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(27)新しい部屋
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翌日、私は外出するガイアを見送った。
ウルリックも同乗して、馬車で出かけて行った。
その馬車に手を振って見送っていると、なんだかニヤニヤが止まらなかった。
今朝までずっと一緒に居て、こんな風にお出かけを見送って…って、なんだか奥さんみたいじゃない?
人前じゃなかったら、自分からキスしたいくらいだった。
少しの間も離れたくないって思ってしまう。
新婚さんってこんな気持ちなのかな。
鼻歌でも歌いたくなってしまうくらい上機嫌の私に、サンドラが声を掛けて来た。
「旦那様のお見送りは終わったかい?」
「あ、はい」
「それじゃ、始めるよ」
「始めるって、何を?」
「おまえは部屋を移ることになったんだ」
「部屋を…?」
サンドラは、今まで使っていた部屋を引き払い、別の客室に私を移すようにとガイアから命じられたそうだ。
「こっちに運び込んでおくれ」
「はい」
サンドラが見知らぬ男に命じると、その男は外に止めてあった馬車から大きな箱を担いで屋敷の中へ入ってきた。
「あれ、何ですか…?」
その男は私を見て、軽く会釈をした。
えらくガタイのいい男だった。
「そいつはこの前行ったスールの洋服屋の人足さ。おまえの服や靴一式と、下着なんかも追加注文しておいたんだよ」
「そうなんですか…」
その男は荷物を担いでサンドラについて行き、私もその後に続いた。
その部屋は今まで使っていた部屋と同じ階の、反対側の奥の突き当りにあった。 同じ階とは言っても、真ん中に扉があって、鍵がないと自由に行き来はできなかった。
サンドラが鍵を開けて、その奥にある新たな部屋へと足を踏み入れた。
「わあ…!」
そこはこれまでとは比べ物にならないくらい広くて立派な部屋だった。
白い壁は清潔感があったし、窓には大きなバルコニーがついている。
中庭が一望できて、明るい日差しが差し込んでいる。
以前のところが六畳一間の安アパートだとすれば、こっちは高級ホテルのスイートルームって感じ。
ドレッサーやソファなどの調度品は豪華だし、綺麗な細工の施された光石のスタンドがあちこちに置かれていて、部屋の中を明るく照らし出していた。立派な勉強机や書棚まで完備されていて、ベッドルームへ続く扉の手前にはウォークインクローゼットまで付いている。
「荷物はクローゼットへ置いておくれ」
「わかりました」
男は持ってきた大きな箱をウォークインクローゼットの中へ次々と運び込んだ。
部屋の中には奴隷の下働きの女性らがいて、鏡を磨いたり床を掃除したりしていた。
こんなの、いつもは私の仕事なのに。
「こ、こんな豪華なお部屋、私なんかが使っていいんですか?」
「旦那様の命令だからね」
「…でも、どうして急に?」
「おまえが正式に旦那様の秘書になるからだって聞いたよ。おまえに黙ってたのは驚かせたかったからじゃないかねえ?」
「でも、私は奴隷ですよ?」
「旦那様がお決めになったことだからね。ウルリック様も秘書に相応しい部屋に移すよう勧めたそうだよ」
「ウルリックさんが…?」
「あの気難しい方に気に入られるなんて、大したものだよ。あの方は滅多に他人を褒めたりしないんだからね」
「そうなんですか」
「いいんじゃないのかい。どうせこの部屋は使うことはなさそうだし…」
サンドラがブツブツと呟いていたことにも気づかず、私は一人で舞い上がっていた。
特に私が嬉しかったのは、洗面所とトイレが付いていて、ベッドルームが別にあることだった。
これまではトイレや顔を洗うにもいちいち外の水場までいかなければならなかったから、部屋の中ですませられるのはありがたかった。
そして最もテンションが上がったのはベッドルームにあった天蓋とベールカーテン付きのお姫様ベッドだった。こんなのに寝るの、夢だったんだよね。
ガイアがこの部屋を私にくれるって…、すっごく嬉しい。
もしかして私のこと、特別って思ってくれてるのかな…?
