41 / 59
#11 Piece of my heart 〜心のかけらを粉々に飛び散らせるのは避けねばならなかった(1)
しおりを挟む
翌1月11日朝。澄香は夕べ泣き疲れたのか、いつもは無駄に早起きなのに8時になっても起きてこない。心配する貴明をよそに、梨杏がドアも開けずに侵入してきた。
「うわっ!お前なっ、入る時はせめて声かけろって。心臓に悪いわ」
「だって澄香を起こしちゃうでしょ」
2人は澄香を気遣って小声で話す。
「ちょっと話したいんだけど、出ない?」
「でもな、起きて1人じゃかわいそうだよ。今は一緒にいてやりたいんだ」
「妹には優しいね。ま、この様子なら2時間は起きないよ」
その言葉を渋々信じ、静かに部屋を出て駅のロッテリアに向かった。
梨杏は相変わらず口の周りをケチャップまみれにし、大喜びでポテトを食べている。下界?の食べ物が珍しいのか、いつも凄い勢いで食べるからそうなるんだとゲンナリする貴明。自身はうつろな目でコーヒーを口にする。
「梨杏、澄香のことは知ってたのか?」
「普通の人間とは違うだろうと推測はしてた。例えば記憶喪失でも脳の奥底には全部の記憶が残ってるもんだけど、澄香の記憶は不自然にスカスカだったからね。でも人間が分身を作るなんてケタ外れすぎて、全く想定していなかった。恐るべきはすみかだよ」
「あの人は特別なんだ。でも確かに澄香は、昔の話はあまりしたがらなかったよ。あいつは今後どうなるんだ?消える…のか?」
すみかは、妹が自らの真実を知れば存在が揺らぐ可能性があるということを言っていた。それはどういう意味なのか。
「もし消えるとすれば失踪や死じゃなく、存在の消滅だろうね」
「?」
「剣崎澄香という人間が、最初からいなかったことになる。記憶の操作が無効になり周囲の記憶から消える。元々この世界にはいない人間だからね…」
貴明は、ダンッ!とテーブルを叩く。周囲の視線がこちらに向き自重する。
「おい残酷すぎるだろ!俺も妹がいた記憶がなくなるってのか?」
「なくなるというよりは、最初から妹のいない世界、つまり『現実』に戻る」
「お断りだね。てか本当にロクでもねえな神ってのは」
「そうだね、澄香には何の罪もないもんね。でも、前にも言ったけど私は傍観者。特定の人間の手助けは禁忌になる。そういや過去に似た例が…あっ…」
梨杏が口ごもる。
「なんだよ、今さら驚かねーよ」
「うん…昔、自殺願望のあった女の子がエクストリームになってね。そう、恵美子だっけ?あの娘もそうだけど、極限状態になると能力が発現しやすいんだね」
「となると、別に極限でもない俺に能力があるのが意味不明だが…まあいいや。で?」
「その娘は分身こそ作らなかったけど、同じ自殺願望のあったアザーサイドの女性と、意識をシンクロさせた」
「どういうことだ?」
「1人で死ねずに仲間を探したんだろう。シンクロというよりハッキングに近いかもね」
貴明は慄然とする。
「エクストリームの娘は相手に語りかけた。もちろん直接ではなく、時空を超えて意識を直結してね。相手の娘も生に絶望していたから、受け入れて影響されてしまったんだ。自分は忌むべき存在だと、心がどんどんネガな方向に向かってしまったの」
「澄香もそう言って泣いてたよ…でも少なくとも、その2人は澄香と違って普通の人間だろ。自分の存在が揺らぐなんてことがあるのか」
「たった1つの言葉で、存在意義が根底から揺さぶられることはある。例えば、別に特殊能力がなくてもノウハウさえあれば『洗脳』はできるでしょ。それで結局その2人は…」
貴明は息を呑む。
「これを自殺なのか、死と呼べるのかさえわからないけど、同時に2人とも消えた。世界から『いなかったこと』になった。その場にいた別の傍観者に聞くと、体は爪先から叙々に消えたように見えたって。苦しそうではなかったらしい」
「おい。じゃあすみかちゃんと澄香が絶望したら、2人揃って消える可能性があるのか?」
「わからない。ただ妹の方はいわば偽りの生だから、より危ないのは確かだね」
