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第123話 恋する大聖女

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 宅男が来て以来、大聖堂では大聖女クラウディアが優しくなったと評判になっていた。

 以前までの大聖女クラウディアの評判は神以外に一切の興味がなく、堅物で冷たいというものだった。

 だが今やあの大聖女クラウディアが頬を染め、まるで恋する乙女のように宅男に寄り添う仲睦まじい姿が度々目撃されているのだ。

 しかも宅男が聖騎士たちとゾンビ退治に向かう際は必ず宅男の出発を見送り、無事の帰還をずっと神に祈りを捧げていることも知られている。

 宅男もそんなクラウディアの愛情に後押しされ、あれほどあった贅肉はすっかり落ちてかなり筋肉質な体形となっていた。

 三人の聖女を生贄として捧げられたためか宅男の魔力は類を見ないほど強大で、聖騎士団でもめきめきと頭角を表していく。もはや前の勇者ショーズィのことなどすっかり忘れられ、勇者といえば宅男を指す言葉となっていた。

 そんな二人が暮らすサンプロミトにも年越しの夜がやってきた。

 宅男はクラウディアを誘い、大聖堂の数ある尖塔の中で最も高いものの最上階にやってきている。

「寒い?」
「いいえ、大丈夫ですわ」

 厚着をした二人の吐く息は白いが、二人の表情は穏やかだった。

「……きれいだね」
「ええ。そうですわね」

 宅男とクラウディアは寄り添い、空を見上げた。夜空には数多の星々がまたたき、北には魔族領とを隔てる高い山々がまるで壁のように空の一部を黒く塗りつぶしている。

 するとそんな山々の稜線が怪しげな緑色の光で縁どられ始めた。

「あれは?」
「分かりませんわ。ですがあそこは険しすぎ、とても人の身では越えることのできないとされる山脈です。あの光も魔族が悪しきことを行っている、そう伝えられていますわ」
「あの向こう側に魔族の本拠地が……」

 するとクラウディアは辛そうに顔を伏せた。

「クラウディア?」
「……」
「どうしたの? 体調が悪いの?」
「……いえ」

 クラウディアは心配する宅男の言葉を小さく否定する。

「じゃあ……」

 クラウディアはじっと押し黙り、北をじっと見つめる。

 山の稜線を縁どる妖しい光は緑から白へと変わり、紫に変化した。

「だって、タクオ様はもうあと少しで……」

 クラウディアは言葉を詰まらせた。ブルーの瞳には今にも零れ落ちそうなほどの涙がたまっている。

 そんなクラウディアの肩をそっと掴み、宅男はクラウディアを自分のほうへと向けた。

「うん。でもさ。僕は、僕の意志で戦うって決めたんだ。クラウディアを守りたいんだ」
「タクオ様……」
「この世界に来るまでの僕は、はっきり言ってダメな奴だった。簡単なほうに逃げて、努力するのも嫌いでさ。でも、この世界に来て、クラウディアが居てくれたから僕は変われたんだ。だから、僕はクラウディアを守りたいんだ」
「タクオ様……」

 クラウディアは目から涙をポロポロと流す。

「でも、タクオ様が! わたくしは! 聖女なのに! タクオ様が勇者としての使命を果たそうとなさっているのに! わたくしは!」

 クラウディアはその美しい顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら心の内を吐露する。

「わたくしは、タクオ様に、死んでほしくない! 傷ついてほしくない! 聖女失格だって分かっています! でも! でも! 宅男様が傷つく姿を見たくないんです! だから、だから……」

 行かないでほしい。

 クラウディアはかすれた声でそう言った。

 それを聞いた宅男は困った顔をすると、クラウディアの前に跪いて両手をそっと取った。

「あのさ、クラウディア」
「はい」
「僕だってクラウディアに傷ついてほしくない。ほんのちょっとの怪我だってしてほしくないし、おかしな奴の話し相手をさせられておかしなことを言われるも当然許せない」
「はい」
「だから、僕はそのすべてからクラウディアを守りたいんだ」
「タクオ様……」
「そうするために僕は行かなくちゃいけないんだ。僕は、ずっと、ずっとずっと隣でクラウディアの笑顔を見ていたいだ」
「え?」

