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黄色い街(ボウモサーレ)
◆ 風の竜騎士:森の愛し子と五代前の聖女様
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※風(紫)の竜騎士ディルムッド視点です。
この日の早朝まで遡って、香妖の森から始まります。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
魔獣討伐の遠征でもないのに香妖の森の野営地で一泊。
しかも人間は少女と俺の二人しかいない。
他の竜騎士に語っても、誰が信じるだろう。
オオカミの群れの親玉みたいな白い魔獣がいる。
見たことも聞いたこともない色と模様の子竜がいる。
人間嫌いの『森の女王』は、崩れた壁の上から覆いかぶさったまま。
大人の指ほどのトゲで厚い葉を包み、大ぶりの花を満開にしている。
本来なら人前に現れることは滅多にない。
万が一、現れてもすぐに飛び去り、濃厚な香りだけが残るのだ。
無機質な四種類の『森の使い』も、それぞれ単独で一つずつ。
少女の周りを小動物のようにのったりと転がっている。
本来なら人間が触れれば儚く消えてしまう。
通り雨のように同種の集団で森の中を移動するのだ。
そして朝になり加わったのが、どこからともなく出現した小さな鳥。
全身が見事に紫色だが、俺の知っている『風の鳥』のどれにも該当しない。
四大精霊を尊ぶ我が国で、精霊四色のどれかを帯びた生命体。
本来ならとっくの昔に登録され、巷で描かれるだろうに。
すべての怪奇現象の元凶はおそらく、呑気に寝そべる異国の少女。
上に覆いかぶさった犬に強引に起こされたようだ。
すると急に毛布代わりの紺色コートや荷物の下をめくったり覗いたり。
探し物が見つからなかったようで、泣きそうな顔をしている。
かと思えば、犬の方を見て大きな目をさらに見開いた。
助けにいこうか迷っていたら、犬や竜とひとしきり話し込みだす。
ポケットから、また『騎士殺しの樹』の枝を火にくべた。
鳥を手の平に載せては左右から眺め、無邪気にはしゃいでいる。
結局は問題なかったのだろう。
と思いきや、ふたたび慌てだした。
今度は何事かと思えば、昨夜のように食事を用意していた。
旨そうなパンと貴重な『夕焼けの欠片』を俺の所に持ってくる。
どうやら宿ごっこを継続しているらしい。
「コレ!」
やはり良い声をしている。
ここまで奇妙なこと続きなのだ。
もう食糧くらいで警戒するつもりもないのだが。
こちらが何か言う前に一口ずつ齧って見せてくれた。
むん、と口を引き結んだまま、ぶっきら棒に差し出されてしまう。
黒くつぶらな瞳と頬の膨らませ具合が、
まるで団栗を詰め込んだ子栗鼠だ。
空になった器にも、並々と水を注いで持ってくる。
少女が飲んだ分も合わせると、水筒の容量とまったく計算が合わない。
数年前、乳姉弟のコミーナが習得した水の魔術だろうか。
初級に昇進してすぐ、風邪をこじらせながら、ひと冬かけて。
空中の水分を所定の器の中に集めるのは出来るようになった。
地下の濾過水を転移させるのは、とうてい無理だと嘆いていたが。
「メメ、その鳥も友達なのかな」
話しかけると、少女がびくんと肩を震わせる。
「ソウソウ。トモダチ」
こちらを警戒しながらも、ちゃんと頷くのがいじらしい。
「珍しい鳥だね」
しばし返答に窮していたが、やがて意を決したようだ。
首を傾げて『意味が解らない』と訴えてきた。
仕草は可愛らしいのだが、後ろめたさで目が完全に泳いでいる。
誤魔化すのがずいぶんと下手だ。
「――何より普通、鳥や犬は竜を怖がって近づこうとしないのだが」
なぜか怒らせてしまったらしい。小さな両手をぎゅっと握りしめた。
「その竜は、鳥や犬を餌として食べないのかい」
さらに怒ったせいで、頬もぷっくり膨らんだ。
