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(95)後継者

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 スイレンはからかうように笑った。
 そんな彼女の笑いをウォルフが遮った。

「スイレン様、兄上をそのように追い詰めるのはやめてください」
「うん?」
「あなたが兄上からサラさんの記憶を奪ったのは、兄上のためなどではない。彼女を光魔法の後継者にしようとしたからだ。後継者となったサラさんは不老不死となり、兄上とは共に人生を歩むことができなくなる。だから記憶を消して、兄上とサラさんを引き離そうとしたんだ。違いますか?」

 ウォルフの話にウルリックとガイアは驚いていた。
 スイレンは薄く笑いながら答えた。

「そうだよ。私はサラの才能が欲しい。あの娘はたった一度で光魔法を成功させた。あれは稀有な才能だ」
「やっぱりそうだったんですね。そのために兄上を利用したんだ…!」

 そこへサヤカが口を出してきた。

「なんだ、てっきりサラからその男を横取りしたいのかと思ってた。あんな賭けなんかして、あんたって嘘つきだね」
「賭けだと?」
「そ。あんたがそんな風になってもまだ、サラのことを好きでいるかどうか賭けをしたんだってさ。けど、そもそも忘れちゃってるんだから勝負にならないじゃん」
「…勝手なことを」

 ガイアは不信感を持ってスイレンを見た。

「サラさんが負けたら、スイレン様の元で修行し、後継者になるという勝負でしたね」

 ウォルフが言うと、スイレンは座ったまま、脚を組んで笑った。

「そうだよ。その賭けの結末はガイウス、おまえが握っているんだ。だからおまえにはサラに会ってもらうよ」
「俺が?」
「そうさ。あの子に会って、『おまえなんか知らない』と言えばいいんだ。それですべて丸く収まる。おまえの頭痛もサラのことを考えなければ起こらないんだしね」
「フン、くだらん。そんな茶番につき合ってられるか」

 ガイアは取り合わなかった。
 だが彼の周囲の者たちは違った。

「主、いい機会ではありませんか。お会いになればよろしいのでは?」
「スイレン師の思い通りになるのが気に食わん」
「兄上…、意地を張らずともよいではありませんか」
「意地など張っておらん!」

 ウルリックもウォルフも意固地になっているガイアに困惑していた。
 本当は、頭の中をよぎる人物に会わねばこの問題は解決しないことはわかっているのに、プライドの高い彼は、勝手に賭けの対象にされたことに腹を立てていたのだ。

 そんなガイアを見かねたサヤカが口を挟んだ。

「会ってくればいいじゃん。思い出せないんなら、初めましてーっつって、また最初っからやり直せばいいんだよ」
「最初から…だと?」
「おいおい、何を言いだすんだ。賭けを台無しにするんじゃないよ」

 スイレンは慌ててサヤカを止めようとした。

「だってそういう恋愛ドラマあったもん。ね、シュン?一緒に観たよね?ほら、シュンが好きな女優が出てたヤツ」
「あー、あれか。恋人が脳の病気で自分のこと忘れちまうってやつ」
「そそ、何回プロポーズしても、忘れられちゃうの。そのたびに、初めましてからやり直すんだよ。めっちゃ泣いたわー!あれ、ハッピーエンドじゃなかったけどさ、あんたらはまだわかんないじゃん?なんで頑張らないの?」
「…ドラマ?」
「あー、そっか、えっとね、お芝居だよ。そういう物語があったの」
「なんだ、芝居の話か。くだらん」
「くだらんって何よ!私が言いたいのはそこじゃなくて、諦めんなってことよ!」

 いつになく建設的な意見を言うサヤカにウォルフは驚いていた。

「…サヤカさんでもマトモなこと言えるんですね…」
「ちょ!めっちゃ失礼なんだけど!」
「いえ、素直に驚いています」
「何よ、私だってちゃんと考えてるよ。私にとっては他人事だけどさ。なんか嫌じゃん?私だけシュンとハッピーエンドになるの」
「え?オレ?」

 突然話に自分が出て来てシュンヤは戸惑った。

「そうだよ。シュンも私も地下牢から出て再会できたんじゃん?こんなのドラマよりすごいハッピーエンドじゃない?」
「…エンドってまだ終わってねーし」
「ハッピーエンドはずっと続くの!」