「吐き気がする。何が神だ、人を弄びやがって」
「私も残酷だと思う。でも貴明。本当にすみかを愛するなら、どんな結果になってもあの娘を責めちゃダメだよ」
「ったりめえだ、すみかちゃんがいたから澄香ともいられたんだ。すみかちゃんを否定するのは澄香も否定することだろ、そんなこと絶対にしない。俺がするわけない」
「ほう。いじけた性格の割にはポジティブだね」
「ったりめーだっての。だが俺はそんなことよりも、今すぐやるべき最優先事項に気づいたよ」
「ん?」
「梨杏!そろそろ口の周りを拭けー!」
気が重い。存在が消えるだと?あの明るく優しい妹がいない世界など考えられるか。
「私はとにかく澄香が心配だよ。状況次第では明日にも消えてしまうかも」
「ふざけろ。なら一体、あいつは何のために生まれてきたんだ。梨杏が手助けできないとしても、俺が消えさせねえからな」
「そうだね。澄香が何のために生まれたのかというなら、貴明のためだからね。何とかできるのはお前だけかもね」
「そうだろ!そうなんだよ。絶対そうなんだ」
確実なことは何もない。だが思案するより先に、貴明はそう決めていた。
2人は部屋に戻る。澄香はまだ寝ており、コーヒーを淹れながら目覚めを待つ。やがて寝室の戸が開き、澄香が目をこすりながら起き出してきた。
「おはよ澄香。ずいぶん寝てたな。珍しいね」
「おはようお兄ちゃん!澄香は寝過ぎて、溶けてなくなりそうです」
虚勢を張る元気さがいじらしい。にしてもなくなりそうという表現は、今はいかにも縁起が悪いだろう。
「澄香、ホットサンド買ってきたよ」
「梨杏さんありがとー!美味しいよねーこれ」
何も変わらない日常。貴明はその尊さを切実に感じていた。今までの兄妹の日常は、もう既に普通ではない。それは今、全力で守るべき時間に変わっていた。
「うわっ!お前なっ、入る時はせめて声かけろって。心臓に悪いわ」
「だって澄香を起こしちゃうでしょ」
2人は澄香を気遣って小声で話す。
「ちょっと話したいんだけど、出ない?」
「でもな、起きて1人じゃかわいそうだよ。今は一緒にいてやりたいんだ」
「妹には優しいね。ま、この様子なら2時間は起きないよ」
その言葉を渋々信じ、静かに部屋を出て駅のロッテリアに向かった。
梨杏は相変わらず口の周りをケチャップまみれにし、大喜びでポテトを食べている。下界?の食べ物が珍しいのか、いつも凄い勢いで食べるからそうなるんだとゲンナリする貴明。自身はうつろな目でコーヒーを口にする。
「梨杏、澄香のことは知ってたのか?」
「普通の人間とは違うだろうと推測はしてた。例えば記憶喪失でも脳の奥底には全部の記憶が残ってるもんだけど、澄香の記憶は不自然にスカスカだったからね。でも人間が分身を作るなんてケタ外れすぎて、全く想定していなかった。恐るべきはすみかだよ」
「あの人は特別なんだ。でも確かに澄香は、昔の話はあまりしたがらなかったよ。あいつは今後どうなるんだ?消える…のか?」
すみかは、妹が自らの真実を知れば存在が揺らぐ可能性があるということを言っていた。それはどういう意味なのか。
「もし消えるとすれば失踪や死じゃなく、存在の消滅だろうね」
「?」
「剣崎澄香という人間が、最初からいなかったことになる。記憶の操作が無効になり周囲の記憶から消える。元々この世界にはいない人間だからね…」
貴明は、ダンッ!とテーブルを叩く。周囲の視線がこちらに向き自重する。
「おい残酷すぎるだろ!俺も妹がいた記憶がなくなるってのか?」
「なくなるというよりは、最初から妹のいない世界、つまり『現実』に戻る」
「お断りだね。てか本当にロクでもねえな神ってのは」
「そうだね、澄香には何の罪もないもんね。でも、前にも言ったけど私は傍観者。特定の人間の手助けは禁忌になる。そういや過去に似た例が…あっ…」
梨杏が口ごもる。
「なんだよ、今さら驚かねーよ」
「うん…昔、自殺願望のあった女の子がエクストリームになってね。そう、恵美子だっけ?あの娘もそうだけど、極限状態になると能力が発現しやすいんだね」
