上 下
216 / 244
第四章

第四章第66話 どういう家なんでしょう

しおりを挟む
「ミャッ!」
「いてっ!?」
「ヴィルヘルム! いい加減にしなさい!」

 あたしの手を取ろうとしたこいつの手をユキが猫パンチではたき、それと同時にアンナさんが鋭い声でこいつを叱ります。

「このクソ猫が! よくも邪魔しやがって!」

 ものすごい形相でユキをにらんできましたが、すぐに立ち上がったアンナさんがこいつの頬をひっぱたきます。

「お前は一体どれだけ無礼なことをしたか分かっているの!?」
「ああ? うるせぇな! クソババア!」
「誰がクソババアですか! 母親に向かってなんて口の利き方を!」
「うるせぇな! 女のくせに俺に指図するんじゃねぇ!」
「なんですって!?」

 それから二人は取っ組み合いの大喧嘩を始めました。

 でも男の人と女の人が取っ組み合いをしたら……あれ? アンナさんのほうがちょっと押しています。

 あいつは男にしては背が低いのですが、アンナさんも平均的な背丈なので、体格でいえばあいつのほうが有利なはずです。

 ……太ってますし、あいつってもしかして普段から運動をしていないんでしょうか?

「アンナ! いい加減にしろ!」

 ディミトリエさんがなぜかアンナさんだけを止めますが、アンナさんは止まりません。

「黙っていてください! 公爵家のご令嬢にこんなことをしたことが伝われば!」
「いいから止めろ!」

 あっ!?

 ディミトリエさんがアンナさんを引き離し、その隙にあいつの拳がアンナさんの顔面に入りました。

 な、なんてことを!

 アンナさんは顔面が血まみれになり、その場に崩れ落ちます。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ。クソババア、思い知ったか」

 そう言って勝ち誇ったようにアンナさんを見下ろしていますが、一体何がそんなに誇らしいんでしょうか?

 自分のお母さんですよね?

 すると今度はものすごい形相であたしの、いえ、ユキのほうを見てきます。

「さあ、次はそこのクソ猫だ」

 えっ!?

「だ、ダメです」

 あたしは思わずユキを守るように前に立ちました。

「おい、そこをどけ」
「い、嫌です」
「なんだと!? 女なら男に逆らうんじゃねぇ」

 あたしは首を横に振ります。

「生意気な奴だ! 公爵家だからってお高く留まりやがって!」

 そう言ってあいつは拳を振り上げ、あたしに向かって一歩を踏み出そうしたのですが、そのまま何かにつまずいたのか、足がもつれて転び、顔面を強打しました。

 えっと……ものすごく痛そうです。そのまま動かなくなっちゃいましたけど、大丈夫でしょうか?

