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第2話 冬の準備
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あれから少しずつ私の生活は平穏を取り戻し、いつもどおりの暮らしに戻っていった。
お店のほうはなんの問題もなく営業できている。
この町の人たちは相変わらずとても優しいし、薬の調合だっておじいちゃんからすべて教わっているので問題ない。
そもそもおじいちゃんが体調を崩してからはずっと一人でお店を切り盛りしていたのだから、当然といえば当然だ。
そりゃあ、おじいちゃんがいないのは寂しいけれど……。
そんな私とおじいちゃんのお店のお客さんは一日に大体五人、多くて十人くらいだ。
奇跡による治療を受けに来る人が数人で、残りは常備薬を買いに来る人がほとんどだ。
だからお客さんがいない時間は本を読んで勉強をしたり、在庫の切れそうな薬を調合したりして過ごしている。
そんなある日、ここホワイトホルンの衛兵長であるヘクターさんがやってきた。
「やあ、ホリーちゃん。繁盛してるかい?」
「やだ、ヘクターさん。お薬屋さんはあんまり繁盛しないほうがいいんですよ?」
私が冗談めかしてそう答えると、ヘクターさんは虚を突かれたような表情になった。
「ん? ああ、それもそうだな。でも、あんまりお客さんが来ないと大変だろう?」
「はい。だけど今までと変わらないくらいにはお客さんが来てくれてますから」
「そうか。それは良かったね」
「はい。ところでヘクターさんが来たってことは、そろそろ冬の準備ですか?」
「ああ、そうだよ。今年も協力をお願いしていいかな?」
「もちろんです。私の力でお役に立てるなら」
「助かるよ。今年は雪が積もるのが早そうだからね。急遽明後日からの予定になったんだけど、大丈夫?」
「はい、もちろんです。任せてください」
「わかったよ。それじゃあ、いつもの場所に来てくれるかい?」
「はい」
そうか。もう冬の準備をする時期なのか。それじゃあ、私も早く支度をしなくっちゃ。
◆◇◆
私は朝から中央広場にやってきた。山歩きもできるようにしっかりと長袖で厚手の服を着て、毛皮のマントも羽織っている。それにしっかりと三日分の着替えも持っているので、準備はバッチリだ。
こんなに重装備で冬の準備とは何事かと思うかもしれないが、それはずばりゾンビ退治に行くのだ。
ゾンビというのは生き物の死体が魔力を帯びて動き出したアンデッドの一種だ。
アンデッドにはゾンビの他にも骨だけが動くスケルトンや実体を持たないゴーストなどもいるそうだが、私は一度も見たことがない。
他の地域ではどうなのかは知らないが、少なくともこのあたりで自然発生するアンデッドといえばゾンビだ。
ではなぜそのゾンビ退治に行くのかというと、ゾンビには他の生き物を次々と襲うというとても迷惑な習性があるからだ。
しかもゾンビに殺された生き物はゾンビになってしまうため、定期的にゾンビを駆除しなければ森はゾンビが跋扈する死の森となってしまうのだ。
特にホワイトホルンはこれから冬にかけて雪が積もってしまうため、町の外に出るのが難しくなる。
だからその間にゾンビが増えすぎないよう、今のうちに駆除するというのが私たちホワイトホルンの冬の準備というわけだ。
とはいえ私は体力があまりなく、魔法だって使えない。そのため本来はこういった荒事には参加しないほうがいいのだが、ゾンビの駆除に関してだけは話が別だ。
私の使える奇跡の中に、浄化の奇跡というものがある。これはゾンビのようなアンデッドを浄化するための奇跡で、ゾンビを普通に退治するよりも圧倒的に効率がいいのだ。
ゾンビの一般的な退治方法は、灰になるまで燃やすことだ。だが燃やし方が不十分な場合、残った腐肉から新たなゾンビが発生してしまう恐れがあるのだ。
そのうえゾンビを燃やすとその匂いに釣られ、新たなゾンビが寄ってきてしまうという問題もある。
それに対して浄化の奇跡は、発動さえできればゾンビを一瞬で消滅させることができるのだ。
だから非力な私をわざわざお守りしてでも連れていったほうが安全にゾンビ退治ができるため、ここ数年は毎回このゾンビ退治に参加しているのだ。