「となると、別に極限でもない俺に能力があるのが意味不明だが…まあいいや。で?」
「その娘は分身こそ作らなかったけど、同じ自殺願望のあったアザーサイドの女性と、意識をシンクロさせた」
「どういうことだ?」
「1人で死ねずに仲間を探したんだろう。シンクロというよりハッキングに近いかもね」
貴明は慄然とする。
「エクストリームの娘は相手に語りかけた。もちろん直接ではなく、時空を超えて意識を直結してね。相手の娘も生に絶望していたから、受け入れて影響されてしまったんだ。自分は忌むべき存在だと、心がどんどんネガな方向に向かってしまったの」
「澄香もそう言って泣いてたよ…でも少なくとも、その2人は澄香と違って普通の人間だろ。自分の存在が揺らぐなんてことがあるのか」
「たった1つの言葉で、存在意義が根底から揺さぶられることはある。例えば、別に特殊能力がなくてもノウハウさえあれば『洗脳』はできるでしょ。それで結局その2人は…」
貴明は息を呑む。
「これを自殺なのか、死と呼べるのかさえわからないけど、同時に2人とも消えた。世界から『いなかったこと』になった。その場にいた別の傍観者に聞くと、体は爪先から叙々に消えたように見えたって。苦しそうではなかったらしい」
「おい。じゃあすみかちゃんと澄香が絶望したら、2人揃って消える可能性があるのか?」
「わからない。ただ妹の方はいわば偽りの生だから、より危ないのは確かだね」
「吐き気がする。何が神だ、人を弄びやがって」
「私も残酷だと思う。でも貴明。本当にすみかを愛するなら、どんな結果になってもあの娘を責めちゃダメだよ」
「ったりめえだ、すみかちゃんがいたから澄香ともいられたんだ。すみかちゃんを否定するのは澄香も否定することだろ、そんなこと絶対にしない。俺がするわけない」
「ほう。いじけた性格の割にはポジティブだね」
「ったりめーだっての。だが俺はそんなことよりも、今すぐやるべき最優先事項に気づいたよ」
「ん?」
「梨杏!そろそろ口の周りを拭けー!」
気が重い。存在が消えるだと?あの明るく優しい妹がいない世界など考えられるか。
「私はとにかく澄香が心配だよ。状況次第では明日にも消えてしまうかも」
「ふざけろ。なら一体、あいつは何のために生まれてきたんだ。梨杏が手助けできないとしても、俺が消えさせねえからな」
「そうだね。澄香が何のために生まれたのかというなら、貴明のためだからね。何とかできるのはお前だけかもね」
「そうだろ!そうなんだよ。絶対そうなんだ」
確実なことは何もない。だが思案するより先に、貴明はそう決めていた。
2人は部屋に戻る。澄香はまだ寝ており、コーヒーを淹れながら目覚めを待つ。やがて寝室の戸が開き、澄香が目をこすりながら起き出してきた。
「おはよ澄香。ずいぶん寝てたな。珍しいね」
「おはようお兄ちゃん!澄香は寝過ぎて、溶けてなくなりそうです」
虚勢を張る元気さがいじらしい。にしてもなくなりそうという表現は、今はいかにも縁起が悪いだろう。
「澄香、ホットサンド買ってきたよ」
「梨杏さんありがとー!美味しいよねーこれ」
何も変わらない日常。貴明はその尊さを切実に感じていた。今までの兄妹の日常は、もう既に普通ではない。それは今、全力で守るべき時間に変わっていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
家に帰ると夫が不倫していたので、両家の家族を呼んで大復讐をしたいと思います。
春木ハル
恋愛
私は夫と共働きで生活している人間なのですが、出張から帰ると夫が不倫の痕跡を残したまま寝ていました。
それに腹が立った私は法律で定められている罰なんかじゃ物足りず、自分自身でも復讐をすることにしました。その結果、思っていた通りの修羅場に…。その時のお話を聞いてください。
にちゃんねる風創作小説をお楽しみください。
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる