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#7 New year’s day 〜年始の凛とした空気の中どこまでも彼女は気高く美しかった(3)

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 大騒ぎしながらもお参りは終わり、一同は散開状態。「今年もよろしくー!」と言い合いながら、数人に分かれてそれぞれ露店を楽しんだりおみくじを引いたりしていた。

 ちなみに貴明は「俺の運命は神には決めさせねえ。巫女さんなら許す」などと言っておみくじは引かない派。ということを澄香がみんなにバラすと、より一層の面倒くせえ奴評価が定着した。


 喧騒に疲れた貴明はベンチに座る。いつのまにか紗英がついてきて、隣に座った。

「あ、紗英。疲れたね。ライブの方がラクだわ」

「あんたはそうでしょうね。ほら、私は神様を信じてるから、おみくじを引いたよ」

「ああそう、ってここで開けるのかよ。1人で読むもんだろ、そういうのはさ」

「いいじゃない一緒に見てもさ。じゃ、開けまーす」


 紗英がおみくじを一緒に見るため、ぴったりと寄り添う。貴明は少し驚きながら、紗英のなめらかな指の動きに見惚れていた。

「第四三三番、中吉だって!待ち人近くに居る!ほらほら見てよ!」

 中吉よりも番号が気になる。四三三…433?次いで紗英も気づき、その数字にハッとしたまま2人でしばし固まる。この数字で共通の記憶といえば、あの433号室。アザーサイドの池袋で一緒に入ったホテルの部屋であった。

 貴明はジョン・ケージの「4分33秒」と同じと思い、覚えていた。ちなみに貴明は、見聞きするほぼ全ての事象を音楽に結びつける変態である。


 紗英は、貴明と初めて来た部屋の番号として覚えていたのかもしれない。とはいえ今ここにいる紗英は、アザーサイドの紗英とは違うはずだ。そういえば梨杏が、アザーサイドはこっち側と相互に影響する例がある、などと言ってはいたが。本当なのか?


「あれ?私おかしいかも。最近、貴明ととっても近くにいたような…433ってさ…」

 いつになく真剣で、かつ切ない表情で話す紗英。まさか、あの時の記憶が本当にこっちの紗英にもあるのか?

「そんなわけないだろ。だいたい紗英が俺をまともに相手にしたことなんて一度だってあったかよ」

 あれは現実じゃなかったことを再確認したい。でないとまたおかしな夢を見そうだ。

「そうよね。でもさ貴明、私ひょっとしたら、どこかであなたと同じ部屋にいなかった?私、それがとても幸せで…」

「だからそんなはずないだろ。本当に調子悪くないか紗英?」



 ベンチから少し離れた木陰。澄香と理恵が、苦しげな面持ちで2人を見守っていた。

「そっか、好きなのは紗英さんのほうだったんだ…」

「紗英はね、ああ見えて一途で不器用なのよ。何やっても才能あるのに、何やっても間が悪くてさ。損ばっかしてるの。どうせ告るんならもっと早くすればよかったのに、どうしてこんなタイミングでやるかなあ」

「えっ?」

 全てを見透かしたような理恵の言葉に、ドキッとする澄香。


「あの娘は貴明の音楽の才能に嫉妬して、素直になれないところがあるのよ。音楽で張り合っても誰も貴明には敵わないのにね。あーあ、今は最悪だ。他に好きな人いるんでしょ?貴明」

「ど、どうしてそこまで…理恵さん?」

「あは、だって貴明だもん。少し前から紗英への態度が変わったんだよね。余裕ができたっていうかさ。あんまりわかりやすくて、さすがの紗英もおかしいと感じて焦っちゃったかな」

「お兄ちゃんは、元々は紗英さんが好きだったんだと思います。もっと前にどっちかが告白していれば…」

「付き合ってたかもね。でも紗英が悪いのよ。照れ隠しなのか、透矢をダシにして貴明のそばにいようとしたりとかさ。それじゃ貴明でなくても、実は自分に興味があるだなんて思わないよね」

「お兄ちゃん、鈍感すぎるよ…紗英さんが…」

「今はダメだよ、紗英…」



「体はどこも悪くないよ。貴明、私はきっと…あなたを…」

 これ以上甘い声を聞くと流されてしまう。これがほんの1週間前、すみかと気持ちが通い合う前だったなら、何の憂いもなく紗英を受け入れただろう。だが今は…。

 貴明は紗英をリスペクトしている。だからこそ、それがどんなに残酷な言葉でも伝えなければならなかった。紗英が決定的な言葉を口にする前に。この誇り高く美しい人に、自分のことで恥をかかせるわけにはいかない。

「紗英」

「なあに?」

「あ、あのさ!俺さ…俺、好きな人ができたんだ」

「えっ……」

「学校とは関係ない娘。俺を想ってくれてる。す、すごいだろ、人生で初めてなんだ」


 貴明はいつもの調子で強がってみせる。だがその声は震えていた。

「だから紗英、ご、ごめ…」

「あ…ああ…そう…なんだ…」

 絶望的な言葉を聞いても、紗英は泣かなかった。取り乱しもしなかった。


(私は泣かない。失恋?これは違う。何も始まってないのだから失ってもいない。でも後悔が止まらない…。この人は悪くない。私が変な意地を張っていたせいだ)


 それでもあふれそうになる涙を堪えながら、精一杯強がる紗英。むしろ密かに見守る澄香の方が、嗚咽を抑えるのに必死だ。


「こら、このバカ明!」

「うん?」

「あーんたさ、誰を振ったかわかってんでしょうね。私はね、3年、いや2年後には、クラスの誰も手が届かない存在になってんのよ」

「そうだな、俺もそう信じてる」

「ふん!だからね、あんたには特別にチャンスをあげるわ。どうせあんた、その人にはすぐにコテンパンに振られるんだから…」

「そうかもな。いやそんなことねーよ!」

「その時には、1回だけ私に告白するチャンスをあげる。あと、もう1曲私のために曲を作らせてあげる。それで許してあげる」

「意味がわから…いや、ごめん…」

「許してあげるって言ってるでしょ!もう!」


 その刹那、紗英の唇が貴明の唇に熱く重なり、無理やり言葉をさえぎった。貴明は、今の自分が紗英にかける言葉など、全てが無意味なのだと知った。
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