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鬼喰いの森 ~ 香妖の森
51. お願いをする
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≪もう竜には念話が聴こえんぞ≫
≪というか、近くでも特定の相手にしか聴こえない念話魔術を習得してほしいわよね≫
首にぶら下げた熊と、隣を歩く犬が口々に言う。二人でときどき交信してるやつだね、聞こえないけど気づいてるよ。
阿吽の呼吸だけじゃ、連係が良すぎるのだよ君たち。
たまに専用チャンネルに切り替えそこねて、さっきの人体ならぬ豆体実験みたいにダダ漏れしてるし。おかげで栗鼠さんが通りがかったら、先に声をかけて逃がそうとは思ってるけど。
≪そんな高度そうな技、出来ないもん≫
いい加減、私が魔術ど素人なのだと記憶に刷り込んで、エンボス加工でもしておいてほしい。
早足でひたすら歩いていたのを止め、ようやく枯れ枝を集めだす。
何もないところで、燃える炎を長時間キープする高等魔術なんて組めない。私の火の魔法だけでは、集中が途切れると消えてしまう。夜寝ている間も暖を取るなら、燃料となる物質が必要だ。
≪で? 何じゃ。ここ数日、フィオと離れる隙を伺っておったじゃろ≫
あ、爺様がやっと『竜』じゃなくて、『フィオ』って呼んでくれた。本人が自覚しているのかどうか判らないけど、ちょっとうれしい。
≪フィオの首の黒い糸。あれってさ、契約の抜け道がないのか気になってて≫
神殿の悪徳魔導士による奴隷契約。でも人間が言葉で縛ったものなら、類推解釈・縮小解釈・反対解釈、いかようにも料理できるはず。
そう自分に言い聞かせて、歩きながら頭を連日フル回転させてるのだけれど、最初の頃に思いついた拙い可能性ひとつ以外は見つからなかった。
≪あのね、フィオが言ってたの。『異世界の少女を生きたまま食べれたら言うことをきく』って条件をなんとか入れたんだって。
――それってつまり、私が死んだら契約は発動しないってこと?≫
≪まぁ、そうなるな。しかし、別の女を召喚すれば済む話じゃろう≫
≪でも爺様、召喚魔術って古代はともかく、今では絶対的な禁忌だし、上級魔導士が何人も必要なくらい甚大な魔力が必要で、生贄とか魔道具とか魔法陣とか、用意するだけでも大変だって話していたよね?
異世界人の存在は、もう数百年以上、報告されてないんだよね?
つまり戦いを始めようとする頃、フィオが駆り出される寸前を狙って私が死んだら、多少の時間稼ぎは出来る?≫
爺様の読みだと、戦争を仕掛けるベストな頃合いは秋の第一収穫祭(来月の第三週末)か、第二収穫祭(再来月の第四週末)の直後。西の隣国は王朝が変わり、長く続いた内乱で疲弊している。奪った領土の収穫庫を横取りすれば、手っ取り早く給与代わりとなる。
冬の寒さが本格化して、戦意喪失するまでの短期決戦となる可能性が一番高い。
たとえ隣国が帝国と表立って手を組んだとしても、この国は数年間、複数の外敵と拮抗させるだけの軍事力をまだ保有している。
大陸中央の『壁』ほど高く険しくはないけど、この国の南側の国境沿いにも山が連なっているのだ。おまけに寒くなって魔獣が増えるのは山だけではない。海も向かい波になって荒れ狂う。
よって冬の間、この最北端の地に帝国の主力部隊は入って来れない。吹雪と極夜が襲ってくれば、人間なんて身動きとれなくなるらしいから。
つまり、この秋を凌ぐことが肝心。
昔から徴兵の時期なのだそうだ。ただし気候が厳しくなった昨今では、農業に牧畜に狩猟採取にと忙しいから、よっぽどうまく国民感情を焚きつけない限り、大規模な戦線を展開するのは難しいだろうとのことだった。
おそらくその鍵となるのが、フィオなんじゃないだろうか。奴隷契約でも魔力だけ搾取したいのか、戦の旗印として完全に操りたいのかまでは判らないけれど。
だから私が生きたかったら、何がなんでも冬まで逃げ切らないといけない。
