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第二章

第53話 美人受付嬢、明かす

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 美しいブラウンヘアーに、黒いブラウス、茶色いフレアスカート。
 オデットはどこからどう見ても年頃の美しい女の子だ。
 ただ一点――手だけがドラゴンの体表のようにごつごつした質感であり、黒光りしていることを除いて。
 ナディアさんの手を見たときにも思ったことだが、何ともアンバランスである。

 思えば、俺はオデットが手袋を外したところを見たことがなかった。
 初めてこの町に来てギルドでオデットと知り合ったときから、彼女は白い手袋をつけていたのだ。
 それがあまりに馴染んでいたものだから、俺はまったく違和感をおぼえなかった。

「そんなに驚くことかしら? ナディアの手も見たんでしょ?」

「あ、ああ……」

 そう言われてもな。
 こんなこと言ったらナディアさんに怒られそうだけど……ナディアさんの場合は、彼女自身にある種の男っぽさがあるし、アルマウト族の身体能力を見せられた後だったのもあって割とすんなり受け入れられたんだよな。
 だけどオデットは違う。
 俺の中では、オデットは愛想が良くてちょっと酒好きなギルドの受付嬢だったんだ。
 まさかオデットまでもがアルマウト族だったとはな。

「リリスはあまり驚いていないようだけど」 

「ええ、まぁ……」

 オデットに促され、隣のリリスを見る。
 確かにリリスは俺ほどは驚いていないようだ。
 俺とは違って、驚いたというよりは合点がいったというような表情だった。

「もしかして、リリス……オデットがアルマウト族だって知ってたのか?」

 俺が問うと、リリスは顔の前で両手を振って否定した。

「知ってたってわけじゃないですよ。もちろんわたしも驚いてます。けれど、そうなんじゃないかな……とは思ってました」

「どこで気づいたの?」

 まるで試すような口調でオデットが言う。
 リリスは顎に手をあてて少しだけ逡巡した後、口を開いた。

「最初に違和感があったのは、一昨日です。ナディアさんの薬屋さんに行って、襲われたときですね」

 俺とリリスとゼフィの三人でナディアさんの店に偵察に行ったときか。
 突然店内に爆薬を投げ込まれて襲われたのだ。あのときは肝が冷えた。

「あのとき、オデットさんらしき足音が聞こえた気がしたんです。確信はなかったんですが」

 爆薬を回避した後、リリスは耳を澄まして犯人の存在を探っていたんだったな。

 ん、ちょっと待てよ――。

「あのとき俺たちを襲ったのって、ナディアさんじゃなかったのか?」

 ナディアさんもそう言っていたはずだ。

 だがリリスは首を横に振った。

「おそらく……あれはオデットさんです。そうですよね?」

 オデットは頷いた。
 ナディアさん……オデットをかばっていたのか。

「オデット、どうして俺たちを襲ったんだ?」

 ナディアさんが冒険者を襲っていたのと同じ理由で、オデットもナディアさんの手伝いをしようとしていたのか?
 ……いや、オデットはナディアさんが町に留まることには否定的だったはずだ。

「あたしはあんたたちを襲おうとしたんじゃないの。あの店を……ナディアの薬屋を破壊しようとしたのよ」

「どうしてそんなことを?」

「あいつの居場所を無くすためよ。ナディアがあたしのために薬師になったことはあたしも気づいていたからね。あそこであたしのための薬の研究をしていたことも知っていたから。あの場所を燃やしてしまえば、あいつは諦めてこの町を出ると思ったの。店内を燃やして、頃合いを見て火を消すつもりだったわ。今になって思えば馬鹿げた発想だったけれど……」

 そういうことだったのか。
 あくまで店を破壊することが目的だったのだ。
 だから俺たちに攻撃をするわけでもなく、爆薬だけを放り投げてあの場所を去ったのか。

 しかし、理由はわかるが……火を点けるなんて正気の沙汰じゃない。

「本当に……馬鹿げてるな。俺たちは危うく死にかけたんだぞ。すぐにゼフィが消火したから良かったものの、もし火が他の建物に広がっていたらどうするつもりだったんだ」

「返す言葉もないわ。あのときのあたしはどうかしてた……ナディアにこの町を出てもらうことばかり考えていたの」

 額に手を当ててオデットは首を振った。

「仕方ないですよ。それだけ必死だったんですよね? 確かにオデットさんのしたことは無茶でしたけど……結果的にわたしたちも無事ですし、怪我人も出ていないんです。お互い、一昨日のことは水に流しましょう?」

 だが、今になって事実を知ったうえで一昨日のことを思い返せば、爆薬の威力はさほどでもなかったことがわかる。
 現に俺たちが無事でいることが何よりの証拠だ。もしあれが魔物の討伐などで使用される殺傷能力の高い爆薬だったなら、店が吹き飛ぶどころかリリスはともかく俺なんかは一瞬で消し炭になっていただろう。
 あれはあくまで店内を燃やすためだけに用意された爆薬だったのだ。

