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(96)シリル ☆

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 お茶会の翌日、陵墓から戻って来た皇帝が私の部屋を訪れた。

「どうだった?茶会は」
「楽しかったです」
「そうか。それは良かった。あのような娼婦上がりの女を呼んだ甲斐があったというものだ」
「…!どうしてそれを…」

 カタリナのことを知っていたんだ。
 驚く私に、皇帝は微笑んで見せた。

「おまえに近づける者の素性くらい把握しておくのは当然のことだろう?」
「…調べたんですか?」
「あのグロック男爵は、実直で嘘のつけない真面目な男でな。自分の妻が高級娼婦だったことを余に打ち明けた上でおまえに会わせたいと申し出て来たのだ。妻がおまえの顔見知りだと言ってな」
「…知っていたのなら、どうして言ってくれなかったんですか?」
「おまえを驚かせてやろうと思ってな」

 皇帝はククッと笑った。
 なんだかずっと皇帝の手のひらの上で転がされている気がする。

「何を話した?」
「…別に、身の上話とか…いろいろです」
「そうか。おまえを城から逃がす算段でもしに来たのかと思っていたが、違ったのか」

 一瞬、ギクッとして場が凍り付いた。

「そんな話、してません」
「そうか?」

 皇帝は薄笑いを浮かべた。
 彼は私がガイアに会いに行きたいと思っていることを知っているからそんなことを言うんだ。
 だから、カタリナから伝言があったことは絶対に悟られちゃいけない。
 だけど、皇帝は鋭い。
 なんだか全部見透かされているような気がした。

「では墓守の妻と他にどんな話をしたというのだ」
「えっと…」

 カタリナは身請けされて貴族の奥様に収まっていたけど、だからって堅苦しい思いや不自由はしていなかったみたいだ。多少愚痴なんかも言っていたけど、優しい旦那様に愛されて、幸せそうで羨ましかった。
 彼女とは世間の噂話なんかに花を咲かせていたけど、途中から例によって夜の手練手管についての話になって、赤面するばかりだった。
 まさかそんな話をしていたとは言えないしな…。

「あの…カタリナさんの旦那様が陵墓の儀式の準備に追われて帰ってこないとか、ずっと愚痴を聞いてあげていました」
「フッ、そうか。おまえも大変なことだな」

 皇帝は低く笑った。
 うまく誤魔化せたかな。

「だが、これっきりだ。あのような娼婦あがりの卑しい女はおまえに相応しくない。おまえの傍に置くのはもっと血統の良い貴族の娘が相応しい」
「…そんなことないです!カタリナさんは素晴らしい方です!」
「良いか、おまえは皇妃になるのだ。皇妃は貴族どもの手本にならねばならぬ。それに相応しい振舞と側近が求められるのだ。肝に銘じておけ」

 それだけ言うと、皇帝は足早に部屋を出て行った。
 まだ言いたいことがあったのだけど、機を逸してしまった。
 ともかくもカタリナとの会話をこれ以上掘り下げられなくて良かった。


 その夜、皇帝が自室に戻ると、入口にカミルが待機していた。
 彼は部屋に夜伽の女を通してあると言った。
 カミルはエルマーのように部屋には入らず、見張りを警備の兵に任せて引き上げて行った。
 皇帝が部屋に入ると、避妊香の香りが漂っていることに気付いた。

「おかえりなさいませ、陛下」

 仄暗い部屋の中から現れたのは、白い妖精だった。
 自分の目を疑った皇帝は、もう一度その人物を見た。

「…どうかいたしまして?」
「…いや、何でもない。来ていたのか、シリル」
「はい、お召しに従いまして、厚かましくも参上いたしました」

 それは妖精とみまごう程小柄で可憐な少女だった。
 透き通った肌と美しく巻かれた栗色の髪、ふわふわと軽やかに揺れる純白のシフォンのドレスを身に纏った、正統派の美少女だった。

「先日は偶然お会いできて嬉しかったです」
「余も陵墓近くの町でそなたに再会するとは思いもよらなかった。あんな田舎で療養していたとはな」
「はい。陛下がマルガレーテ様を処罰なされたと聞いて、スーッと心が晴れ渡りました。快復できたのは陛下のおかげですわ」
「マルガレーテか。あれは良くない女だった。サラだけでなく、そなたまで陥れていたとはな。処罰して正解だったな。…母上のしたこととはいえ、そなたにはすまぬことをしたな」
「いいえ、陛下。あれはマルガレーテ様による企みだったのです。私が離宮の地下牢に繋がれていたのも、皇太后様が彼女に騙されてしまったせいです。恨んでなどおりませんわ」
「だが、偶然離宮が火事にならねば、そなたは今も地下牢にいたかもしれんのだぞ?」
「それこそ、天の配剤というものです。こうして陛下にお会いできた偶然に感謝致します」

