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欲と業
第十一章第17話 白銀の里の秘密(後編)
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「む?」
「え? フィーネ様?」
私の質問に、インゴールヴィーナさんはピクリと眉を動かした。クリスさんにとっても予想外の質問だったのか、驚いた表情で私の顔を見つめてくる。
ああ、やはりそうだ。インゴールヴィーナさんは何かを隠している。
「あれは、本当は【闇属性魔法】なんかじゃないんじゃないですか?」
「……」
インゴールヴィーナさんは表情を変えず、何かを探るように視線をじっと合わせてきた。
少しでもあやふやな部分があればここで目をそらしていたかもしれないが、私には冥龍王の使っていたあれが高レベルの【闇属性魔法】ではないという確信がある。
なぜなら、私はレベル3の【闇属性魔法】のスキルを持っている。
もちろんこれは私の感覚の話だが、あんなことが【闇属性魔法】でできるとは到底思えないのだ。
というのも、ある属性魔法スキルのレベルをあげたところでそれまでの延長線上のことしかできないのだ。
私がカンストしている【聖属性魔法】や【回復魔法】を例にとってみよう。
たとえば隷属の呪印を解呪するにはレベルが7以上の【聖属性魔法】が必要だが、弱い呪いであればもっと低いレベルでもできる。
だが、死者をよみがえらせることは、たとえ【回復魔法】のレベルをどれだけ上げたとしても不可能だ。死者を蘇らせるためには、【蘇生魔法】という別のスキルが必要なのだ。
「インゴールヴィーナさん、聞いてください。私たちは解き放たれた炎龍王と戦い、退治しました」
「なんじゃと!?」
「炎龍王は、黒い衝撃波を噴き出して炎の魔物を生み出しました。それと同じように冥龍王の分体は黒い霧を噴き出し、アンデッドの魔物を生み出したんじゃないですか?」
「えっ? フィーネ様? そうなのですか?」
クリスさんが驚いた様子で私にそう尋ねてきた。どうやら完全に想像の埒外だったようだ。
「ああ、なるほど。そういうことでござるか。それでここに来たかったのでござるな」
「はい。それで、どうでしょうか? インゴールヴィーナさん」
「……そう、じゃな。闇属性魔法ではない」
インゴールヴィーナさんはそう言って言葉を切った。
「……それは瘴気、ですよね?」
「うむ」
渋々といった様子ではあるが、インゴールヴィーナさんはあれが瘴気を使っているものであることを認めた。瘴気を使っているということは、進化の秘術である可能性があるということだ。
すると、今まで黙っていたシズクさんが話に入ってきた。
「一つ質問しても良いでござるか?」
「む? なんじゃ?」
「インゴールヴィーナ殿たちは、冥龍王を倒せるほどの強さを持っていたでござるか?」
うん? もしかしてシズクさんは一人で炎龍王を倒せなかったことを気にしているのかな?
しかしインゴールヴィーナさんの返事は予想を裏切るものだった。
「……儂らなぞ、戦えば一瞬で殺されたじゃろうな」
「え?」
「やはりそうでござるか」
ええ? シズクさん、インゴールヴィーナさんでは勝てないって見抜いていたってこと?
じゃあどうしてそんな質問を?
「ということはつまり三千年前に冥龍王を封じたのはインゴールヴィーナ殿たちではないでござるな?」
「ええっ? じゃあ、三千年前に封じたというのは……」
「そのとおりじゃ。儂も当時の聖女も戦ってなどおらぬ。白銀の里はのう。冥龍王ヴァルガルム様が自らを封じるために作った封印の地じゃ。この地にエルフの里が出来たのは、その封印守として長寿である儂らエルフが選ばれたからじゃよ」
「ええっ!?」
まさかの事実に私は何を話そうとしていたのかすっかり忘れ、頭が真っ白になってしまった。
進化の秘術を使っているっぽい冥龍王をリーチェの種で浄化すればいいんじゃないだろうか、くらいのつもりだったのだが……。
「では冥龍王は、封印される前は理性を保っていたでござるな?」
「うむ。じゃが今や……」
「瘴気に呑まれたでござるか?」
「うむ。自らを封じてからたったの十年足らずで、儂らのこともわからなくなってしもうたのじゃ」
インゴールヴィーナさんは寂しそうにそう言った。
「あの、インゴールヴィーナさん。どうして冥龍王は自分で自分を封じたんですか?」
「わからぬ。そこまでのことは話してくれなんだ。じゃが瘴気を引き受ける、と言うておったのう」
「そうですか……」
ということは、冥龍王は進化の秘術で世界中から瘴気を集めようとしていたということだろうか?
