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(73)陰謀2

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 さっきから通る人にチラチラ見られている気がする。
 なんか目立ってるような…。

「そこが地下牢の入口か」

 すぐ耳元で声がした。

「えっ?」

 驚いて振り向くと、金ピカの仮面が目に飛び込んできた。

「きゃ…!」

 思わず声を上げそうになった私の口は、大きな手で塞がれた。
 通路を歩く人がこちらを振り向いた。

「しっ」

 私の口を押えていたのは、黄金の仮面を着けた黒衣の人物だった。
 その人は周囲から私を隠すように、黒いマントの中に抱え込んだ。
 仮面から覗くアイスブルーの瞳、白に近い透明感のある金髪。
 仮面を着けていても、私にはすぐにそれが誰だかわかった。

「ガイア…?」
「さあ、どうかな」

 とぼけたフリをしているけど、私が正体に気付いているのを知っててふざけてるんだ。

「じゃあ、変な仮面の誰かさん。あなたすごく目立ってるの、わかってます?」 

 通路を通りかかる人々の視線が追っていたのは私ではなく、私の背後にいた彼の方だったのだ。
 こんな派手な仮面を着けていれば目立つに決まってる。

「ならば身を隠すとしよう。おまえも来い」
「え?どこへ?」
「この扉の向こうだ」

 彼は地下への扉を開けて、有無を言わせず私をそこへ連れ込んだ。
 さっきエルマーが入った直後なので、鍵はかかっていなかった。
 どうやら彼の狙いはそこに侵入することだったらしい。

 扉の奥へ入るとすぐに地下へと続く石の階段が続いていた。
 彼は扉を背にするとすぐに私を抱きしめ、私の目の前でその派手な仮面を取った。

「もう…!やっぱりガイアじゃない。いつも突然現れるんだから…」
「ハッ、やはりおまえにはバレてしまうな」

 そこから現れた整った顔は、確かにガイアのものだった。
 改めて間近で見る男らしい容貌に、ドキドキした。

「当然です。私がガイアを見間違うはずないもの」
「おまえは賢いな」

 彼はフッと笑って、唇で私の呼吸を奪う。
 いつエルマーが戻って来るかもわからない、そんなスリリングな状況の中でも、ガイアの口づけは情熱的だった。
 彼は私の顎を捉え、私の唇を味わうように吸い、舌を絡めて来た。

「ん…っ」

 何度も角度を変えて重ねられた彼の唇が、名残惜しそうに離れた。
 これ以上されていたら私、きっと立っていられなくなっていただろう。

「こんな昼間に城の中をうろついてて大丈夫なんですか?」
「心配するな。国際条約機構の調査員は城の中を自由に行動しても良いとの皇帝の許可を得ている。さっき通行人が俺を見ても何も言わなかっただろう?それに、こうでもしないとおまえの元へ入り込めないからな」
「私のため…?」
「無論だ」
「…あんまり危ないことしないで」
「危ないのはおまえの方だろ」
「え?」
「狙われたのはおまえだ」
「…見てたの?」
「俺はいつだっておまえの傍にいる」
「ガイア…。そういうの、ストーカーって言うんだよ?」

 私はもう一度彼の胸に飛び込んだ。
 ガイアは私を強く抱きしめてから、そっと押し戻した。

「抱いてやりたいが、今はこの先に用がある」
「この先って、地下牢に?」
「俺の得た情報によれば、おまえの言っていたもう一人の異界人がここにいるはずだ」
「え?サヤカが…?」
「ああ、そうだ」

 意外なことを聞いて、私は首を振った。

「嘘!そんなはずない。サヤカは塔の部屋にいるはずです。謹慎してるってウォルフが言ってたもの」
「おまえは塔でその娘の姿を見たのか?」
「あ…ううん。部屋の扉をノックしたこともあったけど、返事がなかったから、会ってない…」
「その部屋から密かに地下牢に移されたのだ」
「そんな…!どうして?」
「皇太后の機嫌でも損ねたのだろう。あるいはおまえがいれば不要だと判断したのかもな」
「アデレイドさんが…?」