「おまえたち、余計なことを言って混乱させないでおくれ」

 スイレンは怒ったように言った。
 ガイアもムスッとした顔でサヤカたちを見た。

「…フン、物は言いようだな」

 ガイアは顔を上げてきっぱりと言った。

「そこまで言うのなら、サラという娘に会ってやろうではないか」
「主…!」
「ただし、賭けの結果を知らしめるためではないぞ。この頭痛とモヤモヤした感情をスッキリさせるためだ」
「面倒くさい子だね…」

 スイレンはため息をついた。
 だがウォルフには別に心配事があった。

「それは結構ですが、城の警備は厳重で、サラさんには誰も面会できない状態です。いくら兄上でも今となっては彼女に会うことすら至難の業です」
「ウォルフの言う通りです。しかも今の主には異界人の魔力はありません。今までのように飛んで空から侵入するなんてことはできないんですよ?」

 ウルリックはそう指摘した。
 確かに以前まで使えていた能力が使えなくなったのは痛いところだ。

「私が手助けしてやろうか?」
「結構だ。あなたの世話にはならん」

 スイレンの申し出をガイアは速攻で拒否した。

「俺は俺のやり方でなんとかする。魔法など使えなくともいくらでもやりようはあるんだ。行くぞウルリック、ウォルフ」
「は、はい、主」
「スイレン様、馬をお借りします」
「構わないよ。山を下りたら放しておくれ。勝手に戻って来るから」
「感謝します」

 ウォルフが礼を言う間にもガイアはウルリックにテキパキと指示を出していた。

「山を下りたら、一番足の速い馬と伝令をサンドラの元へ行かせろ」
「はい、手配いたします」
「では失礼する」

 ガイアは外套コートを手に取って外へ出て行った。
 ウルリックとウォルフもそれに続いた。

「あらら…行っちゃった」
「スイレン様、よろしかったんスか?」
「どうせあの子は思い出せやしないよ。…サラが納得してくれるかどうかは別の話だがね」

 スイレンは思案顔で言った。
 その横顔をじっと見つめていたシュンヤは不意に声を上げた。

「あの、スイレン様」
「ん?何だい?」

 シュンヤが突然手を挙げた。

「オレ!オレがなります、スイレン様の後継者に!」

 そう叫んだのはシュンヤだった。
 スイレンとサヤカは驚いて彼を見た。

「シュンヤ…?」
「はぁ?な、何言ってんの?」
「さっきの話聞いてて、オレも異界人だし、いけんじゃねーかって思って」

 シュンヤは頭を掻きながら照れ臭そうに言った。

「おまえはまだ魔法を覚え始めたばかりじゃないか。無理だ」
「オレ、今よりもっと頑張って魔法覚えますから!文字の読み書きとか、スイレン様の言うことも全部、やりますから!」
「シュン、勉強嫌いだったじゃん!」
「オレはスイレン様の役に立ちたいんだよ。この世界に来た理由が何かわからなかったけど、今わかった。オレはスイレン様のためにここへ来たんだって!」

 熱弁を振るうシュンヤをスイレンは冷静に見ていた。

「…本気かい?」
「ほ、本気ッス。いや、本気です!」

 これに慌てたのはサヤカだった。

「ま、待って、待って!じゃあ私も!私もなる!」
「おいおい…おまえね…」

 スイレンが呆れ顔でサヤカに何か言おうとした。

「だって光魔法って不老不死になるんでしょ?やだよ、私だけおばあさんになるの。私、シュンとずっと一緒にいたいもん!シュンが長生きすんなら私もしたい!お願い!」
「…お願いします、だろ」
「お…、お願いします!」

 スイレンは大きくため息をついた。

「…悪いが、おまえたちではダメなんだ」
「え…?何で?」
「あの子たちには言えなかったんだがね。…私はもう長くないんだ」
「は?長くないって…?」
「死ぬってことだよ。いや、消滅、かな」
「だってスイレン様は不老不死じゃ…?」
「私が不老不死になったのは、光魔法を使ったことによる副作用だよ。その副作用にも限界があったということさ」
「そんな!」