「魔獣かとも思ったが、その鳥や犬が通常の魔獣であれば、ただの獣以上に竜を避けようとするだろうし」
カマを掛けてみた。
薄紫の小鳥は、古くから人の住むこの地で知られた生き物ではない。
賢そうな白犬は、通常の魔狼とは思えない。
予想どおり、急に気まずそうに目を逸らしてしまう。
「メメ、君は――」
そこで少女が、お腹が空いたと身振りで伝えてきた。
後ろで白い犬が牙を剥いている。敵に回せる相手ではなかった。
当面は泳がせてみるか。
「――きゃ!」
火の向こうで、小さな叫び声が上がった。
思わず剣を握り、緑の子竜にしがみついたメメの目線を追う。
大人の手ほどもある土色の蜘蛛が石畳にうずくまっていた。
全身が毛で覆われている。魔蟲の一種だ。
仕方ないな、と腰を上げようとして、悲鳴が途絶えたのに気がついた。
メメの瞳がうれしそうに輝いている。
手招きして竜を横に呼び寄せ、二人仲良くじっと観察しはじめた。
傍らの白い犬が派手に溜め息をつく。
まるで『またか』と呆れているようだ。
全員の視線を一身に受け、魔蜘蛛も居心地が悪くなったらしい。
そそくさと石畳の上を走り、野営地の外へと脱出してしまった。
メメがこっそり手を振って見送っている。
そして竜と顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。
かなり不気味な姿形だったと思うのだが。
緑頭巾ちゃんは両頬に手を当て、うっとりと瞳を閉じている。
ご機嫌な様子で、ふたたび『道惑わしの樹』の生花を火にくべていた。
今、俺は何の幻を見たのだろう……。
普通に怖がって大騒ぎしてくれたほうがまだ安心できたかもしれない。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
メメが荷物をまとめた。
『森の女王』にお辞儀をすると、美しい花が落ちてくる。
精霊四色を一つずつ。どうやら餞別らしい。
魔草へ名残惜しそうに手を振る少女と共に、野営地を後にした。
四つの『森の使い』は竜の頭の上に陣取っている。
万幽霧はどこにも漂っていない。
大型魔獣たちの気配はするが、こちらを襲ってはこない。
少女のせいだろうか、竜や犬のせいだろうか?
後者なら、もっと傍まで詰め寄って、多少なりとも威嚇してくるはず。
メメが季節外れの花を見るためにわきに寄った。
次は、道の真ん中を伸縮を繰り返しては移動する毛虫の元へ。
魔草かもしれないのに匂いを嗅ごうとするわ。
明らかに魔蟲なのに触ろうと手を伸ばすわ。
ハラハラさせられっ放しだった。
犬が止めに入るたび、緑頭巾ちゃんは小首を傾げている。
恐ろしいほど警戒感がない。
もし昨日のような魔猪の群れと出会い、子猪を見つけでもしたら――。
あっさり抱きあげそうで、眩暈がしてきた。
俺と同じように顔をしかめていた白い犬が、突然走りだす。
万が一にも隙を狙って襲われないよう、剣に手を掛けた。
が、周囲を遠巻きに囲む魔獣や魔樹は様子を窺っているだけ。
やはりメメがそうか。
極稀に存在するという、『森の愛し子』。
なぜか森自体が立ち入ることを許し、出るまで守護してくれる。
たしか曾祖母がお仕えしたティーギン様がそんな方だった。
地方の村の御出身で、神殿に入られても山や森に度々足を伸ばされた。
彼女と一緒だと魔獣は決して襲わなかった。
木立の中でも決して迷うことはなかったという。
野営訓練を引率した年配の元竜騎士が教えてくれた。
『同行した先輩方がよく言ってたぜ。あの方ほど聖女様に選ばれるに相応しい御方はいなかったって。
貴族あがりの上級魔導士たちは田舎女だと見下してたらしいが、一度でも精霊の力が満ちた森にお供すれば嫌でも解るのによ』
竜騎士の精鋭をぞろぞろ連れて歩けば襲われるわけないじゃないか。
聞かされた当時は、冷めた見方をしていた。
『俺だって又聞きなんだから知るか』
と躱されたが、なるほどこういうことか。
メメは人差し指と中指をくっつけたり、親指だけを立てたりしている。
奇怪な仕草を竜のフィオと一緒に楽しそうに繰り返していた。
そして分かれ道まで到達すると、竜や小鳥とは異なる道を歩き出す。
あんなに感情豊かな緑頭巾ちゃんが、少しも悲しそうな様子がない。
指を動かしていたのは合図だろうか。
しばらくしたら落ち合うつもりなのだろう。
やがてボゥモサーレの街並みが、遠くにくっきりと見えてきた。
昨日はいくら探しても視界に映らなかったのに。
森との境目で、メメが急に立ち止まって荷物を下ろし、来た道を振り返る。
深々とお辞儀をして、数回手を鳴らした。
そのまま祈るように瞳を閉じる。
食事の前後にも両手を合わせていた。
こうして真横から見ると、初代聖女様の肖像画のようだ。
「誰にお辞儀していたんだい?」
返答に困った様子で、森全体を指し示している。
周囲を取り囲むように、そのまま細い腕をぐるりと回した。
「……森にお礼?」
「ソウソウ」
自分が『森の愛し子』だという自覚があったのか。
でなければあそこまで無茶もしまい。少しホッとした。
街壁まで辿り着くと、「リュウキシ、セイレ」とあっさり言ってくる。
ちっとも懐いてくれなかった。
関心があるのは騎竜だけらしい。
いないのかと今日も熱心に訊ねられてしまう。
嗚呼だからダールさえいれば!
竜は魔獣と同じく、魔核を体内に有している。
もし誘拐犯が森の傍にアジトを構えていたら。
大型魔獣の接近を警告する魔道具を設置し、早々に逃げられてしまう。
おまけに申請した休暇が、神殿長の嫌がらせで認められなかった。
それゆえ竜嫌いの『グウェンフォール様の捜索』。
エイヴィーン師団長が捻り出してくれた口実だった。
記録の残る外宿に、竜を待機させておけば糾弾されまい。
頭を使ったつもりで、森で死にかけるという……。
メメと出会わなければ、黒歴史で生涯が終わっていた。
「何かあれば、頼っておいで」
最後にこちらも名乗って、頭をなでておく。
触れても嫌がってはいないようだが、何かを頼ろうとする様子は皆無。
このままでは接触してこなさそうだ。
『森の愛し子』と判れば、利用しようとする人間がこぞって追うだろう。
優秀な魔導士であろうと、集団で詰め寄られればどこまで逃げ切れるか。
宿へと戻るフリをし、気になって陰から覗こうとした。
と白い犬と目が合った。駄目だ、完全に気配を読まれている。
観念してダールの元へと向かった。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
他所者の馬や竜は街を囲む壁に面した宿に預ける決まりだ。
数頭しか収容出来ない小さな竜舎に赴く。
紫の竜が、長い長い鼻息を吹きだした。
まるで人間が安心したときのような仕草だ。
「ダール、面白い子に会ったよ。リースが導いてくれたのかな、どう思う?」
グルルルル……と、くぐもった喉音で返事をしてくれる。
キレイに掃除された単竜房は、どの窓も開け放たれていた。
神殿では竜嫌いの聖女に気兼ねして、あちこち塞いであるのだ。
気持ち良い風が入ってくる。
ダールは横に渡された竜栓棒の上に首を載せて、くつろいでいた。
「街に出て探してみるよ。俺の単なる勘だけど、何かの糸口になる気がしてならない」
竜舎から出て行こうと身体を起こすと、また鼻息が荒くなった。
心なしか睨まれている気もする。
「お前用の休暇も考えておくから」
ふん! と勢いよく鼻を鳴らされた。
……ここ二か月、日夜働きどおしで信用を失いつつある。
騎竜が羽を伸ばせる方法を早急に検討すべきかもしれない。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
※お読みいただき、ありがとうございます。
もしお手間でなければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、光栄です!
すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
笑顔あふれる幸せな日々となりますように。
この日の早朝まで遡って、香妖の森から始まります。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
魔獣討伐の遠征でもないのに香妖の森の野営地で一泊。
しかも人間は少女と俺の二人しかいない。
他の竜騎士に語っても、誰が信じるだろう。
オオカミの群れの親玉みたいな白い魔獣がいる。
見たことも聞いたこともない色と模様の子竜がいる。
人間嫌いの『森の女王』は、崩れた壁の上から覆いかぶさったまま。
大人の指ほどのトゲで厚い葉を包み、大ぶりの花を満開にしている。
本来なら人前に現れることは滅多にない。
万が一、現れてもすぐに飛び去り、濃厚な香りだけが残るのだ。
無機質な四種類の『森の使い』も、それぞれ単独で一つずつ。
少女の周りを小動物のようにのったりと転がっている。
本来なら人間が触れれば儚く消えてしまう。
通り雨のように同種の集団で森の中を移動するのだ。
そして朝になり加わったのが、どこからともなく出現した小さな鳥。
全身が見事に紫色だが、俺の知っている『風の鳥』のどれにも該当しない。
四大精霊を尊ぶ我が国で、精霊四色のどれかを帯びた生命体。
本来ならとっくの昔に登録され、巷で描かれるだろうに。
すべての怪奇現象の元凶はおそらく、呑気に寝そべる異国の少女。
上に覆いかぶさった犬に強引に起こされたようだ。
すると急に毛布代わりの紺色コートや荷物の下をめくったり覗いたり。
探し物が見つからなかったようで、泣きそうな顔をしている。
かと思えば、犬の方を見て大きな目をさらに見開いた。
助けにいこうか迷っていたら、犬や竜とひとしきり話し込みだす。
ポケットから、また『騎士殺しの樹』の枝を火にくべた。
鳥を手の平に載せては左右から眺め、無邪気にはしゃいでいる。
結局は問題なかったのだろう。
と思いきや、ふたたび慌てだした。
今度は何事かと思えば、昨夜のように食事を用意していた。
旨そうなパンと貴重な『夕焼けの欠片』を俺の所に持ってくる。
どうやら宿ごっこを継続しているらしい。
「コレ!」
やはり良い声をしている。
ここまで奇妙なこと続きなのだ。
もう食糧くらいで警戒するつもりもないのだが。
こちらが何か言う前に一口ずつ齧って見せてくれた。
むん、と口を引き結んだまま、ぶっきら棒に差し出されてしまう。
黒くつぶらな瞳と頬の膨らませ具合が、
まるで団栗を詰め込んだ子栗鼠だ。
空になった器にも、並々と水を注いで持ってくる。
少女が飲んだ分も合わせると、水筒の容量とまったく計算が合わない。
数年前、乳姉弟のコミーナが習得した水の魔術だろうか。
初級に昇進してすぐ、風邪をこじらせながら、ひと冬かけて。
空中の水分を所定の器の中に集めるのは出来るようになった。
地下の濾過水を転移させるのは、とうてい無理だと嘆いていたが。
「メメ、その鳥も友達なのかな」
話しかけると、少女がびくんと肩を震わせる。
「ソウソウ。トモダチ」
こちらを警戒しながらも、ちゃんと頷くのがいじらしい。
「珍しい鳥だね」
しばし返答に窮していたが、やがて意を決したようだ。
首を傾げて『意味が解らない』と訴えてきた。
仕草は可愛らしいのだが、後ろめたさで目が完全に泳いでいる。
誤魔化すのがずいぶんと下手だ。
「――何より普通、鳥や犬は竜を怖がって近づこうとしないのだが」
なぜか怒らせてしまったらしい。小さな両手をぎゅっと握りしめた。
「その竜は、鳥や犬を餌として食べないのかい」
さらに怒ったせいで、頬もぷっくり膨らんだ。
「魔獣かとも思ったが、その鳥や犬が通常の魔獣であれば、ただの獣以上に竜を避けようとするだろうし」
カマを掛けてみた。
薄紫の小鳥は、古くから人の住むこの地で知られた生き物ではない。
賢そうな白犬は、通常の魔狼とは思えない。
予想どおり、急に気まずそうに目を逸らしてしまう。
「メメ、君は――」
そこで少女が、お腹が空いたと身振りで伝えてきた。
後ろで白い犬が牙を剥いている。敵に回せる相手ではなかった。
当面は泳がせてみるか。
「――きゃ!」
火の向こうで、小さな叫び声が上がった。
思わず剣を握り、緑の子竜にしがみついたメメの目線を追う。
大人の手ほどもある土色の蜘蛛が石畳にうずくまっていた。
全身が毛で覆われている。魔蟲の一種だ。
仕方ないな、と腰を上げようとして、悲鳴が途絶えたのに気がついた。
メメの瞳がうれしそうに輝いている。
手招きして竜を横に呼び寄せ、二人仲良くじっと観察しはじめた。
傍らの白い犬が派手に溜め息をつく。
まるで『またか』と呆れているようだ。
全員の視線を一身に受け、魔蜘蛛も居心地が悪くなったらしい。
そそくさと石畳の上を走り、野営地の外へと脱出してしまった。
メメがこっそり手を振って見送っている。
そして竜と顔を見合わせ、にっこりと微笑んだ。
かなり不気味な姿形だったと思うのだが。
緑頭巾ちゃんは両頬に手を当て、うっとりと瞳を閉じている。
ご機嫌な様子で、ふたたび『道惑わしの樹』の生花を火にくべていた。
今、俺は何の幻を見たのだろう……。
普通に怖がって大騒ぎしてくれたほうがまだ安心できたかもしれない。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
メメが荷物をまとめた。
『森の女王』にお辞儀をすると、美しい花が落ちてくる。
精霊四色を一つずつ。どうやら餞別らしい。
魔草へ名残惜しそうに手を振る少女と共に、野営地を後にした。
四つの『森の使い』は竜の頭の上に陣取っている。
万幽霧はどこにも漂っていない。
大型魔獣たちの気配はするが、こちらを襲ってはこない。
少女のせいだろうか、竜や犬のせいだろうか?
後者なら、もっと傍まで詰め寄って、多少なりとも威嚇してくるはず。
メメが季節外れの花を見るためにわきに寄った。
次は、道の真ん中を伸縮を繰り返しては移動する毛虫の元へ。
魔草かもしれないのに匂いを嗅ごうとするわ。
明らかに魔蟲なのに触ろうと手を伸ばすわ。
ハラハラさせられっ放しだった。
犬が止めに入るたび、緑頭巾ちゃんは小首を傾げている。
恐ろしいほど警戒感がない。
もし昨日のような魔猪の群れと出会い、子猪を見つけでもしたら――。
あっさり抱きあげそうで、眩暈がしてきた。
俺と同じように顔をしかめていた白い犬が、突然走りだす。
万が一にも隙を狙って襲われないよう、剣に手を掛けた。
が、周囲を遠巻きに囲む魔獣や魔樹は様子を窺っているだけ。
やはりメメがそうか。
極稀に存在するという、『森の愛し子』。
なぜか森自体が立ち入ることを許し、出るまで守護してくれる。
たしか曾祖母がお仕えしたティーギン様がそんな方だった。
地方の村の御出身で、神殿に入られても山や森に度々足を伸ばされた。
彼女と一緒だと魔獣は決して襲わなかった。
木立の中でも決して迷うことはなかったという。
野営訓練を引率した年配の元竜騎士が教えてくれた。
『同行した先輩方がよく言ってたぜ。あの方ほど聖女様に選ばれるに相応しい御方はいなかったって。
貴族あがりの上級魔導士たちは田舎女だと見下してたらしいが、一度でも精霊の力が満ちた森にお供すれば嫌でも解るのによ』
竜騎士の精鋭をぞろぞろ連れて歩けば襲われるわけないじゃないか。
聞かされた当時は、冷めた見方をしていた。
『俺だって又聞きなんだから知るか』
と躱されたが、なるほどこういうことか。
メメは人差し指と中指をくっつけたり、親指だけを立てたりしている。
奇怪な仕草を竜のフィオと一緒に楽しそうに繰り返していた。
そして分かれ道まで到達すると、竜や小鳥とは異なる道を歩き出す。
あんなに感情豊かな緑頭巾ちゃんが、少しも悲しそうな様子がない。
指を動かしていたのは合図だろうか。
しばらくしたら落ち合うつもりなのだろう。
やがてボゥモサーレの街並みが、遠くにくっきりと見えてきた。
昨日はいくら探しても視界に映らなかったのに。
