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第二章
国境越え
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黒色重騎兵隊をなんとか退けた私たちは、その後は、大司教公国の追手にも会わず、ようやく国境近くまでやってきた。
国境には人間側が建てた砦がある。
「問題は、あの砦をどうやって突破するか、ってことよね」
「どの程度の兵がいるかですね」
「前回の戦争では、1万近くの兵がいたはずよ」
私がそう云うと、ジュスターが口を開いた。
「あの規模の砦に、1万の兵を長期間留めて置くことは現実的ではないでしょう。周囲に軍の野営舎も見えませんし。前回の戦いの後に撤退し、交代要員を待っている最中なのかもしれません」
アスタリスが<遠目>で偵察してくれた結果、現在砦には一個中隊が3つほど駐留しているらしいことがわかった。
国境砦を守る人数にしては少ない、とジュスターは云う。
彼の云う通り、交代要員を待っているのかもしれない。
人間の国の軍隊では、一個中隊は200人程度だそうだ。つまり今砦にいる兵士は600人程度。
ちなみに中隊とは、50人の一個小隊が4つ集まった状態で、その中隊が5つ集まった状態のことを大隊と云う。一個大隊1つで1000人規模の軍ということになる。
最強の黒色重騎兵隊を退けた彼らは、それなりに自信を持ったようだけど、今度はその数十倍の人数を相手にしなければならないとあって、十分な作戦を練る必要があった。
止めた馬車の中で作戦を練っていると、カイザーが提案があるというので、出てきてもらった。
彼はミニドラゴン姿のままふわふわと浮いている。
『私が砦の兵士たちを引き付けよう。その隙に馬車ごと突破すれば良い』
「いいけど…大丈夫?」
『私には<絶対防御>がある。どうということはない』
「そっちじゃなくて兵士の方よ」
私は、研究施設を軽く滅ぼしてしまったカイザーの力を十分わかっていた。
正直、カイザー1人で砦を落とすことなんて簡単にできるんじゃないかと云うと、カイザーを含め、全員が「それはダメです」と拒否した。
あの時みたいにやりすぎて、また私が寝込むことになるんじゃないかと皆は心配していたからだった。
『今回は囮となって飛ぶだけだ。お前に負担はかけん』
「トワ様、今回は僕らを頼ってよ」
そう云ったのはネーヴェだった。私は彼らにも心配かけてしまっていたのだ。
「カイザー様が兵士たちをおびき出している間に、砦に侵入し、門を迅速に開ける。砦に残っている兵たちを倒し、おびき出された外の兵らが戻ってくる前に門を突破する。素早い行動が重要だ」
ジュスターが作戦をまとめる。
砦の門は人間側と魔族側に1つずつある。
どちらも鋼鉄製の落とし格子型の扉である。
カイザーが兵士らをおびき出せば、その間に手前の門は開くはずだ。そこを狙って侵入する。
砦の門を守護するため、門の近くには兵士たちが詰め所にしている楼舎がある。
門を開けるためには、まず楼舎にいる兵士たちを先に片付ける必要があった。
「アスタリスには兵の数を確認してもらい、馬車を動かしてもらう。トワ様を乗せているのだ、慎重に頼むぞ」
「が、がんばります」
「あとは全員で砦に乗り込む。門を開けるのはシトリーにやってもらう」
「承知した」
落とし格子式の門は、鎖を引くことで垂直に上がり、鎖を離すと落ちて閉まる。
門の内側に、この鎖を巻き取るリールがあり、門の開閉にはこのリールを人力で動かす必要がある。鋼鉄の巨大な扉を開け閉めするため、リールを巻き取る作業は重労働であり、通常は屈強な兵士が数人がかりで動かすのだが、それをシトリーは1人で担うことになる。
ジュスターはそれほど彼の力を信頼しているのだ。
「飛行部隊の3名は砦の上層を占拠して上からの攻撃を防げ。地上の戦力はカナンを中心に排除を頼む」
全員が作戦を理解して頷いた。
私はそれをただ聞いていることしかできなかった。
砦にいた兵士たちは重装備で、武器も持っている。それに比べて、こちらは人数も少ないし、鎧も着ていない上、武器も持っていない。
