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第二章
国境砦陥落
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「あーーもう!!何なのよぉ!あんの蝙蝠男、腹立つ!!!」
エリアナの魔法は、蝙蝠の翼を持つ魔族にことごとく吸収されてしまい、彼女をいら立たせた。
それはクシテフォンの<魔法吸収・放出>スキルによるものだったが、彼女が知る由もない。
エリアナたちが砦に駆け付けた時には、既に砦の外壁には馬車が通れるほどの大きな穴が開いていて、もはや国境としての機能を失っていた。
それは彼ら魔族の中で、最も体の大きな魔族が素手で開けたものだと砦の兵は云った。
そのせいで、砦の中は崩れた瓦礫が足の踏み場もないほど散乱していて、ゾーイは馬車を捨てるしかなかった。
開いた大穴から魔族たちが砦に侵入し、砦の中では戦闘が始まっていた。
乗り込んできた少数の魔族たちは個人個人の能力が高く、人間の兵士たちでは到底歯が立たなかった。
しかも、魔族の攻撃は直接兵士たちにではなく、主に砦の外壁や建物に向けられたため、破壊された瓦礫や石などの破片が兵士らの頭上に雨のように降り注いだ。
それを頭や体に受けて負傷した者や、砦の中に出現した豹のような獣に追い立てられた者たちは、砦の外へ逃げようと、人間の国側の門扉の前へと殺到した。
瓦礫を避けて砦の上層への階段を登って逃げた兵士もいたが、彼らは上にいた魔族によって毒を浴びせられて落下していく運命にあった。
兵士数人がかりでようやく人間側の門扉を開けると、そこから兵士たちは我先にと脱兎のごとく逃げ出して行った。
そもそもつい先日も、同じ連中に襲われたばかりなのである。彼らの恐ろしさは嫌という程わかっているのだ。砦の兵士らにしてみれば、「また来た」という感覚だったに違いない。
砦の中で休憩していた兵士たちも、突然地震が起きたかのような揺れに驚き、慌てて砦の中央広場まで出てきたものの、その惨憺たる有様になすすべもなく立ち尽くすことになった。
そして砦の兵たちは敵の人数がまさかそれほど少ないとは思っておらず、正確な情報を得られないまま現場は混乱していた。少数の魔族たちは砦の中で動き回っており、砦を破壊しながら兵士たちを門の外へと追い出しているように見えた。
優星や将も、最初は砦の中で戦っていたが、砦中の壁という壁が破壊され、降り注ぐ瓦礫に頭を抱えながら逃げ出した。
ゾーイが彼らの頭上を盾で守りながら砦の外へと誘導していった。
まだ砦の中にいたエリアナは蝙蝠男に苦戦を強いられていた。
だがそのうち頭上に瓦礫が降ってきたので、アマンダと共に屋根の残っている場所へ避難した。だがその屋根もそろそろ限界のようで、アマンダが「脱出しましょう」と声を掛けた。
エリアナのイライラは限界に達しようとしていた。
「こうなったら究極奥義<広域爆裂弾>で魔族ごと吹っ飛ばしてやるわ!」
「ええ!?ま、まだ砦には人がいるんですよ?第一そんなことしたら私たちも…」
アマンダの言葉も激高したエリアナには届いていなかった。
彼女は砦の中で炎と風の広範囲魔法を撃とうとしていた。
「エリアナ様、いけません!」
アマンダの忠告も聞かず、彼女は魔法を実行した。
彼女が差し出した掌の上に、10センチくらいの炎の塊が出現した。
エリアナはそれを手で何度もこねるようにどんどん大きくしていった。
やがてそれは直径1メートルほどにもなった。
エリアナはその塊を持ち上げ、砦の広場に向かって投げつけた。
「みんな吹っ飛んじゃえー!」
「ダメ―――――――!!」
アマンダの悲鳴が上がる。
彼女は次の瞬間、死を覚悟した。
