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Ep.4-3《負けられない戦い》

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<お詫び>
しばらくの間、間違って少し先の内容を投稿してしまっていました。
本当に申し訳ありませんでした。

今はもう本来のEp.4-3の内容に書き換えたので、引き続き黒ずきんのアーニャをお楽しみください。

2022/04/30

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

レオは頬に流れる血を拭い、明らかに先ほどまでとは違う目つきでアーニャを見つめる。
追い詰められた状況からあの飄々とした態度のレオに一撃を入れたことで、観客は沸きに沸いていた。

「見てくださいリリア様! アーニャさんがあのレオから一本取りましたよ!」
「さ、流石はアーニャさん、リリア様からお情けとはいえ一勝を勝ち取っただけはありますわね!」
「おっしゃー、そのまま金髪クソガキを血祭りですわー!」

そんな観客席の一角で、リリアの取り巻き達が身を乗り出してアーニャに声援を送る。
比較的男性比率の高い観客層の中で、その一角は少し浮いた空間となっていた。

「はえ~、やっぱアーニャちゃんの戦闘センス並みじゃないわ」

そして当のリリアは彼女たちの少し後ろの席に座り、ポップコーンを頬張りながら試合の行く末を眺める。

「はい、コーラですわ。リリア様」

そんな喧騒で盛り上がる中、落ち着いた様子の一人の取り巻きがリリアにコーラを手渡す。

「あんがと、やっぱ仮想空間でもこういう席ではコーラとポップコーンだよね」

リリアはそれを受け取るや否やストローに口をつける。
ポップコーンの独特の歯ごたえや炭酸飲料の口内でシュワシュワと弾けるその感覚は、まさに現実そのもの。
現実世界での空腹が満たされることはないが、感覚だけは満足感を覚えてしまう。
それほどまでにフロンティアの感覚フィードバックは発達している。

「それにしても、リリア様が他の誰かに興味持つなんて珍しいですわね」

他の取り巻きと比べると少し落ち着いた様子の彼女は、リリアの隣にちょこんと座る。

「そうかな、もともと私って強くてかわいい女の子大好きじゃん? まあ最近は私の興味を引くような子がなかなか出てこなかったってのもあるけどね」

「ああ、そうでしたわね。リリア様がミヨ様の弟子になったのもそれが理由でしたっけ」

「そうそう、それなのに最近のミヨさん、イベントの運営だのなんだので全然戦ってくれないんだもん。このままだと私、アーニャちゃんに浮気しちゃうよ~ん? いいのかにゃ~?」

リリアがそんな愚痴をこぼしているとちょうど観客席の反対側から冷たい視線を感じ、目が合う。
そこにいたのはまさに今、話題にしていた人物だった。

「って、なんだミヨさん来てるじゃん、ちょっと挨拶してくるね」

「はい、いってらっしゃいませ」

リリアは立ち上がり、ポッケに手を突っ込みながらミヨの席の方へと歩いていく。

「ん、あれ誰だろ?」

てっきり一人で観戦しに来ているのかと思いきや、どうやらミヨは隣に座っている少女と語り合っているようだった。
その少女に見覚えはないが、明らかに黒ずきんのアーニャに影響を受けただろう衣装を身に纏っていた。
やや周囲の雰囲気に怯えているのか体が縮こまっていて、視線もキョロキョロと安定しない。
おそらくこのベータアリーナに普段から通っている人間ではないのだろう、とリリアは瞬時に察する。
仮想世界では自分の体をどんなアバターにも設定可能とはいえ、リリアは所作の一つ一つから相手がどんな人間かを見抜く能力に長けていた。
どこか幼さを感じるその振る舞いから、あの少女は現実世界でも同様の性別、年齢なのだろうというのがリリアの見立てだ。
断定はできないが。

(な~んか不穏な空気を感じる……やっぱ帰ろっかな~)

と一瞬感じたものの、すぐ近くに来たところでミヨと目が合い逃げれなくなる。

「……っと、ミヨさんお疲れさまです」

とりあえずは少女のことは一旦無視して、リリアはミヨに軽く頭を下げた。

「あら、こんにちはリリア。今日は二人でアーニャちゃんの勇姿を見に来ていたの、えっと彼女は……」

「さ、サナです! えっと、私アーニャさんのファンで、アーニャさんが実は裏でレオ選手へのリベンジを行なっているって聞いて、ここに連れてきていただきましたっ!」

キラキラと輝く目で元気よく自己紹介をする少女を前に、リリアはややたじろぐ。
ここ、ベータアリーナがどんな場所なのか、何一つ説明を受けていない様子だ。
そんな少女の横で、普段はほとんど見せないニコニコした表情で微笑むミヨ。
なんて性格が悪いのだろう、とリリアは心の中で思う。