引越と言っても、私の荷物なんてたいしてなかったので、すぐに終わった。むしろ移動する先の部屋の準備を整えたという方が正解かもしれない。
人足の男が荷物を運び終えて出て行くと、サンドラたちも引き揚げて行った。
部屋の中を見ていると、メイドが水桶を抱えて入ってきた。
洗面所とトイレは、もちろん水道なんてないので、洗面所にある水瓶に溜まっている水を使う。メイドが一日に何度もその水を変えたり、トイレの便壺を取り換えに来るのだそうだ。
そのメイドは、食堂で何度か見かけたことのある人で、私よりいくつか年上のメアリという女性だった。
この屋敷のメイドは奴隷ではなく、お給料をもらって住み込みで働いている一般庶民だ。
待遇的にいえば、奴隷の私などよりも身分は上のはずだ。
それなのに、なんだか立場が逆転したみたいで申し訳ない気持ちになった。
彼女は水を取り換えた後、部屋の中でなんとなく落ち着かない様子の私に声を掛けた。
「ねえ、あんたすごいわね!奴隷なのにこの部屋を使えるなんて、夢があるわあ」
「うん、私もビックリしてる」
「あんた文字が読めたり計算ができたりするんだって?すごいねえ!もしかしていい家柄の子だったりするの?」
「…あ…、うん」
本当はそうじゃないけど、この世界じゃ教育は上流階級の人しか受けられないらしいし、説明するわけにもいかないので、そう言うことにしておこうと思った。
「そっか、私は庶民だからそういうのわかんないけど、奴隷になってるってことはきっと辛い目にあったのよね?でも良かったじゃない、旦那様に気に入られて」
「うん、ありがと…。ねえ、この部屋って、以前誰か使ってたの?」
「ううん。もう何年も使われてないわ。だから昨日から慌てて掃除してたのよ。でも、あんたに使わせるってことは、もうここには来ないのかもね」
「もう来ないって…誰が?」
「旦那様の婚約者よ」
「えっ?」
一瞬、刻が止まったような気がした。
婚約者…?
今、婚約者って言った?
「こ…婚約者がいるの?」
「噂だけどね、子供の頃から決まってた相手みたいで、王都に住んでるらしいわよ。旦那様がこっちに来てからは一度だけここへ泊ったことがあるんだってさ。この部屋はそのために用意されたらしいけど、それ以来誰も使ってなかったから、埃がすごくってさ。昨夜から総出でお掃除したんだよ」
「知らなかった…」
「だよね。旦那様が嫌がるから、その話はタブーだって、サンドラ様から言われてるんだ。私から聞いたってナイショね」
「うん…でも、どうして嫌がるの?」
「嫌なんじゃない?親が決めた相手みたいだしさ。あの旦那様、他にもいろいろ女連れ込んでるし、結婚ってタイプじゃないと思うのよね」
「…そう…なんだ…」
ショックだった。
ガイアに婚約者がいるなんて、考えもしなかった。
…よく考えてみたら、あれだけお金持ちでハンサムなのに、独身だって方が珍しい。
ガイアの年齢からすると結婚してたっておかしくないんだ。
どうしてそんなことに気が付かなかったんだろう。
そう言えば私、彼のこと何も知らないんだ…。
「その人、結婚したらここに住むの…?」
「そのためにこの部屋を用意したんじゃない?でもどうかなあ。こんなド田舎に住むなんて王都にいるお嬢様は嫌がると思うけど」
「じゃあ、ガイア…様も王都に行っちゃうの?」
「さあね。私らメイドはこっちで採用されたから、よく知らないんだ。子供作ったら別居するんじゃない?あの旦那様モテるから、結婚したって関係なさそうよね」
そういや、ガイアって女をとっかえひっかえしてたって…。
婚約者がいてもいなくても、そういうのは変わらないのかな。
…なんかショック。
「でも、あんたにとっては、旦那様が奥さんと別れてこっちに住んでくれた方がいいんじゃない?」
「そうだけど…なんかそれでいいのかな。奥さんや子供もいるのに…」
「上流階級の方々にとっては結婚なんて、子供を産ませるための形式にすぎないっていうよ。それに子育ては乳母がするもんだし、結婚後はそれぞれ愛人や愛玩奴隷を持つとか、勝手にするってのが当たり前みたいよ。夫婦としては終わってるわね。私は庶民で良かったわ」
