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#2 Life is strange 〜そりゃ人生は不思議だがお前に言われたくなかった(4)

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 疲れ果てた貴明。コーヒーでもいれようとフィルターをドリッパーにはめた瞬間…

 ピポーン!ピポ!ピポ!ピポバキピポピポーン!!

 信号無視を見つけたパトカーのごとき破竹の勢いで、ドアチャイムがけたたましく鳴り響いた。バキってなんだろうなバキって。


「お兄ちゃん大丈夫?いるんでしょ?電話に出ないからさ、透矢君に聞いたら学校行ってないって言うじゃない。ねえどうしたの?もー、カギ開けるよ!」

 澄香だ。さすがに無断欠席が続くと、学校や同級生から家族へ情報が渡っている様子。新潟の両親に成り代わり、妹が様子を見にきたらしい。普段から元気でよく通る澄香の中高域の声が、この時は3度ほど高い音域でやかましく響いた。


「おう澄香、大丈夫だよー。って…だーーーーっ!待て、ちょっと待てまだ入るなーっ!」

「なーに言ってんのよ、まさか全裸の彼女がいるわけでもあるまいし。電話に出ないからお母さんも心配して…」


 ガチャガチャと落ち着かない音がしてドアが開く。見合った瞬間、貴明と澄香は互いにガッチガチに固まった。梨杏の姿を確認した澄香はあまりの驚愕からか、オートマティックに梨杏から視線を外し、本人を問い詰める思考まで至らない様子。だが兄が少女を連れ込むという犯罪臭漂う状況には、大いに引いて唇がヒクヒクしていた。


「よ、幼女…。お兄ちゃん、あまりのモテなさでとうとうこの領域に…」

「澄香。いや澄香さん。まあ落ち着きましょう。そう思うのもわからんでもないが、まずは兄の話を聞くがいいと思います」

「あー助けてー/またブチ込まれるー/もう何回めー(棒読み)」

「バッ、やめろ梨杏、本当にシャレにならな…」

「バカ兄貴!お兄ちゃんのスプリーム変態‼︎」

 三沢光晴ばりの澄香のエルボーが、芸術的な角度で貴明の顎に入る。目の前が暗くなり、小橋健太のごとく整った姿勢で、スローモーションで前のめりに倒れこむ貴明。

「またか…いっそこのまま、そっと卒倒させてください…」

「断末魔のダジャレとしてはなかなかハイブロウだぞ貴明。あっはっはー!」

 梨杏のナメくさった笑い声が、ムカつきながらも意識から遠ざかっていった。



何時間後かわからないが、きゃんきゃんと談笑する声が耳に響き、現実に戻った貴明。声の主は澄香と梨杏で、2人はいつの間にか打ち解けたようであった。

「やー梨杏さん、偏屈で面倒くさい兄だけど、よろしくお願いしますね」

「何をおっしゃいますか澄香ちゃん。偏屈なバカ兄貴だからこそ、君のようなしっかりした妹が必要なんだよ」


 貴明は澄香の目を盗み、梨杏に耳打ちする。

「おい梨杏、妹をどうやって騙した?」

「何もしとらんわ!イイ女同士はすぐに理解し合えるってことだよ。なお、私は美少女だけど実は19歳でお前の後輩で、今日は看病の当番で来たことにしといたよ」

「また無理ありまくりで面倒くさそうな設定を…秒で破綻するレベルの嘘をつきやがって」

「こらっ!お兄ちゃんっ!」


 きつくたしなめる澄香の口調に、つい気圧される貴明。

「は、はい…なんでしょうか澄香さん」

「体調が悪いのは仕方ないけど、休むんならせめて澄香には連絡してよね。急げば30分で来れるんだから」

「わかった。心配かけてすまなかったな」

 体調を崩したと思われてるのなら都合がいい。ひょっとして、梨杏が上手いこと言ってくれたのか?

