弟、異世界転移する。

ツキコ

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「ん……」

寒い。

そう思い目を開ける。
まだ夜なのだろうか、視界は暗い。
ぼんやりとした視界がはっきりし始めた頃、ふと気づく。

ここ、外じゃないか?

自分が横たわっているのは確かに地面。
それに気づくとどんどん目が覚め、感覚が冴えていく。
慌てて起き上がり、周囲を見渡す。
どこを見たって木、木、木。
獣道の1つも見えない。

「ど、な…え…?」

どこここ、どうして、なんで。

動揺のあまり言葉にならない。
どうしてこんな場所にいたのか。
ゆっくりと深呼吸をし、ここに至るまでの経緯を思い出す。

ええと、どこから覚えてないんだ…?

いつも通り兄に学校まで送ってもらい、いつも通りに過ごした。
………うん、変わったことしてないよな。
帰り道もいつもの道をいつも通りに通った。
あ、でもそういえば…新しい店があるなって思ったんだよね。

ふと気になって足を止めたのは覚えている。
正確に言うとそこまでの出来事は覚えている。
つまりきっかけがあるとすればその前後であるはず。
あるはずなんだがまるで思い当たらない。

拉致…と考えるのも不自然だ。
突然森の中に放置するとは一体何故。
森の中に放置するにしろ、それはもう死体遺棄とかそういうレベルなんじゃないだろうか。

けれどどう見ても怪我はしていないし…
あり得る可能性を考えてみようとしてもいまいち決定打に欠ける。
外的損傷がないのに森の中に放置。

しかも周囲に人がいた形跡がない。
不自然に崩れている茂みもないし、無理矢理人が通ったような痕跡もない。
まるで上から直接置いたように周囲には不自然な違和感がない。

「はあ……」

思わず溜め息が溢れる。
ふと視線を下に落とした時、鞄が落ちていることに気づいた。
そして携帯があることを思い出した。
鞄を拾い上げ、制服のポケットを漁り携帯を取り出す。

「……圏外………」

そんな気はしていた。
というかそうだろうとすら思っていた。
ますますどうしたものか。
これでは兄に連絡を取ることすらできない。

このまま会えないのかな…

一瞬浮かんだ思考を叩き落とす。
じっとしていても得られる情報はないと判断してとりあえず移動してみることにした。

どうしてここにいるかはわからないが犯人が近くにいても困る。
なるべく音は出さないように慎重に森を進む。
最初は木に印をつけながら行こうかと思ったがすぐに意味がないと思い至る。

これだけ多くの木々があるのに同じ木に当たる確率は低いだろう。
つまり例え印した木が近くにあっても1本でもずれていれば気づけないということだ。
それに犯人がいた場合自分がいる場所へ案内していることになる。
それだけは絶対に嫌だ。

「………」

それにしても…
先程から景色が変わった感じがまるでしない。
森なのだから周りが木で覆い尽くされているというのは仕方のないことだとも思うけれど。

森なのだからいずれはどこかに出るはずだ。
たぶん、きっと。

坂ではないように思うから山ではないのだろう。
せめて携帯が繋がれば…そう思わずにはいられない。
兄に連絡を取ることさえできればあとはもう安心できるのに。

「はあ……」

本当に大丈夫なんだろうか、これ。
鞄を握り締めながら森を進む。
せめて道か川を見つけられればいいのに。
耳を澄ましても聞こえてくるのは鳴き声と木々の騒めきのみ。
ただ真っ直ぐ進む。
どこが出口かはわからないけれど、進まないよりはマシだと信じて。



 * * *



「うぅ…」

スニーカーでこの道は辛いし足が痛い。
それにどこにも道がない。
もう大分歩いたと思ったんだけど…いい加減心が折れそうだ。
それでも進まないと何もないのだから仕方がない。

休みたいけどこんな森で休んでも大丈夫なんだろうか。
野生動物が凶暴だったりしたらどうしよう。
先程から姿は見えず音しかしないというのも恐怖心を煽る。

日はすっかり落ちて周囲は暗闇に飲み込まれている。
このまま進む方が危険かもしれない。
でも安全な場所ってどこ。
地面にそのままというのはよくない。
じゃあ木の上…?
落ちたら怖いし登れるかわからないから却下。
なんとか、こう、カモフラージュ的なものを作れればいいんだけど。

ちょうどいいサイズの茂みないかな。
いやでもそれって巣の可能性も…
考えれば考えるほど駄目な点しか思い浮かばない。

そうして結局限界まで歩くことにした。
絶対休んだ方が効率的だとは思うが無理だ。
こんな場所で休むなんて無理。
せめて兄がいないと怖くて無理。

「にぃさぁーん…」

ぐすん
呼んだら来てくれないかな。
ああでも泣くのは体力を使うし水分も減るからよくないって何かで見たな…
目に浮かんだ涙を拭う。

最初よりも慎重に進んではいるけれど、夜の森というのは怖い。
がさがさと音がする度にびくびくしてしまう。
下を向きながらとぼとぼと歩いていた。

ああ月が明るいのかな…
足下はほんのりと照らされていた。
なんとはなしにふと上を見上げる。

「えっ」

思わず驚いてしまったのも無理はないと思う。
だって、月が2つもあるのだから。
よく見る普通の月と真っ赤な月。
これでも17年生きてきたつもりだったのだが月は2つあったのか。

「ははは…」

乾いた笑いが出るが正直言って限界だ。
何が限界ってそんなのあり得るわけがないから限界なんだよ。
つまり現実が受け入れられない。
一瞬でも浮かんでしまった、ここ本当に日本なんだろうかという疑問。
ふらりとその場に倒れてしまったのは許してほしい。
というよりもここでキャパオーバーして倒れてしまったのも仕方がないことだろう。
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