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02 昼食をともに

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「待って、すこしだけ待ってください」

 話を続けようとする占い師を制し、私は店のドアの外に休憩中の札を提げた。
 本日お渡しのお客様はすでにご来店済みだったし、ちょうどそろそろお昼の頃合いだったのだ。

「これでよし、と。
 じゃあ、奥の部屋で話しましょうか。
 サンドイッチあるけど食べます?」
「なにこの展開……」

 目を丸くしている。
 まあ、それはそうだろう。
 いきなりやってきて婚約破棄を迫るなんて、迷惑千万な行為である。
 歓待を受けるいわれなどないという自覚は、どうやら彼女にもあったらしい。

(でも私、気に入っちゃったから)

 客商売をして日は浅いが、人を見る目には多少の自信があった。
 たしかにこのひとのやっていることは無茶苦茶だけど、その根底にはたぶん、悪意や害意があるわけではない。
 たぶん、だけども。

 私は店舗の奥にある、キッチン兼ダイニングルームに彼女を案内して座らせると、ひとりで食べるにはすこしだけ……いやだいぶ多いサンドイッチの皿をテーブルに置いた。

「あのですね、べつに私は大食いじゃないんです。
 いつもはお昼に半分くらい食べて、あとはおやつとかそういう感じで、暇なときにちょこちょこつまむというか……。
 あはは、まあ、一緒に食べましょう!」
「エレーナ、あなた太るわよ」

 うわっ。
 思わず私は自分の身体を見た。

 占い師さんみたいなすらっとした身体じゃなくて、背が低くてちんちくりんな感じだ。
 いまはまだ太っているとは思わないが、たしかに、この体格でたくさん食べていたらそのうち太りそうな気がする。

「そ、それって占いで見えるんですか?
 未来の私って太ってます?」
「ああー、占いか。
 ごめんごめん、さっきのは軽口。
 未来のあなたは太ってないわ。
 たまーに気にしてダイエットするけど、どうせ続かないし、でも周りから見たらべつに太ってないって感じ」
「詳しっ!」

 けど、ありがち!
 その未来、なんだか私にも見えてきた。
 こんな想像でいいなら私も占い師になれるかもしれない。

 思わず笑ってしまう。
 すると、彼女もリラックスしてくれたようで、タマゴのサンドイッチをひと切れ食べてくれた。
 美人さんの薄い唇に吸い込まれると、私がいつも食べているただのサンドイッチでも、貴族の優雅な食事に見えるのだからふしぎだ。

 ちょちょんと上品に口を拭いて、彼女はいう。

「いきなりこんなに信用してくれて、嬉しいけど、ちょっと驚いちゃった。
 わたくしの名前はオルガ。
 ねえ教えて、なんで信じてもらえたわけ?」
「ん~」

 完全に信じたわけじゃないんだけど。
 そこは説明しづらいから、まあいいか。

「さっき噛みましたよね。
 あれが決め手といえば決め手です」
「はー、そんなことってあるのね」

 じゃあ今度からまず噛もう、とか呟いている。
 わざとやったら意味ないと思うけど。
 そんな天然な感じも好ましいから私は黙っていた。

 オルガと私は、結局ふたりでサンドイッチを平らげた。

「ふたりで食べたからカロリー半分ですね」
「あなた、三分の二は食べてたわよ。
 もっとかも」
「半分です!」

 なんか、楽しい。
 初対面なのに、オルガがうまく私を扱ってくれているせいか、ずっと一緒にいるみたいに心地がいい。

 占い師という職業柄、彼女が身につけているテクニックなのかもしれない。
 そう思うと、この安心感は逆に危険かも……?

 すこしは警戒したほうがいいかもしれないと思ったところで、オルガはまじめな顔で座り直した。
 最初の話に戻るつもりだ。

 私は彼女が口を開くより先に、質問した。

「オルガ、婚約破棄はともかく。
 私がジャマル様と婚約してること、なんで知ってるんですか?
 これって極秘で、当日まで内緒なんですよ」
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