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#8 Nothing compares 2 U 〜あなたと比べられるものなど何もないなんて一度は言ってみたかった(3)
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高校生の頃、透矢と共に所属した新潟のバンド。貴明は当時からメリハリをつけるため、セットリストにピアノメインのバラードを織り交ぜることが多かった。
「スティーヴィー・ワンダーかな。あの頃は俺様の曲をあまり使ってもらえなかったから、腹いせによく弾いてたよ」
「あはは。そうです。一所懸命調べてレコード買いました。水族館のやつ、2枚組で高かったなー」
またペロッと舌を出すすみか。この可愛さ、わざとか?
「あの曲だけでなく全部最高ですよね」
「あれは超名盤だよ。ベスト盤としてはビートルズの赤青と双璧だと思う」
「そうなんですか!貴明さんの音は澄んでいて、心に直接染みるようで、涙があふれてきて。私、それまでずっとふさぎ込んでて感情がなかったんですけど、その時は何年ぶりかで心が揺れたの」
「わ、ちょっと照れるかも」
「それに、貴明さんがなぜか白く光って見えたんです。言っときますけど『ライトが当たった』んじゃあないですよ?くすっ」
すみかは悪戯っぽく笑う。
「その音と光で、あ、この人だってわかったんです。考えたんじゃない、わかったんです。味方はこの人だ。この人に会うために、私はここに飛ばされたんだって」
「でも俺は君が来ていたのを知らなかった。ごめん。その頃の俺は、ドアなんて無縁だったはずだけどな」
「私、人が怖くてコソコソしてたからしょうがないですよ。でもきっと、私だけが貴明さんの能力を信じていたんですよね。えへへへ」
懸命に話してくれるすみかをますます大切に感じる貴明。すみかは両手で持っている缶のお茶を口にする。何気ない仕草さえ可愛らしい。
「その後も貴明さんのライブを見に行くたびに、自分を覆っていた靄が晴れていくのを感じました。傷は簡単にはなくならないけど…でもね、母が最近」
「お母さん、どうしたの」
「母が去年、あの頃のことを謝ってくれたんです。泣きながらごめんねって抱きしめてくれて。私は母の気持ちも立場もわかろうと努力していたつもりだったのに、どこかで母を恨んでた。でも母が泣くのを見て後悔したんです」
すみかはあふれかけていた涙をそっとぬぐう。
「母はあの時、コトが発覚してから1ヶ月で私を連れて九州を出て、東京に戻ってくれたんです。たった1ヶ月でそんなお金、どんな思いで作ったのか…。それに見て見ぬふりは最初だけで、その後は家で孤立しながら私を守ってくれたの」
すみかが感極まり、貴明の手を握る。
「よかったね、すごいね」
「いえ、すごいのは母です。家を出る日に親戚一同を呼びつけて、その場で叔父を思いっきりグーでぶん殴ったんですから!」
「ははは、バカ兄貴ざまあみろだ!やるねお母さん、なんだかスカッとした」
「私もです!でもその後、気持ちを整理して前向きになれたのはあなたのおかげです。貴明さんと音楽が、捨て鉢になっていた私を強くしてくれた」
貴明は愛しそうにすみかを見つめた後、目を離してふとつぶやく。
「な、俺が好きになったのは素敵な人だろ、澄香」
「え?私?」
「いや、そ、その…妹の方…」
「あはは、会ってみたいな。名前以外も私に似てる?」
「いやいや名前だけだよ。あいつは生意気でうるさいし乱暴なくせに泣き虫だし、全部逆」
「ふうーん?」
と言いながら、すみかはニカっと悪い笑顔になり、下から貴明の顔を覗き込む。あれ?こんな表情や仕草は澄香に似てるかもと、ドキッとする貴明。愛しい気持ちが最大に高まり、意を決した。
