上 下
93 / 182

第93話 謎の宝玉と奇跡

しおりを挟む
 魔王様との謁見を終えた私は魔道具研究所に戻ってきた。すると中に入るなりニコラさんが駆け寄ってきた。

「やぁやぁ、やっと帰ってきよったな。さ、ホリーちゃん。行くで?」
「え?」

 ニコラさんは私の手をつかみ、ぐいと引っ張った。痛くはないがよろけてしまったところをニール兄さんが止めてくれる。

「ちょっと、ニコラさん! やめてください」
「お? なんや?」
「引っ張って転んだり痛くしたらどうするんですか?」
「お? おお、せやな。ホリーちゃん、すまんすまん。ナイトくんも堪忍な」

 ニコラさんはあっけらかんとした様子でそう言った。

「あ、はい。痛くなかったですから……」
「ほんでな。あの宝玉、おもろいことが分かったんや」
「え? あのゾンビのですか?」
「せや。ちゅうわけで、研究室にはよいや」
「あの……ちょっと着替えてからで……」
「ん? 服なんてなんでもええやろ」
「あの、借り物のドレスなので……」
「ええやん。どうせ余っとるやつやろ?」
「ですが……」

 するとそこへタイミングよくブリジットさんがやってきた。

「おや、ホリーさん。お帰りなさい。あら? ニコラさん? もしかしてホリーさんに無理を言っているところですか?」
「んなっ!? そ、そないなこと、あるわけないやろ? なあ?」

 慌ててそう言い繕うニコラさんをじっと見ると、ブリジットさんは大きなため息をついた。

「ニコラさんはもう何百年も長く生きてるんですから、成人したばかりの女性に迷惑をかけるのはやめてください。どうせドレス姿のホリーさんをそのまま研究室に連れ込もうとしたんでしょう?」
「んぐっ!?」

 ニコラさんが変な声を出した。

「さあ、ホリーさん。お召し替えをしましょうね」
「はい。あの、ありがとうございます」
「いいんですよ。ニコラさんは誰に対してもあんな感じですから。次からはきっぱり、強く強く断ってくださいね。ニコラさんは研究以外に興味がない人なんですから」

 こうして私は一度自室に戻り、普段着に着替えた。そして改めて迎えに来たニコラさんに連れられ、研究室にやってきた。

「これや」

 ニコラさんはいくつかの赤黒い宝玉が載せられたトレイを差し出してきた。

「これは?」
「これはボーダーブルクで回収した赤い宝玉や」
「え? こんな色でしたっけ?」
「いや、ちゃうな。もっと鮮やかな赤やったが、全部こうなったんや」
「えっと?」
「MM回路を壊したのもそうでないのも、みんなこうなったんや。一個なんてちゃんと作動させとったのにこうなったんや」
「……壊れたってことですか?」
「せや。ボーダーブルクでばら撒かれたやつは全部寿命があったんや」
「はぁ。じゃあ、ホワイトホルンで見つかったものとは別のものなんですか?」
「んー、難しいところやな。構造自体は同じやし、出所は多分同じや」
「えっと、あれ? ということは、ホワイトホルンの宝玉には寿命がないってことですか?」
「せや。エル坊の研究室に保管されとるが、今でも綺麗な赤色やで」
「……えっと、どういうことなんですか?」
「ボーダーブルクの宝玉はな。人族の血液が使われとったんや。それがホワイトホルンの奴との違いやな」

 そういえばホワイトホルンで見つかったあの宝玉は血液を核にしていて、未知の生き物のものだと言っていたっけ。

「きっとボーダーブルクで見つかった宝玉はホワイトホルンのやつの廉価版やな。きっとホワイトホルンのはものすごい希少な生物の血液を使っとるんやろうな。問題はそれが一体なんなのかっちゅう話やがな……」

 ニコラさんは微妙な表情でそう語った。ニコラさんが魔道具の話をしているのにこんな表情をするのは珍しい気がする。

「次はエル坊の研究室や。行くで」
「えっ? エルドレッド様はずっと戻ってきてないって……」
「ああ。今日は戻ってくるはずやで。エル坊はそういう子やからな」
「はぁ」