「私はリリア、よろし――」

「彼女は一つ前の戦いでアーニャちゃんと戦った選手なの。そうよね、リリア?」

リリアの声に被せるようにミヨがそう告げると、キラキラとした視線の対象がリリアに向けられる。

「え、リリアさんもフロンティアマッチの選手なんですか!? どうでしたか!? アーニャさんと戦った感想は!?」

「え、えっと……強かったよ。試合状況に応じて臨機応変に戦略を組み立てる能力が高くて…………えーっと、もう少しで勝てるかなーと思ったけど負けちゃった」

「そうなんですか! リリアさんとの戦いも見たかったなぁ……」

(見たら絶句すると思うけどなぁ……)

リリアはサキュバス化の能力でアーニャのことを責め尽くした先の戦いを思い出す。
あんなほぼストリップショーのような戦い、表のアリーナの戦いしか知らない人間が見たら卒倒してしまいかねない。

「あの、よければ一つお聞きしたいのですが……………アーニャさんと戦った経験のあるリリアさんから見て、この勝負どちらが勝つと思いますか……?」

そう自分で質問をしておきながら、サナの表情は少し不安げだった。
アーニャのことを応援しているとは言え、想像以上の能力を持つレオを見て不安を感じているのだろう。

「うーん、基本的な選手としての能力はレオの方が上、対してアーニャちゃんは機転が利く部分がある、けど……」

「……けど?」

リリアはそれ以上先の言葉を言うか否か、少し悩んで口を閉じる。

「……いや、なんでもない。私の見立てでは五分五分ってとこかな」

「な、なるほど……!」

「ほら、私と喋ってないでアーニャちゃんのこと応援してあげな?」

「そ、そうですね! アーニャさんファイトー!」

そう促すとサナは一瞬で応援モードに切り替わり、戦いに釘付けになっていた。

「ふふっ、きっとサナちゃんの応援、アーニャちゃんにも届いているわよ」

そんなサナの隣で、まるでお姉さんのように微笑むミヨ。
彼女の内面を知っているリリアは、その笑顔に寒気を感じる。

(そ、それでは私はこの辺で~)

そして二人が戦いに見入っている間に、リリアは逃げるようにその場を後にした。
観客席の中で人が密集していない壁際の辺りまで来ると、そこに背を預ける。

「はぁ……私もSっ気ある方だと思うんだけど、流石に子供にトラウマ植え付けるのはちょーっと気が引けるんだよなぁ…………もしもアーニャちゃんが負けたら、その時はなんとかメンタルケアして上げるかぁ……」

ため息をつきながら観客席のモニターに視線を移すと、苦戦するアーニャの表情が見えた。
まっすぐで勝利を諦めていない目。
ベータアリーナにおいて、彼女のような真っすぐな目をしているものはほとんどいない。
リリアは彼女のそんなところに魅了されたのかもしれない。

「個人的にはアーニャちゃんのこと、応援してるんだけど……」

だがリリアの瞳は現実を見据えていた。

「奇襲は最初の一撃で決めるべきだったよ。特に、レオ相手には……」

誰に言うでもなく、そっと呟く。
リリアの目からすれば、それほどまでにレオとアーニャの間には実力差があるように見えた。


 ***


相手を牽制するように戦場を走り回り、アーニャは新たなアイテムボックスに手を掛ける。

「何かいいもの手に入った?」

「――ッ!」

背後から迫り来るレオの蹴りを、アーニャは咄嗟にアイテムボックスの中に入っていた木刀で防ぐ。
だがその渾身の一撃を、咄嗟に取った防御体勢では受けきることができず、バランスを崩したアーニャはそのまま地面を転がる。

「木刀かぁ、一般的にはハズレ武器だけど俺は結構好きだよ。一撃で相手を倒せないから苦しむ相手の顔を長く見れるんだよ」

「うっ、くぅ……っ」

(想像以上に早くて重い……っ)

