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第78話 和平

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 いつもどおりに治療をしていると、チャールズさんが満面の笑みを浮かべながら近寄ってきた。

「ホリー先生! やりました! ついに終戦です!」
「え? 終戦ですか?」
「はい。ブライアン将軍率いる我が軍が敵の町であるズィーシャードを落としたそうです。そうしたら連中はたまらず講和を申し出てきたそうです」
「じゃあ……」
「はい。もうこれ以上、怪我人が運ばれてくることもありません」

 ああ、よかった。ようやく無駄な戦いが終わってくれた。

「なんでも、最後はブライアン将軍が敵の将軍を倒したらしいですよ。ブライアン将軍は三百年前の戦争でも大活躍をした英雄ですし、さすがですよね」
「そうなんですね」

 私はその人のことをよく知らないが、きっとボーダーブルクの人たちにとっては憧れの英雄なのだろう。

「もう少ししたら、町に帰れますよ」
「そうですね。私も早く故郷に帰りたいです」
「え? あ……そうでした。ホリー先生はホワイトホルンの先生ですもんね。寂しくなります」
「すみません。でも私を待っている患者さんもいますから」
「ですよね……」

 それから少しの間、気まずい沈黙が流れる。

「えっと、私、続きの治療をしてきますね」
「は、はい」

 こうして私はチャールズさんと別れ、病室へと治療に向かうのだった。

◆◇◆

 その夜、私はヘクターさんに呼ばれて会議室へとやってきた。そこにはヘクターさんだけでなく、ニール兄さんやアネット、それにホワイトホルンから来た人たちが全員集まっている。

「やあ、ホリーちゃん」
「こんばんは、ヘクターさん。どうしたんですか?」
「うん。今日は大切な報告があるんだ。ちょっと座ってくれるかい?」
「はい」

 もしかして、チャールズさんが昼間に言っていた件だろうか?

 そんな予想をしつつ、私は着席する。それを確認したヘクターさんが真剣な表情で話し始めた。

「さて、知っている者もいるだろうが、我々の魔族領に攻め込んできていたシェウミリエ帝国との間で和平が結ばれた。こちらはコーデリア峠の先にあるゾンシャール砦、さらにズィーシャードという敵軍の拠点都市を制圧した。敵拠点を制圧しての和平のため、我々魔族の勝利といえるだろう」
「おおっ!」
「やった!」

 集まっている衛兵さんたちは口々に歓声を上げている。

「敵の兵力はもうすでに千を切っており、当面は戦闘が発生する心配もない。そこで明日をもってこの病院は閉鎖されることとなった。ズィーシャードでも人族の捕虜をたくさん捕らえたそうだが、今後はこちらに運ばれてくることはない」
「じゃあ! ホリーは帰れるんですね?」

 アネットが前のめりで質問してくれている。

「ああ。だが今回のホリーの活躍を讃え、ホリーにボーダーブルク町長のオリアナ閣下と魔王陛下の連名で勲章を授与するとの通達が来ている」
「勲章?」
「おおっ!」
「すごい!」

 私は首を傾げるが、衛兵さんたちはまるで自分のことのように喜んでいる。

「あの、勲章って?」

 するとヘクターさんは表情を崩し、いつもの軽い口調に戻して話してくれた。

「うん。ホリーちゃんは頑張ってたくさんの人を治療してくれただろう? だからその功績を讃えて、ホリーちゃんがものすごい活躍をしてくれたことを魔王陛下とオリアナ閣下が感謝したいってことさ」
「でも、私は治療をしただけで、敵を倒したわけじゃありませんよ?」
「そうだね。でも、そのおかげで多くの兵士の命が救われたんだ。それにね。傷ついた兵士があんなに早く戦線復帰できたから、これだけの短期間で戦争が終えられたんだ。そうじゃなければきっと今も戦争は続いていて、下手をしたら何年も戦うことになっていたかもしれないんだよ」
「それは……」
「そんなのはいやだよね? それにホリーちゃんは魔族だけじゃなくて、人族の怪我人だって治療してくれたよね? そのことも魔王陛下は高く評価しているそうだよ」
「でも! それは当然のことで――」
「その当然のことを当たり前にやることが大変なんだよ。特に戦争中はね」

 そう言われ、私はあの黒髪の患者さんが言っていた言葉を思い出す。

 きっと、他の人族もああやって騙されて戦争に送り込まれているんだろう。

 私たちは争いなんて望んでいないし、攻撃するつもりもない。ただ、平和に幸せに暮らしたいだけなのだ。

「……そうですよね」

 気分は晴れないが、私はできるだけのことをやったのだ。今思い返しても、薬師として命を救うためにこれ以上の何かができたとは思えない。

 勲章というものにどんな価値があるのかはよく分からないが、魔王様とオリアナさんが公式にねぎらってくれているということなのだろう。

 であれば、きちんと受け取るのも礼儀な気がする。

「わかりました。その勲章、ありがたく頂戴します」
「うん。そうするといいよ」

 そう言ってヘクターさんは優しい笑顔を浮かべる。

「それから、ホリーちゃん。よく頑張ったね」
「はい……」

 こうして私たちは病院での治療を終え、ボーダーブルクへと戻ることとなったのだった。
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