正面から、がしっとすみかの両肩をつかむ。すみかは「きゃっ!」っと少し驚きつつも、拒む様子はない。
「すみかちゃん、好きだ。俺はずっと、何があっても味方だから」
「私も大好きです。貴明さん、貴明さん…」
自然に唇が近づく。腕を互いの肩に回し、ゆっくりとキスを交わす。だがその直後、ピンクのドアが貴明の背後に出現した。
「ああ…」
すみかが、白い光を放ちながら徐々に開くドアに気づく。貴明は強制的にドアの光の中に吸い込まれていく。
「すみかちゃーん‼︎」
「いや…こんなの…貴明さん!」
互いの身体と想いを繋ぎ止めようと固く結んだ手は、神の力になす術もなく引き剥がされる。光と共に、貴明はいつものごとく自分の世界に引き戻された。
「ああああ…!」
残されたすみかは泣き崩れる。でも、私は以前の私じゃない。味方がいるならもう絶望なんて必要ない。運命?とことん抗ってやる。そう固く決意した。
髪を結っていた赤いリボンが、スローモーションのようにひらひらと落ちる。貴明を引き留めようとした時に解けたらしい。それが不意の風でふわりと空に舞い、神木に引っかかる。はためくリボンの赤が、夜空に鮮烈な色彩を放つ。それを強い視線で一瞥し、あふれる涙を拭いながら、すみかは社務所に戻った。
またも強制送還された貴明。部屋には待ち構えるように梨杏がいた。
「梨杏…てめー本当いい加減にしろよ。寸止めの神様って悪趣味すぎなんだよ」
「ふふ。でも諦めないんだろ。私もだんだんお前がわかってきたよ」
「ったりめえよ、誰がこの程度で凹んでやるか。神ごときに屈してたまるか。俺は絶対にすみかちゃんと一緒になる。なぜなら彼女と比べられるものは他に何もないからだ。ざまあ見やがれだな、ハハッ!」
「いいねえ、やれるもんならやってみな。あれ?でもそこに澄香を加えなくていいの?」
悪い笑顔で貴明を煽る梨杏。
「妹は別枠!しょうもないツッコミすな。いいか、俺はドアのルールなんかブチ壊してやる。覚悟しとけよ、そんときゃなんでも言うこと聞いてもらうからな」
「いいよ、楽しみにしとく。何にせよウジウジしてなくて安心したよ」
「そうだよ。ちゃんとしないと紗英や理恵に殺されるしな」
「スティーヴィー・ワンダーかな。あの頃は俺様の曲をあまり使ってもらえなかったから、腹いせによく弾いてたよ」
「あはは。そうです。一所懸命調べてレコード買いました。水族館のやつ、2枚組で高かったなー」
またペロッと舌を出すすみか。この可愛さ、わざとか?
「あの曲だけでなく全部最高ですよね」
「あれは超名盤だよ。ベスト盤としてはビートルズの赤青と双璧だと思う」
「そうなんですか!貴明さんの音は澄んでいて、心に直接染みるようで、涙があふれてきて。私、それまでずっとふさぎ込んでて感情がなかったんですけど、その時は何年ぶりかで心が揺れたの」
「わ、ちょっと照れるかも」
「それに、貴明さんがなぜか白く光って見えたんです。言っときますけど『ライトが当たった』んじゃあないですよ?くすっ」
すみかは悪戯っぽく笑う。
「その音と光で、あ、この人だってわかったんです。考えたんじゃない、わかったんです。味方はこの人だ。この人に会うために、私はここに飛ばされたんだって」
「でも俺は君が来ていたのを知らなかった。ごめん。その頃の俺は、ドアなんて無縁だったはずだけどな」
「私、人が怖くてコソコソしてたからしょうがないですよ。でもきっと、私だけが貴明さんの能力を信じていたんですよね。えへへへ」
懸命に話してくれるすみかをますます大切に感じる貴明。すみかは両手で持っている缶のお茶を口にする。何気ない仕草さえ可愛らしい。
「その後も貴明さんのライブを見に行くたびに、自分を覆っていた靄が晴れていくのを感じました。傷は簡単にはなくならないけど…でもね、母が最近」