青い馬の連峰には一刻も早く辿り着かなきゃと思っていたけれど、ギリギリ近くまで行って、冬前まで麓で待機するべきだ。青い馬の連峰の魔導士全員が味方だとは限らないもの。
万が一、冬が来る前に私が神殿の魔導士に捕まりそうになったら、この命は迷わず捨てる。
そうすれば、フィオは丸一年の猶予を稼げる可能性が出てくる。その間に青い馬の連峰に駆け込めばいい。
本当は一緒に頼んであげたい。私がもっと文章を書けるようになって手紙を持たせれば……いや、『助けて』とか『呪い』『解いて』とか、今のうちから片言の羅列だけでも作っておこう。
あるいは上級魔導士相手ならフィオと念話でいけるのか? だったら説得するのに必要な交渉術の練習? うーむ。
≪……確かに、稼げるな≫
爺様の名前なのだろう、カチューシャが私の聞き取れない言葉を叫んだ。怒ってくれてる。爺様だって隠さず答えてくれた。
なんだかんだ言って、二人とも面倒見がいいよね。これは緑頭巾に仕込んだ魔法陣のせいじゃないと思いたい。
≪カチューシャって、このコートの魔術にかかるの? 私、やっぱり親戚の子に見えちゃう?≫
≪はぁ? なんで自分の描いた魔法陣に影響受けるのよ。しかもそんなおバカな効果、断固拒否!≫
……だそうです。ほいじゃ爺様は?
≪それは元々、ワシが復活させて改良した魔法陣じゃ。ワシには無効になるように作ってある≫
……流石だわ、『しがない教師』!
≪話を逸らすでないぞ、牙牙娘≫
およ、それは爺様の十八番だと思ってましたよ。
≪フィオが悲しむぞ≫
≪でも竜の方が長生きでしょ、いずれは先に逝くもん。同じことだよ。だったらせめて、フィオが自由になれるようにこの身体を使いたいの。
もしそうなったら、爺様とカチューシャでフィオを青い馬の連峰に連れてってあげてほしいの。そして呪いが解けたら、竜の大陸に連れて行ってあげて。
……あのね、どうか、どうかお願いします≫
道端に正座して、カチューシャと爺様の前で深々と頭を下げた。
この二人ならフィオと一緒に空を飛べる。そんなに時間はかからないと思う。
≪……ワシらにそこまで付き合う義理はないと思うが?≫
≪でもこの国の魔導士だったんでしょ、仲間の魔導士が竜にひどいことしたんだよ。少なくとも爺様は、それを止められなかった責任があると思う。
たとえ爺様が魔導士でないとしても、同じ種族の一部がこんなことを仕出かした時点で、私たち人間は竜に償いをすべき立場になったんじゃないかな≫
どんな生き物も、人間の勝手で戦争の道具にしていいわけがない。
前の世界だって今でも犬とか、かつては馬やロバやラバとか、平気で戦いの場に引きずり出して沢山死なせているし、爆弾や化学兵器を使えば戦地の植物とか自然体系も壊しまくりだし、地雷をあちこちに埋めて戦後も大地を汚し続けている。
目的は結局のところ、一握りの人間が金と権力を獲得するため。これで他の生き物みんなに、どう言いわけが立つというのだろう。
≪爺様やカチューシャがどうしたいかはあくまで自由だし、無理矢理私が縛る権利はない。
でも私みたいな見方をする人間がいるのは忘れないで。最悪、自分でこの身体を灰にしてでもフィオを守るから、そのつもりでいて≫
二人が私に何か王都でさせたいのは知っている。フィオの呪いさえ解ければ、そしてその時に私が生きていれば、どんな危険なことでも協力するよ、と付け加えた。
ただの小娘の浅知恵で、これ以上うまく説得できる自信はない。自分でも根拠薄弱な感情論だと思う。あとは二人になるべくフィオと仲良しになってもらって、やはり温情に縋ることくらいしか思いつかない。
微風が身体をふんわりと包み込んでくれた。無力な私を慰めようとするかのよう。
不思議と暖かい。無数の優しい風が周囲をはんなりと舞った。
****************
※お読みいただき、ありがとうございます。
もしお手間でなければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、光栄です!
すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
笑顔あふれる幸せな日々となりますように。
≪というか、近くでも特定の相手にしか聴こえない念話魔術を習得してほしいわよね≫
首にぶら下げた熊と、隣を歩く犬が口々に言う。二人でときどき交信してるやつだね、聞こえないけど気づいてるよ。
阿吽の呼吸だけじゃ、連係が良すぎるのだよ君たち。
たまに専用チャンネルに切り替えそこねて、さっきの人体ならぬ豆体実験みたいにダダ漏れしてるし。おかげで栗鼠さんが通りがかったら、先に声をかけて逃がそうとは思ってるけど。
≪そんな高度そうな技、出来ないもん≫
いい加減、私が魔術ど素人なのだと記憶に刷り込んで、エンボス加工でもしておいてほしい。
早足でひたすら歩いていたのを止め、ようやく枯れ枝を集めだす。
何もないところで、燃える炎を長時間キープする高等魔術なんて組めない。私の火の魔法だけでは、集中が途切れると消えてしまう。夜寝ている間も暖を取るなら、燃料となる物質が必要だ。
≪で? 何じゃ。ここ数日、フィオと離れる隙を伺っておったじゃろ≫
あ、爺様がやっと『竜』じゃなくて、『フィオ』って呼んでくれた。本人が自覚しているのかどうか判らないけど、ちょっとうれしい。
≪フィオの首の黒い糸。あれってさ、契約の抜け道がないのか気になってて≫
神殿の悪徳魔導士による奴隷契約。でも人間が言葉で縛ったものなら、類推解釈・縮小解釈・反対解釈、いかようにも料理できるはず。
そう自分に言い聞かせて、歩きながら頭を連日フル回転させてるのだけれど、最初の頃に思いついた拙い可能性ひとつ以外は見つからなかった。
≪あのね、フィオが言ってたの。『異世界の少女を生きたまま食べれたら言うことをきく』って条件をなんとか入れたんだって。
――それってつまり、私が死んだら契約は発動しないってこと?≫
≪まぁ、そうなるな。しかし、別の女を召喚すれば済む話じゃろう≫
≪でも爺様、召喚魔術って古代はともかく、今では絶対的な禁忌だし、上級魔導士が何人も必要なくらい甚大な魔力が必要で、生贄とか魔道具とか魔法陣とか、用意するだけでも大変だって話していたよね?
異世界人の存在は、もう数百年以上、報告されてないんだよね?
つまり戦いを始めようとする頃、フィオが駆り出される寸前を狙って私が死んだら、多少の時間稼ぎは出来る?≫
爺様の読みだと、戦争を仕掛けるベストな頃合いは秋の第一収穫祭(来月の第三週末)か、第二収穫祭(再来月の第四週末)の直後。西の隣国は王朝が変わり、長く続いた内乱で疲弊している。奪った領土の収穫庫を横取りすれば、手っ取り早く給与代わりとなる。
冬の寒さが本格化して、戦意喪失するまでの短期決戦となる可能性が一番高い。
たとえ隣国が帝国と表立って手を組んだとしても、この国は数年間、複数の外敵と拮抗させるだけの軍事力をまだ保有している。
大陸中央の『壁』ほど高く険しくはないけど、この国の南側の国境沿いにも山が連なっているのだ。おまけに寒くなって魔獣が増えるのは山だけではない。海も向かい波になって荒れ狂う。
よって冬の間、この最北端の地に帝国の主力部隊は入って来れない。吹雪と極夜が襲ってくれば、人間なんて身動きとれなくなるらしいから。
つまり、この秋を凌ぐことが肝心。
昔から徴兵の時期なのだそうだ。ただし気候が厳しくなった昨今では、農業に牧畜に狩猟採取にと忙しいから、よっぽどうまく国民感情を焚きつけない限り、大規模な戦線を展開するのは難しいだろうとのことだった。
おそらくその鍵となるのが、フィオなんじゃないだろうか。奴隷契約でも魔力だけ搾取したいのか、戦の旗印として完全に操りたいのかまでは判らないけれど。
だから私が生きたかったら、何がなんでも冬まで逃げ切らないといけない。
