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第一部 ディオンヌと仮面

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 エレノアは窓の外の美しい庭を眺めながら、カップの紅茶をゆっくりと飲み干しました。
 空になったカップを見てわたしが近づくと、

「ジョーデン侯爵のお加減はどうかしら?」

 視線を外に向けたままの彼女がぽつりと言いました。
 突然のことに、心臓がどきりと脈打ちます。

(独りごと……?)

 わたしはディオンヌではなく、使用人です。
 黙って給仕を続けることにしました。

 そんなわたしを横目で見て、エレノアは続けます。

「ブランドン大公爵が亡くなってから、寝込んでおられるという話よね。ライバルの不幸に心を痛めているのかしら。……それにしても、ちょっと長引きすぎだと思うのだけど」
「……」

 何か答えるべきでしょうか。

 旦那様はお優しいかたです、とか。
 張り合いがなくなったのかもしれません、とか……。

 でも、わたしが口を開くまえに、エレノアはハンドバッグを手に取りました。
 中に手を入れると、迷いなく何かを取り出し、

「おつらいのであれば、これが特効薬になるかもしれないけど」

 テーブルの上にぱさりと置きました。

 薬包――
 のように見えます。

「一般論だけど、偉くなればなるほど、最期のときを迎えるまでの苦しみって長くなるのよね。お金に困らないから何ヶ月も安静にしていられるし、お医者様もなんとか命を引き延ばそうとするし。たとえ本人が望んでいなくても、つらく苦しい状態がずっと続いてしまうの」
「……?」
「だから、そういうときはこれがいちばん。お医者様にもわからないわ。できるだけ速かに、苦しみを終わらせてくれる」

 最後のほうは、内緒話のように小さな声でした。

(苦しみを、終わらせる……)

 普通なら、完治するという意味になるのでしょうけど。
 どうもわたしは、違う意味のように聞こえてなりません。

 まるでその薬包の中に、死の毒薬が入っているかのように……。

 じっと聞いているわたしに背を向け、エレノアはさっと立ち上がりました。

「でも、アタシが寝室に行くといかにもって感じだわ。お医者様に内緒でお飲みいただくなんて無理ね。ジョーデン侯爵自身も内心ではこれを望んでいらっしゃると思うけど、残念。使い道がないから、もう捨ててしまいましょう」

 そして、「あっ」と初めて存在に気づいたふうに声をあげ、わたしを振り向くと、

「ごめんなさい。アタシ独りごとが多くって。そうだ、この紙の包み、貴女が捨てておいてくださる?」
「はい。かしこまりました」

 わたしは答えてすぐ、薬包を手のひらの内側に持ちました。
 隠せとは言われていませんが、まるで誰にも見られてはいけないかのように。

 そんなわたしを見て、エレノアはにこっと微笑みました。

「取り扱いには充分気をつけてね。あとは貴女に任せるわ」
「はい……たしかに承りました」

 わたしは、手の中の薬包が汗で湿らないよう、できるだけ平静を装いながら、エレノアの帰り支度に取り掛かりました。
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