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第四章 国難

その二十七 馬鹿げた推測

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「……英霊の島に行った、だと?」


 アガラ―トの声が、ララティアの寝室に零れ落ちた。
 三年間の出来事を問われたテイルは、『英霊の島で武者修行をした』と答えた。
 首肯を返すと、アガラ―トだけでなくその話を聞いていた――目覚めたララティアを含む――が唖然とした表情で驚愕を示した。
 六人が長話をするには少々狭い室内を……沈黙が支配する。


「……よく生きていたな」


 ようやく口を開いたアガラ―トの言葉は、全員の思考と重なっていただろう。
 テイル自身もそれは同じだった。
 苦渋に満ちた顔つきのルンは、重々しく感じる唇を持ち上げ――


「ボクの……せい…?」
「違うぞ?」


 テイルは、ルンの罪悪感を一蹴した。
 怪物が蔓延る島へ向かったのは、あくまで自分の意思だ、と。
 表情は苦笑い、しかしその目は力強くそう物語っている。


「俺は後悔していない。強くなれた。やり遂げられた。感謝はあっても、お前を責めるわけないだろう……次は負けないぞ?」


 冗談混じり、微笑みながらの言葉が。
 心のどこかでいつも悩んでいたことを、ルンが抱えていた罪悪感おもいを。
 きれいさっぱり消し去ってくれるような、そんな感覚を抱いていた。
 いや、事実その感覚は間違っていなかっただろう。
 晴れ渡るように爽やかな気持ちというのは、こんな気分を言うのだろうか。
 ルンはそんなことを考えていた。


「とにかく……手っ取り早く言えば、英霊の島に行った。魔獣血石を食べた。そのおかげでララティア王女も治せた。そういうことだ」
「そう……お礼を言っておいた方がいいわね?ありがとう」
「どういたしまして」


 毛布をかけたまま、ベッドから体を起こした状態のララティアが礼を述べる。
 どこか素っ気ない態度。
 しかし先程までの表情と打って変わって、温かい笑みを浮かべた。
 本当に目の前の女性が過去、ルンを虐めていたのだろうかとテイルは疑問に思ったが、「今話すべきことでもないだろう」と言葉を飲み込む。
 ララティアの表情を見てルンが口を半開きにしていることを思えば、彼女もまたその態度に驚いたのだろう。


「ララティア!命を救ってもらったんだぞ?もうちょっと嬉しそうにしないか!」
「無理に表情を作ったって意味ないでしょう?」
「お前はいつもそうやって……」


 言葉とは裏腹に、アガラ―トの顔にも笑みが浮かんでいた。
 注意しようにも喜びが隠しきれない、そんな主の様子を見た傍らの騎士レインは苦笑している。

(――っと……危ない、忘れるところだった)

 その会話を聞いていたテイルは、忘れかけていた事実を思い出した。
 表情は、苦渋が滲んでいる。
 家族の会話に水を差すのは辛いが……と言わんばかりの様子。
 そんな元師匠に声をかけたのはルンだった。


「テイル、どうしたの?」
「あー……すまない……アガラ―ト、言わなきゃいけないことがある」
「……どうした?」


 首を傾げる国王。
 非常に言い辛い……言い辛いが……言わなければならなかった。


「あの『呪い』は……まず間違いなく、王女を殺すために仕掛けられたものじゃない」
「……何だとッ!?」


 アガラ―トがその意味を理解するには、数瞬を要した。
 呆然としたのはテイル以外の全員。

 ララティアの症状は『呪い』か『病気』か……その判別すらつかなかったのは、『呪い』というものの性質が関係していた。
 『魔法で造った毒物』。
 『呪い』は時にそう評される。
 魔法の中で対象に悪影響を与えるもの、というのが『呪い』の定義だ。
 しかし……単に『呪い』と言ってもその種類は多岐に渡る。
 短時間動きを鈍くするだけの『呪い』もあれば、数分で死に至る『呪い』もある。
 王族に『呪い』を仕掛ける目的となれば、まず第一に『王族の死』が思い浮かぶだろう。
 故にこそ、アガラ―ト達は『一年間苦しみ続ける呪い』――言い換えれば『一年間は苦しんでも死なない呪い』があるとは想定していなかった。

 もありなん、というのがテイルの意見である。
 故意に一年間も苦しみ続ける『呪い』を造り、それを王族に仕掛けるなど……正気の沙汰ではない。
 労力と成果が見合わないにも程がある。
 犯人を有耶無耶にするためであれば、数か月もあれば十分だ。
 そのために一年間も懸けるというのは、些か無理がある。
 では何故ララティアが一年間生き延びたかと言えば――


