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第二章 交錯・倒錯する王都

第二章 九話 英雄

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ーーーーーーーーーーーーーーー。


 状況は急に一変した。

 私がのんびりと暮らせる日がだんだんと終わりに近づいている気がして、どうも朝から胃がキリキリする。



 オルギン王国は完全に乗っ取られ、我がカシミールの領土も三分の一ほどまで進行を許してしまっている。


 以前のドラゴン在りし時に、防御結界壁を展開して国外と完璧に交わりを断絶していたランカシャーが再び、例の防御結界壁を展開させたようだった。


 どうやらオルギン王国が落とされたのだから、早めの対策に講じたのだろう。

 せっかくドラゴンがこの地から消えたからと、ランカシャーが結界を解き、我が国とも交流が始まった最中だったのに、と残念だ。


 しかも今回はその防御壁をさらに性能を上げたらしい。

 人間のみが通行可能な従来の魔法壁から、人間すら通り抜けることができないものへ。

 完全な鎖国状態だ。



 我が国も五大明騎士の投入で戦況が変わるかと思いき、オルギンが破れたことで敵も勢力を拡大し、拮抗状態だった。

 我が国の随一の騎士団も参戦している今、数では奴らに勝っているはずなのだが…………。




 私は今、戦場間近まで来ている。

 やつらを遠くからだが見てみると、例のドラゴン同士の戦いのときに漆黒のドラゴン陣営にいた『黑羽族』の者に相違ない。

 見覚えがある。



 その証拠に彼ら八人ともに各々の黒い羽を持っていた。

 しかしあの頃とは別のもっと黒く、羽よりも翼のような大きさ。



 それに戦いからして邪悪さが増すように漂っている。
 ただ生きている物全てを殺したいと。

 これは私の感覚というか、偏見かもしれないが……。



 ひとまずは私は『黑羽族』とは似ても似つかないこやつらを『邪翼族』と呼ぶことにする。



 彼らを率いているのは聞いていたとおり少年だった。

 この国ではあまり見かけない黒髪である。

 しかも超絶美形少年。


 周りにいるのはこれまた白髪美少女に、穏やかそうな若者。
ーーーと柄の悪そうな感じで目つきの悪く、髪は真っ赤な少年もいる。


 統括するその黒髪の少年の翼が突如、形を失い流動し始めた。


 そしてその球体に渦巻く黒いものへと変化し、徐々にゆっくりと切れ目が入ると形を再構成し始める。


 少年が手を突き出した方向には一斉に、矢のように鋭くその黒い物は突き刺ささるように伸びていく。


 それを五大明騎士の一人が、彼の"降四世の剣"の剣さばきで全て斬る。

 見事に防いでいた。



 バラバラと、少年の体から伸びるその黒い物体は切り落とされていく。

 そして少年の身体から離れたその部分は、灰となって風に吹き飛ばされていった。


 五大明騎士一人に彼らはたった一人で対抗するできている。

 この状況は非常にやばい。

 

 ーーーーーーーーーー。


 私がここに来て、三日がたった。

 新参謀本部では撤退するという案さえ出てき始めた。


 我が国の王族は雲隠れを決めたとの報告も受けた。


 命を削ってまで我々を助けるよりも、本当に自分の身に危険が迫ったときまではその力を温存し、万が一の事態でその力を使うことに決めたのだろう。



 『邪翼族』は一体いつこの大陸に現れて、どこからその力を手に入れたのだろう。


 そんな規格外の力、正規の方法ではないのだろうが……。


 ああ、王族よ。滅びてくれ。


 ーーーー、この手帳にこんなことを書いては駄目かな。

 でも、そのぐらい皆の頭が回っていないのだ。




 ーーーーーーーーーー。


 ついに、我が広い国土の半分は侵略された。


 五大明騎士も五人中、三人は倒され、彼らが使っていた神具がその傷痕から激しい戦いぶりを伺わせながら、ただ残るだけだ。


 人が死ぬところを久しぶりに見たからか、私の体の中に恐怖というものが芽生えてしまっている。


 現在我が国は例の兵器とまでは行かないが、試作段階で作っていた仮設兵器を投入している。



 知っての通り、例のドラゴン殺しの兵器はこの状況にそぐわない。



 戦場も日に日に国内部への移り変わっている。


 この戦場から王都まではまだ距離があるが、この分だとあと一日もすれば、あのスートラの街まで至るだろう。


 状況が好転することを祈るのみだ。

 