森との境目で、メメが急に立ち止まって荷物を下ろし、来た道を振り返る。
深々とお辞儀をして、数回手を鳴らした。
そのまま祈るように瞳を閉じる。
食事の前後にも両手を合わせていた。
こうして真横から見ると、初代聖女様の肖像画のようだ。
「誰にお辞儀していたんだい?」
返答に困った様子で、森全体を指し示している。
周囲を取り囲むように、そのまま細い腕をぐるりと回した。
「……森にお礼?」
「ソウソウ」
自分が『森の愛し子』だという自覚があったのか。
でなければあそこまで無茶もしまい。少しホッとした。
街壁まで辿り着くと、「リュウキシ、セイレ」とあっさり言ってくる。
ちっとも懐いてくれなかった。
関心があるのは騎竜だけらしい。
いないのかと今日も熱心に訊ねられてしまう。
嗚呼だからダールさえいれば!
竜は魔獣と同じく、魔核を体内に有している。
もし誘拐犯が森の傍にアジトを構えていたら。
大型魔獣の接近を警告する魔道具を設置し、早々に逃げられてしまう。
おまけに申請した休暇が、神殿長の嫌がらせで認められなかった。
それゆえ竜嫌いの『グウェンフォール様の捜索』。
エイヴィーン師団長が捻り出してくれた口実だった。
記録の残る外宿に、竜を待機させておけば糾弾されまい。
頭を使ったつもりで、森で死にかけるという……。
メメと出会わなければ、黒歴史で生涯が終わっていた。
「何かあれば、頼っておいで」
最後にこちらも名乗って、頭をなでておく。
触れても嫌がってはいないようだが、何かを頼ろうとする様子は皆無。
このままでは接触してこなさそうだ。
『森の愛し子』と判れば、利用しようとする人間がこぞって追うだろう。
優秀な魔導士であろうと、集団で詰め寄られればどこまで逃げ切れるか。
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と白い犬と目が合った。駄目だ、完全に気配を読まれている。
観念してダールの元へと向かった。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
他所者の馬や竜は街を囲む壁に面した宿に預ける決まりだ。
数頭しか収容出来ない小さな竜舎に赴く。
紫の竜が、長い長い鼻息を吹きだした。
まるで人間が安心したときのような仕草だ。
「ダール、面白い子に会ったよ。リースが導いてくれたのかな、どう思う?」
グルルルル……と、くぐもった喉音で返事をしてくれる。
キレイに掃除された単竜房は、どの窓も開け放たれていた。
神殿では竜嫌いの聖女に気兼ねして、あちこち塞いであるのだ。
気持ち良い風が入ってくる。
ダールは横に渡された竜栓棒の上に首を載せて、くつろいでいた。
「街に出て探してみるよ。俺の単なる勘だけど、何かの糸口になる気がしてならない」
竜舎から出て行こうと身体を起こすと、また鼻息が荒くなった。
心なしか睨まれている気もする。
「お前用の休暇も考えておくから」
ふん! と勢いよく鼻を鳴らされた。
……ここ二か月、日夜働きどおしで信用を失いつつある。
騎竜が羽を伸ばせる方法を早急に検討すべきかもしれない。
◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇.。.:*・°◇
※お読みいただき、ありがとうございます。
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※アナスターシアはお飾り妻のシルフィーナの娘です。あちらで頂いた感想の中に、シルフィーナの秘密、魔法陣の話、そういたものを気にされていた方が居たのですが、あの話では書ききれなかった部分をこちらで書いたため、けっこうファンタジー寄りなお話になりました。
※楽しんでいただけると嬉しいです。
婚約破棄された公爵令嬢のお嬢様がいい人すぎて悪女になれないようなので異世界から来た私が代わりにざまぁしていいですか?
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