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第115話 目覚めし勇者
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「ホリー先生」
次の病室に行こうと歩いていると、後ろから声をかけられ振り返る。するとそこには普段この病院にいないはずのオリアナさんが立っていた。
「あれ? オリアナさん? 何かあったんですか?」
「ああ。あの黒髪の戦士が目覚めたと聞いたのだが、様子がおかしいのだ。いや、戦場で会ったときの様子のほうがおかしかったので今は普通になったというべきか……」
「それはもしかしたらかけられていた呪いが解けたからかもしれません」
「そうか。だが念のため先に黒髪の戦士のほうを見てほしい」
「わかりました」
こうして私たちは、正気に戻ったらしいショーズィさんの様子を見に行くことにしたのだった。
◆◇◆
ショーズィさんが隔離された病室にやってきた。厳重に施錠された鉄格子の向こう側のベッドにはショーズィさんが寝かされており、自分の顔を両手で覆っている。
鍵を開け、私たちは鉄格子の中に入る。
「失礼します」
私がそう声をかけると、ショーズィさんはビクンと体を震わせた。
「お加減はいかがですか?」
「あ……」
弱々しくそう漏らしたショーズィさんはそのまま毛布を頭から被ってしまった。
……なるほど。たしかにこの様子はおかしい。
「ショーズィさん、どこか痛いところはありますか?」
「……いえ」
毛布の中からくぐもった小さな返事が聞こえてきた。
「お元気ないですね。どうしましたか?」
「……」
返事がない。これは一体どうしたのだろうか?」
「ショーズィ殿、せっかく姫様にお声がけいただいているのじゃぞ。それなのになんじゃ? その失礼な態度は!」
マクシミリアンさんが強く言うが、ショーズィさんの反応はない。
「ずっとこの調子なのだそうだ。ホリー先生、これは大丈夫なのだろうか?」
「……食欲はありますか?」
「いや、今日の朝食は食べていないそうだ」
「それはまずいですね。五日間も眠っていたなら体力が落ちているはずですし、お腹も弱っているかもしれません。オーツ麦のお粥とか、お腹に優しいものにしてみてください」
「なるほど。おい、聞こえていたな?」
「はっ!」
看守さんが短く答える。
「それじゃあショーズィさん、今日はこれで失礼します。明日また様子を見にきますから、それまでに頑張って食べてみてください。ずっと眠っていたんですから、元気になるにはまず食べるところからですよ」
そう言い残し、私は部屋を後にする。私の背後からは鼻をすするような音が小さく聞こえてきたのだった。
◆◇◆
「こんにちは、ショーズィさん。お加減はいかがですか?」
翌日、私たちは治療の合間にショーズィさんの病室を訪ねた。
ショーズィさんはベッドの上に座っている。入ってきた私たちに気付いたショーズィさんは申し訳なさそうな表情で私のほうをちらりと見たが、すぐに顔を伏せてしまった。
私はベッドサイドまで歩いていくと、マクシミリアンさんが運んでくれた丸椅子をショーズィさんの正面に置いて座り、ショーズィさんと目線の高さを合わせる。
といってもショーズィさんは私よりも背が高いため、少し見上げるような格好だ。
「ショーズィさん、夕食と朝食は召し上がったそうですね。どうでしたか?」
「……はい。たくさんは食べられなかったですけど、ありがとうございます」
ショーズィさんは気まずそうにしているが、はっきりとした口調で答えた。それにこの前のように瞳は虚ろではなく、光がしっかり宿っている。
きっとこれがショーズィさんの正常な状態なのだろう。
「気分が悪いとか、どこか痛いとか、お体に変わったところはありませんか?」
「……」
するとショーズィさんは辛そうな表情を浮かべ、そのまま押し黙ってしまった。
そしてしばらくして、ショーズィさんはゆっくりと口を開いた。
「……ホリーさん、申し訳、ありませんでした」
「え?」
まさかいきなり謝られるとは思っておらず、つい聞き返してしまった。
「俺は、ホリーさんに酷いことをしました。それに魔族たちだってこの手で何人も斬って……」
ショーズィさんは自分の両手を見て、わなわなと震えている。
「前回、魔族の話を聞いて、俺は分かっていたはずなんです。魔族が悪いんじゃないって。それなのに俺は! どうして……」
目にうっすらと涙を溜め、辛そうにそう言葉を絞り出している。
「ショーズィさんはこのネックレスを使って呪いをかけられていたようです」
私がショーズィさんのしていたネックレスを見せると、ショーズィさんは目を見開いた。
「それは! 教皇様が最初にくれた聖導のしるし……」
「教皇って、その聖導教会のですか?」
「はい。召喚された日に、悪しき力から守ってくれるお守りだって」
「そうでしたか……」
「でも、まさか最初から呪いをかけるために渡していたなんて……」
ショーズィさんは大きくため息をついた。
きっとショーズィさんはその教皇とやらを信じていたのだろう。だからそんな人に呪いをかけられ、利用されていただなんて、ものすごくショックなはずだ。
……あれ? 召喚?