だがその巨大な炎の塊は、爆発しなかった。
「え…?」
エリアナは状況が呑み込めず、辺りをきょろきょろと見回してみた。
すると彼女の正面に1人の銀髪の魔族がどこからか舞い降りた。それは先ほど戦った魔族たちを指揮していた人物だ。
「こんなものをここで爆発させたら、あなたも死んでしまいますよ」
その魔族は涼しげな声でそう云って、手のひらの上の大きな氷の塊を彼女に見せた。
「う…そ…。私の炎の魔法を、凍らせたの?」
彼はその大きな氷の塊を、ひょいっと空中に投げた。それはエリアナが放った炎の塊だったものだ。
後ろにいた赤い髪の大男が、宙に投げられたその氷の塊を、拳で砕き、粉々にしてしまった。
「嘘でしょ…!?あれを凍らせるなんて…ありえない」
ボーゼンとするエリアナに、彼女の名を呼びながらアマンダが駆け寄ってきた。
アマンダは「無事で良かった!」と彼女に抱きついて泣き始めた。
それにも構わず、エリアナは銀髪の魔族に目を奪われていた。
「もしかして、助けてくれたの…?」
彼はそれには答えず、うっすらと唇だけで微笑んだ。
その瞬間、エリアナの目が見事にハート型になったのをアマンダは見逃さなかった。
「ここは危ないですよ。早くお逃げなさい」
銀髪の魔族は、エリアナたちに優しくそう忠告した。
エリアナの目はもう彼に釘付け状態になっていた。
「は…はい…」
「エリアナ様、逃げましょう!」
アマンダがエリアナの手を強引に取って、扉の方へと走り出した。
「あ、あのっ…!」
エリアナが何かを云いかけた時、銀髪の魔族は瓦礫の向こうに姿を消していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うまくいったようですね」
アスタリスが私の隣で云った。
私は基地の屋上にいて、目を閉じたままアスタリスと手をつないでいた。
目を開けると、遠くの砦から煙が上がっているのが見える。
どうやら砦は落ちたようだ。
落としたのはもちろん聖魔騎士団の連中だ。
「それにしてもまた、エリアナたちが出てくると思わなかったわ」
私はなぜここに彼らがいるのかと、驚いていた。
彼らは勇者候補だから、魔族を討伐するのが任務だから、ここにいてもおかしくはないのだけど。とりあえず彼らと聖魔騎士団が交戦状態になった時、アスタリスを通じて、エリアナたちを見逃してやってとジュスターにお願いしたのだ。
「彼らはトワ様のお知り合いなんですね」
「そう、大司教公国で勇者候補だった頃の仲間よ。まあ、知り合いっていっても、彼らと違って私は落ちこぼれだったから、すっごくバカにされてたんだけどね…」
「えーっ!?トワ様をバカにするなんて、そんな人いるんですか?」
アスタリスは驚いて大声を上げた。
「私の能力は人間には効かないから、彼らにとっては役立たずだったのよ」
「トワ様のようなすばらしい方でも、そんな辛い思いをしてきたんですね。僕もそうでしたから…なんか親近感…」
アスタリスが私を見つめる目が揺れている。
手もつないだままだし、なんか学校の屋上にいるカップルみたいな気分になってくる。
「アスタリスは私よりずっと活躍してるじゃない?今持っている力でできることをちゃんと理解してると思うわ」
「持ってる力でできること…ですか」
アスタリスは私の言葉を噛みしめているように見えた。
なんか、私ちょっと偉そうだな。アスタリスに酷いことしておいて…。
「ごめんねアスタリス。あんたも戦いたかったでしょう?」
「いえ、いいんです。これからまたそういう機会もあるでしょうし、それに今はトワ様とこうして一緒にいられることが嬉しいんです」
彼は私とつないでいる手を見て、そっと頬を染めたように見えた。
反応が初々しすぎるんですけど!