 ーーーーーーーーーー。



 ある者は彼を『勇者』と呼んだ。

 ある者は彼を『賢者』と呼んだ。

 『剣聖』と呼んでも異論はない。


 突然、彼は『邪翼族』を率いていた者の前に姿を現した。

 私は彼の名前を知らない。
 だから彼と書き記す他にない。


 私も今まで彼を見かけたことがなかった。

 「お前はなんだ?」

 彼は『邪翼族』に問う。

 「てめえが口を聞けるような方じゃねえよ。この方は」

 柄の悪そうな赤髪の少年がそう言うと同時に、背中から伸びる翼のようなものが彼に向かって速度を持って迫る。


 しかし少年のそれが彼の間合いに入る前に、彼は剣を振り、それを粉々に灰燼と帰した。


 そして再び剣を振ると、斬撃が赤髪とは別の、棟梁格の黒髪の少年に襲いかかる。



 「たいそうなご挨拶。君、喧嘩ふっかけられた相手ならまだしも、僕を的にするとは。僕はまだ何もやっていないのにとんでもない行動だね」


 そういうと、黒髪の少年は突如私を含め、大多数の人の視界から消えたと思う。



 少し離れた場所に黒髪の少年は姿を現した。


 瞬間移動というやつなのだろうか。


 しかし、王都で特定の人物のみが関わっている研究 "自然の摂理にとらわれない新事実の発見" の名目でも、瞬間移動は不可能であると位置づけられたはずなのだが……。



 彼の二度目の斬撃は『邪翼族』の誰にも当たらず、その先にいた我が国の騎士団に襲いかかる。



 五大明騎士の一人がかろうじてその、"神具"で受け止めるが、受けきれていない斬撃が後方の兵に直撃した。


 兵たちの鎧を貫通するようで、兵士たちからは悲鳴の声が上がる。



 「予定外の損害を出してしまった。お前が避けるからだ」


 彼は吐き捨てるように呟く。


 そしてーー、私のいるここからではうまく聞き取れないが、何かしらの呪文を唱え始めた。



 だんだんと彼の剣が光り始め、呪文と共明していることが見て取れた。



 「あいつ、気に喰わね」

 飽きずに攻撃を続ける赤髪の少年。


 「ウルス・ラグナ。私がこの場を任されましょうか」

 ウルス・ラグナと呼ばれた棟梁格の黒髪の少年に近づく、白髪の美少女。


 「いいですよ、二人とも。しかし、こんな彼を摂ることで僕らの力はさらに増大する。ああ、あの方から不幸にも授かったこの力なのに、それが僕達の血となり肉となる。狡いやつらとは違う僕らの戦い方で全てに制裁を下すのだからね」


 黒髪の少年の声には後悔と憎悪の混じった苦々しさを感じる。



 「僕らには時間がある。だから急ぐことはないんだよ。しかしごらんよ。見ての通りまたもや彼らは中立を取ろうとしている。偽善者だ。この状況を生み出したにも関わらず、自分は安全なところへ隠れる。いいさ、僕らはすぐには殺さない。ゆっくり、じっくり追いつめていくさ」