「お母さん、どうしたの」
「母が去年、あの頃のことを謝ってくれたんです。泣きながらごめんねって抱きしめてくれて。私は母の気持ちも立場もわかろうと努力していたつもりだったのに、どこかで母を恨んでた。でも母が泣くのを見て後悔したんです」
すみかはあふれかけていた涙をそっとぬぐう。
「母はあの時、コトが発覚してから1ヶ月で私を連れて九州を出て、東京に戻ってくれたんです。たった1ヶ月でそんなお金、どんな思いで作ったのか…。それに見て見ぬふりは最初だけで、その後は家で孤立しながら私を守ってくれたの」
すみかが感極まり、貴明の手を握る。
「よかったね、すごいね」
「いえ、すごいのは母です。家を出る日に親戚一同を呼びつけて、その場で叔父を思いっきりグーでぶん殴ったんですから!」
「ははは、バカ兄貴ざまあみろだ!やるねお母さん、なんだかスカッとした」
「私もです!でもその後、気持ちを整理して前向きになれたのはあなたのおかげです。貴明さんと音楽が、捨て鉢になっていた私を強くしてくれた」
貴明は愛しそうにすみかを見つめた後、目を離してふとつぶやく。
「な、俺が好きになったのは素敵な人だろ、澄香」
「え?私?」
「いや、そ、その…妹の方…」
「あはは、会ってみたいな。名前以外も私に似てる?」
「いやいや名前だけだよ。あいつは生意気でうるさいし乱暴なくせに泣き虫だし、全部逆」
「ふうーん?」
と言いながら、すみかはニカっと悪い笑顔になり、下から貴明の顔を覗き込む。あれ?こんな表情や仕草は澄香に似てるかもと、ドキッとする貴明。愛しい気持ちが最大に高まり、意を決した。
正面から、がしっとすみかの両肩をつかむ。すみかは「きゃっ!」っと少し驚きつつも、拒む様子はない。
「すみかちゃん、好きだ。俺はずっと、何があっても味方だから」
「私も大好きです。貴明さん、貴明さん…」
自然に唇が近づく。腕を互いの肩に回し、ゆっくりとキスを交わす。だがその直後、ピンクのドアが貴明の背後に出現した。
「ああ…」
すみかが、白い光を放ちながら徐々に開くドアに気づく。貴明は強制的にドアの光の中に吸い込まれていく。
「すみかちゃーん‼︎」
「いや…こんなの…貴明さん!」
互いの身体と想いを繋ぎ止めようと固く結んだ手は、神の力になす術もなく引き剥がされる。光と共に、貴明はいつものごとく自分の世界に引き戻された。
「ああああ…!」
残されたすみかは泣き崩れる。でも、私は以前の私じゃない。味方がいるならもう絶望なんて必要ない。運命?とことん抗ってやる。そう固く決意した。
髪を結っていた赤いリボンが、スローモーションのようにひらひらと落ちる。貴明を引き留めようとした時に解けたらしい。それが不意の風でふわりと空に舞い、神木に引っかかる。はためくリボンの赤が、夜空に鮮烈な色彩を放つ。それを強い視線で一瞥し、あふれる涙を拭いながら、すみかは社務所に戻った。
またも強制送還された貴明。部屋には待ち構えるように梨杏がいた。
「梨杏…てめー本当いい加減にしろよ。寸止めの神様って悪趣味すぎなんだよ」
「ふふ。でも諦めないんだろ。私もだんだんお前がわかってきたよ」
「ったりめえよ、誰がこの程度で凹んでやるか。神ごときに屈してたまるか。俺は絶対にすみかちゃんと一緒になる。なぜなら彼女と比べられるものは他に何もないからだ。ざまあ見やがれだな、ハハッ!」
「いいねえ、やれるもんならやってみな。あれ?でもそこに澄香を加えなくていいの?」
悪い笑顔で貴明を煽る梨杏。
「妹は別枠!しょうもないツッコミすな。いいか、俺はドアのルールなんかブチ壊してやる。覚悟しとけよ、そんときゃなんでも言うこと聞いてもらうからな」
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