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#11 Piece of my heart 〜心のかけらを粉々に飛び散らせるのは避けねばならなかった(1)

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 翌1月11日朝。澄香は夕べ泣き疲れたのか、いつもは無駄に早起きなのに8時になっても起きてこない。心配する貴明をよそに、梨杏がドアも開けずに侵入してきた。 

「うわっ!お前なっ、入る時はせめて声かけろって。心臓に悪いわ」

「だって澄香を起こしちゃうでしょ」

 2人は澄香を気遣って小声で話す。


「ちょっと話したいんだけど、出ない?」

「でもな、起きて1人じゃかわいそうだよ。今は一緒にいてやりたいんだ」

「妹には優しいね。ま、この様子なら2時間は起きないよ」

 その言葉を渋々信じ、静かに部屋を出て駅のロッテリアに向かった。


 梨杏は相変わらず口の周りをケチャップまみれにし、大喜びでポテトを食べている。下界?の食べ物が珍しいのか、いつも凄い勢いで食べるからそうなるんだとゲンナリする貴明。自身はうつろな目でコーヒーを口にする。

「梨杏、澄香のことは知ってたのか?」

「普通の人間とは違うだろうと推測はしてた。例えば記憶喪失でも脳の奥底には全部の記憶が残ってるもんだけど、澄香の記憶は不自然にスカスカだったからね。でも人間が分身を作るなんてケタ外れすぎて、全く想定していなかった。恐るべきはすみかだよ」

「あの人は特別なんだ。でも確かに澄香は、昔の話はあまりしたがらなかったよ。あいつは今後どうなるんだ?消える…のか?」


すみかは、妹が自らの真実を知れば存在が揺らぐ可能性があるということを言っていた。それはどういう意味なのか。

「もし消えるとすれば失踪や死じゃなく、存在の消滅だろうね」

「?」

「剣崎澄香という人間が、最初からいなかったことになる。記憶の操作が無効になり周囲の記憶から消える。元々この世界にはいない人間だからね…」


 貴明は、ダンッ!とテーブルを叩く。周囲の視線がこちらに向き自重する。

「おい残酷すぎるだろ!俺も妹がいた記憶がなくなるってのか?」

「なくなるというよりは、最初から妹のいない世界、つまり『現実』に戻る」

「お断りだね。てか本当にロクでもねえな神ってのは」

「そうだね、澄香には何の罪もないもんね。でも、前にも言ったけど私は傍観者。特定の人間の手助けは禁忌になる。そういや過去に似た例が…あっ…」

 梨杏が口ごもる。

 
「なんだよ、今さら驚かねーよ」

「うん…昔、自殺願望のあった女の子がエクストリームになってね。そう、恵美子だっけ?あの娘もそうだけど、極限状態になると能力が発現しやすいんだね」

「となると、別に極限でもない俺に能力があるのが意味不明だが…まあいいや。で?」

「その娘は分身こそ作らなかったけど、同じ自殺願望のあったアザーサイドの女性と、意識をシンクロさせた」

「どういうことだ?」

「1人で死ねずに仲間を探したんだろう。シンクロというよりハッキングに近いかもね」

 貴明は慄然とする。


「エクストリームの娘は相手に語りかけた。もちろん直接ではなく、時空を超えて意識を直結してね。相手の娘も生に絶望していたから、受け入れて影響されてしまったんだ。自分は忌むべき存在だと、心がどんどんネガな方向に向かってしまったの」

「澄香もそう言って泣いてたよ…でも少なくとも、その2人は澄香と違って普通の人間だろ。自分の存在が揺らぐなんてことがあるのか」

「たった1つの言葉で、存在意義が根底から揺さぶられることはある。例えば、別に特殊能力がなくてもノウハウさえあれば『洗脳』はできるでしょ。それで結局その2人は…」

 貴明は息を呑む。


「これを自殺なのか、死と呼べるのかさえわからないけど、同時に2人とも消えた。世界から『いなかったこと』になった。その場にいた別の傍観者に聞くと、体は爪先から叙々に消えたように見えたって。苦しそうではなかったらしい」

「おい。じゃあすみかちゃんと澄香が絶望したら、2人揃って消える可能性があるのか?」

「わからない。ただ妹の方はいわば偽りの生だから、より危ないのは確かだね」

「吐き気がする。何が神だ、人を弄びやがって」

「私も残酷だと思う。でも貴明。本当にすみかを愛するなら、どんな結果になってもあの娘を責めちゃダメだよ」

「ったりめえだ、すみかちゃんがいたから澄香ともいられたんだ。すみかちゃんを否定するのは澄香も否定することだろ、そんなこと絶対にしない。俺がするわけない」

「ほう。いじけた性格の割にはポジティブだね」
「ったりめーだっての。だが俺はそんなことよりも、今すぐやるべき最優先事項に気づいたよ」


「ん?」



「梨杏!そろそろ口の周りを拭けー!」



 気が重い。存在が消えるだと?あの明るく優しい妹がいない世界など考えられるか。

「私はとにかく澄香が心配だよ。状況次第では明日にも消えてしまうかも」

「ふざけろ。なら一体、あいつは何のために生まれてきたんだ。梨杏が手助けできないとしても、俺が消えさせねえからな」

「そうだね。澄香が何のために生まれたのかというなら、貴明のためだからね。何とかできるのはお前だけかもね」

「そうだろ!そうなんだよ。絶対そうなんだ」

 確実なことは何もない。だが思案するより先に、貴明はそう決めていた。



 2人は部屋に戻る。澄香はまだ寝ており、コーヒーを淹れながら目覚めを待つ。やがて寝室の戸が開き、澄香が目をこすりながら起き出してきた。

「おはよ澄香。ずいぶん寝てたな。珍しいね」

「おはようお兄ちゃん!澄香は寝過ぎて、溶けてなくなりそうです」

虚勢を張る元気さがいじらしい。にしてもなくなりそうという表現は、今はいかにも縁起が悪いだろう。


「澄香、ホットサンド買ってきたよ」

「梨杏さんありがとー!美味しいよねーこれ」

 何も変わらない日常。貴明はその尊さを切実に感じていた。今までの兄妹の日常は、もう既に普通ではない。それは今、全力で守るべき時間に変わっていた。
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