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07 べスピアのエディサマル

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 ダズの右手を持ち帰ると、村人たちは「トロールを殺したのか?」と不安そうな顔でアリアネに尋ねた。
 恐怖心にかられて討伐依頼を出してしまったものの、彼らとて後悔する気持ちがあったのだろう。

「トロールなんていなかったな。
 タニアとダズという人間の夫婦が暮らしていた。
 ダズが誤ってニワトリを殺してしまったと認めたので、村の掟に従って罰を受けてもらった。
 本人も反省していたよ」
「人間……ですか?」
「ああ、人間の掟を守るなら、それは人間だ」

 異形と暮らす女性。
 最初は気でも触れたのかと思ったものだが、愛を貫く覚悟を決めた、芯の強い女だった。

 アリアネの言葉を聞いた村長は、すぐに状況を理解し、村の者たちにダズを今後は人間として扱うよう指示をだした。
 もちろん、くれぐれも力試しの誘いには乗らないよう言い添えることも忘れずに。

「ありがとうございますじゃ。
 これは、皆で持ち寄った報酬で――」
「いや、トロール退治はキャンセルだから、それは受け取れない。
 村の発展にでも役立ててくれ。
 代わりと言ってはなんだが、エディサマルの見舞いをさせてもらえないだろうか?」

 きょとんとする老人にアリアネは慌てて説明する。

「いや、いや、何も他意はないんだ。
 べスピアのエディサマルといえば名の知れた剣士だろう?
 一方、私はダージアのアリアネとして、これもわずかばかりではあるが知られた名前だと自負している。
 剣士と剣士、同じだ、同業者だ。
 たとえばこう考えてみるとどうだろう?
 ある地方で有名な鍛冶屋が、旅先でたまたま、本当にたまたま、自分より有名な鍛冶屋の滞在を知った。
 会ってみたい、と思うものではないのか?
 好意とかあこがれとかそういう個人レベルの話ではなくてだな……そう、業界全体の発展のため。
 技術の交流とか、まあ、そこまでいかなくとも、心構えについて語り合うだけでも有意義な時間になるのは間違いない。
 私が期待しているのも、まさにそこなんだ。
 だってべスピアのエディサマルだぞ?
 べつに私は彼の武勇譚を集めて回ってるわけじゃないが、勝手にいろいろ聞こえてくる。
 印象に残っているものだけでも、10は下らない。
 山賊の砦に単身乗り込んでさらわれた女たちを解放した話なんて、まるで神話の英雄みたいだろう?
 私がもしその女の立場だったら、全力で彼にアタックしたものだろう。
 ああこれはもちろん一般論としての話だ。
 誰だってそんな男には、ほっ惚れるというものだよ。
 なんだか今日はやけに暑いな。
 私だけか?
 ま、まあ、そういうわけで、もしよければでいいのだが、エディサマルのところに案内してもらえるとありがたい」

 早口にまくし立てたせいか、村長も村人たちも目を見開いてアリアネを見つめたまま固まっている。
 急激に羞恥心が湧いてきたアリアネは、「テローが待ってる」などと言って宿屋に戻ろうとした。

「ま、待ちなされ剣士様!
 全然構いませんじゃ。
 屋敷まで案内しますから、ぜひともエディサマルにお会いになってください」
「いいの?」

 ぴょんと飛び上がり、回れ右をして向き直るアリアネ。
 苦笑する村長に連れられてエディサマル邸へと歩き出した彼女の背中に、村人たちが「あいつのファンとは珍しい」「しかも若い女だ」と口々にはやし立てるのが聞こえてきた。

「何あの人たち、見る目ないわ。
 スマートな剣士はモテるんだから。
 ね、村長?」
「スマートな剣士は初耳ですじゃ。
 エディサマルは豪快な男で、武勇譚の半分以上は喧嘩と酒にまつわる失敗譚と言われております」
「まさか!」

 男から見ると、エディサマルはそんなふうに見えるのだろうか。
 それとも、8年という月日が、彼を酒好きに変えてしまったとか……。

 不安になりながら歩くアリアネを、村長は村の一等地に立つ大きな屋敷に案内し、エディサマルが療養しているという自室の中へと招き入れた。

「そこの奥のベッドですじゃ。
 声をかければ起きるはずですので、どうぞごゆっくり」
「ありがとう」

 辺りに立ち込めるアルコールの臭い。
 怪我をしているというのに、酒を飲んで寝ているらしい。

(酒好きになったのは本当みたい)

 だが、8年ぶりの再会に、そんなことは関係ない。
 すべてを失った少女に剣術と自信を与え、生きる道筋を示してくれた神様のような存在。

(エディサマル。
 私、会いにきたよ!)

 記憶の中の彼は、おそらくまだ二十代だった。
 期待しすぎないよう、美化しすぎないよう、顔を見てがっかりするなんて失礼なことが決してないよう、アリアネは心の中で何度も何度も深呼吸する。
 8年という時間を感じさせない、まるで昨日会ったばかりみたいな自然な再会を、これまでずっとシミュレーションしてきたではないか。

「師匠、私です。
 アリアネ……です……!」

 緊張で擦れそうになる声を肺活量に任せてどうにか絞り出すと、ベッドにもぐっていたエディサマルがぴくりと反応した。

「師匠、師匠!
 私です、おひさしぶりです!」
「んあ?」

 待ちきれずシーツをめくったアリアネの目に飛び込んできたのは、寝ぼけまなこをごしごしと乱暴に擦っている、見たこともない赤ら顔の巨漢だった。


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