 すると、皇帝はククッと笑い出した。

「まあ、何をお笑いになっていらっしゃいますの?」
「母上が初めてそなたを余の寝室に連れて来た時のことを思い出した。そなた、あの時初めてだったな」
「…あの時は醜態を晒してしまい、申し訳ありませんでした。あれ以来、陛下は処女をお抱きにならなくなったと伺い、ずっと心を痛めておりました」
「ククッ、泣き喚いて逃げ回り、そこにあった高価な壺をいくつも割ったのだったな。後日伯爵が青い顔をして謝罪にきたことは、今も語り草だぞ」

 皇帝は大声で笑った。

「言わないでください…。あの頃は男女の営みというものが良く分かっていなかったのです。皇太后様にも呆れられて、もう二度と寝所に呼ばれることはないものと思っておりました」
「当然だ。あれでは呼ぶ気にはなれん。あの時の余は強姦者のような気分になったのだぞ」
「申し訳ありませんでした…。でも、あれから私も少しは大人になりました。試してごらんになりませんこと?」

 シリルはそう言いながら、シフォンのドレスの胸元を開いた。
 小柄な体の割に、豊かな乳房が彼の目を奪った。

「よかろう。こちらへ来い」

 皇帝はシリルを衝立の奥へと誘った。

「余の服を脱がせよ」
「はい、陛下」

 シリルは背伸びをしながら皇帝の衣服のボタンを外し、服を脱がせた。
 ベルトを外し、ズボンを下げると、彼の男根は既に大きくなっていた。

「まあ、陛下。嬉しい…、私を見てこんなにしてくださったのですね」

 シリルははにかみながらも、皇帝のモノを両手でそっと握った。
 するとそれはムクムクと鎌首をもたげてきた。

「まあ素敵…。なんと立派なのでしょう」
「口で奉仕しろ」
「はい。では失礼します」

 シリルは皇帝のモノに舌を這わせ、小刻みにその先端をチロチロと舐め始めた。
 そして唇に含むと、一気に喉の奥まで呑み込み、口の中でそれを抽送した。
 その口と舌使いがもたらす快感に、彼は思わずイきそうになり、呻き声を上げた。

「もう良い。服を脱げ」
「はい陛下」

 シリルは白いドレスを足元に落とした。
 細い脚にはガータベルトと白いストッキング、赤いハイヒールを履いている。
 下着を取ると、小柄な体型には似つかわしくない程の巨乳がぷるん、と揺れた。

 皇帝はその胸にむしゃぶりついた。
 その様は、まるで飢えた獣のようだとシリルは思った。

 サラに拒絶されてからは、夜伽の女を呼ぶ気分にすらならなかった皇帝は、久しぶりの女体に夢中でかぶりついた。
 シリルをソファに押し倒し、体中を舌と手で愛撫した。

「陛下、そんなに慌てずとも…」
「黙れ」

 皇帝は彼女の口を塞ぐように舌を絡めるようなキスをした。
 そのまま片手を下腹部へと移動させる。
 既に濡れそぼっていた彼女の蜜壺に指をやや乱暴に没入させる。
 サラへの募る思いを吐き出し、受け入れてもらえぬ鬱憤を晴らすかのように、彼は男の本能を剥き出しにしてシリルに襲い掛かった。

 たまたま訪れた陵墓近くの町の宿にシリルが挨拶に来た時は、彼女のことなどすっかり忘れていた。
 彼女の事情を聞き、亡き母親が彼女にした仕打ちを詫びるつもりでシリルに声を掛けた。
 一晩だけの夜伽をさせるつもりで城に呼んだのだ。

「あっ…、陛下…そこ…気持ちいいです」
「ここか?」

 蜜を掻き出すように指を動かし続けると、熱い吐息が聞こえ始めた。
 ヌルヌルと濡れた指を引き抜くと、そこへいきり立った男根を当てがい、一気に貫いた。
 やや性急とも思われる挿入が、彼の余裕のなさを証明していた。

