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11 隻眼の花嫁
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次にアリアネが目覚めた時、彼女は馬上で誰かに横抱きにされていた。
気絶していたせいか意識が朦朧としている。
誰に抱かれているのか、頭を持ち上げて右目で顔を確認したいが、その気力を振り絞るにはもう少し時間がかかりそうだ。
(……私はこれから、辱められるのか?)
盗賊が女を殺さずに攫う理由なんて、たかが知れている。
殺す前のお楽しみのため。
こんな醜い女をよくも犯せるものだと思うが、この手の輩は女を斬り刻みながら楽しんだりもすると聞くので、傷の1つや2つ最初からついていても誤差みたいなものなのかもしれない。
「好きにしてくれ。
剣士は負けた時点で死んだも同然」
「そうだね」
そうだね?
馴れ馴れしい盗賊がいたものだ。
これから手篭めにする女に対して、一丁前に亭主づらでもしているつもりか。
「でも、あの戦い方はよくない。
死ぬ気で戦えとは教えたけど、自分から死にに行くような戦い方を教えたつもりはないよ」
「え?」
あんなに持ち上げるのに苦労していた頭が、驚きのあまり一気に持ち上がる。
アリアネが右目をまん丸に見開いて声の主を見ると、2週間前にべスピアで探し求めた、懐かしい師匠の顔がそこにあった。
「し、師匠!? なんで?
あ、もしかして盗賊から助けてくれたんですか?」
「違う違う」
違う……?
いたずらっぽく笑った師匠は、懐から何やら取り出すと、片手で器用にそれを広げて見せた。
「盗賊のボスの覆面ですね。
倒した証拠として脱がせたんでしょう?」
「違うよ。
これを僕が被ってたって話」
「はい?」
言われてみれば服装も同じだ。
揺られているのも白馬で、周りにはあの時の盗賊たちが、こちらも覆面をとってお供している。
「師匠が盗賊に身をやつして……。
えー? そんな、ショックなんですけど」
「弟子の血の巡りの悪さに僕もショックを禁じ得ないよ。
悪かった。
ちゃんと説明するから聞いてくれ」
それから師匠は、先ほどの出来事を説明してくれた。
弟子の成長が見たくてひと芝居打ったこと。
エディサマルとは目配せして、息を合わせて打ち合ったこと。
アリアネがあそこまで逆上するのは予想外だったこと。
8年ぶりに耳にする声が心地よくて、アリアネは横抱きにされたまま、少しだけ歳を重ねた師匠の顔をうっとりと見つめていた。
「……聞いてるかい?
僕は君がね、あそこまでエディサマルのことで怒るとは思っていなかったんだ。
ずいぶん打ち解けたんだね」
「ええ、まあ、第一印象はゴミでしたが。
最初は切り刻んで燃やしてやろうかと……あれ?
ということはあの男、生きてるんですか?」
師匠の首につかまって身を起こすと、白馬の後ろには、ニヤニヤ顔の大男がついてきていた。
自分の馬にまたがり、横に歩くテローの手綱も握っている。
「ほんとだ生きてる。
何もかも嘘だったんですね。
名前も嘘だし盗賊も嘘だし、これって私、怒っていいんじゃないですか?」
「悪かったよ。
8年も待ったから、その……ちょっと遊び心が湧いてきたんだ。
たくさん驚かせたくて」
8年待った?
何のことだろう、とアリアネが考えていると、一行は石畳で舗装された城下町に到着し、歓声のような活気にあふれた街中を進んでいった。
「ここがヘルベルト辺境伯が治める街なんですね。
すごい……お祭りみたい」
「そうだろう?」
皆、口々に「おめでとう」と叫んでいる。
街をあげてお祝いする出来事があったらしい。
アリアネは自分が婚約破棄されるためにやってきたことを思い出し、彼らの喜びに水を差すことになるのを申し訳なく思った。
(今日じゃないほうがよかったな……。
ヘルベルト様にお会いしたら、婚約破棄のことは領民にはしばらく黙っていてくださいとお願いしないと)
婚約破棄。
旅の目的であり、人生最後の試練。
これからアリアネはヘルベルト辺境伯の前に顔を晒し、花嫁としてふさわしくないという、分かりきっている事実を宣告されなければならない。
それも、尊敬する師匠の目の前で。
「どうしたんだい?
真っ青な顔をして震えている。
ヘルベルト辺境伯に会うのがそんなに怖い?」
「いいえ。
どうして師匠に連れられているのかと、己の不幸を嘆いています」
「はは、理由はすぐに分かるよ」
歓声が一際大きくなった。
大きなアーチをくぐり、アリアネたちはどうやら、観客席に囲まれた儀式用の舞台へと到着したようだった。
アリアネを抱いたまま慎重に馬を降り、師匠は舞台の中央に向かって歩いてゆく。
そして――
2つ並んだ大きな玉座の、右のほうに彼女を座らせると、
「アリアネ。
16歳のこの日まで、無事に生きてくれてありがとう。
婚約破棄なんてするわけないだろう?
