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03 求婚
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もうまもなく12時の鐘が鳴る。
日付が変われば、わたしは16歳だ。
そんな大切な日に、わたしはまた売られていた。
金持ちの貴族の寝室にわたしは寝かされ、すぐそばでは、倍ほどの年齢の男が舌なめずりをして時計を眺めている。
「あと数分で鐘が鳴るぜ。
未成年を犯すのにも憧れるが、おとなになった瞬間に女にしてやるのも、悪くない。
おまえの親父はとんだ悪人だな、こんな条件をつけてくるなんて」
そう、父はこの日を待っていた。
未成年で売ろうとするとエリオット様が嗅ぎつけてくるので、16歳になる瞬間を売ることにしたのだ。
これなら合法で、邪魔することはできないと踏んだのだろう。
「あの、すみません……。
あなたはなにか法を犯すことをしていますか?
たとえばその、麻薬売買とか」
「麻薬ぅ?
そんなことはしたことがないし、金はあるんだからする必要もない。
おれはただの放蕩貴族だよ。
先祖がたくわえた金をばらまいて生きてるのさ」
ダメだ。
別件もなにもなさそうだ。
これではエリオット様が来てくれるはずがない。
それに、16歳になったらおとななのだから、もうわたしも諦めなくてはいけないのかもしれない。
悪い親のいる家に生まれ、それに逆らうすべも知らなかったわたしが悪いのだ。
……鐘が鳴った。
わたしは16歳になった。
これからわたしの夫になる男が、ベッドに入ってきた。
「さて、始めるとするか。
覚悟を決める暇はたんまりあっただろう?」
「はい」
覚悟なんかできていない。
ただ、諦めただけ。
だが、そのとき――
ガシャガシャと鎧の音が鳴り、寝室の扉が勢いよく開けられた。
子どもだったわたしが、何度も見た光景だった。
「お、おまえは誰だ!」
「騎士団長、エリオットだ。
おまえの罪を裁きにきた」
罪と言った彼に、男はひるみながらも言い返す。
「おれに罪なんかないぞ!
法はひとつも犯してないし、この娘だってもうおとなだ。
きちんと手順を踏んで婚約している。
文句を言われる筋合いはない!」
正論だ。
悔しいが、男の言葉に偽りはひとつもない。
ただそこに、わたしの意思がないというだけ。
でも、エリオット様は一歩も引かなかった。
ガシャガシャと男に歩み寄る。
「文句を言う筋合いがないだと?
あるに決まっているだろう」
「な、なに?」
そしてそのまま男を通りすぎて、わたしの目の前までやってきた。
じっとわたしの顔を見る。
目が合う。
やっと、目を見てくれた。
薄いブルーの彼の目を、わたしはとても美しく、とてもロマンチックだと思った。
「これまで、自分を抑えるために顔をまともに見られなかったことを許してほしい。
おれには騎士団長という立場がある。
きみが成人するまで待っていた」
「え……?」
エリオット様がわたしの手を、包み込むように握ってくれた。
あったかい。
とても大きくて、あったかい手だった。
そして彼は、わたしに告白した。
「おれはきみがずっと好きだった。
結婚してくれないか?」
身体が震える。
断る理由なんてひとつもない。
「はい、わたしもずっと好きでした。
何度も何度も助けてくださったあなたは、わたしの英雄です」
「ああ、これからも守りつづけてみせる。
いままでだって、絶対にきみをほかの男に渡さないために頑張ってきたんだから」
そういって彼は笑った。
これまで見たことがない、エリオット様の笑顔。
みんなを同じように守っているとばかり思っていたのに、まさか、わたしだけ特別だったなんて。
わたしは高揚感で頬が真っ赤になった。
「おい、おまえら!
おれの屋敷でなに勝手に求婚したりしてんだ。
こいつはおれが買ったんだから、そんな勝手なことできるはずがないだろう」
「なにを言ってる」
エリオット様がわたしを引き寄せ、そのまま、たくましい両腕で抱き抱えてくれた。
「アイリーンの意思は確認したのか?