ただ少し気がかりなのは、ゾンビの発生が年々激しくなっていることだ。私が幼いころはそんなことはなかったそうなのだが……。
「あ、ニール兄さん。おはよう」
「お、ホリー。おはよう! 今年も頼むぞ」
「もちろん。任せて!」
「ははっ。足が痛いって泣くなよ」
「ちょっと! それは私が最初に参加したときでしょ? 今は大丈夫だから!」
「ははは。そうだな。あの泣き虫ホリーも大人だもんな」
「ちょっと! ニール兄さん!」
「ほら、あんまりホリーをからかわない」
「いてっ」
私をからかってくるニール兄さんの脇腹をアネットが肘で小突いた。
「こら、これからゾンビ退治に行く衛兵の俺を叩くな」
「退治するのはホリーでしょ? ちゃんとホリーを守んなさいよ?」
「いててて」
ニール兄さんは大げさに痛がって見せ、アネットはそれをしょうがないな、といった様子で見守っている。
「おや? ニールは出発前に負傷で離脱か? こりゃあ、減給かな?」
「げっ!? 隊長?」
「おうおう、隊長だ隊長だ。見てたぞぉ。ニールはアネットちゃんに小突かれただけで大怪我をするくらい虚弱だったんだな」
「ち、違いますから! これは冗談ですから!」
慌ててニール兄さんが取り繕い、それをニヤニヤと楽しそうにヘクターさんがからかっている。
「そうかそうか。だがそんな冗談は良くないな。よし、戻ってきたら訓練の量を倍にしてやろう」
「ええっ!? そんなぁ」
「やーい。変なことするからだよー」
アネットは楽しそうにそうやってニール兄さんをからかい、私もそれにつられてクスリと笑ってしまった。
「ホリー、気をつけてね」
「うん。大丈夫。それに、ヘクターさんも守ってくれるし」
「うむ。お任せください、お姫様」
「ちょっと、ヘクターさん。なんですか? それ」
「いやぁ、女の子を守るなんて、ナイトみたいじゃないか。だからそれっぽくしてみたんだよ?」
「もう、やだぁ」
そうして私たちは笑い合う。
「さて、それじゃそろそろ出発しようか」
「はい」
「ホリー、気をつけてね。あ、それと一応ニールもね。ヘクターさん、よろしくお願いします」
「ああ、任されたよ」
「うん。いってきます」
「おい、アネット。一応ってなんだよ⁉」
こうして私たちはホワイトホルンの町を出て、ゾンビ退治に向かうのだった。
お店のほうはなんの問題もなく営業できている。
この町の人たちは相変わらずとても優しいし、薬の調合だっておじいちゃんからすべて教わっているので問題ない。
そもそもおじいちゃんが体調を崩してからはずっと一人でお店を切り盛りしていたのだから、当然といえば当然だ。
そりゃあ、おじいちゃんがいないのは寂しいけれど……。
そんな私とおじいちゃんのお店のお客さんは一日に大体五人、多くて十人くらいだ。
奇跡による治療を受けに来る人が数人で、残りは常備薬を買いに来る人がほとんどだ。
だからお客さんがいない時間は本を読んで勉強をしたり、在庫の切れそうな薬を調合したりして過ごしている。
そんなある日、ここホワイトホルンの衛兵長であるヘクターさんがやってきた。
「やあ、ホリーちゃん。繁盛してるかい?」
「やだ、ヘクターさん。お薬屋さんはあんまり繁盛しないほうがいいんですよ?」
私が冗談めかしてそう答えると、ヘクターさんは虚を突かれたような表情になった。
「ん? ああ、それもそうだな。でも、あんまりお客さんが来ないと大変だろう?」
「はい。だけど今までと変わらないくらいにはお客さんが来てくれてますから」
「そうか。それは良かったね」
「はい。ところでヘクターさんが来たってことは、そろそろ冬の準備ですか?」
「ああ、そうだよ。今年も協力をお願いしていいかな?」
「もちろんです。私の力でお役に立てるなら」
「助かるよ。今年は雪が積もるのが早そうだからね。急遽明後日からの予定になったんだけど、大丈夫?」
「はい、もちろんです。任せてください」
「わかったよ。それじゃあ、いつもの場所に来てくれるかい?」
「はい」
そうか。もう冬の準備をする時期なのか。それじゃあ、私も早く支度をしなくっちゃ。
◆◇◆
私は朝から中央広場にやってきた。山歩きもできるようにしっかりと長袖で厚手の服を着て、毛皮のマントも羽織っている。それにしっかりと三日分の着替えも持っているので、準備はバッチリだ。