本当にこれでよく黒色重騎兵隊と互角に戦ったものだと思う。砦の兵士たちは彼らに及ばないまでも、職業軍人なわけだし油断は禁物だ。
それなのに今回、私は荷馬車の中に隠れていなくちゃいけなくて、砦の中で戦っている彼らを回復してあげることすらできないのだ。
役立たず。
いらない子。
なんとなく、大司教公国でのふがいなさが蘇ってきて、自分が情けなく思えてくる。
「ごめんね。私、何もしてあげられなくて…」
私がそう呟くと、彼らは驚いて云った。
「どうして謝るんですか!」
「そうだよ!僕らトワ様に助けられてばっかりで、何もトワ様に返してあげられてないって思ってるんだよ!」
「私たちがトワ様に付いて行きたいと願ったのです。トワ様に頼られることが何よりの喜びなんですよ。そんな風におっしゃらないでください」
皆、口々に私を励ましてくれた。
皆の優しさが身に染みて逆にツライ。
その時、ミニドラゴンのカイザーが私の肩の上に乗ってきて、耳元でそっと囁いた。
『おまえには、おまえにしかできないことがあるだろう?』
そうだ。
何もできないなんて、嘆いている場合じゃなかった。
私は、私にできることをしなくちゃいけない。
私は黒色重騎兵隊との戦いで、彼らに戦闘スキルを与えなかったことを後悔していた。もう二度と、あんな思いはしたくない。
だけど、スキルを与えようにも、私はまだ全員の能力やスキルを把握していないので、彼らの適性がわからない。言霊スキルは、万能じゃない。「強くなれ」とか曖昧な言い方じゃスキルは得られないのだ。だから私は彼らから自己申告してもらうのが手っ取り早いと考えた。
「皆、ありがと。私にもできることをするわ。それはあなたたちに戦闘スキルを与えることよ。1人ずつ、話を聞かせてもらっていいかしら」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、あれ…」
「ん?」
国境を隔てる長城の上で警備に当たっていた兵士が、上空に飛ぶものを指さした。
ちょうど、日が暮れようとしている時間だった。
兵らは赤く染まる空に、飛来する影を見つけた。
「あれは…」
「ドラゴン!?」
砦の上空に突如出現したドラゴンは、砦の中庭の広場に降り立った。
砦の中はパニック状態で、大騒ぎになった。
中庭でドラゴンは咆哮し、はげしくその翼を羽ばたかせた。
たまたま中庭にいて、不意を突かれた兵士たちは逃げまどった。だがすぐに砦の中にいた兵士たちが武器を手に中庭に集まってきた。
前線基地での戦いでドラゴンが出現したことから、兵士らもドラゴンが攻めてくることは想定内だった。さすがに訓練された軍人たちだけあって、パニックはすぐに収まり、次第に統制の取れた行動に移って行った。
ドラゴンの羽ばたきにより、中庭に強風が吹き荒れ、兵士たちは風に飛ばされたり、砦の壁に叩きつけられたりした。
ドラゴンはそのまま上空に舞い上がり、砦の上を数回旋回した。明らかに挑発している。ドラゴンは兵士たちに向かって火球を1つ吐くと、砦の外を人間の国側へと移動を開始した。
このまま、人間の版図へドラゴンが飛んでいくのを見過ごすわけにはいかない、と砦の兵たちはドラゴンを躍起になって追跡する。
人間の国側の砦の門が開き、砦の中にいた兵士たちの半数がドラゴンを追いかけて砦から出て行った。
「兵士の半数近くがカイザー様を追いかけて砦を出て行きました。こちら側の門は開いたままです」
アスタリスが報告する。
「馬車を門の前まで移動させます!」
自分の翼で飛べるウルク、テスカ、クシテフォンはそれぞれ空から砦へ向かった。
アスタリスを御者に、馬車は砦の手前まで走った。
ジュスターやシトリーたちの乗った馬も追走する。
「砦門付近に兵が固まっています」
アスタリスの報告を受けた魔族たちは、トワを残して馬車の荷台から飛び出していった。
開幕一撃、ネーヴェが範囲魔法をぶちかました。その一撃で門付近にいた兵士たちがまとめて吹っ飛ばされた。
彼は立て続けに風の爆裂魔法を叩き込んで、兵士たちの詰め所である楼舎ごと吹き飛ばした。その魔法のスピードはまるで早送りを見ているかのようだった。
