの試作品が2台並べて置かれていて、片方からもう片方へ人や物を瞬間移動する実験を行っているそうだが、その教授のせいで実験は進んでいないという。
 ということで今日は本館の教室で理論の授業なのだけど、何の予備知識もない私がその概要を聞いていても、チンプンカンプンなわけで。
 ただ、これが完成して、遠方同士を結べば、馬車で移動とかしなくて済むんだから超便利な装置だってことはわかる。

 魔王は最初は他の生徒たちと同様に教師の説明を聞いていた。
 子供すぎて周りの生徒たちからは舐められていたみたいだけど、そのうち教師に鋭い質問をし始めて、教師が答えに詰まってタジタジとなってしまうと、周囲の生徒たちはビックリしていた。
 教師も知らないことを魔王が話し出すと、教師は「き、き、君は一体何者だね?」と興奮気味に尋ねた。
 これはヤバイんじゃない?まさか魔王だなんて名乗らないわよね?そんなのバレたら大変よ!?
 そう思ってビクビクしていたら、魔王は皆の前に立って「我は天才科学者なのだ」とか、とぼけたことを云い出した。
 しかもそれを、教師も他の生徒たちも真に受けて、教室から「おお~」とか声が上がる。
 いや、あんたらそれ信じるんかい!
 いつの間にか教師に変わって魔王が教壇に立って、なにやら難しい理論について語っている。
 教師は最前列に座って、必死でメモを取っている。

 何だこの光景。
 なにが「くれぐれも目立つな」よ。めちゃめちゃ目立ってんじゃんか!
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