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09 男の不名誉
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アリアネがエディサマルを連れて屋敷から出てくると、村の男たちは口々に彼女を冷やかした。
「剣士さん、歩けるのかい?」
「エディサマルを相手した女は3日寝込むと言われてるよ」
「他の男のがマッチ棒に見えるから気をつけな」
それはエディサマルの巨大さを皮肉った下品なジョークだったが、よく分からないアリアネは「心配ご無用」「余裕だ」などと適当に返し、ニヤニヤ笑いの男たちをさらに沸かせていた。
「おいやめろ、俺とは話をしただけだ。
嬢ちゃんにはヘルベルト辺境伯という立派な許嫁がいるんだから、厄介な噂を流すんじゃねーぞ」
あの後、2人は小一時間ほど話をした。
ヘルベルトのところに向かうというアリアネが詳しい道順を尋ねると、何度か訪れた経験のあるエディサマルが、説明するより手っ取り早いと主張してなかば強引に同行することになった。
「婚約破棄されるだけの旅に、本当についてくるのか?」
「おう、任せろ。
婚約破棄された嬢ちゃんをその場で嫁にもらってやるから」
「今のうちに断っておく」
悪いやつではないが結婚はできない。
エディサマルが問題なのではなく、これはアリアネの問題だ。
ヘルベルトに婚約破棄してもらい、人生の幕を下ろす。
それは8歳の時に復讐を終えた彼女にとって、もはや揺るぎない針路として定まっていた。
「しかしなあ。
わざわざ婚約破棄されに行かなくても、書簡のひとつでも送れば済む話だろうに。
異常なまでの筆不精なのか?」
「書簡なら毎月送ったさ。
こんな醜い女のことはさっさと忘れてくれと。
それでも頑なに返事がこないところをみると、自らの目で傷の醜さを確認したいのだろう」
「いや、そうじゃなくてだな……」
自分から婚約破棄すればいい、というエディサマルに、アリアネは心から呆れ返った様子で噛んで含めるように説明した。
「あのな、女から婚約破棄されるなんて、男にとってはこれ以上ない屈辱なんだぞ。
爵位を失うこともありえるほどの不名誉だ。
あんたは婚約もせずに婚前交渉ばかりしているから、常識というものを知らないかもしれないが」
「たしかに初耳だが……。
ちなみに嬢ちゃんはその常識とやらを誰から?」
「もちろん師匠から教わった。
師匠は私に剣術を教えてくれたばかりか、『死ぬのは婚約破棄されてからにしろ』という一般常識まできちんと叩き込んでくれたんだ」
自死によって破談になるなんて、もってのほか。
まるで結婚するのが嫌で命を絶ったかのように思われてしまい、男としての面目は丸潰れだ。
「死ぬのもいかんとは、初耳すぎて笑えてくる。
俺も嬢ちゃんの師匠から、そこらへんの常識を教えてもらっておくべきだったよ」
「あんたになら、私からもいろいろと教えることができそうだ。
酒を控えろ、裸で寝るな、初対面の女に下半身を押し付けるな」
「言うな言うな。
ベッドでのことを思い出して、苦労して履いた下着がはち切れそうになってきた」
逃げるように宿屋に駆け込むアリアネ。
そんな彼女に明朝の出発を約束すると、エディサマルは「じゃあな」と手を振り、そのまま酒場のほうへと歩き去った。
(師匠に会えなかったのは心残りだが……。
偽名をつかうほど避けられているのでは仕方がない。
やはり、こんな顔をした女に付きまとわれるのは勘弁願いたいといったところか)
ため息をつきながら顔の傷を撫でている主人の背中を、テローは長いまつ毛の目をパチパチとしばたたかせ、心配そうに見守っていた。
「剣士さん、歩けるのかい?」
「エディサマルを相手した女は3日寝込むと言われてるよ」
「他の男のがマッチ棒に見えるから気をつけな」
それはエディサマルの巨大さを皮肉った下品なジョークだったが、よく分からないアリアネは「心配ご無用」「余裕だ」などと適当に返し、ニヤニヤ笑いの男たちをさらに沸かせていた。
「おいやめろ、俺とは話をしただけだ。
嬢ちゃんにはヘルベルト辺境伯という立派な許嫁がいるんだから、厄介な噂を流すんじゃねーぞ」
あの後、2人は小一時間ほど話をした。
ヘルベルトのところに向かうというアリアネが詳しい道順を尋ねると、何度か訪れた経験のあるエディサマルが、説明するより手っ取り早いと主張してなかば強引に同行することになった。
「婚約破棄されるだけの旅に、本当についてくるのか?」
「おう、任せろ。
婚約破棄された嬢ちゃんをその場で嫁にもらってやるから」
「今のうちに断っておく」
悪いやつではないが結婚はできない。
エディサマルが問題なのではなく、これはアリアネの問題だ。
ヘルベルトに婚約破棄してもらい、人生の幕を下ろす。
それは8歳の時に復讐を終えた彼女にとって、もはや揺るぎない針路として定まっていた。
「しかしなあ。
わざわざ婚約破棄されに行かなくても、書簡のひとつでも送れば済む話だろうに。
異常なまでの筆不精なのか?」
「書簡なら毎月送ったさ。
こんな醜い女のことはさっさと忘れてくれと。
それでも頑なに返事がこないところをみると、自らの目で傷の醜さを確認したいのだろう」
「いや、そうじゃなくてだな……」
自分から婚約破棄すればいい、というエディサマルに、アリアネは心から呆れ返った様子で噛んで含めるように説明した。
「あのな、女から婚約破棄されるなんて、男にとってはこれ以上ない屈辱なんだぞ。
爵位を失うこともありえるほどの不名誉だ。
あんたは婚約もせずに婚前交渉ばかりしているから、常識というものを知らないかもしれないが」
「たしかに初耳だが……。
ちなみに嬢ちゃんはその常識とやらを誰から?」
「もちろん師匠から教わった。
師匠は私に剣術を教えてくれたばかりか、『死ぬのは婚約破棄されてからにしろ』という一般常識まできちんと叩き込んでくれたんだ」
自死によって破談になるなんて、もってのほか。
まるで結婚するのが嫌で命を絶ったかのように思われてしまい、男としての面目は丸潰れだ。
「死ぬのもいかんとは、初耳すぎて笑えてくる。
俺も嬢ちゃんの師匠から、そこらへんの常識を教えてもらっておくべきだったよ」
「あんたになら、私からもいろいろと教えることができそうだ。
酒を控えろ、裸で寝るな、初対面の女に下半身を押し付けるな」
「言うな言うな。
ベッドでのことを思い出して、苦労して履いた下着がはち切れそうになってきた」
逃げるように宿屋に駆け込むアリアネ。
そんな彼女に明朝の出発を約束すると、エディサマルは「じゃあな」と手を振り、そのまま酒場のほうへと歩き去った。
(師匠に会えなかったのは心残りだが……。
偽名をつかうほど避けられているのでは仕方がない。
やはり、こんな顔をした女に付きまとわれるのは勘弁願いたいといったところか)
ため息をつきながら顔の傷を撫でている主人の背中を、テローは長いまつ毛の目をパチパチとしばたたかせ、心配そうに見守っていた。
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