「そ、そう?それならいいんだけど」
「僕、思うんです。トワ様は魔族にとってかけがえのないお方なんだって。そのお力を皆が知ったら、そのうちきっと僕なんか口もきけないような存在になってしまうんじゃないかって…」
「そんなことないと思うわよ?だってアスタリスは私の騎士でしょ?」
「あ…、はい!もちろんです!」
アスタリスの表情が、パッと明るくなった。
「それにしてもカナンって強いのねえ」
アスタリスの<遠見>スキルで視た光景を、<視覚共有>で見せてもらっていた私の、それは素直な感想だった。
カナンには固有の戦闘スキルを与えていないのに、だ。
将の相手をしていた時のカナンの剣の腕前は、アクション映画で見るような達人の域にあった。
「はい。カナンは僕の体術の師匠なんです。あの程度まだまだ本気とはいえません」
「え?そうなの?あれで?」
「彼は左利きですけど、本来は二刀使いなんです。でも一本の剣でもあの通りですから、二刀になればもっとすさまじいです。無敵ですよ」
「へえ~!そうなんだ」
それじゃ完全に将は遊ばれてたのか。
サレオスを倒した将の腕前がどれほどのものかと思ってたけど、カナンの前では素人レベルだったとしか云えなかった。
将のことだからきっとプライドズタズタにされたとか怒ってるんじゃないかな。
「そろそろカタが付きそうだな」
そこへ魔王がやってきた。
私はアスタリスと繋いでいた手を反射的にパッと離した。
「魔王様」
アスタリスは魔王の前に膝を折って礼を取っているけど、私は眉をひそめて、怪訝な顔で彼を迎えた。
「ゼルくん、どうよ?彼らの活躍は。あなたの嫌がらせなんかに負けないんだからね!」
「別に嫌がらせをしたわけではない」
魔王はムッとして云った。
「それより、カイザードラゴンを借りるぞ。状況を直接この目で見たい」
「はいはい、どーぞどーぞ」
私は首から下げていたネックレスを取って彼の前に突き出した。
彼は何か文句を云いたそうだったけど、呼び出したカイザードラゴンの背に乗って砦の方に飛んで行ってしまった。
そんな様子を見ていたアスタリスが思わず私に囁いた。
「トワ様、魔王様に厳しいですね…」
「当然でしょ。あんなこと言い出すなんて見損なったんだから。私が文句言っても全然聞いてくれないしさ」
私が怒って云うと、アスタリスは首を傾げて不思議そうな表情をした。
「そうでしょうか。僕らにとってはチャンスでしかありませんでしたけど」
「チャンス?」
「ええ。この基地にやってきて、僕らはいきなり聖魔騎士団という名誉をいただけることになりましたけど、この基地の人たちにとっては、僕らは単なる新参者にすぎません」
「え…!もしかして基地の人たちに何か言われたりしたの?」
「いえ、表立ってそういうことはありませんが、やっぱり彼らの目が気になりました。皆に実力を示して、魔王様にいただいた称号がトワ様による贔屓ではないってことを示したいと思っていたんです」
思わぬことを聞いて、私は驚いた。
そんな風に考えたことなかった。魔王は、私が勝手に引き連れてきて、スキルとかいろいろ与えている彼らが気に食わなくて、嫌がらせしてんのかと思ってた。
「魔王様は意味のないことはなさらないと思うんです。きっと僕らの実力を確認するとともに、トワ様の護衛として相応しい働きをしたことを基地の皆に示したかったんじゃないでしょうか。僕ら皆、魔王様に嫌がらせされたなんて、思ってませんよ」
「ふ~ん…。そういう考え方もあるのねえ…」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドラゴンに乗った少年魔王が砦の上空に来たのは、ちょうどエリアナが炎風魔法を撃とうとしていた時だった。
「むっ…」
人間の少女が広範囲魔法を撃つ気配がした。
ここで撃てば砦ごと吹っ飛んで、聖魔騎士団の連中も、無効系スキルがあるとはいえ、幾ばくかの衝撃は受けるはずだ。
魔王が、それを止めるため彼女めがけて魔法を撃とうとした時だった。