どこから攻撃を受けたのかわからなかった兵士たちは、動揺していた。
だが続けざまに攻撃を受けると、先の戦争で魔族たちに手ひどく負けたのがトラウマになっていたようで、誰かが「魔族の襲撃だ!」と叫ぶと、彼らは我先にと逃げ出した。
残りのメンバーも、開いたままの砦門から砦内部へ奇襲を開始した。
開いている門から砦の中に逃げこんだ兵士たちを、俊足のカナンが追いかけた。
カナンは走るうち巨大なオレンジ色の豹のような獣に変身し、あっという間に兵士らに追いつきその鋭い牙と爪で彼らを倒していった。
巨大な豹に追いかけられた兵士らは、悲鳴を上げながら砦の奥へと逃げ惑う。
吹き抜けの中庭にいる巨大な豹めがけて、砦の上から弓矢が射かけられる。
地上の兵を魔法で吹き飛ばしていたネーヴェがそれに気づき、豹の頭上に風の魔法を放った。ネーヴェの風魔法は、上空から放たれた矢を巻き上げて逆風に乗せ、矢を射かけた兵士たちへ撥ね返した。まさか、自分の放った矢が自分に戻ってくるとは思わなかった兵士らは、それを避けるのに精いっぱいだった。
ちょうどそこへ空から砦内に侵入したウルク、テスカ、クシテフォンの3人が出くわして、砦の上層にいた兵士らを次々と下の中庭へ叩き落していった。テスカが自分の翼から羽根を一本抜いて、その羽根先で兵士の顔をチョン、となぞると、なぜか兵士は急に苦しみだして勝手に落下していった。
そうして砦の上を占拠したウルクらは、上空から中庭で戦っているカナンたちを魔法で援護した。
カナンに続いて、<光速行動>スキルで、門の中にすばやく移動したユリウスは、開けっ放しになっていた門を閉めようとしていた複数の兵士らの背後に軽い身のこなしで回り込み、彼らを一瞬にして打ち倒した。あまりの一瞬の出来事に、まるでユリウスが一度に何人も現れて、一斉に彼らを殴り倒したように見えた。ユリウスは門の鎖のリールを固定し、門扉を開いたままその場を守っている。
カナンたちの活躍で、砦の中の広場にいた兵士たちがほぼ一掃されたのを見計らって、シトリーとジュスターが馬で門をくぐってきた。
馬から降りたシトリーは、その硬質化させた巨体で弾丸のように前進し、門のリールを守る警備兵らをその強靭な腕から繰り出したラリアットで吹き飛ばした。
「よし、門を開けろ」
ジュスターがシトリーに指示を出す。
彼は、重い門の鎖のリールを1人で巻き上げた。
「うおおお!」
シトリーの咆哮と共に、魔族側の門の格子扉が上に引き上げられ、完全に開いた状態になった。
「馬車の通り道を確保せよ」
ジュスターは部下たちに指示を出し、自分たちが乗ってきた馬を先に門から出した。
その様子を<遠見>で見ていたアスタリスは、トワに声をかけた。
「トワ様、行きますよ!しっかりつかまっててください!」
アスタリスは勢いよく馬車を出した。
トワは姿勢を低くして、馬車の荷台の支柱につかまった。
アスタリスの操る馬車は、人間側の砦の門から中に入り、砦内の広場を抜けて反対側の門へと走り抜けて行った。
砦の中で門を守っていたユリウスは、馬車が門を通過するのを待って、リールの留め金を外して人間側の門扉を降ろした。こうしておけば、外に出ていった兵士たちは戻ってきてもすぐには砦の中に入ってこれない。
ユリウスはその足で、敵に魔法を撃っていたネーヴェの手を掴んで、トワの乗る馬車の荷台へと飛び乗った。
魔族側の門の鎖を固定したまま、シトリーは走り去る馬車を見送った。
馬車が門を抜けたのを確認すると、ジュスターは撤退命令を出した。
兵をある程度は倒したが、砦の中からまだ別の小隊が出てくるのが見えたからだ。
適当なところで切り上げろ、と云われていた上層階の翼のある3人はそれぞれ砦の外へと飛び出していった。
大きな豹の姿のまま兵たちを倒していたカナンが、シトリーの前にやってきて、「乗れ」と云った。
豹はシトリーの大きな体を背中に乗せて、すばらしいスピードで門から走り抜けて行った。
それを見送ったジュスターは、門のリールの前に立っていた。
まだ砦に残っていた兵士らは、ジュスターに向かって殺到する。
