上 下
18 / 19
3641

02 天罰

しおりを挟む
 ジャマル様の連れてきた兵士たちが殺到し、ルチア王女の私兵がたちまち拘束される。
 私を斬ろうとしていた剣は、激しい音を立てて床に落ちた。

「な、なにをするの。
 ジャマル、なぜあなたがここに!?
 この売女を追ってきたの?」
「追ってきたとは人聞きの悪い。
 この国で待ち合わせただけだよ。
 親愛なるガスパラ王に、ぼくの妻となる女性を紹介したくてね」
「なっ……!」

 王女の顔色が変わった。
 自分がハメられたことに、ようやく気づいたようだ。

 私はジャマル様のそばに立ち、彼女に言う。
 庶民だけど、できるだけ優雅に笑って。

「ジャマル様のご友人と伺っておりましたので、私もルチア様にご挨拶をと思ったのですが……。
 どうやらお気に障ったようで失礼いたしました。
 でも、殺そうとなさるのはあんまりではありませんこと?
 見た目どおり、蛇のようなお方なのですね」

 私の挑発は効果てき面だった。
 驚きで血の気の引いていたルチア王女の顔が、みるみる真っ赤に煮えたぎってくる。

「あなた、ねえ……!
 もう絶対に、ぐちゃぐちゃにしてやるんだから!」

 落ちていた剣を拾うと、私めがけて斬りかかってきた。
 が、ジャマル様が腰の剣を抜き、まるで子どもに稽古をつけるように軽くあしらう。

「ジャマル! そいつを庇うの!?」
「当たり前だろう。
 ぼくの愛する婚約者だ」
「アタシは?
 アタシのことは愛してないの?」

 剣戟の音が止んだ。
 ジャマル様が王女の手首を掴んだのだ。

 そのまま捻ると、剣は再び床に落ちる。

「愛しているわけないだろう?
 ルチア姫、あなたはただの異常者だ。
 ……ガスパラ王、どうなさいますか?」
「えっ?」

 ルチア王女の驚く声が響くと同時に、扉の陰からガスパラ王が姿を見せた。
 ジャマル様に手首を拘束された娘を見て、沈痛な表情で言葉をしぼりだす。

「ルチアよ……残念でならない」
「お父様、これには事情が!」
「黙りなさい。
 幼きころから知能は高かったが、そこに正しき精神は育たなかったらしい。
 おまえを牢に入れ、二度と太陽の下に出さないことを、ここに誓おう」

 無期刑。
 ラムバスタ王太子の妻となる私を殺害しようとした罪人に、その刑罰が申し渡された。

 が、

「そんなことさせるものですか!
 みんな、みんな殺してやる。
 どうせリセットすれば、なにもかもやり直せるんだから!」

 王女は細い身体をよじって咆哮のような雄叫びをあげる。

「この声を聞いたアタシの兵士、全員蜂起よ!
 お父様もジャマルも、このあばずれも、全員殺せ!
 そして最後にあの占い師を殺すのよ!」

 狂ったような高笑いが響きわたる。
 本当に狂ったのかもしれない。

「殺せ殺せ!
 アタシをハメたやつらは全員死刑よ!
 さあ、早く全員で暴れなさい!」

 ……だが。

 その声に応える兵士は、どこにもいなかった。

「ど、どうしたの……?
 アタシの私兵はどこに……」

 ジャマル様はよほどうるさかったのか、手首を掴んだまま彼女に足払いをし、床に押さえつけた。
 ぐげっ、という無様な声が聞こえる。

「ルチア王女、あなたの私兵はそこで捕縛されているふたりで最後だ。
 あとは全員、すでに囚われの身となっている」
「な、何十人いると思ってるの?
 全員なんてありえないわ」
「あなたのいう占い師が、名簿を作ってくれていたんだ。
 何度も何度も、うかつにリセットするからこういうことになる。
 リセットの基準がゆるすぎたんだよ」

 それを聞いた王女は、床に額を打ちつけて悔しがった。

「くそっ、くそっ!
 せめてどうにか、占い師だけでも殺さないと。
 事故でもいい、とにかく命を――」
「それは無理だ」

 冷たく言い放つジャマル様に、血のにじんだ額の王女がハッと顔をあげる。

「無理ですって?」
「ああ、占い師オルガはもう死なない。
 彼女は女神であったことを知ってから、氷が溶けるように記憶が戻ってきた。
 ぼくらにお別れを言って、いまはもう座に戻ったよ」

