上 下
19 / 182

第19話 慰労会

しおりを挟む
2022/11/30 誤字を修正しました
================


「あっ! ホリー!」

 病院に抗ゾンビ薬を届けた帰り道、私はアネットとばったり出会った。

「アネット……」
「突然呼ばれたって聞いて心配してたんだよ?」
「うん。私は大丈夫だよ」
「そっか。ねぇ、ニールは?」
「あ……ニール兄さんは……」

 どうしよう。考えないようにしていたのに……。

「え? ニールに何かあったの? ねえ!」
「えっと、それは……」
「ホリー! ねえ! 教えてよ!」
「その、ニール兄さんに直接聞いたほうが……」
「直接?」

 アネットはホッとした表情になった。

「あ、そっか。怪我しちゃったんだね。じゃあ、あのとき呼ばれたのってもしかしてニールを治療するため?」
「ううん。ニール兄さんを治療するためじゃなくって、他に怪我した人がたくさんいたから……」
「そう……」

 それから私たちの間に沈黙が流れる。

 そこへなんともタイミングよくニール兄さんがやってきた。

「おーい、二人ともこんなところで何してるんだ?」
「え?」
「ニール!?」

 アネットはものすごい勢いで振り向いたが、ニール兄さんの失われた左腕を見て固まってしまった。

「え? その腕……」
「ああ、ヘマしちゃったんだ。でも、ホリーが治してくれたからな。おかげでなんとか生きてるよ」
「そんな! ニール! その腕じゃ!」
「そうだな。ちょっと衛兵はキツそうな気もするけど、どうしようかなぁ」
「っ!」

 ニール兄さんはそうあっけらかんと言い放ち、アネットはその言葉に絶句する。

「ま、命があるだけマシだよ。衛兵の仲間たちだって何人も食い殺されたんだ。ゾンビになって、燃やした仲間だっていた。だからそれに比べれば、さ」

 ニール兄さんはそう言って遠くを見た。

 諦めているようにも見えるが、きっと悔しいのだと思う。

 ただ、私はそんなニール兄さんになんと声をかけたらいいのかわからない。

「まあ、気にしていないよ。腕を基に戻すのはできないんだろ?」
「うん。再生リジェネレートの奇跡は、使えないから……」
「なら、どうしようもなかったんだ。それに片腕でもしばらくは衛兵を続けさせてもらえるみたいだしな。ダメだったらできることを探すさ」
「ニール……」

 アネットはなんともいえない表情でニール兄さんをじっと見つめている。

「ほらほら、二人とも暗い顔すんなって。せっかく無事だったんだから、家に帰ろうよ」
「うん」

 こうして少しぎくしゃくしつつも、私たちは家路についた。

 その道すがらニール兄さんに聞いたのだが、どうやらかなりの人がゾンビに噛まれて亡くなったのだそうだ。

 特に門に近い避難所には大量のゾンビが押し寄せた。

 その中で窓を塞ぐといった対応がきちんと取れなかった避難所は侵入を許してしまい、避難していた人たちが全員死亡するという大惨事も起きていたらしい。

 ちなみに私たちの避難した町会館では、町会館から慌てて逃げ出した人以外に死傷者は出ていない。

 ゾンビに噛まれたのも最初の一人だけで、その人も私が治療したので大丈夫だとのことだ。

 そんな暗い話をしながら歩いていると、アネットの食堂の前にやってきた。

「あ、良かった。お店、無事だった」
「おお、良かったな」
「うん」
「ホリーのお店は大丈夫だった?」
「うん。でも隣のバートさんのところが燃えちゃってた」
「え? それは大変だ。大丈夫なのか?」
「ナタリアさんが来てて、町長が補償してくれるって言ってたから」
「そっか。早く元通りになるといいね」
「うん。そうだね」

 このあたりに住んでいる人はほぼ全員バートさんの服屋で服を買っているはずなので、困る人も多いだろう。

「えっと、それじゃあ私はここで」
「うん」
「僕もだね」
「うん。ニール兄さん……」
「ほら、気にするなって。ね?」
「うん」

 こうして二人と別れ、お店へと戻ったのだった。

 ああ、そうそう。私たちと同じ町会館に避難していたあのロリコンの人は衛兵に突き出されたそうだ。なんでもロリコンなだけじゃなくて前から色々と悪いことをしていたそうで、大目に見ていた町の人たちも今回の件でついに堪忍袋の緒が切れたらしい。

