上 下
37 / 122

第37話 使徒の仕事

しおりを挟む
 冒険者ギルドでの用事を終え、俺は今近くのホテルの一室にいる。

 このホテルはミニョレ村でミレーヌさんの救出とゴブリン討伐に貢献したお礼として冒険者ギルドが当面の間負担してくれることになっているため、お金はかかっていない。

 せっかくなので動画の編集作業をしようとしたのだが、なんと動画を保存しておける容量の残りがかなり少なくなっていることに気付いた。

 ミニョレ村を出発してからイストレアまでの道中でこれはと思ったシーンをバシバシと保存しておいたのだが、どうやらそのせいで容量が圧迫されてしまったようだ。

 とりあえず今回の動画で使わなかったシーンはすべて削除すれば当面容量は空くのだが、問題はこれからだ。

 このままでは容量が足りず、新しい動画を作れなくなってしまうかもしれない。

 容量を増やすには……ああ、そうだ。たしかあの駄女神の信徒を増やす必要があったはずだ。

 うーん? 信徒を増やすって何をすればいいんだ?

 なんか勝手に記録の女神とかいう話になっていっているけど、どうなんだろう?

 そもそもあの駄女神がなんの女神なのか聞いていないし、教義だって何一つ知らない。

 日本の感覚でおかしなことを言って邪神扱いされるのは勘弁だしなぁ。

 ……いや、そんなことを考えても仕方ないか。

 俺のやるべきことは、とにかく再生時間を伸ばして収益化をし、弟妹に仕送りをすることだ。

 まずはこの動画の編集を終えてしまおう。

 そう考えた俺は目の前の作業に集中するのだった。

◆◇◆

 翌朝、俺は冒険者ギルドへ冒険者票を受け取りに行く前にレティシアさんの部屋を訪ねた。

「よぉ、よく来たな。メシでも食おうぜ」

 ラフな格好をしたレティシアさんは完全に聖女の仮面を投げ捨てた口調でそう言ってくる。

「う、うん。突然来てごめんね。迷惑じゃない?」
「大丈夫だよ。昨日の夜に話、聞いてたからな。ほら、座れよ」

 促されて着席する。

「おい、ミレーヌ。いつまで寝てんだ。早く起きろ」
「う、うん……」

 まだベッドにいたミレーヌさんをレティシアさんが乱暴に起こそうとベッドの掛け布団を強引にはがした。

 ミレーヌさんもミレーヌさんで、完全に頼れる女剣士の仮面を脱ぎ捨てている。

 あ、ちなみにレティシアさんの部屋は大聖堂の奥にあり、かなり広い。

 天蓋付きのキングサイズのベッド一つと広いダイニングテーブルがしつらえてあり、さらに扉の向こうには専用のキッチンまであるのだそうだ。

 身の回りの世話はすべて自分でやっており、驚いたことに食事はレティシアさんが自分で作っているらしい。

「ミレーヌ、おらっ! さっさと起きろ! リリスがもう来てるぞ!」
「えっ? あ……」

 そう言われてようやくミレーヌさんが体を起こす。

「ほら、さっさと顔を洗ってこい」
「う、うん……」

 そう言って立ち上がったミレーヌさんは隣の部屋へと歩いていくが、その目にはクマができている。

 夜更かしをしていたのだろうか?

「あのさ。ミレーヌさんって、何か疲れてない?」
「えっ? ああ、いやぁ、まあ、その、な?」

 レティシアさんはバツが悪そうに言葉を濁した。

「ほら、アレだよ。トマの件の報告とか、色々あったからな」

 それだとレティシアさんも遅くまで大変だったのではないかと思うが、レティシアさんはどちらかというとスッキリしているような感じだ。

「まあ、ちょっと待ってろ。すぐに用意するからよ」

 レティシアさんはそう言うと、そそくさと隣にあるというキッチンへと歩いていくのだった。

◆◇◆

 俺はレティシアさんの作ってくれた朝食を食べながら駄女神の信徒を増やしたいということを相談してみたのだが、それを聞いたレティシアさんは微妙な表情を浮かべた。

「アルテナ様の信徒を増やしたい、ねぇ」
「うん。ただ、アスタルテ教とは変な争いになりたくないから……」
「まあ、いいんじゃね? 別に」
「えっ?」
「いや、使徒が神のため祈りと信仰を集めるのは当然だ。むしろそのために使徒を遣わせているんだからな」
「はぁ」
「なんだ? 知らねえのか?」
「うん」
「いいか? 神は信仰によってその力を増すんだ。だから、使徒を遣わせるってのは多かれ少なかれ、信徒を獲得しろっていう意味がある」
「うん」
「ただ、別にそれはアスタルテ様とは関係のない話だ」
「えっ?」
「大体だな。アスタルテ様は豊穣の女神さまだ。記録の女神アルテナ様とはそもそも司ってる領分がまったく違うんだよ」
「ええと……」