ジュスターが少女の前に立ったのが見えた。
彼は、少女の放った巨大な魔法の塊を、一瞬にして氷の塊に変えてしまっていた。
「カイザードラゴン、あれをどう思う?」
『得体が知れない奴だとは思うが、我らと敵対する者ではないと思う』
「ふむ」
カイザードラゴンは砦の尖塔のてっぺんに止まって、砦を見下ろしていた。
砦の外壁は殆ど崩れ落ち、多くの兵士たちが門の外へと逃げ出していた。
聖魔騎士団のメンバーは、まだ抵抗している兵士らを相手にしたり、瓦礫の下敷きになってもがいていた兵士たちを引きずり出して砦の外へ放り出したり、砦に繋がれていた馬や魔物を魔族側の門から外へ逃がしたりしていた。
そうしているうちにカイザードラゴンの止まっていた塔さえも崩れ始めた。
「落ちたな」
ドラゴンは再び空中に舞い上がり、旋回して前線基地へと戻って行った。
こうして国境砦は、たった8人の魔族によって落とされたのだ。
エリアナの魔法は、蝙蝠の翼を持つ魔族にことごとく吸収されてしまい、彼女をいら立たせた。
それはクシテフォンの<魔法吸収・放出>スキルによるものだったが、彼女が知る由もない。
エリアナたちが砦に駆け付けた時には、既に砦の外壁には馬車が通れるほどの大きな穴が開いていて、もはや国境としての機能を失っていた。
それは彼ら魔族の中で、最も体の大きな魔族が素手で開けたものだと砦の兵は云った。
そのせいで、砦の中は崩れた瓦礫が足の踏み場もないほど散乱していて、ゾーイは馬車を捨てるしかなかった。
開いた大穴から魔族たちが砦に侵入し、砦の中では戦闘が始まっていた。
乗り込んできた少数の魔族たちは個人個人の能力が高く、人間の兵士たちでは到底歯が立たなかった。
しかも、魔族の攻撃は直接兵士たちにではなく、主に砦の外壁や建物に向けられたため、破壊された瓦礫や石などの破片が兵士らの頭上に雨のように降り注いだ。
それを頭や体に受けて負傷した者や、砦の中に出現した豹のような獣に追い立てられた者たちは、砦の外へ逃げようと、人間の国側の門扉の前へと殺到した。
瓦礫を避けて砦の上層への階段を登って逃げた兵士もいたが、彼らは上にいた魔族によって毒を浴びせられて落下していく運命にあった。
兵士数人がかりでようやく人間側の門扉を開けると、そこから兵士たちは我先にと脱兎のごとく逃げ出して行った。
そもそもつい先日も、同じ連中に襲われたばかりなのである。彼らの恐ろしさは嫌という程わかっているのだ。砦の兵士らにしてみれば、「また来た」という感覚だったに違いない。
砦の中で休憩していた兵士たちも、突然地震が起きたかのような揺れに驚き、慌てて砦の中央広場まで出てきたものの、その惨憺たる有様になすすべもなく立ち尽くすことになった。
そして砦の兵たちは敵の人数がまさかそれほど少ないとは思っておらず、正確な情報を得られないまま現場は混乱していた。少数の魔族たちは砦の中で動き回っており、砦を破壊しながら兵士たちを門の外へと追い出しているように見えた。
優星や将も、最初は砦の中で戦っていたが、砦中の壁という壁が破壊され、降り注ぐ瓦礫に頭を抱えながら逃げ出した。
ゾーイが彼らの頭上を盾で守りながら砦の外へと誘導していった。
まだ砦の中にいたエリアナは蝙蝠男に苦戦を強いられていた。
だがそのうち頭上に瓦礫が降ってきたので、アマンダと共に屋根の残っている場所へ避難した。だがその屋根もそろそろ限界のようで、アマンダが「脱出しましょう」と声を掛けた。
エリアナのイライラは限界に達しようとしていた。
「こうなったら究極奥義<広域爆裂弾>で魔族ごと吹っ飛ばしてやるわ!」
「ええ!?ま、まだ砦には人がいるんですよ?第一そんなことしたら私たちも…」
アマンダの言葉も激高したエリアナには届いていなかった。
彼女は砦の中で炎と風の広範囲魔法を撃とうとしていた。
「エリアナ様、いけません!」
アマンダの忠告も聞かず、彼女は魔法を実行した。
彼女が差し出した掌の上に、10センチくらいの炎の塊が出現した。
エリアナはそれを手で何度もこねるようにどんどん大きくしていった。