「あるいは精霊神様ならば、何かご存じかも知れぬのう」
「精霊神様?」
あ! そうだ。その単語でもう一つの目的を思い出した。
「精霊神様は、精霊の島に行けば会えると言っていました。その島がどこにあるか、知りませんか?」
「なんじゃと? 精霊神様が?」
「はい。加護をいただいたときに、ほんの少しだけですけど会ったんです。そのときに、そう言われました」
「……そうか。そなたは遥か東方に水龍王ヴァルオルティナの封じられし島があることは知っておるか?」
「ゴールデンサン巫国のことですか?」
「ふむ。今はそんな名前の国があるのじゃな。その島の北東には常に霧に包まれた海があり、その霧の中に精霊界との境界があると言われておるのう」
「ゴールデンサン巫国の北東にそんな場所が……」
「北東の海に帰らずの海と呼ばれる恐ろしい海域があるという話なら拙者も聞いたことがあるでござるな」
「単なる言い伝えかもしれぬ。じゃが、精霊神様に招かれたフィーネ殿であればあるいは辿りつけるやもしれんのう」
インゴールヴィーナさんはそう言ってふうっと息を大きく吐いた。
「そうでしょうか?」
「うむ。フィーネ殿は儂らなどよりもよほど、精霊神様からの寵愛を受けておる。そなたが花の精霊と契約を交わしたのも、きっと精霊神様のお導きなのじゃろうなぁ」
遠い目をしたインゴールヴィーナさんが何を考えているのかは分からないが、どことなくホッとしたような表情を浮かべているような気がする。
それから、意を決したような顔で私の顔を真っすぐに見てきた。
「のう、フィーネ殿。頼みがあるのじゃ」
「え? フィーネ様?」
私の質問に、インゴールヴィーナさんはピクリと眉を動かした。クリスさんにとっても予想外の質問だったのか、驚いた表情で私の顔を見つめてくる。
ああ、やはりそうだ。インゴールヴィーナさんは何かを隠している。
「あれは、本当は【闇属性魔法】なんかじゃないんじゃないですか?」
「……」
インゴールヴィーナさんは表情を変えず、何かを探るように視線をじっと合わせてきた。
少しでもあやふやな部分があればここで目をそらしていたかもしれないが、私には冥龍王の使っていたあれが高レベルの【闇属性魔法】ではないという確信がある。
なぜなら、私はレベル3の【闇属性魔法】のスキルを持っている。
もちろんこれは私の感覚の話だが、あんなことが【闇属性魔法】でできるとは到底思えないのだ。
というのも、ある属性魔法スキルのレベルをあげたところでそれまでの延長線上のことしかできないのだ。
私がカンストしている【聖属性魔法】や【回復魔法】を例にとってみよう。
たとえば隷属の呪印を解呪するにはレベルが7以上の【聖属性魔法】が必要だが、弱い呪いであればもっと低いレベルでもできる。
だが、死者をよみがえらせることは、たとえ【回復魔法】のレベルをどれだけ上げたとしても不可能だ。死者を蘇らせるためには、【蘇生魔法】という別のスキルが必要なのだ。
「インゴールヴィーナさん、聞いてください。私たちは解き放たれた炎龍王と戦い、退治しました」
「なんじゃと!?」
「炎龍王は、黒い衝撃波を噴き出して炎の魔物を生み出しました。それと同じように冥龍王の分体は黒い霧を噴き出し、アンデッドの魔物を生み出したんじゃないですか?」
「えっ? フィーネ様? そうなのですか?」
クリスさんが驚いた様子で私にそう尋ねてきた。どうやら完全に想像の埒外だったようだ。
「ああ、なるほど。そういうことでござるか。それでここに来たかったのでござるな」
「はい。それで、どうでしょうか? インゴールヴィーナさん」
「……そう、じゃな。闇属性魔法ではない」
インゴールヴィーナさんはそう言って言葉を切った。
「……それは瘴気、ですよね?」
「うむ」
渋々といった様子ではあるが、インゴールヴィーナさんはあれが瘴気を使っているものであることを認めた。瘴気を使っているということは、進化の秘術である可能性があるということだ。
すると、今まで黙っていたシズクさんが話に入ってきた。
「一つ質問しても良いでござるか?」
「む? なんじゃ?」
「インゴールヴィーナ殿たちは、冥龍王を倒せるほどの強さを持っていたでござるか?」
うん? もしかしてシズクさんは一人で炎龍王を倒せなかったことを気にしているのかな?