青い馬の連峰には一刻も早く辿り着かなきゃと思っていたけれど、ギリギリ近くまで行って、冬前まで麓で待機するべきだ。青い馬の連峰の魔導士全員が味方だとは限らないもの。
万が一、冬が来る前に私が神殿の魔導士に捕まりそうになったら、この命は迷わず捨てる。
そうすれば、フィオは丸一年の猶予を稼げる可能性が出てくる。その間に青い馬の連峰に駆け込めばいい。
本当は一緒に頼んであげたい。私がもっと文章を書けるようになって手紙を持たせれば……いや、『助けて』とか『呪い』『解いて』とか、今のうちから片言の羅列だけでも作っておこう。
あるいは上級魔導士相手ならフィオと念話でいけるのか? だったら説得するのに必要な交渉術の練習? うーむ。
≪……確かに、稼げるな≫
爺様の名前なのだろう、カチューシャが私の聞き取れない言葉を叫んだ。怒ってくれてる。爺様だって隠さず答えてくれた。
なんだかんだ言って、二人とも面倒見がいいよね。これは緑頭巾に仕込んだ魔法陣のせいじゃないと思いたい。
≪カチューシャって、このコートの魔術にかかるの? 私、やっぱり親戚の子に見えちゃう?≫
≪はぁ? なんで自分の描いた魔法陣に影響受けるのよ。しかもそんなおバカな効果、断固拒否!≫
……だそうです。ほいじゃ爺様は?
≪それは元々、ワシが復活させて改良した魔法陣じゃ。ワシには無効になるように作ってある≫
……流石だわ、『しがない教師』!
≪話を逸らすでないぞ、牙牙娘≫
およ、それは爺様の十八番だと思ってましたよ。
≪フィオが悲しむぞ≫
≪でも竜の方が長生きでしょ、いずれは先に逝くもん。同じことだよ。だったらせめて、フィオが自由になれるようにこの身体を使いたいの。
もしそうなったら、爺様とカチューシャでフィオを青い馬の連峰に連れてってあげてほしいの。そして呪いが解けたら、竜の大陸に連れて行ってあげて。
……あのね、どうか、どうかお願いします≫
道端に正座して、カチューシャと爺様の前で深々と頭を下げた。
この二人ならフィオと一緒に空を飛べる。そんなに時間はかからないと思う。
≪……ワシらにそこまで付き合う義理はないと思うが?≫
≪でもこの国の魔導士だったんでしょ、仲間の魔導士が竜にひどいことしたんだよ。少なくとも爺様は、それを止められなかった責任があると思う。
たとえ爺様が魔導士でないとしても、同じ種族の一部がこんなことを仕出かした時点で、私たち人間は竜に償いをすべき立場になったんじゃないかな≫
どんな生き物も、人間の勝手で戦争の道具にしていいわけがない。
前の世界だって今でも犬とか、かつては馬やロバやラバとか、平気で戦いの場に引きずり出して沢山死なせているし、爆弾や化学兵器を使えば戦地の植物とか自然体系も壊しまくりだし、地雷をあちこちに埋めて戦後も大地を汚し続けている。
目的は結局のところ、一握りの人間が金と権力を獲得するため。これで他の生き物みんなに、どう言いわけが立つというのだろう。
≪爺様やカチューシャがどうしたいかはあくまで自由だし、無理矢理私が縛る権利はない。
でも私みたいな見方をする人間がいるのは忘れないで。最悪、自分でこの身体を灰にしてでもフィオを守るから、そのつもりでいて≫
二人が私に何か王都でさせたいのは知っている。フィオの呪いさえ解ければ、そしてその時に私が生きていれば、どんな危険なことでも協力するよ、と付け加えた。
ただの小娘の浅知恵で、これ以上うまく説得できる自信はない。自分でも根拠薄弱な感情論だと思う。あとは二人になるべくフィオと仲良しになってもらって、やはり温情に縋ることくらいしか思いつかない。
微風が身体をふんわりと包み込んでくれた。無力な私を慰めようとするかのよう。
不思議と暖かい。無数の優しい風が周囲をはんなりと舞った。
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