「あーっ!…」
「…どうした?他愛もない。もうイったのか?」
「はい…陛下のモノが大きくて…すごくて…」
「フン、もっと喘げ」

 そう言って彼は激しく腰を振った。

 シリルは自分自身でも驚いていた。
 皇帝の与える快感に素直に反応してしまっている自分に。
 彼女が覚えている性行為は、皇帝に処女を奪われたあの時で止まっている。
 それなのに、彼女の体は快楽の感じ方を知っている。
 それは彼女が薬で酩酊状態になっている間に起こった出来事のせいなのだろう。そしてそれは皇帝には決して知られてはいけないことだった。

 乱暴に抱かれ、シリルはか細い悲鳴を上げ続けている。
 皇帝はそれに高揚感を覚えて、彼女の両膝を抱えて突きまくった。
 シリルは両腕で皇帝の首を抱きしめながら、声を上げて達した。
 ぐったりした彼女をうつ伏せにし、今度は背後から挿入した。

「そら、啼け。喘げ…!」
「あっ、あっ、陛下ぁ…ッ」
「くそっ、くそっ、サラ…!なぜ余の想い通りにならぬ…!おまえがサラならどんなに良かったか…!」

 皇帝は無意識のうちにサラの名を口にした。
 シリルの巻き髪を乱暴に掴み、その丸い尻に腰をパンパンと打ち付ける。
 彼女は押し寄せる快楽と、乱暴に扱われていることにギャップを感じていた。

 皇帝はシリルを責めながら、他の女の名を呼び続けている。
 彼女はサラという娘の代わりに、その鬱憤を晴らすために抱かれているのだ。
 それでも、今現実に皇帝に抱かれているのは自分だという認識が、かろうじて彼女の矜持を保っていた。

 何度も中で出され、彼女の股間は、受け止めきれなかった液汁で溢れていた。
 それをまた押し込むように挿入を続け、粘液と液汁が混ざり合って、淫靡な音を立てている。
 いつもなら夜伽の女など、一度射精しただけで部屋から放り出していたのだが、今宵の彼は執拗に彼女を求めた。

 何度目かの射精を終えた皇帝は、満足そうにシリルの上で息を吐いた。
 シリルは裸のままソファに座って、皇帝の頭を自分の膝の上に抱えた。
 膝枕をされた皇帝は穏やかな表情のまま、上を向いてシリルの顔を下から眺めた。

「陛下、たくさんお出しになりましたね」
「ああ…。久しぶりだったからかな。気持ち良かったぞ」
「お楽しみいただけて良かったです。このままお休みになられてもよろしいですよ」

 シリルは皇帝の頭をやさしく撫でながら言った。
 彼はそのまま目を閉じた。

 シリルに特別思い入れがあるわけではないし、夜伽の一人としてしか見ていない。
 だが、こうして彼女の声に耳を傾けていると、優しさと懐かしさを感じる。
 サラとは違う、まるで母親といるような安らぎを感じる。

「陛下はサラという方がお好きなのですね」
「…余はサラの名を呼んでいたか?」
「はい。何度も」
「そうか…それはすまぬことをした」
「噂には聞いております。陛下が皇妃にと望まれている方ですのね?」
「ああ、そうだ。サラに世継ぎを産ませることは、母上の願いでもある」
「そうでございましたか。さぞ素晴らしい方なのでしょうね」

 シリルは自分の本心を隠してそう言った。

「…だが、あれには心に想う男がいて、余を受け入れてはくれぬ。余はどうしたらあれの心を得ることができるのか…」
「まあ…。陛下以外に男性が?陛下ならばどうとでもできるのではありませんか?」
「無理矢理奪うことは簡単だ。だがそれでは心は離れて行くばかりだ。余はサラの心が欲しい」

 この告白に、正直シリルは驚いていた。
 皇帝の女好きは有名で、しかも一夜を共にした女の大半が暴力を受けていると聞く。
 だから寝室に呼ばれた女たちは、決して皇帝に逆らったり機嫌を損ねるような態度を取ってはならない、というのが決まり事なのであった。
 最初にシリルが皇帝に抱かれた時は、いろいろとあったためだろうか、無傷で帰されたのは奇跡だったと父親に言われたものだった。
 そんな皇帝が手も出さず、どうやったらその女の機嫌を取れるのかと悩んでいるなどとは、到底信じられなかった。