こんなに重装備で冬の準備とは何事かと思うかもしれないが、それはずばりゾンビ退治に行くのだ。
ゾンビというのは生き物の死体が魔力を帯びて動き出したアンデッドの一種だ。
アンデッドにはゾンビの他にも骨だけが動くスケルトンや実体を持たないゴーストなどもいるそうだが、私は一度も見たことがない。
他の地域ではどうなのかは知らないが、少なくともこのあたりで自然発生するアンデッドといえばゾンビだ。
ではなぜそのゾンビ退治に行くのかというと、ゾンビには他の生き物を次々と襲うというとても迷惑な習性があるからだ。
しかもゾンビに殺された生き物はゾンビになってしまうため、定期的にゾンビを駆除しなければ森はゾンビが跋扈する死の森となってしまうのだ。
特にホワイトホルンはこれから冬にかけて雪が積もってしまうため、町の外に出るのが難しくなる。
だからその間にゾンビが増えすぎないよう、今のうちに駆除するというのが私たちホワイトホルンの冬の準備というわけだ。
とはいえ私は体力があまりなく、魔法だって使えない。そのため本来はこういった荒事には参加しないほうがいいのだが、ゾンビの駆除に関してだけは話が別だ。
私の使える奇跡の中に、浄化の奇跡というものがある。これはゾンビのようなアンデッドを浄化するための奇跡で、ゾンビを普通に退治するよりも圧倒的に効率がいいのだ。
ゾンビの一般的な退治方法は、灰になるまで燃やすことだ。だが燃やし方が不十分な場合、残った腐肉から新たなゾンビが発生してしまう恐れがあるのだ。
そのうえゾンビを燃やすとその匂いに釣られ、新たなゾンビが寄ってきてしまうという問題もある。
それに対して浄化の奇跡は、発動さえできればゾンビを一瞬で消滅させることができるのだ。
だから非力な私をわざわざお守りしてでも連れていったほうが安全にゾンビ退治ができるため、ここ数年は毎回このゾンビ退治に参加しているのだ。
ただ少し気がかりなのは、ゾンビの発生が年々激しくなっていることだ。私が幼いころはそんなことはなかったそうなのだが……。
「あ、ニール兄さん。おはよう」
「お、ホリー。おはよう! 今年も頼むぞ」
「もちろん。任せて!」
「ははっ。足が痛いって泣くなよ」
「ちょっと! それは私が最初に参加したときでしょ? 今は大丈夫だから!」
「ははは。そうだな。あの泣き虫ホリーも大人だもんな」
「ちょっと! ニール兄さん!」
「ほら、あんまりホリーをからかわない」
「いてっ」
私をからかってくるニール兄さんの脇腹をアネットが肘で小突いた。
「こら、これからゾンビ退治に行く衛兵の俺を叩くな」
「退治するのはホリーでしょ? ちゃんとホリーを守んなさいよ?」
「いててて」
ニール兄さんは大げさに痛がって見せ、アネットはそれをしょうがないな、といった様子で見守っている。
「おや? ニールは出発前に負傷で離脱か? こりゃあ、減給かな?」
「げっ!? 隊長?」
「おうおう、隊長だ隊長だ。見てたぞぉ。ニールはアネットちゃんに小突かれただけで大怪我をするくらい虚弱だったんだな」
「ち、違いますから! これは冗談ですから!」
慌ててニール兄さんが取り繕い、それをニヤニヤと楽しそうにヘクターさんがからかっている。
「そうかそうか。だがそんな冗談は良くないな。よし、戻ってきたら訓練の量を倍にしてやろう」
「ええっ!? そんなぁ」
「やーい。変なことするからだよー」
アネットは楽しそうにそうやってニール兄さんをからかい、私もそれにつられてクスリと笑ってしまった。
「ホリー、気をつけてね」
「うん。大丈夫。それに、ヘクターさんも守ってくれるし」
「うむ。お任せください、お姫様」
「ちょっと、ヘクターさん。なんですか? それ」
「いやぁ、女の子を守るなんて、ナイトみたいじゃないか。だからそれっぽくしてみたんだよ?」
「もう、やだぁ」
そうして私たちは笑い合う。
「さて、それじゃそろそろ出発しようか」
「はい」
「ホリー、気をつけてね。あ、それと一応ニールもね。ヘクターさん、よろしくお願いします」
「ああ、任されたよ」
「うん。いってきます」
「おい、アネット。一応ってなんだよ⁉」
こうして私たちはホワイトホルンの町を出て、ゾンビ退治に向かうのだった。
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