しかしインゴールヴィーナさんの返事は予想を裏切るものだった。
「……儂らなぞ、戦えば一瞬で殺されたじゃろうな」
「え?」
「やはりそうでござるか」
ええ? シズクさん、インゴールヴィーナさんでは勝てないって見抜いていたってこと?
じゃあどうしてそんな質問を?
「ということはつまり三千年前に冥龍王を封じたのはインゴールヴィーナ殿たちではないでござるな?」
「ええっ? じゃあ、三千年前に封じたというのは……」
「そのとおりじゃ。儂も当時の聖女も戦ってなどおらぬ。白銀の里はのう。冥龍王ヴァルガルム様が自らを封じるために作った封印の地じゃ。この地にエルフの里が出来たのは、その封印守として長寿である儂らエルフが選ばれたからじゃよ」
「ええっ!?」
まさかの事実に私は何を話そうとしていたのかすっかり忘れ、頭が真っ白になってしまった。
進化の秘術を使っているっぽい冥龍王をリーチェの種で浄化すればいいんじゃないだろうか、くらいのつもりだったのだが……。
「では冥龍王は、封印される前は理性を保っていたでござるな?」
「うむ。じゃが今や……」
「瘴気に呑まれたでござるか?」
「うむ。自らを封じてからたったの十年足らずで、儂らのこともわからなくなってしもうたのじゃ」
インゴールヴィーナさんは寂しそうにそう言った。
「あの、インゴールヴィーナさん。どうして冥龍王は自分で自分を封じたんですか?」
「わからぬ。そこまでのことは話してくれなんだ。じゃが瘴気を引き受ける、と言うておったのう」
「そうですか……」
ということは、冥龍王は進化の秘術で世界中から瘴気を集めようとしていたということだろうか?
「あるいは精霊神様ならば、何かご存じかも知れぬのう」
「精霊神様?」
あ! そうだ。その単語でもう一つの目的を思い出した。
「精霊神様は、精霊の島に行けば会えると言っていました。その島がどこにあるか、知りませんか?」
「なんじゃと? 精霊神様が?」
「はい。加護をいただいたときに、ほんの少しだけですけど会ったんです。そのときに、そう言われました」
「……そうか。そなたは遥か東方に水龍王ヴァルオルティナの封じられし島があることは知っておるか?」
「ゴールデンサン巫国のことですか?」
「ふむ。今はそんな名前の国があるのじゃな。その島の北東には常に霧に包まれた海があり、その霧の中に精霊界との境界があると言われておるのう」
「ゴールデンサン巫国の北東にそんな場所が……」
「北東の海に帰らずの海と呼ばれる恐ろしい海域があるという話なら拙者も聞いたことがあるでござるな」
「単なる言い伝えかもしれぬ。じゃが、精霊神様に招かれたフィーネ殿であればあるいは辿りつけるやもしれんのう」
インゴールヴィーナさんはそう言ってふうっと息を大きく吐いた。
「そうでしょうか?」
「うむ。フィーネ殿は儂らなどよりもよほど、精霊神様からの寵愛を受けておる。そなたが花の精霊と契約を交わしたのも、きっと精霊神様のお導きなのじゃろうなぁ」
遠い目をしたインゴールヴィーナさんが何を考えているのかは分からないが、どことなくホッとしたような表情を浮かべているような気がする。
それから、意を決したような顔で私の顔を真っすぐに見てきた。
「のう、フィーネ殿。頼みがあるのじゃ」
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