 確かにアデレイドはサヤカの話をしなくなった。
 ウォルフに訊いても、のらりくらりと躱すだけで彼女の現状については何も教えてくれなかった。
 そりゃ、私もサヤカには腹を立ててたし、罰が軽いんじゃないかって文句も言ったけど、地下牢に入れろだなんて言ってない。もし本当なら、酷すぎる。

「もしここにいるのなら、助けなくちゃ…!」
「そうだな」
「…もしかして、ガイアは国際条約機構の命令で、サヤカを連れて行くためにここへ来たの?」
「いや、そうではない。できれば本物の機構の調査員が、もう一人の異界人の存在を突き止める前に連れ出したいと思っている」
「サヤカを助けてくれるの?」
「そのつもりだ」

 ウルリックとガイアが国際条約機構の手先になって、私やサヤカを捕まえようとしてるんじゃないかって不安だったけど、やっぱり彼はそんな人じゃなかったんだ。

「ありがとう…。私、一瞬でもあなたを疑ったこと、反省してる…。ごめんなさい」

 私が謝罪の言葉を口にすると、彼は私の頭を軽く手でポンポン、と叩いた。

「俺も、おまえに謝らねばならん。おまえを攫って逃げるつもりだったが、事情が変わった。今しばらく待っていてくれ」
「う、うん…?」

 事情が変わったってどういうことだろう?
 私はそれ以上聞けずに、ガイアの後に続いて、地下への階段を降りて行く。
 薄暗い石の階段をひたすら下って行くと、地下牢のある階についた。
 細い通路に面した壁には扉が等間隔で、どこまで続いているのかわからないほど延々と並んでいた。

「この扉の一つ一つに奴隷や罪人が入っている。そこの扉についている覗き窓から牢の中を見ることができる」
「えっ?この中に人がいるの!?」

 見る限り、扉の間隔は二メートルにも満たない。
 奥行がどれくらいかわからないけど、壁の厚さを考えるとかなりの狭さだと思う。この中に人がいるなんて。
 扉の上部を見ると、部屋の番号の横に細長い覗き窓が付いていた。

「俺はその娘の顔を知らん。おまえが確認してくれ」
「は、はい」

 私たちは覗き窓から部屋の中を一つ一つ確認していった。

 どこからか女性の悲鳴が聞こえて来た。
 ギクッとして私は身構えた。

「今の声、何…?」
「罪人が拷問を受けているんだろう」
「ご…拷問!?」

 もしかして、さっきのメイドが拷問されてるんだろうか。
 …怖いな。
 だからエルマーは私に来るなって言ったんだ…。

「しかし、広いな。部屋数が多すぎて探すのに苦労しそうだ」

 ガイアの言う通り、牢の扉は通路の両脇にあって、それが通路の向こうまでずっと続いている。奥の方は暗すぎて全く見えないけど、ずっと続いているに違いない。
 扉の上に番号がなければ、どこまで探したかわからなくなる。
 この扉のどこかにサヤカがいるとしても、一つ一つ確認していくのは大変だ。
 エルマーはずっと奥の方に行ったみたいだけど、彼が戻るまでに見つけることなんてできるんだろうか。

 その時、どこからかバタバタと物音が聞こえた。
 ガイアは咄嗟に私を壁に押し付け、黒いマントを広げて壁に同化したように見せかけた。
 いくつか先の扉が開いて、大きな男が出て来た。
 暗くて顔は良く見えなかったけど、その男は慌てたように薄暗い通路を奥へと走り去って行った。