 叫んだのはシュンヤだった。

「そんなのダメッスよ!なんとかなんないんスか!?」
「光魔法を使い続ければ細々とだが延命はできる。だが、本質的な解決にはならない。私も長く生きて来たしね。もうそろそろいいかなと思っていたところさ」

 スイレンは諦めたようにフッと笑った。

「だから、即戦力のサラでなければ後継者にはできない。そう思ったんだがね…うまくいかないもんだ」
「なんでそのこと、言わないのさ…!」
「あの子らには言えなかった。別れが辛くなるから、憎まれたままでいいかと思ったんだよ」
「そんなの寂しいじゃん…」
「本当は誰にも告げず、このままひっそりといなくなってもいいと思っていたんだ。そんな時、シリルとシュンヤが運び込まれて来た。やはり光魔法はこの世界に残さねばならないという気持ちが強くなったんだ。その矢先にサラと会った。あの子の才能は稀有だ。これはもう天啓としか思えなかったよ」

 シュンヤもサヤカも黙って聞いていた。

「だけど、シュンヤがそんな風に言いだしてくれるなんて、夢にも思わなかったよ」
「ちょっと、私は?」
「ハハ、そうだね。おまえは生意気だけど、根はいい子だ」
「むー」
「私はこれまで召喚された異界人を何人も監視してきた。そうして思ったんだ。この世界に異界人は不要だと。だから、ガイウスから新たな異界人のことを聞いた時、始末しろと言った。それがまさか、こんなことになるとはねえ…。予想すらしていなかったよ」

 スイレンは二人を見た。

「…残された時間の中で、サラを説得するよりも、こうして諸手を挙げて継いでくれるって言う子がいるのなら、その方がよほど楽に違いないんだがねえ…」
「オ、オレ、頑張ります!絶対、死ぬ気でやりますから!」

 シュンヤはスイレンの返事を息を呑んで待っていた。

「…わかったよ。おまえたちを後継者候補にしてやる」
「本当ですか?ありがとうございます、スイレン様!」
「やったね!」
「但し、おまえたちはあくまでサラの保険だ。一年経ってもモノにならなけりゃ、クビだからね」
「えー!?キビシ!」
「私がいつまで生きられるかわからないんだから、期限を切るのは当然だろ?」
「そんなこと言わないで長生きしなよ」
「こら、スイレン様に失礼な口きくなよ」
「はぁい」

 シュンヤに戒められたサヤカはペロッと舌を出した。

「それはそうとして、賭けの結果を見届けないとね」
「えー!私らがいるんだし、もう無しにしてあげなよ。サラが可哀想じゃん」
「そうはいかないよ。賭けは賭けだ」

 スイレンは腕組みをして、しばらく考え込んでいたが、不意に壁際で空気のように静かにしていたシリルに声を掛けた。

「シリル」
「は、はい!スイレン様」
「おまえを国に送って行ってやるよ」
「まあ!本当ですか?」
「おまえは確か、皇太后に気に入られて皇妃候補にまでなったんだったね」
「え…?は、はい。でももう諦めました」
「諦めるのはまだ早いよ。私が見た所、おまえには特別な才能がある。私がおまえにその極意を伝授してやろう」
「私にそんな能力が…?」
「ああ。正直、皇帝がいつまでもサラに付きまとっていると困るんでね。誘惑してサラから引き離してもらいたいんだ」
「そのようなこと、私にできるのでしょうか…?」
「大丈夫、おまえにならできるよ。うまくいけば皇妃だって夢じゃない」
「それは本当ですか…?」

 シリルの表情が一変し、頬が薔薇色に蒸気した。

「スイレン様、彼女に魔法でも教えるんですか?」
「いいや、そんなものは必要ないよ。シリルには言葉に感情を持たせる能力がある。ただ、欲しい言葉を与えれば良いだけさ」
「言葉?そんなのだけで皇妃になれるの?」
「男は皆、優しい理想の母親を求めているものなのさ」
「マザコンてこと?」

 スイレンはクスクス笑った。

意地っ張りなあの子たちの様子を見て来るとしようかね」
「オレも連れて行ってください」
「え?じゃ、じゃあ、私も!」
「遊びに行くんじゃないんだよ?仕方がないねえ」

 そう言いながらもスイレンはどこか嬉しそうだった。
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