ジュスターは兵たちの足元を範囲魔法で瞬間的に氷漬けにして動けないようにし、リールの留め金を蹴飛ばして門を降ろした。
そして背中から蝙蝠のような翼を出して砦の上層へと飛び乗った。
砦の上からジュスターは、空を旋回しているカイザーの姿を見つけた。
彼は、カイザーへ向けて氷の粒を放ち、砦の屋上から飛んで門の外にいた馬に飛び乗った。
カイザーは自分を追いかけて来た兵士たちと、旋回しながら軽く遊んでやっていたのだが、背後で、氷の粒が弾けたことに気付くと、砦の方に目をやった。
『お遊びはここまでのようだな』
それを合図に、カイザーは上空高く舞い上がり、魔族の国方面へと飛び去った。
国境には人間側が建てた砦がある。
「問題は、あの砦をどうやって突破するか、ってことよね」
「どの程度の兵がいるかですね」
「前回の戦争では、1万近くの兵がいたはずよ」
私がそう云うと、ジュスターが口を開いた。
「あの規模の砦に、1万の兵を長期間留めて置くことは現実的ではないでしょう。周囲に軍の野営舎も見えませんし。前回の戦いの後に撤退し、交代要員を待っている最中なのかもしれません」
アスタリスが<遠目>で偵察してくれた結果、現在砦には一個中隊が3つほど駐留しているらしいことがわかった。
国境砦を守る人数にしては少ない、とジュスターは云う。
彼の云う通り、交代要員を待っているのかもしれない。
人間の国の軍隊では、一個中隊は200人程度だそうだ。つまり今砦にいる兵士は600人程度。
ちなみに中隊とは、50人の一個小隊が4つ集まった状態で、その中隊が5つ集まった状態のことを大隊と云う。一個大隊1つで1000人規模の軍ということになる。
最強の黒色重騎兵隊を退けた彼らは、それなりに自信を持ったようだけど、今度はその数十倍の人数を相手にしなければならないとあって、十分な作戦を練る必要があった。
止めた馬車の中で作戦を練っていると、カイザーが提案があるというので、出てきてもらった。
彼はミニドラゴン姿のままふわふわと浮いている。
『私が砦の兵士たちを引き付けよう。その隙に馬車ごと突破すれば良い』
「いいけど…大丈夫?」
『私には<絶対防御>がある。どうということはない』
「そっちじゃなくて兵士の方よ」
私は、研究施設を軽く滅ぼしてしまったカイザーの力を十分わかっていた。
正直、カイザー1人で砦を落とすことなんて簡単にできるんじゃないかと云うと、カイザーを含め、全員が「それはダメです」と拒否した。
あの時みたいにやりすぎて、また私が寝込むことになるんじゃないかと皆は心配していたからだった。
『今回は囮となって飛ぶだけだ。お前に負担はかけん』
「トワ様、今回は僕らを頼ってよ」
そう云ったのはネーヴェだった。私は彼らにも心配かけてしまっていたのだ。
「カイザー様が兵士たちをおびき出している間に、砦に侵入し、門を迅速に開ける。砦に残っている兵たちを倒し、おびき出された外の兵らが戻ってくる前に門を突破する。素早い行動が重要だ」
ジュスターが作戦をまとめる。
砦の門は人間側と魔族側に1つずつある。
どちらも鋼鉄製の落とし格子型の扉である。
カイザーが兵士らをおびき出せば、その間に手前の門は開くはずだ。そこを狙って侵入する。
砦の門を守護するため、門の近くには兵士たちが詰め所にしている楼舎がある。
門を開けるためには、まず楼舎にいる兵士たちを先に片付ける必要があった。
「アスタリスには兵の数を確認してもらい、馬車を動かしてもらう。トワ様を乗せているのだ、慎重に頼むぞ」
「が、がんばります」
「あとは全員で砦に乗り込む。門を開けるのはシトリーにやってもらう」
「承知した」
落とし格子式の門は、鎖を引くことで垂直に上がり、鎖を離すと落ちて閉まる。
門の内側に、この鎖を巻き取るリールがあり、門の開閉にはこのリールを人力で動かす必要がある。鋼鉄の巨大な扉を開け閉めするため、リールを巻き取る作業は重労働であり、通常は屈強な兵士が数人がかりで動かすのだが、それをシトリーは1人で担うことになる。
ジュスターはそれほど彼の力を信頼しているのだ。
「飛行部隊の3名は砦の上層を占拠して上からの攻撃を防げ。地上の戦力はカナンを中心に排除を頼む」
