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#1 The doors of perception 〜知覚の扉ならまだ良かったが近くの扉がヤバかった(1)
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「ねえねえ。もしさ、環境がいきなり少しだけ変わったらどうする?ううん、戸籍をいじって別人になるとか、ステンレス製の車で若い頃のママに会うとか、そこまで面倒くさい違いじゃないの。例えばそうねえ…」
剣崎貴明は、音楽専門学校2年生の20歳。音楽学校というと聞こえはいいが、その実態といえば「音大⁉︎じゃあウイーンにヴァイオリン留学したりするんですよね。素敵ー!」…
などと合コンで女子大生に興味を持たれるも、誤解という名の魔法が解けた瞬間、現実とのギャップでお互いもれなく気まずくなる、そこはかとない切なさにあふれたポジションであった。
「おーいタカアキー!ソロとちってんじゃねえよー、見せ場だろー」
12月3日、日曜日。赤羽のとある音楽スタジオで、貴明たちのバンド「Back Door Men」によるデモテープのレコーディングが行われていた。
半笑いで怒声を浴びせたのはギターの香取透矢。高校時代からの相棒でバンド一の人気者である。繊細なギターテクニックの評価もさることながら、華奢な長身で長髪の、少女漫画的美形キャラ。毎月違う女の子をはべらせる、実にイケスカナイ存在だ。
理屈っぽく人を寄せ付けない目つきの貴明とは、まるで違う人種。だが2人は音楽面だけでなく、なぜか単純に気が合う悪友同士であった。
「あー悪い。お前がソロ引っ張りすぎでタイミング失ったわ。それに幼女の声が聴こえた気がしてさあ。環境がどうとか」
「大丈夫か変態、変なクスリとか勘弁しろよ⁉︎せめてスピリタスくらいにしとけ」
「阿呆か、そっちのがクスリよりよっぽどヤバいわ!」
遠慮のないやり取りは初見では喧嘩のようだが、メンバーはまたかと苦笑しながらスルーするのが日常だ。この日の出来は上々。3テイクで収録は終わり、貴明はマスター扱いのカセットテープ(もちろんメタルポジション)を受け取る。
地下の狭くて暗い穴倉のようなスタジオから這い出る頃、街にはイルミネーションが灯り、おなじみの歌がリフレインされていた。雪はなくともそれなりにクリスマスな演出の街を赤羽駅まで歩く道すがら、4人共通の話題は音楽だ。
「やっぱいま時季ったら山達だよねー」
「いやここはジョン&ヨーコでしょ」
「俺はポールのがいいけどな。いや今ならバンドエイドかな」
「いやいやいや、どれもいいけど最高峰はダーレン・ラヴで決定済みですからね貴様ら。てかフィル・スペクターな」
この時代。1980年代終盤の東京というか日本は、バブル景気の終わりの始まりにしてバンドブームの真っ只中であった。音楽専門学校生としてバンドを組むのは、ブームに関わらず必須条件。とはいえどんな経緯にしろ、バンドをやる動機の中に「モテたい」という欲求が皆無ということはあり得ない。
ましてやブームのおかげでノーフューチャーな追っかけの女の子たちがライブハウスに押し寄せる、ざわついたご時世なのだから。
貴明のように内向きでモテない男子とて、音楽的才能があれば夢が見られるんじゃなかろうか…見られるかもしれないな…などと錯覚させてしまう空気感があった。
「にしても、ですよ。バンドブームでしかもクリスマスなのに、お兄ちゃんは相変わらずモテないよねー!あはー」
貴明の部屋。一緒にテレビを見ながらケラケラと笑い、憎まれ口を叩くのは剣崎澄香。貴明の妹で高校3年生の18歳だ。
ナチュラルな栗色でサラサラツヤツヤのロングヘア。ちょっとタヌキ目でくりくりとよく動く黒い瞳は愛らしさ満点。スレンダーでやや小柄な156cmの身長ながら、顔が小さく手足の長い伸びやかなスタイル。
兄がひいき目に見ようが見まいが、澄香は相当な美少女であると評判だ。おまけに学業成績はまんべんなく優秀、身体能力激高でスポーツ万能の完璧人間。さらに活発で天真爛漫、誰にも分け隔てしない性格なのだから、学校では男女問わず高い人気があるのも当然であった。
常に元気で明るく、冬も短パンで過ごすことが多い澄香。いつものようにベッドにうつ伏せで寝そべり好物のポッキーを食べながら、しなやかな脚をパタパタとバタつかせている。
「そだね。誰かさんの地獄仕込みの毒舌と同じくらい、俺は地獄のように女子に縁がないですねえ」
「それが誰かは聞かないけど、お兄ちゃんは、見た目はまあ、無駄に目つきが悪いのを除けばギリギリ普通だよね。ポリポリッ」
「よし、今日も褒めてないな」
「見た目普通で音楽の才能もある。ポリポリ。なのにモテない理由って…」
「理由って?」
「そりゃあ旦那、邪悪な目つきと偉そうな態度と面倒くさい性格に決まってますなー。うしゃしゃしゃ」
「またニセ関西弁!お笑い見過ぎだっての。てか理由がそれなら未来永劫絶望的じゃねえか。どうしてくれる!」
「あはははー!絶望兄ー!」
ますます悪い顔になって楽しげな澄香。丁々発止のやり取りをしながら自分をネタに笑い転げる無邪気な妹だが、貴明はいつも愛しく感じている。
「何?こいつらがチャンプって俺は納得せん」
