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ルイザ編

17 やきもち

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「ルイザ、それだけはダメ!
 クロードからすぐに離れて!」

 取り乱しながら二階から降りてこようとしているのは、ユーナだった。
 ルイザはそれを確認すると、クロードからぱっと身を離し、彼女に向かって「大丈夫だから、ゆっくり降りなさい」と声をかけた。

(あっぶな……。
 アタシ、なに考えてたんだろ)

 信じられない思いでクロードを見る。
 彼のほうもユーナの声に気づき、目を開けて階段のほうを眺めていた。
 が、ちらりとルイザのほうを見て言う。

「さすがの演技です。
 ……もしかして本気で口づけされやしないかと、ぼくまで冷や冷やしました」
「しないわよ」

 睨みつけておでこをぺしっと叩いてやった。
 彼にとっては目を閉じただけとはいえ、ルイザはあやうく誘惑されかけた。
 生意気だと責めたかったが、それではまるで誘惑されかけたことを告白するようものなので、絶対にやめておこうと心に誓った。

 すこし離れたところで、ムーニーが笑いを堪えている気配がする。
 へたに反応するとまた見透かされるだけだ。
 ここは無視して、あとでさりげなく足でも踏んでやる。

 ふたりで立ち上がるころには、階段を降りきったユーナが、すぐそばまで来ていた。

「ルイザ……」

 ひさしぶりに見るかつての同僚は、まだ不安そうな表情でルイザのことを見つめている。
 さっきまでクロードから身を隠していたというのに、もはやそんなことはお構いなしといった感じだ。
 ルイザと彼の急接近に、それだけ肝を冷やしたということだろう。

「あんたでも、そんなに怖い顔ができたのね。
 後輩たちを指導するときに使えば、もっと真剣に取り組んでくれたかも」
「ふざけないで」

 短く言うと、ユーナはクロードとルイザのあいだに割り込み、彼を守るように両手を広げた。

「本気でキスしようとしていたわ。
 なんでそんなことをするの?」
「本気? そんなわけないでしょ。
 フリよ、フリ。
 あんたを誘き寄せるための作戦。
 きっと見ていると思ったから、彼と示し合わせてやっただけ。
 迫真だったでしょ」
「わたしが止めなかったら絶対にしてた。
 クロードのことが好きなの?」

 ごまかされてくれない。
 あのままだと唇が触れ合っていたということに確信を持っているらしい。
 こうなるとユーナは揺らがない。
 面倒だと思いながら、ルイザは正直に答えた。

「まあ、キスくらいならいいかと思ったのはたしかよ。
 でも、誘き寄せるためにやったのは本当。
 その男を好きなわけではないから安心して」
「そう。
 ……クロードは?」

 振り返ったユーナに問いかけられ、クロードは「え? ぼく?」とあたふたした。

「クロードはルイザのこと好き?」
「え、いや、全然。
 合わせろって命令されたから、流れに任せないと怖いなと思って。
 目をつぶっていたからよくわからないけど、口づけっていうのも、フリをしただけだよ。
 ぼくとルイザはそういう関係ではまったくない」
「呼び捨て」
「あ……。
 ぼくとルイザ様はそういう関係じゃない」
「べつに言い直さなくていいけど。
 ルイザと仲良くしてくれるのは、わたしも嬉しいし」

 そう言って、ユーナは彼に抱きついた。
 ルイザが抱きついていた名残を上書きで消すように、何度も何度も胸のあたりに顔を擦りつける。

 そして力強く、ぎゅうっと抱きしめて言った。

「ごめんなさい」

 クロードは困ったような顔をした。
 まだユーナに再会できたというだけで、彼女からなにも事情を聞き出せていない。
 謝られても、なにがなんだかわからないのだろう。

 でも、逃げていたユーナが観念したのは間違いない。
 ルイザがジェスチャーで「撫でてやりなさい」と示してやると、クロードはうなずいて彼女の背中を撫でた。

「謝らなくていい。
 きみのことだ。
 きっと、正しいと思ったことをしたんだろう?」
「そうしたかったんだけど……。
 でも……できなかったの。
 だから、ごめんなさい」

 どういう意味だろう。
 ルイザは続きが気になったが、そこでメイドが二階から呼びに来た。
 先ほどはユーナの居場所を知らないととぼけていた彼女だが、やはりそれは指示されて嘘をついていたらしい。
 クロードの胸に抱かれるユーナの姿を見て、もう隠さなくてよいとわかり、安堵の表情を浮かべていた。

「ぼくは昔使っていた自室を使えるのかな?」
「はい、そのように指示を受けております。
 ご案内……は不要ですか?」
「ああ、わかるからいいよ。
 すこし話をしたいから、一旦みんなでぼくの部屋に行くことにする」

 そう言ってクロードがメイドを帰そうとしたところを、ムーニーが「悪いけど」と呼び止めた。

「あっしはゲストルームのほうに行かせてもらえますか?
 だいたいの事情はわかったというか……まあ、あとは若い人たちの気持ちしだいってところでしょうから。
 なにか手伝えることがあれば、あとでなんでもお聞きしますよ」

 お身体を大事に、とユーナに言い残して、メイドに連れられて行ってしまった。
 空気が読めるといえばそうなのだろうが、読めすぎて気味が悪いのが彼らしいとルイザは思った。

「アタシは気になるからあんたの部屋に行くわ。
 お邪魔だろうけど我慢しなさい」
「そんなことは言ってませんよ。
 ユーナとこうして会えたのはあなたのおかげなのですから、一緒に来てください」
「あらそう」

 ユーナと積もる話があるわけでもないが、珍しく弱気になっている彼女をもっと見てみたい。
 ルイザは好奇心を隠すことなく、ふたりについて行った。
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