全員が作戦を理解して頷いた。
私はそれをただ聞いていることしかできなかった。
砦にいた兵士たちは重装備で、武器も持っている。それに比べて、こちらは人数も少ないし、鎧も着ていない上、武器も持っていない。
本当にこれでよく黒色重騎兵隊と互角に戦ったものだと思う。砦の兵士たちは彼らに及ばないまでも、職業軍人なわけだし油断は禁物だ。
それなのに今回、私は荷馬車の中に隠れていなくちゃいけなくて、砦の中で戦っている彼らを回復してあげることすらできないのだ。
役立たず。
いらない子。
なんとなく、大司教公国でのふがいなさが蘇ってきて、自分が情けなく思えてくる。
「ごめんね。私、何もしてあげられなくて…」
私がそう呟くと、彼らは驚いて云った。
「どうして謝るんですか!」
「そうだよ!僕らトワ様に助けられてばっかりで、何もトワ様に返してあげられてないって思ってるんだよ!」
「私たちがトワ様に付いて行きたいと願ったのです。トワ様に頼られることが何よりの喜びなんですよ。そんな風におっしゃらないでください」
皆、口々に私を励ましてくれた。
皆の優しさが身に染みて逆にツライ。
その時、ミニドラゴンのカイザーが私の肩の上に乗ってきて、耳元でそっと囁いた。
『おまえには、おまえにしかできないことがあるだろう?』
そうだ。
何もできないなんて、嘆いている場合じゃなかった。
私は、私にできることをしなくちゃいけない。
私は黒色重騎兵隊との戦いで、彼らに戦闘スキルを与えなかったことを後悔していた。もう二度と、あんな思いはしたくない。
だけど、スキルを与えようにも、私はまだ全員の能力やスキルを把握していないので、彼らの適性がわからない。言霊スキルは、万能じゃない。「強くなれ」とか曖昧な言い方じゃスキルは得られないのだ。だから私は彼らから自己申告してもらうのが手っ取り早いと考えた。
「皆、ありがと。私にもできることをするわ。それはあなたたちに戦闘スキルを与えることよ。1人ずつ、話を聞かせてもらっていいかしら」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おい、あれ…」
「ん?」
国境を隔てる長城の上で警備に当たっていた兵士が、上空に飛ぶものを指さした。
ちょうど、日が暮れようとしている時間だった。
兵らは赤く染まる空に、飛来する影を見つけた。
「あれは…」
「ドラゴン!?」
砦の上空に突如出現したドラゴンは、砦の中庭の広場に降り立った。
砦の中はパニック状態で、大騒ぎになった。
中庭でドラゴンは咆哮し、はげしくその翼を羽ばたかせた。
たまたま中庭にいて、不意を突かれた兵士たちは逃げまどった。だがすぐに砦の中にいた兵士たちが武器を手に中庭に集まってきた。
前線基地での戦いでドラゴンが出現したことから、兵士らもドラゴンが攻めてくることは想定内だった。さすがに訓練された軍人たちだけあって、パニックはすぐに収まり、次第に統制の取れた行動に移って行った。
ドラゴンの羽ばたきにより、中庭に強風が吹き荒れ、兵士たちは風に飛ばされたり、砦の壁に叩きつけられたりした。
ドラゴンはそのまま上空に舞い上がり、砦の上を数回旋回した。明らかに挑発している。ドラゴンは兵士たちに向かって火球を1つ吐くと、砦の外を人間の国側へと移動を開始した。
このまま、人間の版図へドラゴンが飛んでいくのを見過ごすわけにはいかない、と砦の兵たちはドラゴンを躍起になって追跡する。
人間の国側の砦の門が開き、砦の中にいた兵士たちの半数がドラゴンを追いかけて砦から出て行った。
「兵士の半数近くがカイザー様を追いかけて砦を出て行きました。こちら側の門は開いたままです」
アスタリスが報告する。
「馬車を門の前まで移動させます!」
自分の翼で飛べるウルク、テスカ、クシテフォンはそれぞれ空から砦へ向かった。
アスタリスを御者に、馬車は砦の手前まで走った。
ジュスターやシトリーたちの乗った馬も追走する。
「砦門付近に兵が固まっています」
アスタリスの報告を受けた魔族たちは、トワを残して馬車の荷台から飛び出していった。