「まぁ、そうだな。過ぎたことを言っても仕方ないか」

「リリス、クラウス、ありがと……。そう言ってもらえると助かるわ……」

「でも、それだけであのときの犯人がオデットだってわかるもんか?」

「いえ。オデットさんのことを確信したのは、昨夜です」

「昨夜?」

「暗黒街で別れた後です。クラウスさんとゼフィさんがナディアさんに襲われたとき、わたしも襲われていたってお話しましたよね?」

「ああ。そいつに手こずったせいで俺たちに合流できなかったんだよな」

 俺とゼフィがナディアさんと追走劇を繰り広げているとき、リリスも同時に襲われていたのだ。
 結局そいつはリリスに返り討ちに遭って逃走したみたいだが――。

「ん? まさか、リリスを襲ったのって……」

 リリスは頷いた。

「ええ、オデットさんです。ですよね?」

「まったく……リリスには敵わないわね。その通りよ。ナディアが心配でね、エレナの目を盗んで小屋を抜けたのよ。ナディアと暗黒街の情報屋が手を組んでいたのは知っていたから、あたしも情報屋の合図を確認して冒険者を襲ったの。そのときはまさかそれがリリスだとは思ってなかったけどね」

「わたしも驚きましたよ。仮面を被ってて顔は見えませんでしたけど、聞き慣れた足音に、足の運び方、身のこなし……すぐにオデットさんだとわかりました。でも、オデットさんがどうしてわたしを襲うのかがどうしてもわからなくて、頭の中が疑問でいっぱいになって……」

 昨夜、俺たちを襲った二人の刺客。
 一人はナディアさんで、もう一人はオデットだった――。

「あたしは襲った相手がリリスだってことにも気づかず、一心不乱にナイフを振るったわ。何合か剣を交えたあと、リリスに名前を呼ばれて、あたしは初めて気がついたのよ。夜だったし、暗かったのもあるけど……我ながら情けないわ」

 あのとき、ナディアさんは俺とゼフィに気づいて逃げていったのだ。
 きっとオデットもリリスのことに気がついていたら襲ったりしなかったはずだ。

「あんたたちのためだとか言って……ナディアには町を出ろって言ったり、あんたたちには黙秘を貫いて……。そのくせ、結果的にはあたし自身が友人であるあんたたちを二度も襲っちゃってるんだもの。本当に世話がないわよね」

「オデット……」

「そんなことないですよ。わたしがオデットさんの名前を呼んだら、オデットさんはすぐにその場を離れたじゃないですか。わたしにはわかります。あのときのオデットさんの剣には、どうしようもない辛さが宿ってましたから。わたしは剣を交えると相手の気持ちが何となくわかるんですよ。オデットさんにはやむを得ない理由があったんだって、すぐにわかりました。痛いくらい辛い思いをしていたんだって伝わってきましたから」

 肩を落としてうなだれているオデットに、リリスが優しく微笑みかけた。

「ん……? すると、致命傷を与えたって言っていたのは?」

 確か昨夜、リリスは刺客に致命傷を与えたと言っていたはずだ。
 だがその刺客はオデットであり、オデットはこうして生きている。

「あれは……嘘です」

「へ?」

「もしわたしが刺客を無傷で逃がしてしまったと聞いたら……どう思いますか?」

 ああ、なるほど。リリスの考えがわかった気がする。

「そりゃあ……そいつがいつ襲ってくるか、警戒するだろうな。夜も安心して眠れないだろう」

「そうですよね。あの場に居た全員が……クラウスさんも、ゼフィさんもエレナさんも、皆が心配することになっちゃうと思ったんです。皆さんをいたずらに不安にさせても仕方ないですし、オデットさんのこともわたしの胸に秘めておけばそれで良いかなって思って……隠すことにしました。ごめんなさい」

「いや、リリスが謝ることじゃないさ。俺たちやオデットのことを考えてそうしてくれたんだろ?」

 あのとき、リリスはそこまで考えていたのか。まったく気がつかなかったな。

 ああ、そうか――今朝、酒場で朝食をとったあと、リリスの様子が少し変だったのはそのせいだったのか。
 ナディアさんがギルドの建物の外壁をよじ登ってオデットを窓から部屋に入れたのだという話を俺がしたときだ。リリスは何かを誤魔化すような素振りを見せたのだ。
 昨夜の時点で、リリスはオデットがアルマウト族の身体能力を持っていることを知っていたことになる。だから、あくまでナディアさんによってオデットが部屋に運ばれたのだという俺の論調にリリスは違和感をおぼえてあんな反応をしたのだろう。オデットならば単独で窓から部屋に入れることをリリスは知っていたから。
 まぁ結果的には、オデットはナディアさんによってこの部屋へと運ばれたわけではあるけど。

「ともかく、オデットがアルマウト族で……ナディアさんと旧知の仲だってことはわかった。ナディアさんが現在進行形でヤバい状況にあるってこともわかった。あまり時間はないはずだ。だから核心を知りたい」

「もう何も隠す気はないわ。何でも訊いてちょうだい」

「なら、単刀直入に訊く――今回の事件の黒幕は何者なんだ? ナディアさんはどうしてお尋ね者になったんだ? ナディアさんの手紙だけだと、お前が何を恐れていたのかがわからない。事件の背後に何が潜んでいるのかわからないんだ」

 俺はずっと気になっていた質問をぶつけた。
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