「陛下は真っ直ぐなお心をお持ちなのですのね。誠意をお見せになれば、きっと彼女にも届きますわ」
「…誠意か。これでも余は気を遣ってやっているのだがな」
「なんとお優しい陛下…」

 シリルは皇帝の額を撫でながら言った。

「フッ…おかしなことだな。このような話をそなたにするのは」
「私で良ければいくらでもお聞きしますわ。お辛いことがあれば吐き出してくださいな」
「そなたに愚痴をこぼせというのか?」
「私のことはその辺の木だとでも思ってくだされば良いのです」
「フッ、おかしなことを言う女だ」

 シリルの指が額から髪を梳くように優しく触れる。
 皇帝はその心地よさに身を委ねた。
 昔、子供の頃に母親にしてもらった膝枕を思い出していた。
 それはずっと忘れていた安らぎの時間だった。

「どうしたら、あの男を忘れさせられるのだろうか。余はあれに何をしてやれば良いのか…わからぬ」
「陛下、焦らずとも時間が解決することもありますわ」
「…余は焦っているか?」
「そう思います。人の心というものは、時間と共に変化するものですわ」
「そうだと良いがな…。女というものはよくわからぬ」
「陛下はお心の大きな優しい方だとシリルは知っています。陛下を好きにならない女など、この世におりません」

 シリルの言葉はまるで魔法のように皇帝の胸に沁み込んでいく。

「不思議だな。そなたにそう言われると、何もかもうまくいく気がする」

 シリルはフッと口角を上げて微笑んだ。
 皇帝は手を伸ばしてシリルの乳房を揉んだ。

「私の乳房がお気に召しましたか?」
「…ああ。良い手触りだ」

 シリルは皇帝の顔の上に乳房がくるように上半身を倒した。
 すると皇帝はまるで赤ん坊のように彼女の胸を手のひらで揉みしだきながら、乳首を吸ったり舐めたりした。

「まあ、陛下ったら…愛おしいこと」

 シリルは微笑んだ。
 その顔は母親のようだと彼は思った。

「シリル、明日も来い。良いな?」
「はい、陛下」

 静かに目を閉じた皇帝を見て、彼女は微笑んだ。
 シリルはスイレンからの助言を思い出していた。
 スイレンからは母親のように振舞い、皇帝の心をサラから奪えと命じられている。
 皇帝は唯一の味方だった母親を失い、大きな喪失感に襲われているはずで、そこに付け込む隙があると彼女は言った。
 だがそれはシリルにとっては残酷な指令だった。

 母親では、恋人にはなれない。

 すべてはスイレンがシリルを皇妃にしてやると言って立てた作戦なのだが、それは嘘だ。
 彼女は初めから、シリルでは皇妃にはなれないと思っているのだ。そうでなければまだ十代のシリルに、わざわざ母親を演じろなどと言うはずがない。
 シリルはただ、スイレンの目的のために利用されただけだ。

 皇帝はシリルに心を許したわけではない。
 皇帝が悩みを打ち明けたのは、彼が無意識のうちにシリルの中に理想の母親像を作り上げていたせいだ。

 それでも、皇帝に近づけるのならばと、スイレンの指示に従った。
 陵墓で皇帝と偶然を装って会えたのはスイレンの遠見の能力のおかげだ。
 可憐な少女のような恰好で私室を訪れたのも、男の征服欲を満たし母性とのギャップを狙えばいいという、サヤカという異界人からの入れ知恵だった。

「陛下…。お眠りになりましたの?」

 シリルは皇帝の髪を撫でながらそっと呟いたが、皇帝からの返事はなかった。

 この国の貴族の家に生まれたすべての娘の夢は、皇妃になることだ。
 大げさかもしれないが、そういう風に教育されて生きて来た。
 だから彼女にとって、皇帝は絶対的な憧れの存在だった。
 マルガレーテというライバルの存在に脅かされ、陥れられ、一時は皇妃の座を諦めた。
 だが今、彼女と寵愛を争った皇帝は、シリルの胸の中で寝息を立てている。
 地下牢で何もわからないまま一生を終えたかもしれなかったかと思うと、まるで夢のようだと思った。

 しかし、皇帝の心はサラという娘にある。
 皇帝の心をこれほどまでに捉えて離さないサラという娘はどんな人物なのだろう。
 彼女はあのスイレンでさえ欲しがる得体のしれない異界人の娘なのだ。 
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