開幕一撃、ネーヴェが範囲魔法をぶちかました。その一撃で門付近にいた兵士たちがまとめて吹っ飛ばされた。
彼は立て続けに風の爆裂魔法を叩き込んで、兵士たちの詰め所である楼舎ごと吹き飛ばした。その魔法のスピードはまるで早送りを見ているかのようだった。
どこから攻撃を受けたのかわからなかった兵士たちは、動揺していた。
だが続けざまに攻撃を受けると、先の戦争で魔族たちに手ひどく負けたのがトラウマになっていたようで、誰かが「魔族の襲撃だ!」と叫ぶと、彼らは我先にと逃げ出した。
残りのメンバーも、開いたままの砦門から砦内部へ奇襲を開始した。
開いている門から砦の中に逃げこんだ兵士たちを、俊足のカナンが追いかけた。
カナンは走るうち巨大なオレンジ色の豹のような獣に変身し、あっという間に兵士らに追いつきその鋭い牙と爪で彼らを倒していった。
巨大な豹に追いかけられた兵士らは、悲鳴を上げながら砦の奥へと逃げ惑う。
吹き抜けの中庭にいる巨大な豹めがけて、砦の上から弓矢が射かけられる。
地上の兵を魔法で吹き飛ばしていたネーヴェがそれに気づき、豹の頭上に風の魔法を放った。ネーヴェの風魔法は、上空から放たれた矢を巻き上げて逆風に乗せ、矢を射かけた兵士たちへ撥ね返した。まさか、自分の放った矢が自分に戻ってくるとは思わなかった兵士らは、それを避けるのに精いっぱいだった。
ちょうどそこへ空から砦内に侵入したウルク、テスカ、クシテフォンの3人が出くわして、砦の上層にいた兵士らを次々と下の中庭へ叩き落していった。テスカが自分の翼から羽根を一本抜いて、その羽根先で兵士の顔をチョン、となぞると、なぜか兵士は急に苦しみだして勝手に落下していった。
そうして砦の上を占拠したウルクらは、上空から中庭で戦っているカナンたちを魔法で援護した。
カナンに続いて、<光速行動>スキルで、門の中にすばやく移動したユリウスは、開けっ放しになっていた門を閉めようとしていた複数の兵士らの背後に軽い身のこなしで回り込み、彼らを一瞬にして打ち倒した。あまりの一瞬の出来事に、まるでユリウスが一度に何人も現れて、一斉に彼らを殴り倒したように見えた。ユリウスは門の鎖のリールを固定し、門扉を開いたままその場を守っている。
カナンたちの活躍で、砦の中の広場にいた兵士たちがほぼ一掃されたのを見計らって、シトリーとジュスターが馬で門をくぐってきた。
馬から降りたシトリーは、その硬質化させた巨体で弾丸のように前進し、門のリールを守る警備兵らをその強靭な腕から繰り出したラリアットで吹き飛ばした。
「よし、門を開けろ」
ジュスターがシトリーに指示を出す。
彼は、重い門の鎖のリールを1人で巻き上げた。
「うおおお!」
シトリーの咆哮と共に、魔族側の門の格子扉が上に引き上げられ、完全に開いた状態になった。
「馬車の通り道を確保せよ」
ジュスターは部下たちに指示を出し、自分たちが乗ってきた馬を先に門から出した。
その様子を<遠見>で見ていたアスタリスは、トワに声をかけた。
「トワ様、行きますよ!しっかりつかまっててください!」
アスタリスは勢いよく馬車を出した。
トワは姿勢を低くして、馬車の荷台の支柱につかまった。
アスタリスの操る馬車は、人間側の砦の門から中に入り、砦内の広場を抜けて反対側の門へと走り抜けて行った。
砦の中で門を守っていたユリウスは、馬車が門を通過するのを待って、リールの留め金を外して人間側の門扉を降ろした。こうしておけば、外に出ていった兵士たちは戻ってきてもすぐには砦の中に入ってこれない。
ユリウスはその足で、敵に魔法を撃っていたネーヴェの手を掴んで、トワの乗る馬車の荷台へと飛び乗った。
魔族側の門の鎖を固定したまま、シトリーは走り去る馬車を見送った。
馬車が門を抜けたのを確認すると、ジュスターは撤退命令を出した。
兵をある程度は倒したが、砦の中からまだ別の小隊が出てくるのが見えたからだ。
適当なところで切り上げろ、と云われていた上層階の翼のある3人はそれぞれ砦の外へと飛び出していった。
大きな豹の姿のまま兵たちを倒していたカナンが、シトリーの前にやってきて、「乗れ」と云った。