「…そうなんだ」
それって完全に愛人だよね。
私ったら、奥さんみたいだなんて錯覚して、勝手に舞い上がってた。
自分の立場、全然わかってなかった。
…バカみたい。
「はぁ…」
大きなため息が出た。
「あんた、旦那様のこと好きなんだね」
「…うん」
「本気にならない方が良いとは思うけど、こればかりは理屈じゃないしね。あんたの気持ちもわかるけどさ。奴隷は結婚できないって知ってるよね?」
「…うん」
「元気出しなよ。私が知ってる中で、あんたが今までで一番旦那様に可愛がってもらってると思うよ。あんたは賢いんだし、これからもきっと傍に置いてもらえるよ。こんな立派な部屋までもらって、奴隷でこれ以上望むのは贅沢ってもんだわよ」
「そうだね…」
メアリは私の気持ちを察して、元気づけようとしてくれてるんだ。
「ありがとう」
私は無理矢理笑顔を作った。
「こんないい部屋に住まわせてもらって、そんな顔してたら他の奴隷から贅沢だって虐められるんだからね?」
「…うん、そうだね」
「それじゃ、私は仕事に戻るから。また後で水の交換にくるから、なんか必要だったら遠慮なく入口傍の呼び鈴鳴らしていいからね。じゃあまたね」
そうしてメアリは、部屋を出て行った。
この屋敷の人は皆いい人ばっかりで、救われる。
虐められるなんて言ってたけど、そんな意地悪するような人はここにはいないって知ってる。
だけど…。
一人になって、ずーん、と落ち込んだ。
婚約者のことなんて、知りたくなかった。
どうして今までそのこと言わなかったわけ?
ガイアはいつかその人と結婚するのに…。
私の知らないどこかのお嬢様と。
結婚して、子供も出来て…
「うっ…」
涙が湧いてきた。
彼のことを思い出すたび、彼が他人のものになってしまうのだという絶望感に襲われた。
「うっうっ…」
嫌だ。
他の人と結婚するなんて、嫌。
だけど私は奴隷で、彼とは結婚できない。
それでもいいって思ってたはずなのに。
傍にいるだけでいいって、思ってたはずなのに。
なのに、あの人を独占したいと思う自分がいる。
泣いたってどうにもならないのに。
私は声を押し殺して泣いた。
ウルリックも同乗して、馬車で出かけて行った。
その馬車に手を振って見送っていると、なんだかニヤニヤが止まらなかった。
今朝までずっと一緒に居て、こんな風にお出かけを見送って…って、なんだか奥さんみたいじゃない?
人前じゃなかったら、自分からキスしたいくらいだった。
少しの間も離れたくないって思ってしまう。
新婚さんってこんな気持ちなのかな。
鼻歌でも歌いたくなってしまうくらい上機嫌の私に、サンドラが声を掛けて来た。
「旦那様のお見送りは終わったかい?」
「あ、はい」
「それじゃ、始めるよ」
「始めるって、何を?」
「おまえは部屋を移ることになったんだ」
「部屋を…?」
サンドラは、今まで使っていた部屋を引き払い、別の客室に私を移すようにとガイアから命じられたそうだ。
「こっちに運び込んでおくれ」
「はい」
サンドラが見知らぬ男に命じると、その男は外に止めてあった馬車から大きな箱を担いで屋敷の中へ入ってきた。
「あれ、何ですか…?」
その男は私を見て、軽く会釈をした。
えらくガタイのいい男だった。
「そいつはこの前行ったスールの洋服屋の人足さ。おまえの服や靴一式と、下着なんかも追加注文しておいたんだよ」
「そうなんですか…」
その男は荷物を担いでサンドラについて行き、私もその後に続いた。
その部屋は今まで使っていた部屋と同じ階の、反対側の奥の突き当りにあった。 同じ階とは言っても、真ん中に扉があって、鍵がないと自由に行き来はできなかった。
サンドラが鍵を開けて、その奥にある新たな部屋へと足を踏み入れた。
「わあ…!」
そこはこれまでとは比べ物にならないくらい広くて立派な部屋だった。
白い壁は清潔感があったし、窓には大きなバルコニーがついている。