「でもよかった。重病や大事故じゃなくてよかったよ」


 一瞬、澄香は心の底から安心した表情をみせる。貴明は妹の優しさをよく知っており、基本的には自分の味方であることもわかっていた。無論、その信頼感は澄香のほうも同じだ。普段は悪態をつきまくる兄妹だが、それができるのは、根抵でお互いを信じているからなのであった。


 澄香は都内の名門校に合格したのを機に新潟の実家を出て、学校の女子寮であるマンションで一人暮らしをしている。寮は貴明の部屋と近いので、まるで澄香が貴明を追ってきたようだが、実際は逆。自己中で偏屈で信用のない貴明とは違い、その聡明さで両親から全幅の信頼を得ている澄香は、事実上、兄のお目付役の任をも担っているのだ。


 澄香が帰った後、改めて梨杏と話す。


「澄香っていうのか、あれはできた妹だな。お前と違って素直で頭がよくて、とっても可愛いげがある」

「いやいや、うるせーし生意気なくせに案外泣き虫で甘えん坊で、けっこうたいへんだぞ。でも確かに、俺にはもったいない妹かな。週末のたびに世話焼きに来てくれるけどさ、俺になんか構わないで、彼氏や友達ともっと遊べばいいのにな」

「はあ…わかってないねえお前は」

「何がだよ。まあ妹のことはいいよ。それよりさっきの続き。ゲートのこと」


 ここで大きな疑問を梨杏にぶつける。

「俺はまた、ゲートをくぐる機会はあるのか?あのふざけたドアをさ」 

「そうね。一度エクスペリエンストになると、普通は後戻りできないの。だから機会はまたあると思う。でも慣れれば、ある程度はコントロールできるようになるよ」

「コントロール?」

「そう。例えばドアが出やすくなるとか、簡単に戻れるようになるとか」

「行ったはいいけど戻れなくなったら、心配されるもんな」

「そう。でもま、どのみち思いが遂げられる寸前で弾き出されるけどね」

「寸止めかよ…ネガティブだしアテにならんな。てか、戻りたいときに戻れないとしたらどうすりゃいいんだよ。毎回残念な思いを味わえってのか。嫌すぎだろそんなん」

「まあそこは慣れだよ。その前にそもそも、ドアが出現する条件を理解しないとね」

「そうだな、まずはそこだ」

「多くの場合は、欲求がMAXになったタイミングだね。ドアはその時々で互いに呼応した相手を対象に出現するんだ。その後に起きることは、仮定の現実とでもいうのかな」

「仮定の現実?よくわからん。仮定の話なのか現実の話なのか、一体どっちなんだよ」

「仮定と言えるのかというと微妙だけどね。事実、アザーサイドの出来事がこっちの世界に影響することがあるのも、時折確認されてるのよ」

「ややこしいな。でもこっちの紗英があの様子なら、結局は夢と同じってことだろ」

「それがそうでもないんだな。あの紗英も夢じゃなく、現実なのよ。お前の中ではね」

「ますますわからん。でもそうだな、欲求がMAXになればいいのなら…」


 貴明は、思いっきり真剣な表情で思いっきり邪な妄想をする。

「斉藤由貴ちゃんに会いたい!」

「かー!やっぱりバカだねえお前は。そんなふざけた思いじゃ…んんん?」

 部屋のドアが心なしかピンク色に染まる。

「おお!これってひょっとしなくても、あん時のドアじゃないの?」

「の、能力の無駄遣い…真性馬鹿なのでは…」


 貴明は躊躇せずドアノブに手をかける。前回に比べてグラつき感にはかなり慣れ、目まいや吐き気も少ない。慌てて上着をたぐり寄せてから、「行ってきまーす!」という陽気で能天気な声を残し、貴明は白い光の中にスキップしながら消えていった。成り行き上、肩にかけていた鮮やかなレッドのRK-100をそのままに。


「やはり思った以上の真正だな。『互いに呼応した相手』が対象になると、私は説明したぞ。とはいえほんの妄想でドアが開くのか。驚いたな。無駄に資質が高いのだとすると、
それはそれで厄介だがなあ」


 梨杏はひとしきり感心した後、やや深刻な表情でつぶやいた。

「ま、資質が高かろうが、センスがあろうが…」

 その後、梨杏は伏し目がちにこう吐き捨てた。

 
「こんなんじゃ、下手したら死ぬけどねあいつ」
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