 Ⅰ.ララティアに恨みがあった。

 Ⅱ.『呪い』に不備があった。

 Ⅲ.治療に使用した高位回復薬ハイポーション不老薬エリクサーの効果。


 こんなところだろうか……と。
 その場にいた者達が思い浮かべたのは以上の三つであった。


「それで……理由があるとしたら貴様は何だと思っているのだ?」
「そうだな……苦しませるのが目的なら、こんな遠回りなことは出来ないと思う。何より寝込んでるだけで常に痛みがあったわけじゃないだろう?」
「そうね……体が重かったし、意識にもずっと……こう、闇がかかってる感じなのは辛かったけど、激痛はなかったわ」


 ララティアの言葉はテイルにとって予想通りのことであった。
 馬鹿げた推測にも思える、テイルの想像通りであれば。
 痛みを与えすぎるのは、犯人の目的にそぐわない。
 自身の推測に繋がる、更なる言葉を紡ぐ。


「『呪い』そのものに間違いがあったなら、恐らく一年も経つ前に何か手を打つだろう……あくまで勘だけどな。それが出来ない理由があった可能性もある。……ないんだよな?呪われてからは何も」
「あ、ああ……そのはずだ」


 テイルの確認の言葉に、狼狽えながらも記憶を引き出すようにアガラ―トは肯定した。
 自分の考えながら……自身の推測している犯人の目的は、鹿
 本当にその目的のためにこんなことをしたのなら、相手は間違いなく相当な馬鹿だ。
 裏付けるものが必要だ、と更に言葉を続ける。


「治療に使用した薬のせい……は、まず有り得ない。肉体に多少影響はあるだろうが、一時的に症状が和らいでも精々誤差の範囲だろう。薬の類は……あの『呪い』には効果が薄い。これは断言できる」


 テイル自身が『呪い』に魔力を介して触れたこともあり、今回仕掛けられた『呪い』の特性は分かる。
 まず間違いなく、『解呪』が出来ないように対策をされていた。
 通常の魔法や薬品では決して消せないように。
 それだけ強力な解呪耐性があるのは、恐らくその性質故だろう。


「ならば……貴様の推測を聞かせてほしいのだが」
「ああ。勿論だ」


 ややあって、テイルは一度息を吐き、間をおいてから――


「――犯人の目的は多分、『ララティア王女との婚姻』だな」
『はっ?』


 テイルを除く、その場の全員が間抜けな声を出した。
 それも当然のことだ。
 『呪いをかけた相手との婚姻』。
 馬鹿馬鹿しいと一笑に付されてもおかしくはない。
 むしろそんなことを考えるのは……変わった人物――テイルを含む――だけだろう。


「それは……つまり、呪いをかけることが婚姻に繋がると……?」


 おずおずと手を挙げたロヴィアの言葉に、テイル自身も頬を掻いた。
 なにせ自分でも馬鹿馬鹿しいと思うのだから。
 しかし同時に……この推測が間違っている、とは思えなかった。


「正確には、その呪い……即ち『国王が手を尽くしても解けなかった呪い』……それを解くことが、だ」


 そこまで聞いて、理解できたのはアガラ―ト、レイン、ララティアの三人であった。
 ルンとロヴィアは未だ首を傾げている。
 先ほどまでの緊迫した雰囲気はとうに霧散していた。


「つまり、国王に恩を売り、王女を助ける自作自演の芝居をうって、ララティア様と婚約を結ぼうと。そういうことですね?」
「そういうことだ」


 レインの確認を兼ねた説明を聞いて、第三王女とその従者はようやく理解した。
 ララティアは、それを聞いて不機嫌そうに口を開いた。


「私に『呪い』をかけて、その上で婚約を結ぶなんて……随分頭のおめでたい人間もいたものね」


 皮肉交じりの言葉は、テイルに『ララティア』という人間の性格の大凡を理解させるに足るものであった。
 確かにと首肯しながらも、同時にまだ確定したわけではない、と告げようとした瞬間、それよりも早く何事かを考えていたアガラ―トが顔を上げた。


「確かに……その理由であれば、筋は通る。正直に言えばこんな話はしたくないが……もしあと一か月ララティアが目を覚まさなければ、恐らく私は貴族連中に協力を要請しただろう」


 親バカ、と馬鹿には出来ない言葉だった。
 それだけアガラ―ト自身、面には出さずとも焦りがあったのだろう。
 特にレインはそれを理解していたためか、頻りに頷いていた。
 それと同時に、アガラ―トの言葉は犯人を既に断定しているようだった。


「それじゃ……やっぱり、犯人は貴族なんだね?」
「……うむ。元からその可能性が高かったが……まず間違いなく、貴族であろうな。それも……あれだけの『呪い』を造れる権力ちからを持った、な」


 その後……ララティアは目覚めたとはいえ、まだ身体は安静にしなければならない、ということで一度解散になった。
 後日また王城を尋ねるという約束をしたテイルは、道すがら食事を調達し、宿に戻った。




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