おとなの婚約は親が勝手に決めることはできない。
アイリーンが選んだのはおれだ。
このまま戯れ言をいいつづけるようなら、おれが裁くことになる」
彼の言葉を聞いて、男は押し黙るしかなかった。
そうだ、これからはわたしが決めることができる。
わたしはエリオット様に抱かれて運ばれながら、男を振り返って言った。
「恨むならわたしの父を恨んで。
もうわたしは家に戻らないから、あの男のことはどうしてくれても構わないわ」
すると、エリオット様が呟いた。
「これまでは、おれが睨みを利かせていたから無事だっただけだ。
あの男はあちこちから恨みを買っている。
数日のうちに晒し首になることだろう」
そして――
ついに親と決別したわたしを祝福するように、エリオット様はわたしをぎゅっと抱いて、優しく優しく口づけをしてくれた。
(終)
日付が変われば、わたしは16歳だ。
そんな大切な日に、わたしはまた売られていた。
金持ちの貴族の寝室にわたしは寝かされ、すぐそばでは、倍ほどの年齢の男が舌なめずりをして時計を眺めている。
「あと数分で鐘が鳴るぜ。
未成年を犯すのにも憧れるが、おとなになった瞬間に女にしてやるのも、悪くない。
おまえの親父はとんだ悪人だな、こんな条件をつけてくるなんて」
そう、父はこの日を待っていた。
未成年で売ろうとするとエリオット様が嗅ぎつけてくるので、16歳になる瞬間を売ることにしたのだ。
これなら合法で、邪魔することはできないと踏んだのだろう。
「あの、すみません……。
あなたはなにか法を犯すことをしていますか?
たとえばその、麻薬売買とか」
「麻薬ぅ?
そんなことはしたことがないし、金はあるんだからする必要もない。
おれはただの放蕩貴族だよ。
先祖がたくわえた金をばらまいて生きてるのさ」
ダメだ。
別件もなにもなさそうだ。
これではエリオット様が来てくれるはずがない。
それに、16歳になったらおとななのだから、もうわたしも諦めなくてはいけないのかもしれない。
悪い親のいる家に生まれ、それに逆らうすべも知らなかったわたしが悪いのだ。
……鐘が鳴った。
わたしは16歳になった。
これからわたしの夫になる男が、ベッドに入ってきた。
「さて、始めるとするか。
覚悟を決める暇はたんまりあっただろう?」
「はい」
覚悟なんかできていない。
ただ、諦めただけ。
だが、そのとき――
ガシャガシャと鎧の音が鳴り、寝室の扉が勢いよく開けられた。
子どもだったわたしが、何度も見た光景だった。
「お、おまえは誰だ!」
「騎士団長、エリオットだ。
おまえの罪を裁きにきた」
罪と言った彼に、男はひるみながらも言い返す。
「おれに罪なんかないぞ!
法はひとつも犯してないし、この娘だってもうおとなだ。
きちんと手順を踏んで婚約している。
文句を言われる筋合いはない!」
正論だ。
悔しいが、男の言葉に偽りはひとつもない。
ただそこに、わたしの意思がないというだけ。
でも、エリオット様は一歩も引かなかった。
ガシャガシャと男に歩み寄る。
「文句を言う筋合いがないだと?
あるに決まっているだろう」
「な、なに?」
そしてそのまま男を通りすぎて、わたしの目の前までやってきた。
じっとわたしの顔を見る。
目が合う。
やっと、目を見てくれた。
薄いブルーの彼の目を、わたしはとても美しく、とてもロマンチックだと思った。
「これまで、自分を抑えるために顔をまともに見られなかったことを許してほしい。
おれには騎士団長という立場がある。
きみが成人するまで待っていた」
「え……?」
エリオット様がわたしの手を、包み込むように握ってくれた。
あったかい。
とても大きくて、あったかい手だった。
そして彼は、わたしに告白した。
「おれはきみがずっと好きだった。
結婚してくれないか?」
身体が震える。
断る理由なんてひとつもない。
「はい、わたしもずっと好きでした。
何度も何度も助けてくださったあなたは、わたしの英雄です」
「ああ、これからも守りつづけてみせる。
いままでだって、絶対にきみをほかの男に渡さないために頑張ってきたんだから」
そういって彼は笑った。
これまで見たことがない、エリオット様の笑顔。
みんなを同じように守っているとばかり思っていたのに、まさか、わたしだけ特別だったなんて。
わたしは高揚感で頬が真っ赤になった。
「おい、おまえら!
おれの屋敷でなに勝手に求婚したりしてんだ。
こいつはおれが買ったんだから、そんな勝手なことできるはずがないだろう」
「なにを言ってる」
エリオット様がわたしを引き寄せ、そのまま、たくましい両腕で抱き抱えてくれた。
「アイリーンの意思は確認したのか?
おとなの婚約は親が勝手に決めることはできない。
アイリーンが選んだのはおれだ。
このまま戯れ言をいいつづけるようなら、おれが裁くことになる」
彼の言葉を聞いて、男は押し黙るしかなかった。
そうだ、これからはわたしが決めることができる。
わたしはエリオット様に抱かれて運ばれながら、男を振り返って言った。
「恨むならわたしの父を恨んで。
もうわたしは家に戻らないから、あの男のことはどうしてくれても構わないわ」
すると、エリオット様が呟いた。
「これまでは、おれが睨みを利かせていたから無事だっただけだ。
あの男はあちこちから恨みを買っている。
数日のうちに晒し首になることだろう」
そして――
ついに親と決別したわたしを祝福するように、エリオット様はわたしをぎゅっと抱いて、優しく優しく口づけをしてくれた。
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