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第16話 力不足

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「ニール兄さん!」
「え? あ……ホリー……」

 ニール兄さんは青い顔をしているものの、駆け寄ってきた私にそう返事をしてくれた。

「は、はは。失敗、しちゃった……。カッコ、悪いよな……」
「ニール兄さん! 早く! 早くニール兄さんをベッドに! 急がないと!」
「ああ。おい! ニール! しっかりしろ! ホリーちゃんのためにも死ぬんじゃねぇぞ!」
「……ぅ」
「おい!」
「お願いします! 早くニール兄さんをベッドに!」
「お、おう!」

 衛兵さんがそのまま重傷者用の奥の部屋に連れていってくれた。ベッドはもう空きが無いのでそのまま床に横たえる。

 私はまず、浄化の奇跡でニール兄さんを浄化した。

「あの、ニール兄さんの肘から先は……?」
「ゾンビどもの……腹の中だ」

 ニール兄さんを運んでくれた衛兵さんの言葉に私は強いショックを受けた。

 どうしよう。私は失われた体を元に戻す再生の奇跡は習得できていない。

 いや、正確に言うのならおそらく使うことはできると思う。だが、この奇跡を発動するには間違いなく魔力が足りない。

 だから再生の奇跡を発動すれば、私は確実に死ぬことになる。それに、奇跡を発動しきれなければニール兄さんの腕を生やしてあげることすらできずに終わってしまう。

 ……どうすれば?

 そんな私の迷いに気付いたようで、衛兵さんがおずおずと聞いてきた。

「ホリーちゃん、もしかして」
「……はい。その、肘から先を元に戻す魔力は……」
「……そうか。なら、諦めよう。ニールは勇敢に戦ったんだ」
「え?」
「助けられる方法がないんだろう? だったら仕方ないだろう。それよりも他の皆を治してやってくれ」
「いえ、助けることはできます。ただ……」

 助けてしまえばニール兄さんの左ひじから先は二度と失われてしまう。

「なんだ? 助けられるのか?」
「はい。ただ……」
「ただ?」
「できるのは血を止めて、傷口を塞ぐことだけなんです。だから今治療してしまうと、もう二度と肘から先は……」

 私は言葉を濁し、痛みで気絶しているニール兄さんをちらりと見る。

 衛兵になるという夢を叶え、そのことが心から嬉しいと言っていたのだ。

 たとえ治ったとしても、それでニール兄さんは良かったと思えるんだろうか?

「そんなことか! なら早くやってやってくれ! 頼む! あいつだって、アネットちゃんやホリーちゃんを置いて逝きたくはないはずだ。分かるだろう?」

 私だってニール兄さんに死んで欲しくなんかない。

 でも、ニール兄さんの夢は!

 でも他に方法は……。

「頼む! ホリーちゃん!」
「……そうですよね。わかりました」

 悩んだ末に覚悟を決め、私は大治癒の奇跡をニール兄さんにかける。

 みるみるうちに傷口は塞がり、他の治療した患者さんたちと同じように安らかな寝息を立て始めた。

 仕方がない。他に助ける方法がなかったのだ。

 私だってニール兄さんに死んでほしくなんかない。もし見殺しにしていたら絶対後悔するだろうし、ニール兄さんの両親も、それにアネットだって悲しむに決まってる。

 仕方のないことだとわかっているのに、どうしてだろう。

 なんともいえない罪悪感にさいなまれる。

「すげぇな。ホリーちゃんは……」

 衛兵さんはニール兄さんを見てそうつぶやいた。

 私はそれになんと返事をしたらいいのだろうか?

「ホリーちゃん、ありがとう!」
「え?」
「こいつは俺たちの仲間だ。仲間の命を救ってくれてありがとう!」
「……はい」

 きっと、これでいいんだ。

 私ではニール兄さんの腕を元に戻してあげることはできなかった。

 きっと夢を奪ってしまったことになるのだろうけどそれでもきっと死ぬよりはマシだった。死んでほしくなんてなかった。

 だから、これでいい。

 そう自分に言い聞かせ、私は次の患者さんを治療することを考える。

「あの、残る人たちの治療もします」
「ありがとう! ……あ! でも大丈夫なのか? ホリーちゃん、前に魔力切れで倒れたって聞いたぞ?」
「あと少しなら大丈夫です。それより早く浄化をしないと!」

 こうして私は軽症の人たちを浄化し、さらに治療もしようとしたところで周りの衛兵さんたちに止められ、無理やり休憩を取らされることになったのだった。

◆◇◆

 仮眠を取るつもりだったのだが、どうやらかなり長い時間眠っていたようだ。気付けば病院の窓から見える景色は黒く塗りつぶされている。

 自分ではまだまだ余裕があるつもりだったが、やはりかなり疲れていたらしい。
 
 それと町中にはもう火の手が上がっていないようなので、きっと入り込んだゾンビは退治し終えたのだろう。

 私は仮眠用のベッドから起き上がると、病室の様子を見に行ってみることにした。

 夕飯を食べずに寝てしまったので奇跡は使わないほうが良さそうだが、薬師としてできることはあるかもしれない。

 そっと扉を開け、病室に入る。暗く静まり返っていると予想していたのだが、それに反してランプを持った人が立っていた。

 衛兵さんだろうか?

 しかし入ってきた私に気付いたその人はすぐに私に気付き、声をかけてきた。

「おや? ホリーちゃん?」
「あれ? ヘクターさん」

 隊長さんなのに、どうしてここにいるのだろうか?

「いきなり無理させちゃったみたいでごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「ご飯は食べた?」
「まだです」
「それなら、一緒に食堂へ行こうか。俺もまだなんだ。それにもう町の中は安全だしね」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「あいつらはゾンビスモークでおびき寄せられるからね」
「はい」

 そんな会話を交わしつつ、ヘクターさんと食堂へと向かうのだった。
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