 そう言って私たちはニコラさんの研究室を出て、エルドレッド様の研究室へ向かうのだった。

◆◇◆

「エル坊~! おるやろ! 連れてきたで!」

 ニコラさんが乱暴に研究室の扉を叩くとそのままドアノブを回して引っ張った。

 鍵の掛かっていなかった扉はあっさりと開き、そこには白衣姿のエルドレッド様が立っていた。

 だがそうとう疲れが溜まっているようで、目の下にはうっすらとクマができている。

「ニコラ! 勝手に開けるなとあれほど……ああ、これは失礼しました。ホリーさん、ニールさん、ご無沙汰しています」

 エルドレッド様はいつもどおりの紳士な笑顔で挨拶をしてくれた。

「お久しぶりです」

 私たちは挨拶もそこそこに、研究室の中に入った。

「エル坊、ホワイトホルンの奴や。早う出しいや」
「そんなにせっつかないでください」

 そう言いながらもエルドレッド様はどこか楽しそうに研究室の奥に行き、あのときの赤い宝玉を運んできた。

 その宝玉は以前と変わらず、鮮やかな赤色だ。

「これなんやけどな。付与が出来へんのや。どないな方法でも核のところで弾かれてもうてな。ほんで……」

 ニコラさんは何を言っているのかさっぱり分からない説明を始めた。

「ホリーさん、要するにこの宝玉に魔法を使ってなんらかの機能を持たせる方法はおそらく存在しないのです」
「えっと? でも、ゾンビを生み出す呪詛? が入ってたんですよね?」
「そうです。そこなのです。そこでちょっと実験をしてみたいのですが、この宝玉にホリーさんの奇跡を込めてみて貰えませんか?」
「え? 込めるって、どういうことですか?」
「この宝玉の中に閉じ込めるような感覚でやってみてください」

 そう言ってエルドレッド様は宝玉を差し出してきたので、私はそれを受け取る。

「なんでもいいんですか?」
「はい。ああ、どうせなら影響を及ぼし続けるものがいいかもしれません。たとえばゾンビを浄化し続ける奇跡などはありませんか?」
「それなら聖域の奇跡ですね。やってみます」

 私は宝玉を両手で包み込むように握り、その中に閉じ込めるようなつもりで聖域の奇跡を発動する。

 すると不思議なことに私と中心に発動するはずの聖域の奇跡はするりと宝玉に吸い込まれていき、同時に私の中から魔力が急激に失われたのを感じた。

「うっ」
「ホリー! 大丈夫か!?」

 頭がクラクラして思わずふらついてしまった。そんな私をニール兄さんが慌てた様子で支えてくれる。

「うん。ちょっと奇跡を使いすぎた感じになっちゃった。大丈夫だけど、今日はもうこれ以上使えないかも」
「ああ、無理するなよ」
「うん」

 私は近くの椅子に座らせてもらい、そこでようやくぽかぽかと暖かいものを握っていることに気付いた。

 握っていた手を広げると、なんとあの赤い宝玉が淡くキラキラとした金色の光を帯びている。

 あれ? どうしてだろう。この宝玉を見ていると暖かい気持ちになり、なぜか心が安らぐ。

「おお! やはり!」
「ビンゴやん! エル坊!」

 エルドレッド様とニコラさんは何やら大喜びしているが、私とニール兄さんは完全に蚊帳の外だ。

「ではホリーさん。その宝玉をこちらに」
「……はい」

 エルドレッド様に宝玉を手渡したが、自分のものでもないのになぜか喪失感を覚える。

 するとエルドレッド様は赤い宝玉をいつの間にか用意していた金のペンダントにはめ込み、私に差し出してきた。

「え?」
「ホリーさん、これを持って行ってください」
「あの、いいんですか?」
「はい。もうこれ以上研究できることはありません。であれば、これは持つべき人が持っているべきです」
「……私がですか?」
「そうです。ニコラもそう思っています」
「せやで。それはホリーちゃんが持っとるべきや」
「……ありがとうございます。大切にしますね」

 私はいそいそとペンダントを身に着けた。

 それは私の中で失われていた大切な何かを埋めてくれるかのようで、心がぽかぽかとした暖かいもので満たされるのを感じたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...