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第一章 諦めたくないから

その四 勇者と魔王の剣

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 黒竜との激戦から3年―――


「はぁ・・・そろそろ再挑戦だな」

テイルは現在、島の上空に浮かぶ渦巻く雲の真下へ来ている。
そこは英霊の島の中心であり、この島の頂点に君臨する者が佇む場所でもあった。


(思えば、この三年色々あったなぁ・・・)

黒竜に始まり、その後出会ったのはグランドワームと呼ばれる黒竜の二倍近い大きさの芋虫の魔獣だった。


(そうは言っても力自体は黒竜より下だったな。それでも俺より上だったが)

何度も何度も格上と戦い、島の中心へ向かった。
島の中心に行けば行くほど、敵は強くなった。
これまでテイルが生き残ってこれたのは、時たま魔獣から入手出来る魔獣血石を食らったおかげだった。
魔獣血石の効果は凄まじく、身体能力と魔力の向上だけではなく、テイルの魔力の質そのものを大きく変えていた。

通常、人間が持つ魔力の属性は二つ、またはごく稀に三つや四つの属性を持つ者がいる。中にはそれを超える者も。
魔力の属性とは、その者が生まれ持つ使用可能な魔法の属性。
特殊な事象がない限り、自然に後から変わるようなことはない。
魔法には、水、火、風、土、雷、光、闇の七属性がある。
正し闇は魔族と呼ばれる種族にしか出ず、光も勇者の子孫にしか出ないと言われている。

そして、テイルの持つ属性は火、だけだった。
前述の人間が持つ属性の数は、基本二つ以上。だが稀に属性を一つしか持たない人間がいる。
属性を持っていても人によって適正に差はあり、その属性との相性も違う。
しかし、属性を一つしか持たないと言うのはその属性の適正が高い、と同意ではない。

事実テイルの火属性の適正は並、それもテイルが馬鹿にされていた要因の一つだった。



「属イチが・・・随分と変わったもんだな」

属イチ――それは一つしか属性を持たないものの呼び名であり、同時にその者を侮辱する言葉として知られていた。
しかし・・・現在のテイルは既にその属イチではなくなっていた。
魔獣の魔力を吸収し、扱える属性は全属性。
そう、七つ全てだ。当然も該当する。



(多分・・・英霊の島の勇者と魔王の魔力が原因なんだろうな。改めて考えれば・・・・この島は修行場にぴったりなんだな)
まぁ高確率で死ぬがな、と笑いながら呟く。

テイルが今も生き残っているのは、運よく黒竜を討伐出来たことが大きな理由だ。
しかしそれでも、この三年で最初に黒竜と遭遇した時のような危機は何度もあった。


 剣はこの島に来て十日で折れ、
 黒竜の何十倍もある巨大な岩竜と遭遇し、
 雷を纏い、正に電光石火で移動する雷獣を屠った。
 普通なら致命傷と呼べるような傷を何度負ったかはもう覚えていない。
 風魔法の極みとすら呼べるような、風を纏って加速し、空を駆け、敵を屠る、そんな狼と出会ったこともあった。


「本当・・・今思い返すとよく生き残ったな・・・」

そう言いながら、近づいてきた今では懐かしさすら覚える、五匹の黒竜へ手をかざす。
瞬間的に魔法を構築し、発動する。


「【炎の槍フレイムランス】」
「グルゥッ!?ァ......」

放った魔法は火属性魔法で誰もが二番目に覚えるような魔法。
中級どころか初級に分類されるその魔法は、テイルの莫大な魔力で凄まじい熱を帯びる炎の槍を形成する。
炎の槍はあやまたず黒竜の頭部へ突き刺さり、
黒竜は驚愕の声を上げるだけで悲鳴すら出さずに絶命する。


「コイツら・・・よく生き残れたな」

(島の中心付近では黒竜は弱者だ。五匹で上手く連携して強敵を倒していたか、強敵を避けていたか・・・後者だろうな)


島の中心に行くほど、魔力濃度は高くなる。その為ほとんどの魔獣が出来るだけ中心へと向かおうとする。


テイルがこのエリアに辿り着いたのは一年ほど前だった。
しかし、正に島のど真ん中に位置するであろう場所に、一匹の龍がいた為、この周辺で自身を鍛えることにしたのだ。

―――竜ではなく、龍だ。細長い身体に短い手足、純白の身体を持つその龍を見た瞬間、テイルは最初に島に来た時の、黒竜と自分の力の差。それと比べても尚大きい差があることを理解した。
神と呼ぶべき神々しさを持つその龍に、畏敬すら覚えたのが懐かしく思える。