「私からも一つ質問してもいいですか?」
「あ……はい」
エルドレッド様が割り込んできた。
「召喚とはなんのことですか?」
「え? ああ。俺、教皇様に別の世界から勇者として召喚されたんです。元々は日本の普通の高校生だったんですけど……」
「別の世界!?」
「はい」
ショーズィさんはさも当然といった様子で頷いたのだった。
次の病室に行こうと歩いていると、後ろから声をかけられ振り返る。するとそこには普段この病院にいないはずのオリアナさんが立っていた。
「あれ? オリアナさん? 何かあったんですか?」
「ああ。あの黒髪の戦士が目覚めたと聞いたのだが、様子がおかしいのだ。いや、戦場で会ったときの様子のほうがおかしかったので今は普通になったというべきか……」
「それはもしかしたらかけられていた呪いが解けたからかもしれません」
「そうか。だが念のため先に黒髪の戦士のほうを見てほしい」
「わかりました」
こうして私たちは、正気に戻ったらしいショーズィさんの様子を見に行くことにしたのだった。
◆◇◆
ショーズィさんが隔離された病室にやってきた。厳重に施錠された鉄格子の向こう側のベッドにはショーズィさんが寝かされており、自分の顔を両手で覆っている。
鍵を開け、私たちは鉄格子の中に入る。
「失礼します」
私がそう声をかけると、ショーズィさんはビクンと体を震わせた。
「お加減はいかがですか?」
「あ……」
弱々しくそう漏らしたショーズィさんはそのまま毛布を頭から被ってしまった。
……なるほど。たしかにこの様子はおかしい。
「ショーズィさん、どこか痛いところはありますか?」
「……いえ」
毛布の中からくぐもった小さな返事が聞こえてきた。
「お元気ないですね。どうしましたか?」
「……」
返事がない。これは一体どうしたのだろうか?」
「ショーズィ殿、せっかく姫様にお声がけいただいているのじゃぞ。それなのになんじゃ? その失礼な態度は!」
マクシミリアンさんが強く言うが、ショーズィさんの反応はない。
「ずっとこの調子なのだそうだ。ホリー先生、これは大丈夫なのだろうか?」
「……食欲はありますか?」
「いや、今日の朝食は食べていないそうだ」
「それはまずいですね。五日間も眠っていたなら体力が落ちているはずですし、お腹も弱っているかもしれません。オーツ麦のお粥とか、お腹に優しいものにしてみてください」
「なるほど。おい、聞こえていたな?」
「はっ!」
看守さんが短く答える。
「それじゃあショーズィさん、今日はこれで失礼します。明日また様子を見にきますから、それまでに頑張って食べてみてください。ずっと眠っていたんですから、元気になるにはまず食べるところからですよ」
そう言い残し、私は部屋を後にする。私の背後からは鼻をすするような音が小さく聞こえてきたのだった。
◆◇◆
「こんにちは、ショーズィさん。お加減はいかがですか?」
翌日、私たちは治療の合間にショーズィさんの病室を訪ねた。
ショーズィさんはベッドの上に座っている。入ってきた私たちに気付いたショーズィさんは申し訳なさそうな表情で私のほうをちらりと見たが、すぐに顔を伏せてしまった。
私はベッドサイドまで歩いていくと、マクシミリアンさんが運んでくれた丸椅子をショーズィさんの正面に置いて座り、ショーズィさんと目線の高さを合わせる。
といってもショーズィさんは私よりも背が高いため、少し見上げるような格好だ。
「ショーズィさん、夕食と朝食は召し上がったそうですね。どうでしたか?」
「……はい。たくさんは食べられなかったですけど、ありがとうございます」
ショーズィさんは気まずそうにしているが、はっきりとした口調で答えた。それにこの前のように瞳は虚ろではなく、光がしっかり宿っている。
きっとこれがショーズィさんの正常な状態なのだろう。
「気分が悪いとか、どこか痛いとか、お体に変わったところはありませんか?」
「……」
するとショーズィさんは辛そうな表情を浮かべ、そのまま押し黙ってしまった。
そしてしばらくして、ショーズィさんはゆっくりと口を開いた。
「……ホリーさん、申し訳、ありませんでした」
「え?」
まさかいきなり謝られるとは思っておらず、つい聞き返してしまった。
「俺は、ホリーさんに酷いことをしました。それに魔族たちだってこの手で何人も斬って……」
ショーズィさんは自分の両手を見て、わなわなと震えている。
「前回、魔族の話を聞いて、俺は分かっていたはずなんです。魔族が悪いんじゃないって。それなのに俺は! どうして……」
目にうっすらと涙を溜め、辛そうにそう言葉を絞り出している。
「ショーズィさんはこのネックレスを使って呪いをかけられていたようです」
私がショーズィさんのしていたネックレスを見せると、ショーズィさんは目を見開いた。
「それは! 教皇様が最初にくれた聖導のしるし……」
「教皇って、その聖導教会のですか?」
「はい。召喚された日に、悪しき力から守ってくれるお守りだって」
「そうでしたか……」
「でも、まさか最初から呪いをかけるために渡していたなんて……」
ショーズィさんは大きくため息をついた。
きっとショーズィさんはその教皇とやらを信じていたのだろう。だからそんな人に呪いをかけられ、利用されていただなんて、ものすごくショックなはずだ。
……あれ? 召喚?
「私からも一つ質問してもいいですか?」
「あ……はい」
エルドレッド様が割り込んできた。
「召喚とはなんのことですか?」
「え? ああ。俺、教皇様に別の世界から勇者として召喚されたんです。元々は日本の普通の高校生だったんですけど……」
「別の世界!?」
「はい」
ショーズィさんはさも当然といった様子で頷いたのだった。
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