 私は被害にったことがないのでよく分からないが、あんなにも温厚な町の人たちを怒らせるなんてよっぽどのことをしたのだろう。

 これを機に反省してくれればいいのだけれど……。

◆◇◆

 それから三日後、私の慰労会という名目で町長がランチをご馳走してくれることとなり、町の中心にある町長のお屋敷にやってきた。

「君がグラン先生の後継者かね?」
「はい。ホリーといいます」
「そうか。儂が町長のアリスターだ。ホリー先生と呼んだほうがいいかね?」
「いえ、ホリーで結構です」
「そうか。ではホリー、衛兵たちの治療をしてくれただけでなく抗ゾンビ薬の件でも世話になったそうだな。町を代表して礼を言わせてもらう。ありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです。おじいちゃんであれば、絶対にそうしたはずですから」
「それでも、だ。それに、グラン先生は良い後継者をのこしてくださったのだな」
「私なんか、まだまだです」
「ふむ。その謙虚な姿勢もグラン先生そっくりだ」

 おじいちゃんにそっくりと言ってもらえるのは正直、とても嬉しい。

 おじいちゃんは私の憧れであり、目標であり、そしてたった一人の大切な家族なのだ。

「ところで、ホリーは奇跡を使えるのだそうだな」
「はい。どうやら人族にしか使えないみたいなんですけど、おじいちゃんが人族の町からわざわざ本を手に入れてくれていたみたいなんです。それを読んで練習したら、使えるようになりました」
「うむ。儂も、聖女と呼ばれる人族の女性のみが使えるという話は聞いたことがあるな」
「はい」
「ゾンビ退治でも、衛兵たちが世話になっているそうだな。ゾンビを燃やさずに退治できると聞いたぞ?」
「そうです。ゾンビを退治するのは浄化の奇跡というものになります」
「そうか」
「町長、ホリーちゃんの浄化の奇跡はすごいですよ。なにせ、ゾンビを退治してるのにゾンビを呼び寄せないで済みますから」

 一緒に参加しているヘクターさんが言葉足らずな私の補足をしてくれる。

「ほう。それはすごいな。他にも怪我の治療ができるのだったな?」
「はい。そうです」
「ホリーちゃんの治癒の奇跡はもっとすごいですよ。瀕死の者でもあっという間に治りますから。さすがに大人数は無理みたいですけど」
「ああ、なるほど。魔力の枯渇か。しかし、風の噂で聞く聖女の奇跡と比べるとずいぶんと強力だな」
「え? そうなんですか?」
「うむ。人族の事情まではあまりわからんがな。力の強い聖女でも、骨折を治せる程度が精々だと聞いていたぞ」
「でも、私は本を読んでやっただけですから……」

 正直、何が正解なのかはわからない。

 ただ、私の場合は本で勉強したらできてしまったのだ。

 ちゃんと習ったものではないので、はっきり言ってきちんと教わった人と比べたらまだまだなのではないかと思う。

 人族の街ではきっと先輩の聖女がこれから聖女になろうとしている子を教えているのだろうし、私なんかよりもっとできる人がたくさんいても不思議ではないと思うのだが……。

「そうだな。だが昔、たしか三百年くらい前だったかな? 人族が攻めてきたことがあったが、そのとき人族の軍にいた聖女は瀕死の者を治すなどできなかったはずだぞ」
「はぁ」

 そんなことを言われても、私はどう反応すればいいんだろうか?

「ほら、町長。ホリーちゃんが困ってますよ? それに、ホリーちゃんにお願いがあるんですよね?」
「む? ああ、そうだったな。ホリーよ、頼みがある」
「頼みですか?」
「うむ。そんな奇跡を使えるホリーに、衛兵たちによる森の調査に同行してほしいのだ」
「調査ですか? でもゾンビはもう退治し終わって、安全になったんですよね?」
「いや、そうではない。理由は分からんが、三時間に一匹という決まった頻度で町にやってきているのだ」
「え?」
「当初は我々も残党かと思ったのだが、であれば毎回きっちり三時間に一匹の頻度で現れるのはおかしい」
「それはたしかにおかしいですね」
「というわけで、その原因を調査したいのだ。その調査をするにあたり、ゾンビを呼ばずにゾンビを退治できるホリーの力を借りたいのだ」

 なるほど。そういうことならゾンビを呼び寄せない私がいたほうがいいだろう。

「わかりました。いつもゾンビ退治にはご一緒していますし、任せてください」
「うむ。ときにホリーはグラン先生のお店を継いでいるのだったな?」
「はい」
「手当の他に休業補償もきっちりと出すので安心してくれ」
「え? いいんですか?」
「うむ。これは緊急事態だからな。それに今は薬の需要が多いのだろう? そんな時期に町の事情で休んでもらうのだ。それくらは当然のことだ」
「わかりました。ありがとうございます」

 こうして私は三時間ごとに現れるというゾンビの謎を解明するため、再び森へ向かうこととなったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...