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(83)謁見の間

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 謁見の間へ通じる廊下には、大勢の兵士たちがあちこちに倒れていた。
 その人たちをまたぎながら先に進んでいかねばならず、私は怯えながら歩いた。
 そうしてようやく謁見の間にたどり着くと、扉が壁ごと無くなっていて、大きな穴が開いていた。
 そこへ入る前に、ウォルフが立ち止まって私を振り返った。

「サラさん、ちょっとお芝居につき合ってもらいますよ」
「お芝居?」
「ええ。両腕を後ろに回してください」

 そう言うとウォルフは私の手に拘束紐をゆるく掛けた。

「お芝居って、縛られているフリをするってこと?」
「エルマー様にあなたを縛ったまま連れてくるように言われていたのでね」
「あ…、なるほど」

 私は縛られたふりをして、謁見の間の広いホールへと足を踏み入れた。
 室内に入ると周囲は黒く煤けていて、焦げ臭かった。
 そこには多くの人々や兵士たちがいて、奥の玉座には、皇帝とアデレイドの姿が見える。

「あ…!」

 私の目を引いたのは、玉座の前に立っていたガイアだった。
 そして彼の足元にはサヤカらしい人物が横たわっていた。
 一体ここで何が起こったのか、私の脳内は?マークで埋め尽くされた。

「あ…れ?どうしてガイアがここに…?」

 思わずそう口にすると、ガイアは私を振り返ってニヤリと笑った。
 玉座の上から私の姿を見つけた皇帝は、前のめりになって叫んだ。

「サラ…!どうしてここへ来た!?囚われているのか!?」

 隣にいた皇太后も握りこぶしをぎゅっと握って、私の後ろにいるウォルフに向かって叫んだ。

「ウォルフ!これはどういうことなの?なぜここへサラを連れて来たの!!」

 私が両手を後ろにして、ウォルフに拘束されているように見えたのだろう。本当は縛られてなんかなくて、ウォルフが私の両手に掛けた紐を持っているだけだったのだけど。

 すると突然エルマーが笑い出した。

「何が可笑しいの?」

 怒るアデレイドにエルマーは答えた。

「まだわからないのか?」
「何?」
「私がウォルフに命じて彼女を連れて来させたのだ」
「何ですって…?」
「皇帝が要求を飲まぬ場合に備えて、貴様を脅すために彼女を切り札として確保しておいたのだ」

 皇帝の顔色が変わった。

「エルマー、貴様…サラをどうするつもりだ」

 皇帝が憎々し気に言った。

「決まっている。貴様の目の前でこの娘をズタズタに引き裂いて殺してやる」
「何だと…!」

 ええっ?
 私、こ、殺されるの…?

 私は思わずウォルフの顔を振り返った。
 だけど、彼は何も言わなかった。

「ウォルフ、その娘をこちらへ連れてこい」
「やめろ!サラは関係ない!」

 皇帝が懇願するように叫んだ。

「ウォルフ…、まさかあなたエルマーの仲間なの?」
「愚かだな、皇太后。飼い犬に手を噛まれる気分はどうだ?」

 ウォルフとエルマー、双方を見やったアデレイドはわなわなと震えていた。
 エルマーは不敵に笑った。

 これにはアイズマンが異を唱えた。

「エルマーさん、それでは話が違います」
「うるさい!!さあウォルフ、早くこっちへ!」

 ところがウォルフはその場に立ったまま動こうとはしなかった。
 私もどうしたらいいかわからず、その場に立ち尽くしていた。
 すると、ガイアが歩み寄ってきた。

「ガイア…?…あっ、名前…えっと…何だっけ」
「いや、もういい」
「え?いいの?仮面着けてないのに?」

 ガイアは私に目で笑いかけ、それからウォルフに視線を移した。

「ウォルフ、ご苦労だったな」

 ガイアが声を掛けると、ウォルフは私の拘束紐を取り、頭を下げて礼を取った。

「身に余るお言葉」
「え…?どうして…?二人は知り合いなの…?」
「協力者がいると言っただろ?」

 ガイアは私の耳元で囁くようにそう告げた。

「えっ!?ウォルフが協力者…?」

 嘘でしょ?
 信じられない。

 私は二人を見比べた。
 ウォルフは私の視線を感じてそっと目を逸らせた。

「何をしているウォルフ。その男と何を話している?」

 エルマーの怒声が響いた。

 皇帝も皇太后もエルマーも、アイズマンでさえもウォルフの行動に不審な目を向けていた。
 そこへウルリックが歩み寄って来て、ウォルフの隣に並び、声を掛けた。

「来るのが遅いですよ。せっかく通路を埋め尽くしていた兵を掃除しておいてあげたのに」
「フン、あれで掃除しただと?歩きにくくて仕方なかったぞ」
「あなたはどうしてそう素直じゃないんですかね」
「余計なお世話だ」

 ウォルフは不機嫌そうに答えた。 
 二人の会話を聞いて、かなり親しい間柄だとわかって、ガイアの言ったことが本当なのだと悟った。
 ウルリックとウォルフは、二人そろってガイアと私の前に膝を折った。

 アデレイドは唇を震わせながら、おそるおそる言った。

「ウォルフ…なぜその男に膝を折っているの?」
「ウォルフ、何をしている?」

 アデレイドとエルマーが口々にウォルフを問い詰めた。
 だがその問いに答えたのは本人ではなくガイアだった。

「ウォルフ、ウォルフとうるさいぞ。俺の弟を気安く呼ぶな」
「え…?」

 誰よりも驚きの声を上げたのは私だった。

「今、弟って言った?」
「ああ、ウォルフは俺の弟だ」
「嘘…!」

 ウォルフがガイアの弟…?
 嘘でしょ?
 そんなことってあるの?

