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03 耳タコのろけ話
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私とジャマル王太子の婚約は極秘だ。
見染められたことさえ、父しか知らない。
一週間後の建国式典の式次第に結婚式を紛れ込ませ、そのときになってはじめて、相手が私であることが発表される手はずとなっている。
「そりゃあ、極秘といってもジャマル様のほうではいろいろと準備があるから、知っているひとはいます。
でも、オルガって王宮のひとではないですよね?
どうして知っているのか、そこだけはまず、私を納得させてください。
なにを話すにしても、まずそこからです」
厳密には、ジャマル様と出会ったときに一緒にいたお付きのひととか、そのあと恋文を届けてくれたひととか、いるにはいるけど。
そこらへんは伏せて、オルガの反応を見た。
彼女は――
この展開は読めていたとばかりにうなずき、語った。
「わたくしが占い師だから、という答えだけでは納得してくれなさそうね。
じゃあ、これならどうかしら?
あなたは二ヶ月まえのある雨の朝、隣町からの帰り道、街道で王太子一行とすれ違った――」
オルガが語りはじめたのは、私とジャマル様の出会いのシーンだ。
馬車の車輪に不運にも小さな獣がぶつかった。
その悲しい鳴き声を聞いた私が振り返ると、ジャマル様が馬車から降りて、慌ててその獣を抱き上げているところだった。
残念ながら獣は息をしていなかった。
うなだれた彼は、近くの大きな木の下に穴を掘り、獣をそこに埋めて弔った。
お付きのひとたちは制止したにもかかわらず、だ。
私はそこに居合せ、その埋葬を手伝った。
そして、獣の血と雨と泥で汚れたジャマル様の服を見て、隣町から買い付けてきたばかりの服を一着、献上したのだ。
彼が着ていた服とはほど遠い庶民の服だったが、彼は怒りもあきれもせず、ただ感謝してくれた。
「それで、そのときの笑顔が太陽みたいだったと思い出していたところに、その王太子からラブレターが届いたのよね?
運命を感じて、そのとき恋に落ちた。
身分違いの恋に臆しながらも。
いつもはのほほんとしている娘が真っ赤になったり真っ青になったりしているのを見て、お父さんが慌てて食あたりの薬を持ってきたとか――」
「わー! わー!
もういいです、わかりました!」
まさか私自身のそのときの気持ちまで知っているなんて。
それってもう私じゃん。
占い師、怖すぎる。
「そこまで知っているならもう疑いません。
オルガは超一流の占い師で、過去も未来もなんでもわかる力を持っているのですね」
「まあ、そんなところ。
とくにあなたと王太子の話なんかは、もう耳にタコってくらい聞いてるから。
耳タコよ耳タコ」
占いというものは知りたいときに知りたいものだけを視るのだとばかり思っていたが、オルガの口ぶりではどうも違うようだ。
神からの啓示を一方的に聞かされる感じだろうか。
耳にタコができるだなんて。
「とにかく、オルガ」
神妙な面持ちで彼女に向き合う。
「あなたを本物の占い師と信じて聞くことにします。
私とジャマル様が結婚すると、なにかよくないことが起こるということですか?
もしかして、誰か殺されたり……」
最初に来てすぐ、オルガは「最悪の運勢」と言った。
それは身分違いの恋をした私が暗殺されるのかもしれない。
もしくは、私なんかを拾ったジャマル様が、それをよく思わない不届きものから狙われるのかもしれない。
どっちにしろ最悪だけど、私はジャマル様に悪いことが起こるのだけは防ぎたい。
婚約するにあたって、いちばん不安だったのはまさにそのことなのだ。
だからそんな私をすこしでも安心させようと、彼は結婚当日まで婚約を内緒にすることにした。
阻止しようとする勢力がいたとしても、彼らに隙を与えず、その場で結婚してしまおうというわけだ。
私はオルガの形のよい唇が開くのを待った。
すると彼女は、
「ああうん、察しがよくて助かる。
あなたたちが結婚すると、最悪なことが起こるの。
……わたくしの命が危なくなる」
え、そっち?