剣術を教え込んでまで生きててもらったんだ。
僕の名はヘルベルト。
今日から君の夫になる、この城の城主だ」
そう言ってアリアネの薬指にリングを贈り、額、左目、左頬、それから唇の順に、優しく愛情のこもった口づけをした。
気絶していたせいか意識が朦朧としている。
誰に抱かれているのか、頭を持ち上げて右目で顔を確認したいが、その気力を振り絞るにはもう少し時間がかかりそうだ。
(……私はこれから、辱められるのか?)
盗賊が女を殺さずに攫う理由なんて、たかが知れている。
殺す前のお楽しみのため。
こんな醜い女をよくも犯せるものだと思うが、この手の輩は女を斬り刻みながら楽しんだりもすると聞くので、傷の1つや2つ最初からついていても誤差みたいなものなのかもしれない。
「好きにしてくれ。
剣士は負けた時点で死んだも同然」
「そうだね」
そうだね?
馴れ馴れしい盗賊がいたものだ。
これから手篭めにする女に対して、一丁前に亭主づらでもしているつもりか。
「でも、あの戦い方はよくない。
死ぬ気で戦えとは教えたけど、自分から死にに行くような戦い方を教えたつもりはないよ」
「え?」
あんなに持ち上げるのに苦労していた頭が、驚きのあまり一気に持ち上がる。
アリアネが右目をまん丸に見開いて声の主を見ると、2週間前にべスピアで探し求めた、懐かしい師匠の顔がそこにあった。
「し、師匠!? なんで?
あ、もしかして盗賊から助けてくれたんですか?」
「違う違う」
違う……?
いたずらっぽく笑った師匠は、懐から何やら取り出すと、片手で器用にそれを広げて見せた。
「盗賊のボスの覆面ですね。
倒した証拠として脱がせたんでしょう?」
「違うよ。
これを僕が被ってたって話」
「はい?」
言われてみれば服装も同じだ。
揺られているのも白馬で、周りにはあの時の盗賊たちが、こちらも覆面をとってお供している。
「師匠が盗賊に身をやつして……。
えー? そんな、ショックなんですけど」
「弟子の血の巡りの悪さに僕もショックを禁じ得ないよ。
悪かった。
ちゃんと説明するから聞いてくれ」
それから師匠は、先ほどの出来事を説明してくれた。
弟子の成長が見たくてひと芝居打ったこと。
エディサマルとは目配せして、息を合わせて打ち合ったこと。
アリアネがあそこまで逆上するのは予想外だったこと。
8年ぶりに耳にする声が心地よくて、アリアネは横抱きにされたまま、少しだけ歳を重ねた師匠の顔をうっとりと見つめていた。
「……聞いてるかい?
僕は君がね、あそこまでエディサマルのことで怒るとは思っていなかったんだ。
ずいぶん打ち解けたんだね」
「ええ、まあ、第一印象はゴミでしたが。
最初は切り刻んで燃やしてやろうかと……あれ?
ということはあの男、生きてるんですか?」
師匠の首につかまって身を起こすと、白馬の後ろには、ニヤニヤ顔の大男がついてきていた。
自分の馬にまたがり、横に歩くテローの手綱も握っている。
「ほんとだ生きてる。
何もかも嘘だったんですね。
名前も嘘だし盗賊も嘘だし、これって私、怒っていいんじゃないですか?」
「悪かったよ。
8年も待ったから、その……ちょっと遊び心が湧いてきたんだ。
たくさん驚かせたくて」
8年待った?
何のことだろう、とアリアネが考えていると、一行は石畳で舗装された城下町に到着し、歓声のような活気にあふれた街中を進んでいった。
「ここがヘルベルト辺境伯が治める街なんですね。
すごい……お祭りみたい」
「そうだろう?」
皆、口々に「おめでとう」と叫んでいる。
街をあげてお祝いする出来事があったらしい。
アリアネは自分が婚約破棄されるためにやってきたことを思い出し、彼らの喜びに水を差すことになるのを申し訳なく思った。
(今日じゃないほうがよかったな……。
ヘルベルト様にお会いしたら、婚約破棄のことは領民にはしばらく黙っていてくださいとお願いしないと)
婚約破棄。
旅の目的であり、人生最後の試練。
これからアリアネはヘルベルト辺境伯の前に顔を晒し、花嫁としてふさわしくないという、分かりきっている事実を宣告されなければならない。
それも、尊敬する師匠の目の前で。
「どうしたんだい?
真っ青な顔をして震えている。
ヘルベルト辺境伯に会うのがそんなに怖い?」
「いいえ。
どうして師匠に連れられているのかと、己の不幸を嘆いています」
「はは、理由はすぐに分かるよ」
歓声が一際大きくなった。
大きなアーチをくぐり、アリアネたちはどうやら、観客席に囲まれた儀式用の舞台へと到着したようだった。
アリアネを抱いたまま慎重に馬を降り、師匠は舞台の中央に向かって歩いてゆく。
そして――
2つ並んだ大きな玉座の、右のほうに彼女を座らせると、
「アリアネ。
16歳のこの日まで、無事に生きてくれてありがとう。
婚約破棄なんてするわけないだろう?
剣術を教え込んでまで生きててもらったんだ。
僕の名はヘルベルト。
今日から君の夫になる、この城の城主だ」
そう言ってアリアネの薬指にリングを贈り、額、左目、左頬、それから唇の順に、優しく愛情のこもった口づけをした。
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