「ビックリした…」
「この暗さが幸いしたな」

 思わぬ形で壁ドンされた形になって、こんな時なのに私の胸は高鳴っていた。

「今の男、あの部屋から出てきたな」

 ガイアが指さした部屋の扉が、少しだけ開いていて、明かりが漏れている。鍵が掛かっていないということだ。

「…開いてるね。ちょっと見てくる」

 私は男が出て行った部屋の扉の隙間から中を覗き込んだ。

「…いた!」

 そこから見えたのは、裸でベッドに座っている少女―サヤカだった。
 かなり不機嫌のようで、一人で何か怒鳴り散らしている。

「私を放っぽり出すなんて、ふっざけんな!あのブサイク、嘘吐き男!」

 その声はガイアにも聞こえたようだった。

「あれがもう一人の異界人か…」
「うん…」
「連れ出すか?」
「説得してみます」
「俺も行こう」
「ううん、ガイアはここで見張ってて。私一人でやってみる」
「そうか。拒否するようなら、俺が気を失わせて連れ出す」
「うん、わかった」

 私が一人で説得すると言ったのは、自信があったからじゃない。
 本当は、サヤカにガイアを会わせたくなかったからだ。
 サヤカに彼を盗られるとは思わないけど、裸の彼女を見て欲しくなかったし、サヤカがいつもの調子で私を馬鹿にしたり罵倒したりするのを彼に聞かれたくなかった。サヤカのことだから、もしかしたらガイアのことまで悪く言ったりするかもしれない。そんなの耐えられないし、きっとまたサヤカを憎んでしまう。

 私は意を決して、ガイアを通路に残して部屋の中に入った。
 サヤカは豊満な乳房を剥き出しにして、不機嫌そうな顔でベッドに腰掛けていた。

「サヤカ」

 サヤカに声を掛けると、彼女は顔をしかめて私を睨んだ。

「あんた誰?」
「誰って…私よ、サラよ!」
「サラ…?ああ。あんたってそんな顔だっけ?そっか、眼鏡じゃないからわかんなかったよ。ふーん…」

 そういえば、サヤカと面と向かってこうして会うのは、王都襲撃以来だ。
 ここへ戻って来てから会ったのは、私が中庭で兵士に襲われた時だけだ。あの時は夜だったし、顔もよく見えなかったのかもしれない。

「あなた、何でこんなとこにいるの?」
「そんなのこっちが聞きたいよ。あんたがやったんじゃないの?」
「違うわよ!」

 サヤカは両腕を後ろ手に縛られていて、右足首には鎖が巻かれて部屋の隅の杭に繋がれていた。

「縛られてるの?さっきの男にやられたのね?今解いてあげる。一緒に逃げよう?」
「よく言うよ。…全部あんたが悪いんじゃん…!」

 突然、サヤカの表情が変わった。
 忘れていた怒りを思い出したかのように、急に怒鳴り出した。

「そうだよ、私からウォルフを奪ったくせに!ちょっと兵士に噂話を吹き込んだくらいで、私をこんな目に遭わせてさあ!」
「私、ウォルフを奪ってなんかいない。サヤカが私を襲わせたりするからじゃない…」
「あんたが戻って来るから悪いんじゃん。あんたなんか売春してりゃよかったのに!」
「酷いよサヤカ…!そんな言い方ってない!せっかく助けに来てあげたのに」
「うっさい!いい人ぶるんじゃねー!そうやって、私に恩を売ろうなんて、あざといんだよ!」

 サヤカは、私に蹴りを入れようとした。
 だけど彼女の片足は部屋の隅の杭に鎖で繋がれていて、私のところまでは届かなかった。

「サヤカ、落ち着いて、話を聞いて!」
「うるさい!話しかけんな!どうせ私をバカにしにきたんでしょ?こんなとこであんなブサイク男と寝てるってさ。で?私のお下がりの男と寝た感想はどうよ?」
「違うってば!いい加減にしてよ!ウォルフとは何もないんだってば!」
「嘘つけ!淫乱女のくせに!」

 どんな状況でも、サヤカはサヤカだった。
 私は悪態をつくサヤカを前に、自分を落ち着かせるのに必死だった。

「ね、サヤカ。ここから出よう?こんな所にいつまでもいたくないでしょ?」
「あんたなんかに心配されなくたって、私は自分の力でここを出てやるんだから!あんたの手なんか借りない!出てけ!」