「お、いたいた」


――やっと、やっとお前に挑める

前は万能感すら覚えた魔獣血石を取り込んだ後の時間も、最近は大して力の上昇を感じない。
魔獣血石もオーブと同様、相手が自分と比べて強いほど吸収出来る量が大きく、自分より弱ければ弱いほど少なくなるらしい。

しかし何も魔獣血石を食すだけが力を得る方法ではない。
他の方法でも強くなることは出来るのだ。

魔力を増やす方法は基本的に魔力を消費し、それを自然回復すること。
薬品の類で回復しても効果はない。
しかし、この島は通常より魔力の回復が早く、それに伴い魔力の上昇量も大きい。
その為、三年前にこの島へ来た時とは比べるべくもないほどに魔力が増えている。
魔法も生きるため、敵を倒すために必死で磨いた。


けれど、その真っ白な龍を前にすると、それでもまだ足りないように思えた。


そして・・・そんな考えも、次の瞬間には吹き飛んだ。



『ふむ・・・私に誰かが近づいたのは、何時ぶりだったか・・・』
「―――ッ!!??」

 声が聞こえた

――喋ったのはコイツだな

龍は口を開けていない。それでも、今しがた聞こえた声の主が目の前の龍だと悟った。



『しかも人間とはな・・・いや、人間ではないのか?』
「人間だよ」

(しまった!思わずツッコんじまった・・・)


『それにしては魔力の質が異様だな・・・いや、ここまで来れる人間であれば、当然かもしれんな。
――さて、貴様の目的はなんだ?』

「・・・目的?」
『貴様は何を求めてここへ来た?力か?名誉か?』
 そういうことか・・・

「強いて言うなら・・・力かな」
『ほう・・・我に挑むか?それも良いがな。出来れば我は戦いたくないのだが』
「・・・へぇ・・・てっきりお前程度なら一捻りよ、とでも言うのかと思ったよ」

『ふん・・・戦ったところで得られるものもない。貴様では我の食料としては足りんしな』
「ハハッ、違いないな。・・・しっかし・・・お前が俺を殺そうとするなら返り討ちにしようと思ってたんだが・・・お前にそのつもりがないなら、戦うわけにはいかないな」
『勝手に我の巣まで来ておいて、何を言うか』
「それはすまんな。今まで出会い頭に食われそうになってばかりだったから。強くなることが俺の目的だったから、文句があるわけじゃないんだが」


テイルが肩を竦めて言葉を返すと、白い龍は興味深そうに笑った。

『我に臆することなく謝るか。変わった男だ。・・・貴様はなにゆえ強さを求める?』
「強さを求める理由、か。大して考えたこともなかったが・・・強いて言うなら、願いをかなえるため、だな」
『ほう?願いとな。貴様の願いはなんだ?』

「いや・・・特に今は無いんだが。いつか願いが出来た時の為、ってのと・・・守りたい、倒したい、って時にそれそれを成すのが願いかな」
『ふはははっ、中々どうして面白いではないか』
「別にいいだろう?俺の願いが何だろうと」

(この龍・・・感情豊かだな)


『なるほど・・・そうだな。貴様は、既に人外だ』
「誰が人外だ」
『っと、すまんな。そういう意味ではない。人外の力を得ている、ということを言いたかったのだ』
「確かにそうかもな・・・」

自慢ではないが、既にこの白龍以外の魔獣は倒せるようになった。
この英霊の島の魔獣を易々と屠れるようになったのなら、確かに人外と言えるかもしれない。

(いや、俺はあくまで人間なんだが)


『そこで・・・貴様にはこの剣を与えよう』

白龍がそう言った瞬間、テイルと白龍の間にあった地面が割れ、一本の剣が飛び出した。
その剣はそのままテイルの前に来ると、そこでピタリと止まった。
明らかに普通ではないその剣は、わずかに青白い光を放っている。


「突然だな・・・どういうことだ?」
『そのままの意味だ。その剣は、かつて勇者が使っていたものだ。いや、魔王が使っていたもの、とも言えるがな』
「なおさら意味が分からないんだが・・・」