中庭が一望できて、明るい日差しが差し込んでいる。
以前のところが六畳一間の安アパートだとすれば、こっちは高級ホテルのスイートルームって感じ。
ドレッサーやソファなどの調度品は豪華だし、綺麗な細工の施された光石のスタンドがあちこちに置かれていて、部屋の中を明るく照らし出していた。立派な勉強机や書棚まで完備されていて、ベッドルームへ続く扉の手前にはウォークインクローゼットまで付いている。
「荷物はクローゼットへ置いておくれ」
「わかりました」
男は持ってきた大きな箱をウォークインクローゼットの中へ次々と運び込んだ。
部屋の中には奴隷の下働きの女性らがいて、鏡を磨いたり床を掃除したりしていた。
こんなの、いつもは私の仕事なのに。
「こ、こんな豪華なお部屋、私なんかが使っていいんですか?」
「旦那様の命令だからね」
「…でも、どうして急に?」
「おまえが正式に旦那様の秘書になるからだって聞いたよ。おまえに黙ってたのは驚かせたかったからじゃないかねえ?」
「でも、私は奴隷ですよ?」
「旦那様がお決めになったことだからね。ウルリック様も秘書に相応しい部屋に移すよう勧めたそうだよ」
「ウルリックさんが…?」
「あの気難しい方に気に入られるなんて、大したものだよ。あの方は滅多に他人を褒めたりしないんだからね」
「そうなんですか」
「いいんじゃないのかい。どうせこの部屋は使うことはなさそうだし…」
サンドラがブツブツと呟いていたことにも気づかず、私は一人で舞い上がっていた。
特に私が嬉しかったのは、洗面所とトイレが付いていて、ベッドルームが別にあることだった。
これまではトイレや顔を洗うにもいちいち外の水場までいかなければならなかったから、部屋の中ですませられるのはありがたかった。
そして最もテンションが上がったのはベッドルームにあった天蓋とベールカーテン付きのお姫様ベッドだった。こんなのに寝るの、夢だったんだよね。
ガイアがこの部屋を私にくれるって…、すっごく嬉しい。
もしかして私のこと、特別って思ってくれてるのかな…?
引越と言っても、私の荷物なんてたいしてなかったので、すぐに終わった。むしろ移動する先の部屋の準備を整えたという方が正解かもしれない。
人足の男が荷物を運び終えて出て行くと、サンドラたちも引き揚げて行った。
部屋の中を見ていると、メイドが水桶を抱えて入ってきた。
洗面所とトイレは、もちろん水道なんてないので、洗面所にある水瓶に溜まっている水を使う。メイドが一日に何度もその水を変えたり、トイレの便壺を取り換えに来るのだそうだ。
そのメイドは、食堂で何度か見かけたことのある人で、私よりいくつか年上のメアリという女性だった。
この屋敷のメイドは奴隷ではなく、お給料をもらって住み込みで働いている一般庶民だ。
待遇的にいえば、奴隷の私などよりも身分は上のはずだ。
それなのに、なんだか立場が逆転したみたいで申し訳ない気持ちになった。
彼女は水を取り換えた後、部屋の中でなんとなく落ち着かない様子の私に声を掛けた。
「ねえ、あんたすごいわね!奴隷なのにこの部屋を使えるなんて、夢があるわあ」
「うん、私もビックリしてる」
「あんた文字が読めたり計算ができたりするんだって?すごいねえ!もしかしていい家柄の子だったりするの?」
「…あ…、うん」
本当はそうじゃないけど、この世界じゃ教育は上流階級の人しか受けられないらしいし、説明するわけにもいかないので、そう言うことにしておこうと思った。
「そっか、私は庶民だからそういうのわかんないけど、奴隷になってるってことはきっと辛い目にあったのよね?でも良かったじゃない、旦那様に気に入られて」
「うん、ありがと…。ねえ、この部屋って、以前誰か使ってたの?」
「ううん。もう何年も使われてないわ。だから昨日から慌てて掃除してたのよ。でも、あんたに使わせるってことは、もうここには来ないのかもね」
「もう来ないって…誰が?」
「旦那様の婚約者よ」
「えっ?」
一瞬、刻が止まったような気がした。
婚約者…?
今、婚約者って言った?