 サヤカの剣幕に押され、私は言葉を継げなくなった。
 口喧嘩ではサヤカには絶対に勝てないって思った。
 そこへガイアが扉から顔を出した。

「サラ、急げ。奴らが戻って来る」

 彼を見たサヤカは、私の顔と見比べて、更に怒りを爆発させた。

「その男は何?あんた、また別の男を垂らし込んだの?ウォルフを奪っといて、裏切ったわけ?信じらんない!最っ低ー!」
「そうじゃないって言ってるじゃない!」
「最低最低最低!私はあんたの世話になんか絶対ならないんだから!」

 サヤカは興奮してしまって、もう私の言葉なんか聞いてくれそうにない。
 そう思った時、ガイアが部屋の中に入ってきて、サヤカに話しかけた。

「おい、異界人」
「きゃあ!こっち見ないでよっ!」

 サヤカはガイアに話しかけられて、急に裸でいることが恥ずかしくなったのか、くるりと後ろを向いた。
 今更な気もするけど、イケメンに反応するとこは彼女らしい。

「さっきからギャアギャアうるさいぞ。少しはサラの言う事を聞いたらどうだ」

 ガイアは彼女から目を逸らさず言った。
 私は少しだけ複雑な気持ちになった。
 他の女子の裸とか、そんなじっと見ないで欲しい…。

「逃がしてやると言っている。来るのか来ないのか、ハッキリしろ」

 サヤカは振り向いて返事をした。

「行かないわよ!」
「…おまえに会わせたい者がいる。出来れば来てもらいたいものだな」
「はあ?誰に会わせるって?こっちに知り合いなんかいないよ」
「そうか?」
「…?」

 彼の言ったことが気になった。
 サヤカに会わせたい者って誰のことなんだろう…?

 ガイアは一度様子を見に通路へ出て、すぐに戻ってきた。

「まずい、連中が戻って来る。力づくで連れて行くか」
「嫌よ!大声出すわよ!」
「サヤカってば!ガイアは助けに来てくれたのよ?」

 サヤカはガイアと私を交互に見た。

「…あんたたちに、そんなイチャイチャすんの見せつけられんのやだ」
「何言ってるの!そんなこと言ってる場合じゃ…」
「何なの!?そんなイケメン連れて来てさ、見せびらかしに来たの?ムカつくんだよ!」
「違うってば!…どうしていうこと聞いてくれないの…!」
「サラ、仕方がない、出直そう」

 ガイアが私の手を取って扉の外へ引っ張った。

「サヤカ!」
「うっさい!行かないってば!死ねよブス!」

 サヤカに何度声を掛けても、聞く耳持たないって感じで、一緒に来るつもりはないようだ。
 仕方なく私とガイアは彼女の部屋を後にした。

 通路へ戻ると、奥から足音が近づいてくるのがわかる。
 きっとエルマーが戻って来たんだ。

「ごめんなさい、私がモタモタしてたから…」
「謝る必要はない。所在がわかっただけでも良しとしよう」
「けど、早く逃げないと…」

 おろおろする私を、ガイアは軽々と抱き上げた。

「ひゃっ」
「目を閉じていろ」
「は、はい」

 私はガイアの首に抱きついて目を閉じた。
 それはほんの数秒のことのように思えた。

「もういいぞ」

 ガイアの声に目を開けると、いつの間にか地下牢の外の入口扉の前にいた。
 私が下ろされたのは、元居た場所だった。

「いつの間に…」

 まるで瞬間移動みたいだ。
 ガイアの使う力は魔法っていうより超能力みたいだ。
 そういえば以前、商談の帰りに暴漢に襲われた時も、こんな風に素早く動いて助けてくれたっけ。
 この前、塔の部屋に忍び込んできた時も、この能力を使ったのかな。

「また後でな」

 彼はそう言うと、私の額にキスをひとつ残して、ふいに姿を消した。
 そうして元の場所に戻された私は、エルマーが戻ってきた時、さもずっとここに居ましたという顔で彼を出迎えた。
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