レオに一撃を与えてからというもの、レオの動きが明らかに違う。
挑発的な発言はあるものの、その動きは相手を倒すために特化した行動に変わりつつある。
それはアーニャのことを遊び相手ではなく、対戦相手として認めた証拠だろう。
その分アーニャはレオの隙を狙うことが困難になっていた。

ハンドガンの残弾数は1つのみ。
これを使うのは最後の手段だ。
だからアーニャにはハンドガン以外の殺傷力の高い武器が必要だった。
すぐにでも新たな武器を取りに他のアイテムボックスの方へと走り始めたいところだが、何をしてくるか分からないレオから目を離すこともできない。
そんなレオが急に、両手を強く握りしめてファイティングポーズをとる。

「でもやっぱり俺は素手が一番好きかなぁ。フロンティアマッチのダメージ計算では、素手での攻撃は一番弱く設定されてある。それってつまり…………一試合の中で何度でも相手をボコれるってことだよね!」

軽くステップを踏んだ後、レオが一気にアーニャに接近する。

「くっ……!」

反射的にアーニャは手に持っていた木刀で応戦する。
木刀を勢いよく横に薙ぐと、レオはそれを最初から予測していたかのように体勢を低くしてかわす。
だからアーニャもそれに対抗し、屈んだレオの顔面に向けて勢いよく右足を蹴り出した。

「なっ……!?」

どうしてそんな体の動きができるのか、間近で見ていたアーニャにも分からない早業でレオは左手で蹴り上げたアーニャの太ももを掴んだ。
アーニャの体が、完全にレオの攻撃の間合いに入る。

「素手はダメージ計算上最も弱い技だけど、それとプレイヤーに与える痛覚フィードバックは全く別の話。例えば、グーでお腹を殴られれば……ッ!」

「んぐぅうう……ッ!」

腹部にめり込むレオの拳。
来ると分かっていても強い衝撃にうめき声を上げてしまう。

「胃液とかお腹の奥にあるもの全部出てきそうな感覚になるでしょ? じゃあ次は、パーで胸に勢いよく掌底ッ!」

「あぐッ……がひッ!?」

今度は胸の中心に強い衝撃が走る。
肋骨が折れるような音が体の内側から響き、同時に呼吸ができなくなる。

「どう、肺が潰れる感覚は? そして手刀で鳩尾を貫かれれば」

「ンぎぃッ、~~~~ッ!?」

もはや声にならない声が上がる。
アーニャは腹部を押さえながら、その場に崩れ落ちる。

「ンっ、うぐぅ……おぇ……っ」

骨も内臓も全部ぐちゃぐちゃになったかのような感覚が体の内側から渦巻いて、吐き気が止まらない。

「内臓が引きちぎれたみたいな感覚、苦しいでしょ? これでもう立てないよねっ!」

「ぐぁああ……ッ!」

トドメとばかりに、レオはうつ伏せに倒れるアーニャの頭を踏みつけた。
その瞬間、ゆっくりと立ち上がろうとしていたアーニャの体が動かなくなる。

『アーニャ選手ダウン! このまま立ち上がれずに終わってしまうのかー!?』

頭がクラクラして、意識が遠のく。
声援、罵倒、嘲笑、湧き上がる会場の喧騒が反芻して聞こえてうるさい。

レオ……少年の姿でありながら、明らかに格上の存在だと認めざるを得ない。
だが、だからと言ってこれは負けてもいい戦いじゃない。
この戦いで負ければ呪いを解く手段は失われ、アーニャはフロンティアアリーナでの試合に復帰できなくなる。
自分にかけられた呪いを解くために、自分を応援してくれるギルドのみんなやサナのために、どうしてもここで負けるわけにはいかなかった。

「まだ……まだぁあああああッ!!」

頬を地面につけたまま叫び声を上げ、視界に映らないレオに向けて木刀を振る。
その一撃をレオは軽くかわし、アーニャから数歩距離を取る。
そしてさっきまで地べたに這いつくばっていたアーニャは、木刀を支えにしてゆっくりと立ち上がった。

「ま、だ……終わってない……ッ!」

「へぇ……すごい、すごいよ君! そんな涙目になりながら戦う人初めて見た!」

よろよろの体で涙を流しながらも、アーニャは戦う姿勢を崩さない。

「最高のオモチャを見つけたかも、いやー昂ぶってきたなぁ」

心の底から嬉しそうな顔でレオが笑う。
アーニャの心が折れない限り、まだ戦いは終わらない。
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