豹はシトリーの大きな体を背中に乗せて、すばらしいスピードで門から走り抜けて行った。
それを見送ったジュスターは、門のリールの前に立っていた。
まだ砦に残っていた兵士らは、ジュスターに向かって殺到する。
ジュスターは兵たちの足元を範囲魔法で瞬間的に氷漬けにして動けないようにし、リールの留め金を蹴飛ばして門を降ろした。
そして背中から蝙蝠のような翼を出して砦の上層へと飛び乗った。
砦の上からジュスターは、空を旋回しているカイザーの姿を見つけた。
彼は、カイザーへ向けて氷の粒を放ち、砦の屋上から飛んで門の外にいた馬に飛び乗った。
カイザーは自分を追いかけて来た兵士たちと、旋回しながら軽く遊んでやっていたのだが、背後で、氷の粒が弾けたことに気付くと、砦の方に目をやった。
『お遊びはここまでのようだな』
それを合図に、カイザーは上空高く舞い上がり、魔族の国方面へと飛び去った。
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主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
恋人を寝取られた挙句イジメられ殺された僕はゲームの裏ボス姿で現代に転生して学校生活と復讐を両立する
くじけ
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胸糞な展開は6話分で終わります。
幼い頃に両親が離婚し母子家庭で育った少年|黒羽 真央《くろは まお》は中学3年生の頃に母親が何者かに殺された。
母親の殺された現場には覚醒剤(アイス)と思われる物が発見される。
だがそんな物を家で一度も見た事ない真央は警察にその事を訴えたが信じてもらえず逆に疑いを掛けられ過酷な取調べを受ける。
その後無事に開放されたが住んでいた地域には母親と自分の黒い噂が広まり居られなくなった真央は、親族で唯一繋がりのあった死んだ母親の兄の奥さんである伯母の元に引き取られ転校し中学を卒業。
自分の過去を知らない高校に入り学校でも有名な美少女 |青海万季《おおみまき》と付き合う事になるが、ある日学校で一番人気のあるイケメン |氷川勇樹《ひかわゆうき》と万季が放課後の教室で愛し合っている現場を見てしまう。
その現場を見られた勇樹は真央の根も葉もない悪い噂を流すとその噂を信じたクラスメイト達は真央を毎日壮絶に虐めていく。
虐められる過程で万季と別れた真央はある日学校の帰り道に駅のホームで何者かに突き落とされ真央としての人生を無念のまま終えたはずに見えたが、次に目を覚ました真央は何故か自分のベッドに寝ており外見は別人になっており、その姿は自分が母親に最期に買ってくれたゲームの最強の裏ボスとして登場する容姿端麗な邪神の人間体に瓜二つだった。
またそれと同時に主人公に発現した現実世界ではあり得ない謎の能力『サタナフェクティオ』。
その能力はゲーム内で邪神が扱っていた複数のチートスキルそのものだった。
真央は名前を変え、|明星 亜依羅《みよせ あいら》として表向きは前の人生で送れなかった高校生活を満喫し、裏では邪神の能力を駆使しあらゆる方法で自分を陥れた者達に絶望の復讐していく現代転生物語。
公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~
石動なつめ
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半端者の公爵令嬢ベリル・ミスリルハンドは、王立学院の休日を利用して隣国のダンジョンに潜ったりと冒険者生活を満喫していた。
しかしある日、王様から『悪役令嬢役』を押し付けられる。何でも王妃様が最近悪役令嬢を主人公とした小説にはまっているのだとか。
冗談ではないと断りたいが権力には逆らえず、残念な演技力と棒読みで悪役令嬢役をこなしていく。
自分からは率先して何もする気はないベリルだったが、その『役』のせいでだんだんとおかしな状況になっていき……。
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