上 下
14 / 123
霊山

8. 朝になって山を下りる (2日目)

しおりを挟む
芽芽めめ視点に戻ります。

****************



 シャン・シャラン・シャララン
 リン・リリリン・リーン
 カラン・コロン・ガラン

 歩くたびに、リュックの大中小さまざまな鈴が鳴る。ミーシュカの心臓のガムラン音もする。
 どれも繊細な音色だし、さほど五月蠅うるさくはないよ……多分。フィオは好きって言ってくれてるし、魔除けだし。

 草があまり生えていない砂場はフィオの寝床の一つだったらしく、魔導士たちに居所がバレてしまうので、太陽が昇ると同時に移動を開始した。
 もしかしたら魔法ですぐに探索できるのかもしれない。不安要素はいくつもあるけど、じっと待機したって四面楚歌は変わらないもの。
 
 朝焼けの空は青や桃やだいだい色の雲が幾重にもたなびいて、山にはもやがうっすらとかかる。鳥の歌声が少しずつにぎやかになり、樹々の緑が夜の陰を落として太陽に身を任せる。
 光と暖かさを引き連れ、辺りを包み込む朝日の美しさと壮大さに、私は思わず手を合わせて拝んでしまった。

≪どうか、フィオと私をお守りください。この結界から私たちを逃がしてください≫

 フィオも横で、無器用な手先をなんとか合わせようと四苦八苦している。竜のやり方でいいんだよ、と労わると、知らないので真似したいのだそうだ。

 今の私たちには、頼れそうなコネやお金や権力は一切ない。
 フィオは竜なので多少の戦闘能力は見込めるかもしれないけど、死骸が気持ち悪くて草食になってしまった子を戦わせることは、極力避けたかった。
 そもそも戦争に駆り出したくないのだから、フィオの能力は人間にバレないほうがいい。
 
 ということで、残されたものは運しかないのだ。

 どうやったらラッキーになれるのか、ミジンコも解らないのだけど、私は出会う樹々や岩、もしかしたらいるのかもしれない精霊、神々、考えられるありとあらゆるものに祈ることにした。
 念話が出来るようになったのだ。ひょっとしたら見えない誰かが気紛れで手を差し伸べてくれるかもしれないじゃないか。



「うにょ!」

 道の真ん中に艶々した青がえるを発見。緑色じゃなくて、濃い瑠璃色。
 なんて可愛い! としゃがみ込むと、ぴょんぴょん跳ねていってしまう。でも少し先でまたこちらを待つかのように、じっとうずくまっている。
 これはさ、『ついて来い』ってことだよね? え、チガウ?
 
 フィオと目配せして、かえるさんを驚かせないように、出来るだけ音を立てずに近づく。道を外れて落ち葉の上になるとちょっと難しい。
 怖がらせたかな? と蛙さんをうかがうと、またぴょんぴょんと跳ねて移動し、またじっとうずくまる。私たちもそろりそろりと後をつける。
 しばしこのパターンを繰り返していると、すぐ向こうに小さな泉が見えた。地面から清らかな水が滾々こんこんと湧き出ている。
 
 お、ここで水の補充をしよう。

 私は背負っていたリュックをらさないよう、フィオに持ってもらい、中から水筒を取り出す。
 瑠璃がえるさんありがとう、と伝えるべく振り返ったら、もうどこにもいなかった。これは、あれだ。やはり見えないどなたかのお導きでせう。

 あな、かたじけなし。

 柏手かしわでを打って、しっかり手を合わせてから、お水を頂くことにした。フィオが直接口を付けて水分補給している横で、私も両手にすくって一口飲ませていただく。
 山奥の湧水は何ともまろやかで、身体に染み渡る美味しさだった。



≪じゃあ、フィオのお母さんは、完全に闇夜になる日を基準として、人間はひと月って数えるって言ってたのね。
 そいで、あの部屋にいた魔導士連中は徒党を組んで、毎月一度くらいの頻度で山に来るのね。手下は半月毎ってこと?≫

 私たちは砂利道に戻り、下山を再開。いつになったら結界に到達するんだか。私のトロい歩みでは相当かかりそうだが、かの老子様も『千里之行せんりのこうも始於足下そっかにはじまる』とおっしゃたではないか。
 千里の道は一歩から! それがどんなに小幅だろーが、沒問題メイウェンティ

≪そう。でも近づくとボクに攻撃されると思ってるから、みんな神殿の奥の出口からちょこっと顔出すだけ≫

 『魔獣』という魔力を有する獣の死骸は、魔導士の下働きと思しき人物が運んできては、フィオの寝床の近くに放り出していくらしい。そして偉そうな魔導士たちが来るときまでに食べていないと、『調教』と称して痛めつけられるのだ。
 フィオがしゅん、となってしまった。話題を少し逸らそう。

 えーとつまりは、魔獣が狩るほどうじゃうじゃいるってこと? ふーん、竜がいたら寄ってこないんだ? 魔獣って凶暴なの? 可愛い? 仲良くなる道はない?