「良いじゃない。今週のチャンプはこのバンドだいっ!」
「似てねえし。もう寝ようぜ」
「はーい、お休みなさいお兄ちゃん」
月とスッポンのような兄妹だが、それなりに仲は良いようだ。
剣崎貴明は、音楽専門学校2年生の20歳。音楽学校というと聞こえはいいが、その実態といえば「音大⁉︎じゃあウイーンにヴァイオリン留学したりするんですよね。素敵ー!」…
などと合コンで女子大生に興味を持たれるも、誤解という名の魔法が解けた瞬間、現実とのギャップでお互いもれなく気まずくなる、そこはかとない切なさにあふれたポジションであった。
「おーいタカアキー!ソロとちってんじゃねえよー、見せ場だろー」
12月3日、日曜日。赤羽のとある音楽スタジオで、貴明たちのバンド「Back Door Men」によるデモテープのレコーディングが行われていた。
半笑いで怒声を浴びせたのはギターの香取透矢。高校時代からの相棒でバンド一の人気者である。繊細なギターテクニックの評価もさることながら、華奢な長身で長髪の、少女漫画的美形キャラ。毎月違う女の子をはべらせる、実にイケスカナイ存在だ。
理屈っぽく人を寄せ付けない目つきの貴明とは、まるで違う人種。だが2人は音楽面だけでなく、なぜか単純に気が合う悪友同士であった。
「あー悪い。お前がソロ引っ張りすぎでタイミング失ったわ。それに幼女の声が聴こえた気がしてさあ。環境がどうとか」
「大丈夫か変態、変なクスリとか勘弁しろよ⁉︎せめてスピリタスくらいにしとけ」
「阿呆か、そっちのがクスリよりよっぽどヤバいわ!」
遠慮のないやり取りは初見では喧嘩のようだが、メンバーはまたかと苦笑しながらスルーするのが日常だ。この日の出来は上々。3テイクで収録は終わり、貴明はマスター扱いのカセットテープ(もちろんメタルポジション)を受け取る。
地下の狭くて暗い穴倉のようなスタジオから這い出る頃、街にはイルミネーションが灯り、おなじみの歌がリフレインされていた。雪はなくともそれなりにクリスマスな演出の街を赤羽駅まで歩く道すがら、4人共通の話題は音楽だ。
「やっぱいま時季ったら山達だよねー」
「いやここはジョン&ヨーコでしょ」
「俺はポールのがいいけどな。いや今ならバンドエイドかな」
「いやいやいや、どれもいいけど最高峰はダーレン・ラヴで決定済みですからね貴様ら。てかフィル・スペクターな」
この時代。1980年代終盤の東京というか日本は、バブル景気の終わりの始まりにしてバンドブームの真っ只中であった。音楽専門学校生としてバンドを組むのは、ブームに関わらず必須条件。とはいえどんな経緯にしろ、バンドをやる動機の中に「モテたい」という欲求が皆無ということはあり得ない。
ましてやブームのおかげでノーフューチャーな追っかけの女の子たちがライブハウスに押し寄せる、ざわついたご時世なのだから。
貴明のように内向きでモテない男子とて、音楽的才能があれば夢が見られるんじゃなかろうか…見られるかもしれないな…などと錯覚させてしまう空気感があった。
「にしても、ですよ。バンドブームでしかもクリスマスなのに、お兄ちゃんは相変わらずモテないよねー!あはー」
貴明の部屋。一緒にテレビを見ながらケラケラと笑い、憎まれ口を叩くのは剣崎澄香。貴明の妹で高校3年生の18歳だ。
ナチュラルな栗色でサラサラツヤツヤのロングヘア。ちょっとタヌキ目でくりくりとよく動く黒い瞳は愛らしさ満点。スレンダーでやや小柄な156cmの身長ながら、顔が小さく手足の長い伸びやかなスタイル。
兄がひいき目に見ようが見まいが、澄香は相当な美少女であると評判だ。おまけに学業成績はまんべんなく優秀、身体能力激高でスポーツ万能の完璧人間。さらに活発で天真爛漫、誰にも分け隔てしない性格なのだから、学校では男女問わず高い人気があるのも当然であった。
常に元気で明るく、冬も短パンで過ごすことが多い澄香。いつものようにベッドにうつ伏せで寝そべり好物のポッキーを食べながら、しなやかな脚をパタパタとバタつかせている。
「そだね。誰かさんの地獄仕込みの毒舌と同じくらい、俺は地獄のように女子に縁がないですねえ」
「それが誰かは聞かないけど、お兄ちゃんは、見た目はまあ、無駄に目つきが悪いのを除けばギリギリ普通だよね。ポリポリッ」
「よし、今日も褒めてないな」
「見た目普通で音楽の才能もある。ポリポリ。なのにモテない理由って…」
「理由って?」
「そりゃあ旦那、邪悪な目つきと偉そうな態度と面倒くさい性格に決まってますなー。うしゃしゃしゃ」
「またニセ関西弁!お笑い見過ぎだっての。てか理由がそれなら未来永劫絶望的じゃねえか。どうしてくれる!」
「あはははー!絶望兄ー!」
ますます悪い顔になって楽しげな澄香。丁々発止のやり取りをしながら自分をネタに笑い転げる無邪気な妹だが、貴明はいつも愛しく感じている。
「何?こいつらがチャンプって俺は納得せん」
「良いじゃない。今週のチャンプはこのバンドだいっ!」
「似てねえし。もう寝ようぜ」
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月とスッポンのような兄妹だが、それなりに仲は良いようだ。
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