 クラウディアは目を見開いた。

「クラウディア、僕は絶対に帰ってきます。魔王を倒し、魔族を倒し、世界を平和にします。だから、だから! クラウディア、僕と結婚してください」

 そう言って宅男は聖導教会のシンボルをかたどった繊細な細工の入った指輪をクラウディアに差し出した。

「……え? タクオ……様……?」

 クラウディアは口をパクパクさせ、それから涙でぐしゃぐしゃなまま笑顔を浮かべて宅男に抱きついた。

「はい! はい! ああ! 夢みたい! わたくしが! ああ! タクオ様!」

 寒空の中、二人はそっと、そして長い長いキスを交わしたのだった。

◆◇◆

 翌日、宅男とクラウディアは二人そろって教皇の居室へとやってきた。クラウディアの左の薬指には宅男の贈った指輪が輝いている。

「勇者様、大聖女クラウディア、あけましておめでとうございます」
「「あけましておめでとうございます」」

 新年の挨拶を交わすと、教皇はクラウディアの左手をちらりと見て穏やかに微笑んだ。

「勇者様、そちらもおめでとうございます、でよろしいですかな?」
「え? あ! は、はい。あれ? 反対、しないんですか?」
「まさか。儂は勇者様にお越しいただく少し前に、神より啓示を賜ったのです。ですから、お二人が愛し合うことは神によって運命づけられていたのでしょう。大聖女クラウディア、言ったとおりだったでしょう?」
「……はい」

 クラウディアは恥ずかしそうに頬を染めながら頷いた。

「……そうだったんですね。僕も、一目見たときからクラウディアが特別だと感じていました」
「わたくしもです。男性に心を奪われるなどあり得ないと思っていましたが、タクオ様のお姿を一目見た瞬間、わたくしは間違っていたと分かりました」
「クラウディア……」
「タクオ様……」

 教皇の前であることを忘れ、二人は見つめ合う。

「こほん。見つめ合うのはそのくらいにして、本題をお話いただけますか?」
「あ、すみません」

 二人は恥ずかしそうにしながらも、宅男が話を切り出した。

「教皇様、僕はクラウディアを愛しています。魔王を倒し、世界が平和になったらクラウディアと結婚させてください」

 すると教皇は途端に難しい顔をした。それまでの和やかな雰囲気が一変する。

「なるほど。聖導教会の大聖女クラウディアを我が物としたい、と」
「え?」
「そんな! 教義では!」

 宅男は困惑した表情に、クラウディアは悲痛な表情で抗議する。

「大聖女クラウディア、落ち着きなさい。儂は結婚を認めないとは言っていません。ですが、勇者様はこれから魔王と戦う身なのです。クラウディアを守りたい。それならばなぜ魔王と戦うという道を選ぶのですか? 魔王は我々人族が何百年にもわたり苦しめられてきた相手なのですよ?」
「分かっています。でも、クラウディアの笑顔を守るには魔王が、ゾンビを生み出す魔族が好き勝手やっている世界じゃダメなんです!」

 真剣な表情でそう話す宅男の表情を教皇はじっと見つめる。

「……分かりました。ですが、必ず帰ってくると約束してください」
「っ! いいんですか?」
「もちろんです。勇者様、儂は大聖女クラウディアに春がようやく来てくれたことを嬉しく思っているのです。神のお導きに感謝しましょう」
「はい! ありがとうございます!」
「いいえ。当然のことです。では結婚式は勇者様がお戻りになられてから執り行いましょう。使命を果たした勇者と大聖女のカップルであれば、信徒たちも喜んで祝福してくれることでしょう」
「ありがとうございます!」

 教皇にお礼を言った二人は心底嬉しそうな笑顔を浮かべ、互いに顔を見合わせると示しを合わせたかのようにうなずいたのだった。
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