 リセットは、できない。
 ジャマル様がはっきりそう告げると、ルチア王女はがっくりと床に顔を伏せ、それきり黙った。

 もう逃げ場がないことを悟ったのだ。

「ルチアを牢へ運べ」

 ガスパラ王の命令する声の無感情な響きが、王女の未来が望みのない暗黒であることを示していた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

スキルがキモいという理由で王子から婚約破棄をされた巫女が実家に帰った結果王国が消滅した話

かにくくり
恋愛
 代々優れた巫女を輩出してきたエルリーン伯爵家の令嬢シルヴィアはある日婚約者でありサンクタス王国の第一王子ラングの部屋に呼び出されて一方的な婚約破棄と王都からの追放を告げられる。  シルヴィアは自分に巻き込まれる形で追放処分となった第二王子のリストリアを連れて実家へ帰り穏やかな日々を過ごしていたが、やがてシルヴィアがいなくなった事で王都では様々な問題が勃発する。  裏でラングを唆していた聖女レイチェルには問題を解決できる力はなく、やがて王都の民の不満が爆発する。  国が回らなくなったラングはシルヴィアを呼び戻そうとするが時既に遅く──  小説家になろうにも投稿しています。

出世のために婚約破棄され殺された私は、誰かのカラダに憑依し全く違う人生を歩み、幸せを掴む

青の雀
恋愛
死後、もし今の記憶をもったままで、誰か別の人のカラダに憑依したら? 今までとは、違う人生を歩めるのでは? 異世界バージョンと現代バージョンを書きたいと思います。 異世界バージョンは、この前書いていた浮気相手の娘に転生するからヒントを得て、スピンオフのような?違うような?名前と設定は同じだけど、ちょっと違うものを書いていきます。 異世界編、完結しました。 気が向いたら、また現代編も書きたいです。 現代バージョンは、丸の内OLの婚約者が上司の娘と浮気して、婚約破棄されたうえで、交通事故のひき逃げに遭い、死んでしまうのだが、霞が関OLのカラダに憑依、監督官庁から睨まれ、上司と元婚約者が左遷になる。

【完結】聖女が追放された時の対処法◈まとめ

まゆら
ファンタジー
近頃、やたら追放されてしまう聖女様達。 あの聖女が追放された場合は? 聖女も色々ですからね。 ざまぁするのか、しないのか? おとなしく追放されてしまうのか? 気になるあの聖女様が追放された場合を短くまとめてみました。 出演予定の聖女様は、転生もふもふと追放された聖女…に出てくる方々です!

婚約破棄サバイバル

夜桜
恋愛
 婚約破棄から始まるサバイバル。婚約者であり公爵のヘイムと共に船旅をし、無人島に流れ着く……令嬢マリナは脱出を考える。

聖女はあと三回ループできる

夜桜
恋愛
 聖女ミラは、どのような場面においてもループ可能な聖女だった。自分の望む未来を進むためにひたすらループしていたが、ついに『お告げ』によってあと三回しかループできないという事が判明する。  婚約破棄をされる前に自分からして、救いようのない国を出て行く。

姉に婚約者を奪われましたが、最後に笑うのは私です。

香取鞠里
恋愛
「カレン、すまない。僕は君の姉のキャシーを愛してしまったんだ。婚約破棄してくれ」  公爵家の令嬢の私、カレンは、姉であるキャシーの部屋で、婚約者だったはずのエリックに突如そう告げられた。  エリックの隣で勝ち誇ったようにこちらを見つめるのは、姉のキャシーだ。  昔からキャシーはずるい。  私の努力を横取りするだけでなく、今回は婚約者まで奪っていく。  けれど、婚約者が愛していたのは本当は姉ではなく──!?  姉も、そんな婚約者も、二人揃って転落人生!?  最後に笑うのは、婚約破棄された私だ。

私の誕生日パーティーを台無しにしてくれて、ありがとう。喜んで婚約破棄されますから、どうぞ勝手に破滅して

珠宮さくら
恋愛
公爵令嬢のペルマは、10年近くも、王子妃となるべく教育を受けつつ、聖女としての勉強も欠かさなかった。両立できる者は、少ない。ペルマには、やり続ける選択肢しか両親に与えられず、辞退することも許されなかった。 特別な誕生日のパーティーで婚約破棄されたということが、両親にとって恥でしかない娘として勘当されることになり、叔母夫婦の養女となることになることで、一変する。 大事な節目のパーティーを台無しにされ、それを引き換えにペルマは、ようやく自由を手にすることになる。 ※全3話。

処理中です...