私たちじゃなくて、オルガの命?
見染められたことさえ、父しか知らない。
一週間後の建国式典の式次第に結婚式を紛れ込ませ、そのときになってはじめて、相手が私であることが発表される手はずとなっている。
「そりゃあ、極秘といってもジャマル様のほうではいろいろと準備があるから、知っているひとはいます。
でも、オルガって王宮のひとではないですよね?
どうして知っているのか、そこだけはまず、私を納得させてください。
なにを話すにしても、まずそこからです」
厳密には、ジャマル様と出会ったときに一緒にいたお付きのひととか、そのあと恋文を届けてくれたひととか、いるにはいるけど。
そこらへんは伏せて、オルガの反応を見た。
彼女は――
この展開は読めていたとばかりにうなずき、語った。
「わたくしが占い師だから、という答えだけでは納得してくれなさそうね。
じゃあ、これならどうかしら?
あなたは二ヶ月まえのある雨の朝、隣町からの帰り道、街道で王太子一行とすれ違った――」
オルガが語りはじめたのは、私とジャマル様の出会いのシーンだ。
馬車の車輪に不運にも小さな獣がぶつかった。
その悲しい鳴き声を聞いた私が振り返ると、ジャマル様が馬車から降りて、慌ててその獣を抱き上げているところだった。
残念ながら獣は息をしていなかった。
うなだれた彼は、近くの大きな木の下に穴を掘り、獣をそこに埋めて弔った。
お付きのひとたちは制止したにもかかわらず、だ。
私はそこに居合せ、その埋葬を手伝った。
そして、獣の血と雨と泥で汚れたジャマル様の服を見て、隣町から買い付けてきたばかりの服を一着、献上したのだ。
彼が着ていた服とはほど遠い庶民の服だったが、彼は怒りもあきれもせず、ただ感謝してくれた。
「それで、そのときの笑顔が太陽みたいだったと思い出していたところに、その王太子からラブレターが届いたのよね?
運命を感じて、そのとき恋に落ちた。
身分違いの恋に臆しながらも。
いつもはのほほんとしている娘が真っ赤になったり真っ青になったりしているのを見て、お父さんが慌てて食あたりの薬を持ってきたとか――」
「わー! わー!
もういいです、わかりました!」
まさか私自身のそのときの気持ちまで知っているなんて。
それってもう私じゃん。
占い師、怖すぎる。
「そこまで知っているならもう疑いません。
オルガは超一流の占い師で、過去も未来もなんでもわかる力を持っているのですね」
「まあ、そんなところ。
とくにあなたと王太子の話なんかは、もう耳にタコってくらい聞いてるから。
耳タコよ耳タコ」
占いというものは知りたいときに知りたいものだけを視るのだとばかり思っていたが、オルガの口ぶりではどうも違うようだ。
神からの啓示を一方的に聞かされる感じだろうか。
耳にタコができるだなんて。
「とにかく、オルガ」
神妙な面持ちで彼女に向き合う。
「あなたを本物の占い師と信じて聞くことにします。
私とジャマル様が結婚すると、なにかよくないことが起こるということですか?
もしかして、誰か殺されたり……」
最初に来てすぐ、オルガは「最悪の運勢」と言った。
それは身分違いの恋をした私が暗殺されるのかもしれない。
もしくは、私なんかを拾ったジャマル様が、それをよく思わない不届きものから狙われるのかもしれない。
どっちにしろ最悪だけど、私はジャマル様に悪いことが起こるのだけは防ぎたい。
婚約するにあたって、いちばん不安だったのはまさにそのことなのだ。
だからそんな私をすこしでも安心させようと、彼は結婚当日まで婚約を内緒にすることにした。
阻止しようとする勢力がいたとしても、彼らに隙を与えず、その場で結婚してしまおうというわけだ。
私はオルガの形のよい唇が開くのを待った。
すると彼女は、
「ああうん、察しがよくて助かる。
あなたたちが結婚すると、最悪なことが起こるの。
……わたくしの命が危なくなる」
え、そっち?
私たちじゃなくて、オルガの命?
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