上 下
42 / 625
吸血鬼と聖女と聖騎士と

第一章第40話 愚か者の所業

しおりを挟む
「今すぐに私が行きます!」

神殿所属の治癒師部隊 5 名は魔法の使い過ぎで既にグロッキー状態になっていた。動けるのは私しかいない。MP 回復薬を追加で収納にいれると私たちは急いで中央商業区へと向かう。

感染が発覚したのは中央商業区で食料品を卸している業者で働く従業員の男性だ。どうやら、貧民街のデール君の家にほど近いお店と取引があり、3 日前に納品に行ったという。どうやらそこで感染し、今発症したようだ。

ということは、この病気の潜伏期間は 2 ~ 3 日のようだ。

急いで患者を治療し、建物や配達用の馬車、商品に至るまで全てのものに洗浄魔法をかける。

「店主さん、はじめまして。神殿より派遣されました治癒師のフィーネ・アルジェンタータと申します。こちらは衛兵長のスコットさんと護衛で聖騎士のクリスティーナさんです」
「フィーネ様、衛兵長様、聖騎士様、店主のヘンリーでございます。うちの従業員を助けていただき感謝いたします」

店主の人はヘンリーさんというらしい。心底ほっとした表情を私たちに向けてくる。だが、それで終わりというわけにはいかないのだ。

「早速ですが、一昨日以降、この店に出入りした人を全て教えてください。それから、従業員の人達が立ち寄った先も全て教えてください。感染拡大を食い止めるためには、全ての場所を浄化する必要があります」
「そ、そんな……食料を扱ううちの店でミイラ病の患者が出たなんて知られたら……」

ヘンリーさんが青ざめているが、事態はそれどころではない。そこに衛兵長が横から口を挟んできた。

「フィーネ様、お話の最中ですが少し失礼いたします。ヘンリー殿、事態は、王都が滅ぶかもしれない一大事なのです。どちらにせよ、この一角は封鎖しますし、ここでミイラ病の患者が出てしまった以上、王宮より通達も出るでしょう。そして最悪の場合、この一角をまとめて焼き払うということもあり得るのです。どうか、ご協力下さい」
「そん……な……」
「ご協力いただけないのでしたら、我々としても不本意ながら別の手段を考えざるを得なくなってしまうかもしれません。どうか、聖女様のお慈悲を賜れるうちに、ご決断いただきたい」
「わか……りました……」

こうして衛兵長さんの巧みで平和的な交渉術によって、全ての取引先と立ち寄り先、そして従業員とその関係者の住所のリストを入手した私たちは、その全ての場所を今晩中に処置すべく行動を開始した。

いくつかの取引先や立ち寄り先は、うちには関係ない、うちでミイラ病は出ていない、と突っぱねてきたが、またもや衛兵長さんの巧みで平和的な交渉術によって処置を行うことに成功する。寝静まっている店舗や無人の倉庫には容赦なく衛兵を配置して封鎖していく。

こうしてその日できる全てのことをやりきり、そしてまた明日に備える。この一日で私たちは連帯感と使命感を共有し、この恐ろしい疫病に立ち向かう仲間となれた、そんな気がしたのだった。

****

そして三日後の朝、私たちの努力をあざ笑うかのような報せが入ってきた。

「フィーネ様、今度は西の貴族街、アルホニー子爵邸にてミイラ病が発生しました。神殿に内密で治療依頼が入っております。どうやら、このミイラ病騒ぎを聞きつけた子爵の次男クライヴ様が、三日前に貧民街へと独断で支援物資を届けたそうです。目的は、恐らく跡目争いで自分の慈悲深さと病を恐れぬ勇猛さをアピールするためだったとのことです」

なんだ、それは? バカなのか? こっちは必死に病気を抑え込もうとしているのに、なんでそんな余計なことをしてくれているの?

