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人と魔物と魔王と聖女

第九章第2話 沈没

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「な、何事でござるか!?」

 船室で休んでいたシズクは突然の衝撃に飛び起き、同じく隣のベッドにいるルミアを見遣った。ルミアも飛び起きたようで、シーツをぎゅっと握りしめている。

「な、なんですか! 何があったんですか? シズクさんっ!」
「分からぬでござるが、これはおそらく緊急事態でござるよ」

 そう短く答えたシズクはキリナギを掴み、マントを羽織ると船室から飛び出した。そこに新たな衝撃が船を襲い、船はメリメリと嫌な音を立てる。

「ルミア殿! 早く出るでござる!」
「は、はいっ!」

 ルミアも弓を手に持つと、シズクの後を追って慌てて部屋から飛び出した。

 そして二人が駆け出したところで三度目の衝撃が船を襲う。

 それからメキメキと何かが激しく壊れたような音が聞こえ、船は立っていられないほど大きく傾いた。

「し、シズクさんっ!」
「これは、まずいでござるよ。早く甲板に避難するでござる!」
「で、でもこれじゃあっ!」

 船外からは大きな水音が聞こえてくる。それと同時にシズクが外の音に反応した。

「これは? クリス殿? フィーネ殿に何かあったでござるか?」
「姉さまに!?」
「ルミア殿。何とか外に出るでござるよ」

 そう言ってシズクは這いつくばりながらも何とか外を目指して進んでいく。

「ま、待ってください」

 ルミアも不安そうな様子ながらもシズクを追って何とか進んでいく。

 大きな揺れに何とか逆らい甲板へと出てきた二人の目の前には信じられない光景が広がっていた。

「船が半分……」
「無いでござるな……」

 あまりの事に呆然とその光景を二人は眺める。

「シズク殿! ルミア!」
「クリス殿!」
「姉さまはっ!?」
「フィーネ様があちら側に!」
「なっ?」
「えっ!? 姉さまっ!」
「ルミア殿! ダメでござる!」

 駆けだそうとしたルミアの腕を掴んでシズクが止める。

「だって! 姉さまが! 姉さま! 姉さまっ!」
「ルミア殿では夜目が利かないでござる。ここは拙者に任せてクリス殿のところに行くでござる」
「でもっ!」

 食い下がるルミアにシズクは強い口調で叱りつける。

「ルミア殿まで海に落ちたらフィーネ殿も助けられなくなるでござる!」
「っ!」

 ルミアは目をはっと見開いた。それからしばらくの沈黙したのちに絞り出すように口を開く。

「わかり……ました……」

 そうしてルミアは大きく揺れる中、再び這いつくばりながらクリスの方へと向かっていった。

 一方のシズクは無言で海面を見つめ、そして耳をピンと立ててどんな小さな音も聞き漏らすまいといった様子で集中する。

「お前でござるかぁ!」

 そう叫んだシズクは数メートル下の海面に向けて目にも止まらぬ速さでダイブした。そしてそれと同時にシズクの飛び込んむ先に巨大なサメが姿を現した。

 シズクは無言でキリナギを振り抜くとそのまま海面に着水した。

 ザブン、と大きな水しぶきと共に着水したシズクは海の中へと沈み、次の瞬間巨大ザメの頭部がバラバラに砕け散った。巨大ザメは血しぶきを上げるとすぐに動かなくなり、やがて波に飲み込まれるかのように海中へと沈んでいく。

「ぷはっ!」

 それと入れ替わる様に浮き上がってきたシズクは壊れた船の残骸に捕まると周囲を確認する。

「フィーネ殿! どこでござるかっ!」

 シズクがそう叫ぶが返事はない。

 しばらくするとクリスたちの乗っている船の残り半分もゆっくりと大きく傾いて戻らなくなり、やがて大きな水しぶきを上げて横倒しとなってしまった。

 その影響で甲板に残っていたクリスたちもそのまま海へと投げ出されてしまう。

「く、クリスさん! 早くこれに捕まって!」
「す、すまない」

 ルミアが近くにあった船の残骸に捕まり、そして沈みかけていたクリスの手を掴んだ。クリスはそれを頼りにルミアと同じ船の残骸に捕まる。

「フィーネ様! フィーネ様」
「姉さま! 姉さまーっ!」

 クリスとルミアは大声でフィーネを呼ぶがそれに応える声は無い。

 一方のシズクは波に揉まれながらも残骸に捕まり、そしてじっと耳を澄ましてフィーネの声を聞き取ろうとしている。すると、そんなシズクの耳にかすかな声が届いてきた。

「フフフ。これで邪魔な聖女は沈んだ」

 シズクはその声のしたほうへと振り向いた。するとその視線の先、はるか遠くの上空にはローブ姿の小さな影が浮かんでいる。

 しかしその影はまるで夜空に溶けるかのように消滅した。

「あれは……あの時の? いや、しかしあれは……」

 シズクは波に揉まれながらもその影の消えた虚空を睨み付けるのだった。

◆◇◆

 そして夜が明けた。昨晩とはうってかわって穏やかになった海面を漂っていたクリスたちは随行していた別の船によって救助された。

 しかし、その救助された者の中に聖女フィーネ・アルジェンタータの姿はどこにもない。

「姉さま! 姉さまっ!」

 残された者たちの悲痛な叫び声だけが船上に響き渡るのだった。
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