「こ…婚約者がいるの?」
「噂だけどね、子供の頃から決まってた相手みたいで、王都に住んでるらしいわよ。旦那様がこっちに来てからは一度だけここへ泊ったことがあるんだってさ。この部屋はそのために用意されたらしいけど、それ以来誰も使ってなかったから、埃がすごくってさ。昨夜から総出でお掃除したんだよ」
「知らなかった…」
「だよね。旦那様が嫌がるから、その話はタブーだって、サンドラ様から言われてるんだ。私から聞いたってナイショね」
「うん…でも、どうして嫌がるの?」
「嫌なんじゃない?親が決めた相手みたいだしさ。あの旦那様、他にもいろいろ女連れ込んでるし、結婚ってタイプじゃないと思うのよね」
「…そう…なんだ…」
ショックだった。
ガイアに婚約者がいるなんて、考えもしなかった。
…よく考えてみたら、あれだけお金持ちでハンサムなのに、独身だって方が珍しい。
ガイアの年齢からすると結婚してたっておかしくないんだ。
どうしてそんなことに気が付かなかったんだろう。
そう言えば私、彼のこと何も知らないんだ…。
「その人、結婚したらここに住むの…?」
「そのためにこの部屋を用意したんじゃない?でもどうかなあ。こんなド田舎に住むなんて王都にいるお嬢様は嫌がると思うけど」
「じゃあ、ガイア…様も王都に行っちゃうの?」
「さあね。私らメイドはこっちで採用されたから、よく知らないんだ。子供作ったら別居するんじゃない?あの旦那様モテるから、結婚したって関係なさそうよね」
そういや、ガイアって女をとっかえひっかえしてたって…。
婚約者がいてもいなくても、そういうのは変わらないのかな。
…なんかショック。
「でも、あんたにとっては、旦那様が奥さんと別れてこっちに住んでくれた方がいいんじゃない?」
「そうだけど…なんかそれでいいのかな。奥さんや子供もいるのに…」
「上流階級の方々にとっては結婚なんて、子供を産ませるための形式にすぎないっていうよ。それに子育ては乳母がするもんだし、結婚後はそれぞれ愛人や愛玩奴隷を持つとか、勝手にするってのが当たり前みたいよ。夫婦としては終わってるわね。私は庶民で良かったわ」
「…そうなんだ」
それって完全に愛人だよね。
私ったら、奥さんみたいだなんて錯覚して、勝手に舞い上がってた。
自分の立場、全然わかってなかった。
…バカみたい。
「はぁ…」
大きなため息が出た。
「あんた、旦那様のこと好きなんだね」
「…うん」
「本気にならない方が良いとは思うけど、こればかりは理屈じゃないしね。あんたの気持ちもわかるけどさ。奴隷は結婚できないって知ってるよね?」
「…うん」
「元気出しなよ。私が知ってる中で、あんたが今までで一番旦那様に可愛がってもらってると思うよ。あんたは賢いんだし、これからもきっと傍に置いてもらえるよ。こんな立派な部屋までもらって、奴隷でこれ以上望むのは贅沢ってもんだわよ」
「そうだね…」
メアリは私の気持ちを察して、元気づけようとしてくれてるんだ。
「ありがとう」
私は無理矢理笑顔を作った。
「こんないい部屋に住まわせてもらって、そんな顔してたら他の奴隷から贅沢だって虐められるんだからね?」
「…うん、そうだね」
「それじゃ、私は仕事に戻るから。また後で水の交換にくるから、なんか必要だったら遠慮なく入口傍の呼び鈴鳴らしていいからね。じゃあまたね」
そうしてメアリは、部屋を出て行った。
この屋敷の人は皆いい人ばっかりで、救われる。
虐められるなんて言ってたけど、そんな意地悪するような人はここにはいないって知ってる。
だけど…。
一人になって、ずーん、と落ち込んだ。
婚約者のことなんて、知りたくなかった。
どうして今までそのこと言わなかったわけ?
ガイアはいつかその人と結婚するのに…。
私の知らないどこかのお嬢様と。
結婚して、子供も出来て…
「うっ…」
涙が湧いてきた。
彼のことを思い出すたび、彼が他人のものになってしまうのだという絶望感に襲われた。
「うっうっ…」
嫌だ。
他の人と結婚するなんて、嫌。
だけど私は奴隷で、彼とは結婚できない。
それでもいいって思ってたはずなのに。
傍にいるだけでいいって、思ってたはずなのに。
なのに、あの人を独占したいと思う自分がいる。
泣いたってどうにもならないのに。
私は声を押し殺して泣いた。
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