やがてそれは直径1メートルほどにもなった。
エリアナはその塊を持ち上げ、砦の広場に向かって投げつけた。
「みんな吹っ飛んじゃえー!」
「ダメ―――――――!!」
アマンダの悲鳴が上がる。
彼女は次の瞬間、死を覚悟した。
だがその巨大な炎の塊は、爆発しなかった。
「え…?」
エリアナは状況が呑み込めず、辺りをきょろきょろと見回してみた。
すると彼女の正面に1人の銀髪の魔族がどこからか舞い降りた。それは先ほど戦った魔族たちを指揮していた人物だ。
「こんなものをここで爆発させたら、あなたも死んでしまいますよ」
その魔族は涼しげな声でそう云って、手のひらの上の大きな氷の塊を彼女に見せた。
「う…そ…。私の炎の魔法を、凍らせたの?」
彼はその大きな氷の塊を、ひょいっと空中に投げた。それはエリアナが放った炎の塊だったものだ。
後ろにいた赤い髪の大男が、宙に投げられたその氷の塊を、拳で砕き、粉々にしてしまった。
「嘘でしょ…!?あれを凍らせるなんて…ありえない」
ボーゼンとするエリアナに、彼女の名を呼びながらアマンダが駆け寄ってきた。
アマンダは「無事で良かった!」と彼女に抱きついて泣き始めた。
それにも構わず、エリアナは銀髪の魔族に目を奪われていた。
「もしかして、助けてくれたの…?」
彼はそれには答えず、うっすらと唇だけで微笑んだ。
その瞬間、エリアナの目が見事にハート型になったのをアマンダは見逃さなかった。
「ここは危ないですよ。早くお逃げなさい」
銀髪の魔族は、エリアナたちに優しくそう忠告した。
エリアナの目はもう彼に釘付け状態になっていた。
「は…はい…」
「エリアナ様、逃げましょう!」
アマンダがエリアナの手を強引に取って、扉の方へと走り出した。
「あ、あのっ…!」
エリアナが何かを云いかけた時、銀髪の魔族は瓦礫の向こうに姿を消していた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うまくいったようですね」
アスタリスが私の隣で云った。
私は基地の屋上にいて、目を閉じたままアスタリスと手をつないでいた。
目を開けると、遠くの砦から煙が上がっているのが見える。
どうやら砦は落ちたようだ。
落としたのはもちろん聖魔騎士団の連中だ。
「それにしてもまた、エリアナたちが出てくると思わなかったわ」
私はなぜここに彼らがいるのかと、驚いていた。
彼らは勇者候補だから、魔族を討伐するのが任務だから、ここにいてもおかしくはないのだけど。とりあえず彼らと聖魔騎士団が交戦状態になった時、アスタリスを通じて、エリアナたちを見逃してやってとジュスターにお願いしたのだ。
「彼らはトワ様のお知り合いなんですね」
「そう、大司教公国で勇者候補だった頃の仲間よ。まあ、知り合いっていっても、彼らと違って私は落ちこぼれだったから、すっごくバカにされてたんだけどね…」
「えーっ!?トワ様をバカにするなんて、そんな人いるんですか?」
アスタリスは驚いて大声を上げた。
「私の能力は人間には効かないから、彼らにとっては役立たずだったのよ」
「トワ様のようなすばらしい方でも、そんな辛い思いをしてきたんですね。僕もそうでしたから…なんか親近感…」
アスタリスが私を見つめる目が揺れている。
手もつないだままだし、なんか学校の屋上にいるカップルみたいな気分になってくる。
「アスタリスは私よりずっと活躍してるじゃない?今持っている力でできることをちゃんと理解してると思うわ」
「持ってる力でできること…ですか」
アスタリスは私の言葉を噛みしめているように見えた。
なんか、私ちょっと偉そうだな。アスタリスに酷いことしておいて…。
「ごめんねアスタリス。あんたも戦いたかったでしょう?」
「いえ、いいんです。これからまたそういう機会もあるでしょうし、それに今はトワ様とこうして一緒にいられることが嬉しいんです」
彼は私とつないでいる手を見て、そっと頬を染めたように見えた。
反応が初々しすぎるんですけど!