 私は反射的にウォルフを見た。
 エルマーやアデレイドもビックリした顔で彼を注視していた。
 頭の中が混乱している。
 ウォルフがガイアの弟だなんて、想像もしていなかった。

 そんな中、アデレイドだけがそれを否定した。

「ありえないわ!アレイス王国の王子は一人だけのはずよ。王族同士の王位継承争いを起こさせないために、アレイス王は寵姫や妾の類を持つことを禁じられていると聞いたわ」
「随分と他国の内情に詳しいようだな」
「隣国の王家のことなんだから、知っていて当然よ」
「だが知らぬこともある。俺には隠された腹違いの姉弟が三人いるんだ。継承権はなくとも、皆俺の大事な家族だ」
「…ハッ!その弟を他国に潜入させスパイの真似事をさせておいて、何が大事な家族だ。聞いて呆れる」

 エルマーは嘲るように言った。

「やはり貴様も口だけの驕った貴族の一人だ。ウォルフ、こんな男に膝を折る必要はない」
「我が兄をこんな男呼ばわりは止めていただきたい。私は次代の王となる兄のため、隣国の新しい皇帝の動向を探ろうと、自ら志願して潜入したのだ」

 ウォルフはエルマーの挑発には乗らず、そうきっぱりと言った。
 それを聞いたアデレイドはキッとウォルフを睨んだ。

「くッ…ではおまえはスパイをするために私に近づいたというの?」
「当然だ」

 ウォルフは、淡々と語り始めた。

「数年前から皇太后が希少石を大量に購入しているという情報を得て、その目的を調べるためにわざとあなたの気を惹くよう行動した」
「そう…。まんまと私の懐に潜り込んだというわけね」
「あなたの趣味、性癖などいろいろと調べあげて近づいた。あなたの愛人という立場になるのはそう難しいことではなかった」

 平然と答える彼にアデレイドは怒り心頭に発した。

「ぬけぬけとよくも…!」

 アデレイドの顔はまさに鬼の形相だった。
 きっと彼には心を許していたんだろう。それが裏切られたとわかり、怒りのぶつけどころを探していたのかもしれない。

「長い間、ご苦労だったな。おまえの仕事はここまでだ。おかげで随分と助かった」

 ガイアは目を細めてウォルフを称えた。

「身に余るお言葉。兄上のお役に立てたならばこれ以上の喜びはありません」

 ウォルフはそう言って頭を下げた。
 こんな殊勝なウォルフは初めて見た。いつもとは全く違う彼の態度に私は驚いていた。
 そんな彼を見て、エルマーは叫んだ。

「バカな!おまえも私と同じ境遇だと言っていたではないか!それでこの計画に乗ってくれたのではないのか!」

 ウォルフはエルマーを振り向いた。

「同じ妾の子でも私と貴様とでは天と地ほどに違う。私は兄を心から尊敬している」
「な…に…?」
「エルマー、貴様の境遇には同情する。私のように差別や悪意から救ってくれる素晴らしい兄弟がいなかったことにもだ」
「知ったような口をきくな!ならばなぜ味方のフリをした?私をたばかって笑うためか?それとも皇帝に金でも貰っていたか?」
「貴様がディラン公爵などの手を借りず、自分の才覚だけでこの国を変えようとするのならば、手を貸してやっても良いと思ったからだ。だが貴様はディランなどの大貴族に恩恵を与える約束をして即位しようとしている。貴様は単なる復讐をしようとしていただけで、そこには何の大望も志もない。改革が聞いて呆れる」
「くっ…」

 エルマーにはウォルフの辛辣な言葉が突き刺さったようで、その場にがっくりと崩れ落ちた。
 それに焦ったのはディラン公爵だった。

「冗談ではない。私はエルマー殿の口車に乗せられただけだ。私は悪くない!行くぞ!」

 ディラン公爵は、開き直ったともとれる発言をして、兵を率いてその場から逃げ出そうとしていた。

「おや、裏切りネズミが逃げ出そうとしていますよ。いけませんね」

 どこからか声が響いて来たかと思うと、火の玉が一つ、公爵のいる方向に飛んで行った。
 次の瞬間、巨大な爆炎が起こり、ディラン公爵とその兵士たちは一瞬で消し炭になった。
 近くにいたエルマーは吹き飛ばされて床に転倒した。
 突然のことに、誰も何が起こったのかわからなかった。

「一体何が…起こったの…?」

 アデレイドが困惑の声を上げた。
 突然の惨状に、人々は唖然としていた。
 エルマーは、頼みの綱のディラン兵が根こそぎ消えてしまったという現実に、ただ呆然としていた。

「あっ!」

 私が声を上げると、皆振り向いた。
 目の前に白髪の人物が立っていた。
 私はその人物を知っていた。

「エカード先生…!?」
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