 私は緑竜と歩きながら、思いつく質問をどんどんしていく。情報収集は大事。
 フィオの母君が人間社会の仕組みに明るくて助かった。肝心の息子の名前を教えそこねてたけど。竜の大陸についての知識をロクに伝えてないみたいだけど。

≪神殿って、王様とグルなの? 王様も魔法使えるの? 竜騎士も魔導士とグル?≫

≪え……わかんない≫

 フィオが母親に聞かされていたのは、この辺りの国々がどこも王制であること。
 ふつうは王様を竜騎士と魔導士が守っていること。
 この国はちょっと変わっていて、王様に加えて神殿という場所も竜騎士と魔導士が守っていること。

 でも王宮や神殿にいる竜騎士と魔導士が、それぞれ仲間なのか、対立しているのかまではよく解らない。魔力は個人差があって、王様がどのくらい魔法を使えるのかもついぞ不明。

≪……少なくとも、魔力で一番の実力者が国を統治するって決まりではないのね。じゃあ竜騎士とか魔導士は? 実力主義? 縁故採用?≫

≪実力……かなぁ? 魔導士はすっごい強いよ。竜騎士は遠くから見たことしかないけど強そうだったよ。でも前に若い魔導士が、お年寄りの魔導士に『平民ごときが!』って怒ってた≫

 どうやら魔導士は貴族が多いらしい。階級社会は面倒だわ。敵対派閥に逃げ込んでも、私が平民だというだけで忌避されるかもしれない。いや、その前に肌の色で差別されるかも。
 長年の西洋社会暮らしで、階級差別や人種間トラブルは嫌というほど見聞きしている。『皆同じ人間なのだから』という正論がまったく通用しないこともよく知っている。

≪あ! 奴隷は?≫

≪ボクが生まれる前はたくさんいたけど、今はそんなにいないって聞いた≫

 ……てことは、ゼロじゃないんかい。

 私、捕まったら奴隷にされる可能性も入れないといけないのね。ま、現代社会も形を変えた奴隷は、先進国にすら社畜やシープルとして大量に存在するから、ここも地球とさして変わりないか。

≪芽芽ちゃん、あのね≫

 お、どーした?

≪奴隷には絶対ならないように気をつけてね≫

 うん。そらそーだ。あったりめぇよ、と自分の胸元を軽くたたいて見せる。
 フィオがあんまりにもはかなげに微笑むものだから、奴隷になるくらいなら死を選ぶもん、と続けるのは遠慮した。



 フィオと私はさらに山を下りていく。神聖な霊山は、登山道がそこそこ整備されていた。ただの砂利道だって、本来は細い獣道があるかないかの山中では非常にありがたい。
 魔導士もロクに入ってこないのによく草が生い茂らないよね、と思ったら、各地方には何らかの古い魔力が残っている場所がちらほらあるらしい。植物に浸食されることのない道もその一つ。
 だから『霊山』扱いなのかな、とフィオが自説を語ってくれた。不思議な世界だ。
 
 ところどころ道が分岐していて、どっちに行ったらいいのか二人で迷っていると、いつの間にか紫色のアゲハちょうが先導役を務めてくれるようになった。ひらひらひら、と私たちをまるで道案内するかのように、少し前をずっと飛んでいる。
 優美な蝶々の後を追って、山の斜面に沿った緩いカーブを曲がる。

「ふへっ!?」

 もうちょっと先が結界の張られている地点、というところで私たちは思わず立ち止まった。せっかくの紫アゲハさんも驚いたのか、横の木立に消えていってしまう。

≪えーと、コレ、ふつうによくあること?≫

≪は、はじめて! こんなのはじめて!≫

 フィオが慌てて否定する。だよね、人間は霊山に入りたがらないんだもの。なんでこんな所に老人の死体が横たわっているのだ。しかも黒猫がその隣にじっと座ってる。

 混乱したフィオと私は二人そろって、しばし首を傾げていた。






****************

※お読みいただき、ありがとうございます。
もし宜しければ、感想をぜひお願いします。
「お気に入りに追加」だけでも押していただけると、光栄です!

すでに押してくださった皆様、心より感謝いたします。
笑顔に満ちた実り多き日々となりますように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢のRe.START

鮨海
ファンタジー
絶大な権力を持ち社交界を牛耳ってきたアドネス公爵家。その一人娘であるフェリシア公爵令嬢は第二王子であるライオルと婚約を結んでいたが、あるとき異世界からの聖女の登場により、フェリシアの生活は一変してしまう。 自分より聖女を優先する家族に婚約者、フェリシアは聖女に嫉妬し傷つきながらも懸命にどうにかこの状況を打破しようとするが、あるとき王子の婚約破棄を聞き、フェリシアは公爵家を出ることを決意した。 捕まってしまわないようにするため、途中王城の宝物庫に入ったフェリシアは運命を変える出会いをする。 契約を交わしたフェリシアによる第二の人生が幕を開ける。 ※ファンタジーがメインの作品です

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜

トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦 ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが 突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして 子供の身代わりに車にはねられてしまう

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼
ファンタジー
異世界へ「王妃」として召喚されてしまった一般OLのさくら。 自分の過去はすべて奪われ、この異世界で王妃として生きることを余儀なくされてしまったが、肝心な国王陛下はまさかの長期不在?! 「私の旦那様って一体どんな人なの??いつ会えるの??」 いつまで経っても帰ってくることのない陛下を待ちながらも、何もすることがなく、一人宮殿内をフラフラして過ごす日々。 ある日、敷地内にひっそりと住んでいるドラゴンと出会う・・・。 怖がりで泣き虫なくせに妙に気の強いヒロインの物語です。 この作品は他サイトにも掲載したものをアルファポリス用に修正を加えたものです。 ご都合主義のゆるい世界観です。そこは何卒×2、大目に見てやってくださいませ。

処理中です...