 俺が困っていると、レティシアさんは盛大にため息をついた。

「たとえば戦をして勝ちたいと思ったとき、アスタルテ様に祈るか?」
「それは……」
「祈るんなら戦いの神マルス様だろ? そうじゃなけりゃ、竜神教の神殿に行く」
「えっと……」
「だからアスタルテ教の信徒がアルテナ様の信徒になったところで別に大した話じゃねぇ。むしろ普通だ。アルテナ様もアスタルテ様と同じように豊穣を司ってるのであれば話は別だけどな」

 なるほど? どうやら多神教なのでそれぞれの神様で司っているものが違う。しかもそれはあの豊穣の祈りのように目で見てわかる恩恵があるため、欲しいご利益を求めて適切な神様にお祈りするということなのだろう。

 良かった。唯一神がいてそれ以外はすべて邪神だ、みたいな宗教観ではないようだ。

「そんなわけだから、アスタルテ様の邪魔をしなければ問題ないぜ。それにアルテナ様が赦すってんならアスタルテ様と併せて大聖堂で祀ることもできるぜ?」
「え?」
「ま、それはアルテナ様がアスタルテ様の配下に入るってことだから、使徒を送り出す力がある女神なら嫌がるだろうがな」

 いや、どうだろう? あの駄女神、見習いとか言っていたような気がするぞ?

「ま、そんなわけだ。もしアスタルテ様の配下になるってんならそのうち神託が下るだろ」
「神託?」
「ああ。神の声が聞こえたり、会ったりできるらしいぜ? あたしは一度もねぇけどな」

 レティシアさんはそういって豪快に笑った。

「それはともかく、あたしらは誰もアルテナ様の名前を知らなかったしな。まずは名前を覚えてもらって、祈りを捧げてもらうのが先じゃねえか?」
「……なるほど」
「それに、ここには祈りを捧げてくれそうなのがいるぜ?」
「えっ?」

 俺は思わずレティシアさんのことを見つめる。

「おいおい、あたしじゃねーよ。アスタルテ様の使徒だからな」

 そう言ってレティシアさんはミレーヌさんのほうを見た。

「ミレーヌさん?」
「あ、ああ。私で良ければ祈らせてくれ」

 ミレーヌさんはそう言うと手を組み、小さく祈りを捧げた。

「それにしても、リリスは信徒を増やすことも目的だったのだな」
「えっ? どういう……」
「いや、ミニョレ村の宿に少年がいただろう?」
「えっ? ああ、ロラン君のこと?」
「彼はずいぶんと熱い目でリリスのことを見ていたからな。きっと信徒になってくれただろうに」
「……あ!」

 そういえばすっかり忘れていた。

 薄い壁の向こうで毎晩自家発電していたあのロラン君か。

 バレていないと思っていたんだろうが……うん。さすがにロラン君はちょっとなぁ。

 なんだか昔、可能性は感じないでほしいと言って炎上した有名人がいたような気がするけれど、ほんの少しだけその気持ちが分かったような気がする。

 こうして俺は朝食を摂り終え、ホテルへと戻るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

ある日仕事帰りに神様の手違いがあったが無事に転移させて貰いました。

いくみ
ファンタジー
寝てたら起こされて目を開けたら知らない場所で神様??が、君は死んだと告げられる。そして神様が、管理する世界(マジョル)に転生か転移しないかと提案され、キターファンタジーとガッツポーズする。 成宮暁彦は独身、サラリーマンだった アラサー間近パットしない容姿で、プチオタ、完全独り身爆走中。そんな暁彦が神様に願ったのは、あり得ない位のチートの数々、神様に無理難題を言い困らせ スキルやらetcを貰い転移し、冒険しながらスローライフを目指して楽しく暮らす場を探すお話になると?思います。 なにぶん、素人が書くお話なので 疑問やら、文章が読みにくいかも知れませんが、暖かい目でお読み頂けたらと思います。 あと、とりあえずR15指定にさせて頂きます。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

処理中です...