どう見ても目の前の剣は一本だけ。
勇者と魔王が同じ剣を使っていた筈はない。


『より正確に言えば、勇者と魔王の持っていた二本の剣が融合したものだ』
「――ッ!!?融合だと・・・!?」
『ああ。ただしその剣には意思がある。その剣が認めないものは、その剣を振るうことは出来ぬ。試しに持ってみろ』
「・・・こうか?――ッ!!!」

持った瞬間、白龍とは違う声が聞こえたような気がした。
それだけではなく、過去に使っていた剣とは明らかに違う、まるで剣が自分の体の一部になったような一体感を感じた。
そして明らかに目の前にある剣は、途轍もない業物。
剣そのものが魔力を持っているようにも感じた。


『ふむ・・・やはりか』
「やはり・・・?どういうことだ?」
『その剣が自らの主に求めるのは、一つは強さだ。そしてもう一つは、生きることへの執着。ひいては強くなりたいという向上心だな』
「・・・まぁ確かに強くなりたいと言う思いはあるが」

 正直、俺は強くなったとは思う。
 だが・・・勇者と魔王の持っていた剣に見合うような力があるとは思えなかった。
 勇者と魔王は、逸話が真実なら、正に化け物だ。


『ふん・・・貴様の考えていることが分かるぞ。大方、自分の強さがその剣に見合うのか、ということだろう?』
「・・・心が読めるのか?」
『違うわ。貴様が分かりやすい性格をしているだけだろう』
「そうなのか・・・?」
『そうだ』

(そんなこと初めていわれたんだが・・・)



「ところで、この剣が勇者と魔王の剣が融合した物、ってどういうことだ?」
『それこそそのままの意味だ。勇者と魔王は最終的にほぼ同時に朽ち果てた。その二人が持っていた特殊な魔力はこの島に広がったが・・・一部は剣に移った。勇者と魔王の剣は、特別でな。どちらも自己再生能力があった』
「武器に自己再生能力だと!?」
『まぁ貴様が驚くのも無理はない。そんな剣はその二本以外なかったからな』

「・・・まるで見てきたように言っているが・・・お前は何者なんだ?」
『簡単な話だ。私はかつて、
―――――勇者と共に魔王を討ったのだよ』
「・・・は?」


勇者と共に魔王を討ったということは、勇者の仲間だったということ。
確かに目の前の龍なら何百年と生きててもおかしくはない。
そもそも竜種や龍種は寿命が長い、が・・・


「よく今まで生きてたな・・・」
『ふん、当時はこの島には我以外の魔獣はいなかった。勇者と魔王の戦いで皆死滅したのでな。暫くはこの島にいるのは我だけだったのだ』
「なるほど・・・」


勇者の仲間だったのなら、当時既にこの龍は相当な力を持っていた筈。
この島の魔力は強い魔獣を引き寄せ、その魔獣をさらに強化するが・・・後から来た魔獣を倒すくらいの力はあったのだろう。


『先ほどの話に戻るが、勇者と魔王が相討った時、二人の持つ剣は砕けた。本来ならば自己再生能力で別々の剣に戻る筈が、剣に移った勇者と魔王の魔力、そして島に散らばった魔力が作用し、二つの剣は一本の剣として再生したのだ』
「そういうことか・・・それで、なぜこの剣を俺に譲るんだ?」
『そもそも我は剣を使わん。それに言ったであろう?その剣には意思がある、と。主を選ぶのは剣そのものだ』
「まぁ確かに―――」
―――『そこで、だ』


その大きさなら剣は持てないだろうな、と。
そう言おうとした瞬間に白龍の言葉に遮られた。


『貴様はその剣を持っていけ。ずっとこの場にあっては退屈だろうからな』
「・・・分かった」
『それと、その剣の意思は勇者と魔王のものだ。せいぜい乗っ取られないように気をつけろ。それではさらばだ』
「は!?オイッ!ちょっ―――」



聞いてないぞ、と言い終えることは出来ず、俺は気付いたら英霊の島の岸にいた。
見覚えがあったので、恐らく最初に来た場所の付近だろう。


「転移魔法って・・・魔力も感じなかったぞ・・・挑まなくてよかったな」

心底そう思った。
転移魔法は今から1000年近く前に無くなったと言われている技術だ。
それも魔力も感じさせずに相手を転移させるとは・・・あの龍はどれだけの技量なのか。
結局名前を聞くことすらできなかったしな・・・


「とりあえず・・・帰るか」

こうして俺の英霊の島での修行は終わった。
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