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第二部 エリザと記憶

03

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「はい。エレノア様のお姉様ですね。わかりました、少々お待ちください」

 ジョーデン侯爵の屋敷を訪れると、感じのいいおばさんの使用人が取り次いでくれた。
 体型と人柄の両方で『丸み』を表現しているような丸っこい印象の人だった。

 門前払いの可能性も考慮していたあたしは、この時点でちょっと安堵。
 使用人から「エレノア様」と呼ばれているなら、待遇は悪くなさそうだ。

(いくらなんでも殺されてるってことはないでしょ。あの筋肉ったら)

 でも――


「エレノアは具合が悪くて伏せっている。申し訳ないが面会は遠慮してほしい」


 ……え?
 奥から出てきた金髪碧眼のイケメンが、にべもなく言い放った。

 白を基調とした清澄で立派な身なりをして、胸には十字架のアミュレットをつけている。
 この男がジョサイア・ジョーデンだろう。
 去年、父の急死にともないあとを継いだ、あたらしいジョーデン侯爵だ。

「具合が悪いってそんな。それなら余計に会わないわけいかないんですけど」

 じろりと、全身を見られた。

 あ、そういえばあたし、着の身着のままだ。
 人に会わない事務仕事をしているせいで、いろいろと無頓着になっていて。
 両親も慣れっこだから、まるで意識していなかった。

 着ている上着だって、もうこれ、何年着ているやら。
 って、すごい見てる。
 いかんいかん。

「……あはは。王宮で働いているんです。今これ、ブームになってて」
「ブーム? なるほど、宮廷勤めですか。失礼いたしました。ここでは何ですから、応接室のほうへお入りください」
「あ、はい。ありがとうございます」

 侯爵が敬語になった。
 宮廷勤めというステータスが、こんなにも効果的だとは意外や意外。
 有力貴族から見れば王の近くにいるってだけで丁重に扱うべき対象になるのかもしれない。

 給料のよさと、書物がいっぱい読めることだけで選んだ職業だったのに……。

(あたしってもしかして成功者の部類?)

 すこし浮かれながら応接室に通された。
 若干待たされ、そこで出された高そうな紅茶を楽しんでいると、


「エレノアのお姉さんですって? 遠いところを、ようこそお越しくださいました」


 まるでお人形。
 そんな形容は今このときのためにあると思った。
 燃えるような紅い目をした美しい金髪の女性が、優雅にあたしの向かいの席に座った。

(これがブランドン家の忘れ形見――)

 ディオンヌ・ジョーデン。
 あたらしいジョーデン侯爵の結婚相手だ。

 華美になりすぎないけど華やかさの感じられる、とても上品な、桜色のドレスを着ている。
 おしゃれのことはまるでわからないあたしだけど、美しさに、一瞬で心を持っていかれた。

「はは……。正装していなくて、すみません」
「いいえ、すてきよ?」

 恥ずかしい……!

 生まれて初めて、おしゃれじゃない自分を恥ずかしく思った。
 美しさはときに暴力だ。

 作家が100人いれば、100人全員が彼女をヒロインに選ぶだろう。

「なんかもう、すみません……」

 繰り返し謝るあたしを見て、ディオンヌはくすっと少女のように笑った。
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