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08 黒ずくめの陰謀

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 黒い服の連中も、オルガも、どっちの動きも素早かった。
 互いを見ていたのはほんの数秒。

「ダメ、あいつらどこかで見たことある。
 逃げるわ」
「え?」

 最初にオルガが動き、私の手を引っ張って街の外に向けて駆けだした。

「……追え!
 小さいほうを絶対に逃がすな!」

 5人いる男たちのうち3人が、まっすぐに追いかけてくる。

 小さいほうって私のことだ。
 背も小さいし胸も小さい。
 歩幅だって当然小さいから、最初にあった距離がどんどん詰められてしまう。

「オルガ、あいつらなに?
 捕まったらどうなるんですか?」
「わからない。
 これは占いで見たことがなかった展開だから。
 でもあいつら、どこかべつの占いで見たことがあると思う。
 どこか……どこだっけ……」

 走りながらぶつぶつ呟いているオルガに、私は言った。

「さっき言ってた、『眼』ってやつは?」
「それは時間をかけて全員把握しているから違うわ。
 それに、王太子の手の者なら、見つかりたくはないけど見つかっても危害は受けないし。
 そういうのじゃなくて、あいつらの顔見たら急に、血と火薬の臭いが漂ってきて……」

 あっ、とオルガが短く叫んだ。

「思い出しました?」
「うん、クーデターのときに見た顔。
 あの展開は、わたくしが王宮に匿われたときだけだと思い込んでいたけど……そっか、そうよね、火種はもともとあったと考えないと不自然か」

 後半は私に向けて語るのではなく、頭のなかで考えをまとめようとしている感じだ。

「わたくし、大きな勘違いをしていたのかも」
「え?」
「これまでの占いで見たそれぞれの事件……もしかして事故も?
 それらは個別に起こったんじゃなくて、全部なにか、ひとつの目的のために――」
「あっ、オルガ!」

 そこで、うしろではなく前方に男が現れた。
 背後の3人とは別に、残りのふたりが左右に分かれて建物の裏から回り込んできたのだ。

「この……!」

 オルガの決断が早い。
 どこから取り出したのか短刀を手に、立ちふさがる男のひとりに突撃した。

 が、相手が悪かったのだろう。
 彼女はあっという間に、刃物を持つ手をねじり上げられてしまう。

 背後の3人にも追いつかれ、私たちは完全に囲まれた。
 男たちのなかでいちばん偉そうに見える、さっき私たちを最初に見つめていた痩せぎすの男が、オルガを捕まえている仲間に言う。

「その派手なほうは殺すな。
 こっちのは、十中八九、当たりだ。
 もし違ってもどうにでもなる……ここで消せ」
「エレーナ逃げて!」

 オルガが叫んだ。
 こんなときだというのに、きらきらとした装飾をつけた占い師姿の彼女が叫ぶと、まるで舞台の芝居のようで現実感が薄い。
 私は柄にもなく、そのヒロインを助けたいと思ってしまった。

「む……無理です!
 オルガを置いて逃げるなんてできません」
「ちょっとエレーナ、そういうのはいいから。
 わたくしは大丈夫。
 なんでか知らないけど、あなたが結婚するまでは絶対無事って占いだから」
「でもこれ、占いにない展開なんですよね?
 だったらダメじゃないですか!」

 言いながら私は、オルガを捕まえている男に突進した。
 とにかく体当りしてでも彼女を解放して、一緒に逃げる。

「私はオルガと、旅を続けるんだから!」
「あっ、エレーナ後ろ!
 銃を持ってる!」

 パンッ。

「え……?」

 乾いた音がした。
 それが銃の火薬が弾けた音だと気づいたとき、私は、抱きしめられていた。

「オルガ……なんで……?」
「なんでってことはないでしょう。
 エレーナの死ぬところなんて見たくない」
「でも、オルガ……血が!」

 オルガを拘束していた男は、銃の射線上から動こうとして、一瞬、隙ができたのだろう。
 彼女はその隙を見逃さなかった。
 全速力で私と銃の男の間に入り、私をかばって撃たれたのだ。

「おい、そいつのほうを殺したら意味がない。
 急所には当たってないんだろうな?」
「おあいにく様、ばっちり当たってるわ」

 首領らしき男に向かって不敵な笑みを浮かべ、オルガが崩れる。

「わたくし、自分が苦しまずに死ねる撃たれかたには熟練しているの。
 急所にちゃあんと当たるように庇ったんだから」
「……くそ。
 おまえもう、そんなに」
「あら、それって失言じゃない?
 そんなに、なに?
 もしかしてわたくしのこと、なにかご存じだったりするのかしら」

 男たちはそれからひと言もいわず、風のように立ち去った。
 通りには息の浅くなったオルガを抱く、私だけが取り残される。

「オルガ……ごめんなさい……」
「謝るのはこっちのほうだわ。
 あなたと親密になれたことで舞い上がっちゃった。
 1年逃げても他人行儀のままだった占いもあるから、ほんとに貴重な関係だったんだけどなあ……」

 最後のほうは声が掠れて、ほどんど聞き取れない。
 泣きじゃくる私の腕のなかで、独り言のようにオルガはいう。

「エレーナ……そんなに悲しまなくて大丈夫。
 きっとこれも占いだから。
 すぐにほら……白くなって……」
「オルガ!」

 私の呼びかけも虚しく、腕のなかにいる彼女の鼓動は止まってしまった。
 呼吸をしていないのが嘘のような、美しい顔。
 寝ているだけだと思えば思えてしまいそうな、とても安らかな表情をしている。

「オルガ……やだよオルガ……」

 そして――
 涙でにじむ世界が、色を失った。
 まるで鉛筆で描かれたデッサンのように白い世界にある物体は縁取りだけとなり。

 やがてそれもかき消えて、すべては無となった。
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