 その言葉を聞いて、少年の周りにいた仲間たちの目に光が灯り始める。



 「だとしたら、目の前にある命は彼らが望んで差し出しているものなのよね。まあ、十分楽しませたしそろそろいいかしら?」



 白髪美少女の犬歯が光る。


 「この変な剣使いの相手は、俺はやだ」


 「僕らに時間があると言っても、彼らには時間がない。彼らのためにしょうがなく、始めようか」


 そういうと、黒髪の少年は道端の小石をおもむろに拾い、我が国の騎士団に向かって投げつけた。



 投げたフォームにそぐわず、まっすぐレーザービームのように石が飛んでいく。


 しかも徐々にスピードを上げ、そして肥大しながら……。


 物理的にスピードが増すほど、威力は格段に跳ね上がる。



 彼は最低限の剣さばきで身に降りかかる石を叩き落としている。


 しかし、王都からの騎士団員にそんなことをできるものはいない。

 一瞬にして、我が騎士団は壊滅状態となった。



 この場でまともに戦える者は彼と五大明騎士二人、それに五大明騎士の配下数名。


 それに比べて相手は八人。

 しかも援軍に来たであろう、後から来たオルギン組の五人は何もせず、後方で高みの見物をしている。



 「『電速(エレクトロ)』」

 彼が振る剣は電気を帯び始める。

 振るった斬撃は唸るようにして一瞬でーーー多分、光の速さで飛んでいく。

 ほんの瞬きしているくらいの間にそれは起きた。




 しかし黒髪の少年は、背中に下げた黄金の剣で難なく防ぐ。


 「後ろにいる獲物二人はあげるよ。諸君でせいぜい楽しんでね」


 そう言うと黒髪の少年は空を蹴って、彼の元へ猛スピードで飛んでいった。

 右手を包丁のように尖らせて平たい形に変形させて……。



 五大明騎士たちの方を見ると、彼らは数名の部下たちを中に入れて、超強力な結界魔法を張っていた。


 「だーかーらっっ、私たちには時間というものは十分にあるん。そんな時間稼ぎなんて無意味なことなんでしてはるんかな~。ほんと、愚かだよね~」


 「潔く殺されて、次は豚にでも生まれ変わっとけば、それだけで価値ある者」


 そういって、赤髪の少年が激しく結界に攻撃をするが、案の定中へは攻撃が通らない。


 しかし結界へ攻撃が来るたびに、五大明騎士の顔が歪んでいくのに私は気づいている。



 「多分これ、約一週間だ。破壊も容易い」

 「あっ、そうなん?」


 しかし、彼らの注意力が散漫することはなかった。

 時間に囚われない、って言っていたからだろうか。



 五大明騎士の気持ちを推測するに、多分突然現れた彼がやつらを倒してくれるのを期待しているのだろう。


 確かに彼は桁違いの力を持っているが、そんな甘い世の中ではないと思う。



 まさにこの五大明騎士たちの行動が、彼らの言っていた
 "この状況を生み出したにも関わらず、自分は安全なところへ隠れる。"
 ということなのだろうか。



 彼らの言動によると、我がカシミール王国のあとは残る国々を破壊するつもりなのだろう。



 ランカシャーの絶対防御壁も、時間に囚われないと言っている彼らにとっては意味のないものなのだろう。



 ここは人間族として、以前のドラゴン同士の戦いにほとんど肩入れしなかった詫びとしてでも、何が何でも彼らを止めなければならないと私は思う。



 私は密かに盗み隠し持ってきていた『魔力向上』なかでも伝説級の効果を持つ七つある天眼石系(アイアゲート)の貴重品(アイテム)の一つ、縞瑪瑙(メノウ)を彼に使うことにした。

 効果は強大とは言え、一時的な、しかも数回しか使えないまがい物の力。

 貴重品(アイテム)として限度はあるが、それでも私は彼に賭けることにした。


 効果対象をこちらが指定すれば、強制的に効果は発動する。


 ここからでは彼らの戦いの細部を見ることはできないが、それでも衝撃波がここまで伝わってくる。



 
 ーーーーーーーーーーー。



 あれから五日。

 そしてついに決着がついた。


 五大明騎士は防御壁の中から出ても来ないし、時々呪文を唱えて、防御壁を維持するだけ。

 それ待ち受ける二人も、ただ待ち呆けるようにして動かない。



 しかし彼と棟梁格の黒髪の少年は毎日転々と戦地を変え、その戦場には跡には形も何も残っていない。



 「ウルスが負けたら、俺はついていかないぞ」

 途中、高みの見物をしているやつらの一人がそんなことを口にしていた。


 「でもウルスがいるから、我らはここにいられる」

 別の者が答える。


 別次元のような、和みモードだ。

 異種族の団欒もこんな感じなのかな。

 

 その戦いに終わりは突然やってきた。


 彼の特殊効果をもたせまくった剣が少年を貫いた。


 少年は口から血を吹き出す。



 即座にとんだ返り血を、彼は何かしらの呪文を唱えて空中で胡散させた。


 「お前は信頼されていないんだな」

 「何を言っているんだ?」


 口の端から血を流しつつも、彼の目を見て少年は答える。

 「見ていれば分かる」

 「理解できない」

 「そういうものだ。表面上だけだ。お前は」


 「知ったような口をするな」

 少年は黄金の剣を彼に振り下ろしたが、あまり力を入れられないせいか簡単に彼は防ぐ。


 どこか哀れんだような遠い目をする彼。

 「しかし、お前を野放しにするのは危険だな。やっぱり」


 そして彼は素手で少年の体を掴み、再び呪文を唱えた。
 二人の体からは高エネルギーを発する。



 それが終わると、少年の体はぐったりと力が抜けたようになっていた。

 それを彼は高々と空へ掲げた。


 「カシミールの民よ。こいつはもう終わった。君たちの国にある兵器があるらしいことを聞いた。私はその兵器に関わるためにここに来た。私にその処遇を決めさせてくれないかな」


 そう言って彼は私たちに向かって笑いかけた。


 それは優しい柔らかい笑顔だったように私には見えた。




 「えっ………、まじかよ」

 「ウルスさんの最期、あっけなさすぎ……」

 「これはワロタ」

 「酷いものを見せられた」

 「………………」 

 見物していた五人は、その黒い翼をぴしっと広げた。

 そして自分自身を包み込むように翼を閉じた瞬間、一瞬にして彼らは姿を消した。


 五大明騎士を狙っていた二人だけが残っている。


 「私たちどうする?」

 「あいつがいなきゃ、始まらねーよ。だってあいつの計画なんだから」


 そう言い残して、彼らも消えた。



 五大明騎士が作った結界はあと一日経たないと消えないらしい。

 正直ギリギリな状態だった。


 私の中に安堵感が広がっていく。

 私は彼が何者なのか聞くために、彼の元へ歩み寄ることに決めた。

 
        ーーーーーーープラフマン

後書き

さて『邪翼族』と呼ばれる者たちは敵なのか?
一体いつ、主人公たちの前に現れるの……か?

過去の話は一旦ここまでにして、次回からは再び主人公及びセロたちの話になりますよっ

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