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クロード編

21 未来のために

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 ちょうど二時間ほどが経過しただろうか。
 クロードたちがベッドに座って夜空を眺めていると、アイーシャが窓枠に手をかけてぴょこりと顔を出した。

「あれ?
 もう終わったんですか?」
「なにがかしら?」

 本当に思い当たるところがないふうに訊き返すユーナを見て、クロードは笑いをこらえるのが大変だった。
 二時間と言い残してアイーシャは出ていったが、ユーナは「早めに戻ってくるかも」と用心して、ふたりで服を着なおして待っていたのだ。

 だが、アイーシャは何事か察したらしい。

「まあいいんですけど。
 こういう仕事をしていると、コトが終わったあとの気安い感じってわかるんですよ。
 先輩たち、妙に密着して座っているし。
 なんだか仲良くなったように見えます」
「あら、わたしたちはずっとこうよ?」

 指摘されて腰を浮かせかけたクロードのことを、ユーナは横から抱きしめる。
 彼女の柔らかい感触に、思わずさっきまでの夢のような体験をクロードは思い出さずにはいられない。

「もう先輩ったら、ほんと意地っ張り。
 そんな幸せそうにふわふわしていると、帰るときに納屋から落ちちゃいますよ。
 気をつけてくださいね」
「はいはい」

 後輩にからかわれる彼女を、クロードも幸せな気分で眺めていた。
 彼女たちはそれからすこし近況を伝え合っていたが、それも終わると、別れの時間がやってきた。

 来たときと同じで、正規の客ではないユーナは窓からこっそり帰らなくてはならない。

「もう遅いし、わたしはこのままテオ様の屋敷に戻ることにします。
 クロードも寄り道しないで帰ってくださいね」
「夜道は大丈夫なのか?
 一緒に戻ったほうが――」
「今度はあなたが噂を流されますよ?
 これから出世していかなくてはならないひとが、メイドに手をつけてはいけません。
 道なら平気です。
 仕事でよく買い出しに出るので、安全な道順を把握していますから」

 テオなら、クロードとユーナが付き合っても祝福こそすれ出世に響くようなことはないだろう。
 だけど彼女が言うように、先に噂のほうが流れてしまうとたしかに周りのイメージはよくないかもしれない。

 しぶしぶ了承したクロードの頬にキスをして、ユーナは手を振りながら窓から帰っていった。

「先輩たち、前途多難な感じですか?
 せっかく教会から出たのに、なんだかずいぶん自制して過ごしているように見えました」
「いや、前途はぼく次第なんだ。
 ぼくさえ夢を叶えれば、彼女を迎えてふたりで幸せに暮らせる未来が待っている。
 だから頑張らないといけない。
 きっと領主に返り咲いてみせる」
「ふふ、すごい。
 ほんの二時間で見違えましたね。
 女の力ってすごいでしょう?」

 見違えた……?
 なにか変わっただろうか、とクロードは考える。

 なぜだかわからないが、アイーシャのそばにいても浮ついた気持ちにまるでならないことに気づいた。
 さっきみたいに迫られていないせいもあるだろうが、たとえ同じように迫られても落ち着いて対処できる気がする。

 いままで心のどこかで女性を不可解な存在だと感じていたのが、今夜、なにか変わったのかもしれない。
 ユーナというひとりの女性と心を通わせたことで、世界の半分を占める女性という大きな集合体から手を差し伸べてもらえたような、そんな感覚がある。

 もちろん、すっかり理解できたわけではない。
 でも、女性という謎を解くための鍵を、ひとつ手に入れた気分だった。

 娼館の廊下を出入り口へと向かって歩きながら、先導するアイーシャにクロードが言う。

「ありがとう。
 今夜ここに来てよかった。
 あのまま屋敷でもやもやして過ごしていたら、何年も遠まわりすることになりかねなかった。
 きみは本物の聖女ユーナではないけれど、ぼくにはこれもひとつの奇跡のように思える」
「言いすぎですよ!
 そんなに気が大きくなるなんて、ユーナ先輩ったらどんな技を使ったのかしら。
 わたしが教わって仕事に役立てたいくらいです」

 クロードは徴税人という仕事柄、夜の女性は何人も見てきた。
 そのうえで、お世辞ではなく、アイーシャのことがほかの娼婦とは違って見えると思った。
 本来なら自分の生活に手一杯となるところを、アイーシャは仕事に真摯であろうと努めたり、自分以外の人間を気づかって行動するような考えをけっして手放したりはしない。
 聖女としての道を諦めたとしても、奉仕の道を生きたことのある女性は、志に違いがあるのだろう。

 ふと――
 聖女ルイザのことを思い出した。
 豊穣祭で見た彼女が、いまはユーナに代わって聖女としてのトップの地位に立っているらしい。
 あの気の強そうな目をした女性も、ユーナやアイーシャのように気高い志を持っているに違いない。

 半年後に控えたテオの結婚式が楽しみだと思った。
 そこに招かれる聖女ルイザは、いったいどんな女性なのだろうか。

 別れ際のアイーシャにそれとなく訊いてみると、

「ルイザ先輩は最高にギラギラしています。
 怖いくらいに美人で、怖いくらいに飢えている。
 あんな黒豹みたいな聖女はほかにいません。
 わたしの永遠の女帝です」

 そんな、聖女らしからぬ人物評が返ってきた。
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