「その際、多数の使用人を連れていったそうで、その者たちもミイラ病に感染しているそうです。さらに、一部のものは休み取っているらしく、全員の居場所が把握できていないようです」
「ええぇ」

私は力が抜けてがっくりと机に突っ伏した。

「せっかく中央商業区も北の貧民街も新しい患者が出なくなったのに……」

そう、感染の可能性があるだけの人にも病気治療の魔法をかけて治療し、病原菌のいそうな場所を徹底して洗浄が功を奏したのだろう。今回のミイラ病の流行は、過去の感染発生と比べてかなりコントロールできていたのだ。それに酒精のみを分離した酒、つまりアルコール消毒もどうやら有効だったようで、アルコール消毒だけでも今のところミイラ病の感染拡大を防げている。これはこの世界のミイラ病対策において新たなる扉を開いたことになる。

このまま封じ込められれば歴史的な偉業だ、という話をローラン司祭が教皇様としていたのだが、一人の愚か者によって台無しにされてしまった。

「みんなで……あんなに頑張ってきたのに……」
「フィーネ様……お気持ちはお察しいたしますが、ここが踏ん張りどころです」
「……はい」

私は折れそうになる心を何とか奮い立たせ、治療へと向かうのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

余命2か月なので、好きに生きさせていただきます

青の雀
恋愛
公爵令嬢ジャクリーヌは、幼い時に母を亡くし、父の再婚相手とその連れ子の娘から、さんざんイジメられていた。婚約者だった第1王子様との仲も引き裂かれ、連れ子の娘が後釜に落ち着いたのだ。 ここの所、体調が悪く、学園の入学に際し、健康診断を受けに行くと、母と同じ病気だと言われ、しかも余命2か月! 驚いてショックのあまり、その場にぶっ倒れてしまったのだが、どういうわけか前世の記憶を取り戻してしまったのだ。 前世、社畜OLだった美咲は、会社の健康診断に引っかかり、そのまま緊急入院させられることになったのだが、その時に下された診断が余命2日というもの。 どうやって死んだのかわからないが、おそらく2日間も持たなかったのだろう。 あの時の無念を思い、今世こそは、好き放題、やりたい放題して2か月という命を全うしてやる!と心に決める。 前世は、余命2日と言われ、絶望してしまったが、何もやりたいこともできずに、その余裕すら与えられないまま死ぬ羽目になり、未練が残ったまま死んだから、また転生して、今度は2か月も余命があるのなら、今までできなかったことを思い切りしてから、この世を去れば、2度と弱いカラダとして生まれ変わることがないと思う。 アナザーライト公爵家は、元来、魔力量、マナ量ともに多い家柄で、開国以来、王家に仕え、公爵の地位まで上り詰めてきた家柄なのだ。でもジャクリーヌの母とは、一人娘しか生まれず、どうしても男の子が欲しかった父は、再婚してしまうが、再婚相手には、すでに男女の双子を持つ年上のナタリー夫人が選ばれた。 ジャクリーヌが12歳の時であった。ナタリー夫人の連れ子マイケルに魔法の手ほどきをするが、これがまったくの役立たずで、基礎魔法の素養もない。 こうなれば、ジャクリーヌに婿を取り、アナザーライト家を存続させなければ、ご先祖様に顔向けができない。 ジャクリーヌが学園に入った年、どういうわけか父アナザーライト公爵が急死してしまう。家督を継ぐには、直系の人間でなければ、継げない。兄のマイケルは、ジャクリーヌと結婚しようと画策するが、いままで、召使のごとくこき使われていたジャクリーヌがOKするはずもない。 余命2か月と知ってから、ジャクリーヌが家督を継ぎ、継母とその連れ子を追い出すことから始める。 好き勝手にふるまっているうちに、運命が変わっていく Rは保険です

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

当麻月菜
恋愛
生まれた時から雪花の紋章を持つノアは、王族と結婚しなければいけない運命だった。 だがしかし、攫われるようにお城の一室で向き合った王太子は、ノアに向けてこう言った。 「はっ、誰がこんな醜女を妻にするか」 こっちだって、初対面でいきなり自分を醜女呼ばわりする男なんて願い下げだ!! ───ということで、この茶番は終わりにな……らなかった。 「ならば、私がこのお嬢さんと結婚したいです」 そう言ってノアを求めたのは、盲目の為に王位継承権を剥奪されたもう一人の王子様だった。 ただ、この王子の見た目の美しさと薄幸さと善人キャラに騙されてはいけない。 彼は相当な策士で、ノアに無自覚ながらぞっこん惚れていた。 一目惚れした少女を絶対に逃さないと決めた盲目王子と、キノコをこよなく愛する魔力ゼロ少女の恋の攻防戦。 ※但し、他人から見たら無自覚にイチャイチャしているだけ。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます

ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう どんどん更新していきます。 ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。

処理中です...