「お嬢様、馬鹿息子が、大変な失礼を……」

 あ……アンナさんがこいつの足首をしっかり掴んでいます。しかも鼻が変な方向に曲がっていて、血がダラダラ流れているのにあたしに謝っています。

「ヴィルヘルム! おお! ヴィルヘルム! 大丈夫か!?」

 それなのに、ディミトリエさんはこいつだけを心配しています。

 えっと、この人たち、おかしいです。アンナさんには悪いですけど、こんなところに泊まったら何されるか分かりません。

「アンナさん、ちょっとじっとしていてくださいね」

 あたしはアンナさんにだけ治癒魔法を掛けてあげました。

「お、お嬢様……」
「アンナさん、ごめんなさい。あたし、この家には泊まりたくありません」
「……はい。大変申し訳ございませんでした」

 それからあたしは応接室から出ようとしましたが、なんと扉が開きません。

「えっ!? ど、どうして?」

 すると後ろからディミトリエさんの勝ち誇ったような声が聞こえてきます。

「おや、ご令嬢。どこに行こうというのだ? 今晩は泊まっていくのだろう?」

 ディミトリエさんはあたしのことをニヤニヤしながら見てきています。

「それとも……」

 そう言ってディミトリエさんはうつ伏せの状態になっていたアンナさんの髪の後ろ髪を引っ張り、無理やり顔を上げさせました。

 アンナさんは痛そうに顔をしかめています。

「わ、分かりましたから……」
「そうか。ならばそれでいい。さあ! ご令嬢を部屋にご案内しろ!」

 すると扉の鍵が開き、五人ほどの男と一人のものすごく痩せた女性が入ってきました。

「ご案内します。どうぞこちらへ」
「はい……」

 こうしてあたしは無理やりアンナさんの家に泊まらされることになったのでした。

◆◇◆

「あの、お嬢様。申し訳ありませんでした」

 あたしは二階の隅の部屋に連れていかれました。そして男の人たちがいなくなると、ものすごく痩せた女の人にそう謝られました。

「えっと?」
「きっとお父さまとお兄さまが無理やりここに居ろって言ったんですよね?」
「……はい」
「本当にごめんなさい。悪いことだとは分かっています。でも、お父さまには……」

 えっと、もしかしてこの人はまともなんでしょうか?

「その、あなたは?」
「申し遅れました。私はバルバラと申します。この家の娘で、お嬢様のお世話をさせていただきます。できることであればなんでもいたしますので、どうぞお気軽になんなりとお申し付けくださいませ。」
「は、はい。えっと、じゃあこの家から出たいんですけど……」
「申し訳ございません。お父さまにそれはダメだと強く言いつけられておりまして……それに外には見張りがいますので、どうか……」

 ダメみたいです。バルバラさん、悪い人な気はしないですけど、ディミトリエさんには逆らえないみたいです。

「お嬢様、あと一時間ほどで夕食の時間です。どうか身支度を整えてくださいませ」
「えっと……」
「どうか、お願いします。そうでないと私、私は……!」

 バルバラさんはそう言って必死に訴えて来ます。あまりに真剣な様子に根負けし、あたしはカルリア公国で着たドレスに着替えることにしたのでした。

================
 次回更新は通常どおり、2024/03/09 (土) 20:00 を予定しております。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

【完結】俺様フェンリルの飼い主になりました。異世界の命運は私次第!?

酒本 アズサ
ファンタジー
【タイトル変更しました】 社畜として働いてサキは、日課のお百度参りの最中に階段から転落して気がつくと、そこは異世界であった!? もふもふの可愛いちびっこフェンリルを拾ったサキは、謎の獣人達に追われることに。 襲われると思いきや、ちびっこフェンリルに跪く獣人達。 え?もしかしてこの子(ちびっこフェンリル)は偉い子なの!? 「頭が高い。頭を垂れてつくばえ!」 ちびっこフェンリルに獣人、そこにイケメン王子様まで現れてさぁ大変。 サキは異世界で運命を切り開いていけるのか!? 実は「千年生きた魔女〜」の後の世界だったり。 (´・ノω・`)コッソリ

聖女だけど追放されました!~街で人々の為に商売始めたんだけど、王国の防衛は大丈夫ですよね?~

ルイス
ファンタジー
才能豊かな聖女ミシディアは、国家の防衛任務に就いていたが、代わりが出来たとして、彼女を以前から嫌っていた王子様に追放されてしまった。 彼女は仕方なく、城下街で聖女の能力を活かしたお店を始めることにする。 ミシディアの聖女の能力は底知れぬものであり、最強クラスの冒険者たちも訪れるお店として繁盛することになった。 王国の防衛ですか? 私みたいな非才の身は必要ないらしいので、大丈夫でしょう。

エロフに転生したので異世界を旅するVTuberとして天下を目指します

一色孝太郎
ファンタジー
 女神見習いのミスによって三十を目前にして命を落とした茂手内猛夫は、エルフそっくりの外見を持つ淫魔族の一種エロフの女性リリスとして転生させられてしまった。リリスはエロフとして能力をフル活用して異世界で無双しつつも、年の離れた中高生の弟妹に仕送りをするため、異世界系VTuberとしてデビューを果たした。だが弟妹は世間体を気にした金にがめつい親戚に引き取られていた。果たしてリリスの仕送りは弟妹にきちんと届くのか? そしてリリスは異世界でどんな景色を見るのだろうか? ※本作品にはTS要素、百合要素が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※本作品は他サイトでも同時掲載しております。

処理中です...