「そ、そう?それならいいんだけど」
「僕、思うんです。トワ様は魔族にとってかけがえのないお方なんだって。そのお力を皆が知ったら、そのうちきっと僕なんか口もきけないような存在になってしまうんじゃないかって…」
「そんなことないと思うわよ?だってアスタリスは私の騎士でしょ?」
「あ…、はい!もちろんです!」
アスタリスの表情が、パッと明るくなった。
「それにしてもカナンって強いのねえ」
アスタリスの<遠見>スキルで視た光景を、<視覚共有>で見せてもらっていた私の、それは素直な感想だった。
カナンには固有の戦闘スキルを与えていないのに、だ。
将の相手をしていた時のカナンの剣の腕前は、アクション映画で見るような達人の域にあった。
「はい。カナンは僕の体術の師匠なんです。あの程度まだまだ本気とはいえません」
「え?そうなの?あれで?」
「彼は左利きですけど、本来は二刀使いなんです。でも一本の剣でもあの通りですから、二刀になればもっとすさまじいです。無敵ですよ」
「へえ~!そうなんだ」
それじゃ完全に将は遊ばれてたのか。
サレオスを倒した将の腕前がどれほどのものかと思ってたけど、カナンの前では素人レベルだったとしか云えなかった。
将のことだからきっとプライドズタズタにされたとか怒ってるんじゃないかな。
「そろそろカタが付きそうだな」
そこへ魔王がやってきた。
私はアスタリスと繋いでいた手を反射的にパッと離した。
「魔王様」
アスタリスは魔王の前に膝を折って礼を取っているけど、私は眉をひそめて、怪訝な顔で彼を迎えた。
「ゼルくん、どうよ?彼らの活躍は。あなたの嫌がらせなんかに負けないんだからね!」
「別に嫌がらせをしたわけではない」
魔王はムッとして云った。
「それより、カイザードラゴンを借りるぞ。状況を直接この目で見たい」
「はいはい、どーぞどーぞ」
私は首から下げていたネックレスを取って彼の前に突き出した。
彼は何か文句を云いたそうだったけど、呼び出したカイザードラゴンの背に乗って砦の方に飛んで行ってしまった。
そんな様子を見ていたアスタリスが思わず私に囁いた。
「トワ様、魔王様に厳しいですね…」
「当然でしょ。あんなこと言い出すなんて見損なったんだから。私が文句言っても全然聞いてくれないしさ」
私が怒って云うと、アスタリスは首を傾げて不思議そうな表情をした。
「そうでしょうか。僕らにとってはチャンスでしかありませんでしたけど」
「チャンス?」
「ええ。この基地にやってきて、僕らはいきなり聖魔騎士団という名誉をいただけることになりましたけど、この基地の人たちにとっては、僕らは単なる新参者にすぎません」
「え…!もしかして基地の人たちに何か言われたりしたの?」
「いえ、表立ってそういうことはありませんが、やっぱり彼らの目が気になりました。皆に実力を示して、魔王様にいただいた称号がトワ様による贔屓ではないってことを示したいと思っていたんです」
思わぬことを聞いて、私は驚いた。
そんな風に考えたことなかった。魔王は、私が勝手に引き連れてきて、スキルとかいろいろ与えている彼らが気に食わなくて、嫌がらせしてんのかと思ってた。
「魔王様は意味のないことはなさらないと思うんです。きっと僕らの実力を確認するとともに、トワ様の護衛として相応しい働きをしたことを基地の皆に示したかったんじゃないでしょうか。僕ら皆、魔王様に嫌がらせされたなんて、思ってませんよ」
「ふ~ん…。そういう考え方もあるのねえ…」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ドラゴンに乗った少年魔王が砦の上空に来たのは、ちょうどエリアナが炎風魔法を撃とうとしていた時だった。
「むっ…」
人間の少女が広範囲魔法を撃つ気配がした。
ここで撃てば砦ごと吹っ飛んで、聖魔騎士団の連中も、無効系スキルがあるとはいえ、幾ばくかの衝撃は受けるはずだ。
魔王が、それを止めるため彼女めがけて魔法を撃とうとした時だった。
ジュスターが少女の前に立ったのが見えた。
彼は、少女の放った巨大な魔法の塊を、一瞬にして氷の塊に変えてしまっていた。
「カイザードラゴン、あれをどう思う?」
『得体が知れない奴だとは思うが、我らと敵対する者ではないと思う』
「ふむ」
カイザードラゴンは砦の尖塔のてっぺんに止まって、砦を見下ろしていた。
砦の外壁は殆ど崩れ落ち、多くの兵士たちが門の外へと逃げ出していた。
聖魔騎士団のメンバーは、まだ抵抗している兵士らを相手にしたり、瓦礫の下敷きになってもがいていた兵士たちを引きずり出して砦の外へ放り出したり、砦に繋がれていた馬や魔物を魔族側の門から外へ逃がしたりしていた。
そうしているうちにカイザードラゴンの止まっていた塔さえも崩れ始めた。
「落ちたな」
ドラゴンは再び空中に舞い上がり、旋回して前線基地へと戻って行った。
こうして国境砦は、たった8人の魔族によって落とされたのだ。
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