弟、異世界転移する。

ツキコ

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1章

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「帰っていいですか?」

「ああ、実に愛らしい顔立ちだ。まさしく私の運命に相応しい。君には戦場ではなく私の隣がよく似合う。君もこの私の隣にいられることに心地よさを感じているだろう?」

「帰らせてください」

「声さえも愛らしいだなんて君はどこまで私を虜にするつもりなのか。その声が私のためだけに紡がれていると思うと堪らないよ。君の全てを私のものにできるなんて天上の喜びだよ」

「帰りたいです」

「ああ、そうだね。今すぐ帰ろう。私の城に、私の部屋に。いつまでも君と2人きりでそこにいよう。ああ、早く君と私の子どもが欲しい。子どもなんて邪魔だと思っていたが君の子なら欲しい。そのためにも早く帰ろうか」

「1人で!赤の陣営に!帰りたいです!」

一向にこちらの話を聞くつもりがないのか。
1人で長々だらだらと話し続けている。

それこそ本当に聞き流したくなるほどに。
それでも聞き流せないのは現在どこにも行けないからだ。

陣営のテントの中に設置されたやけに大きめの椅子。
そこに並んで座らされ、肩を抱かれている。
これが意外なことに全然解けない。

今すぐに帰してほしい。
切実に。

「何を言っているんだい?君の陣営は最初から、ここだろう?」

「え?」

「ずっと私と一緒だったじゃないか。まさか忘れたのかい?それでも構わないよ。私は君を愛しているからね」

「な、なにを、言ってるんですか?」

ずっと一緒だった?
忘れた?一体何を?

何か忘れているのだろうか。
覚えていないことがあるのだろうか。
例えばこの世界に来た直後のこととか。

「戸惑うのも無理はないよ。君はここから連れ攫われて赤の陣営にいたのだから。記憶が曖昧でも私は君の全てを受け入れよう」

抱かれている肩をぼんやりと見つめる。
紫色の靄がその手に纏わりついているように見えた。

あれはよくない魔力。
危険なものだ。

「大丈夫さ。記憶がないのは君のせいではない。これからはずっと私と一緒にいられるんだ。嬉しいだろう?」

魔法。
そう気づいた瞬間、靄が一瞬にして消え去る。
どうやら過保護スキルが発動されたらしい。

あれは何だったのか。
恐らく記憶操作の類いだと思われる。
纏わりついているように見えたのはケイの中に魔力を送れなかったからだろうか。

ちらりとその魔力源を見上げればじっと何かを探るようにこちらを見ていた。
その目には既視感があった。

あ、これはよくない。

「ああ、そうか。君は今ここで私のものだという証が欲しいんだね?君と私の心はもう繋がっていたと言うのか!」
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